会合が終わり、柊晴臣と蓮はホテルのロビーへと降りてきた。 深夜零時をとうに回っているにもかかわらず、空間はなお眩い光に満ちていた。 重厚なシャンデリアが天井から幾重にも光を落とし、磨き上げられた大理石の床には二人の姿が歪んで映る。 壁際には、黒いスーツを着た男たちが無言で立ち並び、目線ひとつ動かすことなく、そこに「在る」だけのように控えていた。 ――空気が違う。 蓮は思った。まるでこの一角だけが現実とは隔絶された異世界。 権力と金の匂いが、冷たい香水のように充満している。 晴臣が外へ出ようとしたその瞬間。 背後から、低く落ち着いた声が響いた。「……お帰りですか、柊会長」 その声に、晴臣も蓮も同時に振り向く。 そこに立っていたのは、一人の青年だった。 背が高く、均整の取れた体つき。 無駄のない所作で直立し、微動だにしない。 顔立ちは端正だが、その瞳には一切の感情がなかった。 漆黒の髪は一本の乱れもなく整えられ、 チャコールグレーのスーツは完璧に仕立てられている。 ネクタイの結び目ひとつ乱れず、ポケットチーフすら寸分のズレもない。 立っているだけで、周囲の空気がわずかに震えるような、 冷たく張り詰めた圧。 ――この男……只者ではない。 蓮は即座に察した。「……あなたは?」 蓮が問いかけると、青年はほんのわずかに口角を上げた。 その微笑は温かみのない、形だけの表情だった。「桐嶋龍一。桐嶋コンツェルンの社長を務めております」 その名を聞いた瞬間、蓮の喉がひゅっと鳴った。 ――桐嶋宗一郎の息子。 会合の席で何度も耳にした、“氷の男”と呼ばれる存在。 晴臣が丁寧に会釈した。 「これはこれは。お噂はかねがね。本日はご尊父にお世話になりました」 龍一は軽く頭を下げ、表情をわずかに緩めた。 それは笑みというよりも、社交辞令としての「形」だった。「父は少々、感情の起伏が激しいところがありますので。 どうかお気を悪くなさらぬよう」 穏やかな言葉。 だが、その声にはまるで温度がなかった。 蓮はその目を見て、息を呑んだ。 吸い込まれるような暗さ。 まるで深海の底で灯の届かぬ場所にいるような―― そんな静けさと孤独があった。 「あなたが……柊 蓮さん、黎明の社長ですね」
Last Updated : 2025-12-05 Read more