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闇より出し者共よ のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

26 チャプター

第十一話 妖刀

 ざかざかと歩きながら、律は涙目だった。  神聖なる神社の境内で堂々とおっぱい大好き宣言をした輩に鉄拳制裁が下されたのだから無理もない。   「もー、本気で殴るなんて酷い! これタンコブできてない? 戦闘に影響したら君のせいだからね」 ぶつぶつ文句を言う律だが、それが本気でないことぐらいは付き合いが浅くとも分かった。 優斗も呆れつつ反論する。「お前が阿呆な事を口走るからだ。手塚はもうすぐそこだぞ。僕が祝詞を唱えて、化け物が出たらお前が相手をする。僕は手を出さない。それで良いんだな?」 もう一度念を込めて確認すると、ブンブンと首を縦に振った。「それで良いよー。優斗もしっかりね! 霊力が足りなきゃ封印はできないよ。暗記は大丈夫?」 霊力。  そう言われて優斗は首を傾げた。「霊力なんて僕には無いと思うけど? 幽霊を見た事も無ければ金縛りにあった事も無い。昨日、初めてあの化け物を見たくらいだ」  しかし、律はにんまりと笑う。「大丈夫! 君、虫が見えてたでしょ? あれは妖の蟲って書いて妖蟲。れっきとしたお化けだよ。あれが見えてたなら霊力があるって証拠。あとは封印できるかだけど……。共切が抜けたなら心配ないと俺は思ってるんだ〜」 そう言いながら優斗の背負う刀を見遣る。優斗もチラリと視線を向けると並んで歩く律に問いかけた。「なんでこれが抜けたら大丈夫なんだよ」 律はくるくる回りながらはしゃぎ、明るい声で答える。「共切はね、所持者の霊力を喰うんだよ。だから人並みの霊力じゃ抜けない。君は共切のお口にあったって訳だ」    優斗はその言葉に絶句した。  霊力を喰うとはいったいどういう事だ。  たっぷり時間をかけて反芻すると、震える声で叫ぶ。「……まさか、最後は喰いつくされて死ぬってオチじゃないよな!?」 律は顔面蒼白になる優斗を面白そうに眺めて、ゆったり口を開く。「それは無いよ。共切も長〜く味わいたいからね。先代の死因は殉職。歴代も共切に喰われて死んだ人はいないよ。そこは安心してね。まぁ、全員寿命を全うせず殉職してるんだけど」 全然安心できない内容に優斗は頭を抱えた。  人を守りたいと願って陰陽寮に入ろうかと思ったが、騙し討ちとも言える所業に腸が煮えくり返る。    そんな様に律は笑顔で語りかけた。
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第十二話 猿妖

 それからしばらく歩けば手塚に辿り着く。 手塚は神社から南東に位置する場所だ。 そこも足塚と変わらず底冷えのする冷気に包まれていた。 景色も全く同じ。 山中の開けた場所に岩が鎮座し、妖蟲が飛んでいる。 二人は頷き合うと刀を腰に佩き戦闘態勢に入った。 優斗が深呼吸をしてキッと表情を引き締める。 そして滑らかな祝詞を紡ぐ。 すると岩から黒い影が立ち上り、腕の長い猿がその身を現した。腕だけで二メートルはあろうかというのに、足は極端に短いアンバランスな猿だ。 その化け物を前に気負った風もなく律が抜刀する。御代月を下段に構えると祝詞が止んだ。 戦闘開始の合図だ。 律は一直線に駆けた。 落ち葉を巻き込みながら長大な刀身が走る。 猿は近場の石を拾うと手当たり次第に投げてきた。 それを柄で叩き落とすと振りかぶり重さを乗せて斬りかかる。 猿は飛び上がり斬撃を躱すと反転し律の背後に回りこみ長い腕を振り上げた。 しなった腕が律目掛けて振り下ろされる。 律は回転しながら遠心力を利用してその腕を根本まで細切りにしていく。 切り飛ばされた肉片が血飛沫を上げながら舞い、追い詰められた猿は奇声を上げるが、律は構わずフィニッシュとばかりに胴体へ強烈な回し蹴りを叩き込む。 背後の木に打ち付けられた猿は呻きを漏らし、そこへ一気に間合いを詰め肉薄した律の突きが胴を貫き、木に縫い付けた。 猿は短くなった腕を蠢かせて踠いている。「ほい、終わり。止め刺しちゃって〜」  あっという間の出来事に優斗は息を呑むと、ハッとして祝詞を奏上し終える。 すると、猿は難なく消えていった。 それを確認すると律はうんうんと頷く。「やっぱり大丈夫だったね。祝詞も完璧だったし、さすが〜」  刀を納刀し拍手する律に優斗は言葉が出ない。自分でも強いと言っていたがこれ程とは。  じっと見つめる優斗に律は戯けてみせる。「なになに? 惚れちゃった〜? うんうん。俺ってばかっこいいからね。その気持ちわかるよ」  自画自賛する律にどっと疲れがのしかかる。「俺も優斗大好きだから相思相愛だね」 ついでとばかりに抱きついてくる律に優斗は睨めつけると引き剥がし嫌味を込めて口を尖らせた。「もしかして、そんなに強い奴じゃないんじゃいか? 初めてだった
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第十三話 笑顔

 試験。  試されているという事か。  身勝手な事情に反発を覚える。    しかし、こうも都合よく獲物が用意されるものなのだろうか。優斗は生まれてからずっとこの町で暮らしている。そこに化け物がいて、陰陽寮がやってくるとは出来過ぎだ。 それに、塚には祖父が定期的に祝詞を上げに来ているのに、さらに封印するとは。 優斗はその疑問を投げかけた。「なぁ、封印ってなんだ? ここには爺ちゃんが毎月祝詞を上げに来てる。それじゃあダメなのか?」 優斗の探るような声に律は弁当を広げながらしばし考え込む。「う〜ん。例えばさ、靴下をずっと履いてたら穴が開くじゃない? それを繕いながら履いても最後には履けなくなっちゃう。そしたら新しくするよね。つまりはそういう事。おじいちゃんが繕って、限界を迎える前に俺が新しく封をしに来たの」 分かるような分からないような、微妙な説明を持ち出す律に首を捻る。「爺ちゃんには新しく封印できないのか?」 律の元に歩み寄りながら、再度問う。  レジャーシートに腰を下ろして見上げてきた律は頷いた。「うん。おじいちゃんにはそこまでの力は無いね。ここも陰陽寮の管轄で、おじいちゃんに管理を委託してるんだけど、霊力はさほど高く無いよ。札も陰陽寮特製だし、それに霊力を乗せた祝詞の両方が揃って初めて効力を発揮するの。おじいちゃんは陰陽寮所員ではあるけど前線では役に立たないね」 唐突に突きつけられた事実に優斗は目を丸くする。   「爺ちゃんも関係者なのか!?」 それになんの感慨もなく律は弁当に手を伸ばす。   「そうだよ〜。あれ、言ってなかったっけ? っていうか気付いてると思ってた。じゃあ、お父さんも関係者だって言ったら驚く?」 ニヤニヤとしながら上目遣いに窺ってくる。  その言葉に優斗は固まった。 予想以上の反応に律は上機嫌で口を開く。「君のお父さん、玲斗さんは俺の上司でね。昨日話した化け物から助けてくれったっていう人なんだよ。君を共切の後継に推したのも玲斗さん。今は京都の本部にいるよ」 それを聞いた優斗は愕然とした。  この戦いに引き込んだのが自分の父だとは信じられない。「そんな……父さんは警察官だって……あの父さんが僕を……こんな恐ろしい事に巻き込んだって言うのか?」 優斗の知る父はおっとりとして、いつでも微笑みを絶や
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第十四話 幽玄の女

 同日深夜。  禁忌の地に足を踏み入れようとする人影がひとつ。 その姿は逞しいものの、どこか幼さを残した少年だった。 暗く細い道を照らすのは懐中電灯の光のみ。  森の中はしんと静まり、少年の足音だけが響く。「ふん。何が禁忌の森だよ。誰も彼も怖がりやがって。見てろよ。オレが暴いてやる」 少年は学校で流行りの怪談話を笑い飛ばした。ここは昔から入らずの森として地元では有名な場所だ。神社の裏側に位置し、広大な土地に木々が生い茂っている。    しばらく進むと開けた場所に出た。  一基の赤い鳥居があり、そこに人を拒むように注連縄が張られている。それを潜ると円形の広場に岩が佇む以外何も無い。 少年は懐中電灯を動かして辺りを見回す。「はっ、やっぱり何もねぇじゃねぇか。馬鹿らしい。帰ぇんべ」     そう言って引き返そうと踵を返した時、背後に人の気配を感じて振り返る。  そこには岩の上に座る一人の女がいた。「え……、さっきは誰も……」 訝しがりながらも懐中電灯を向ける。 それは世にも美しい女だった。  白い肌は光を放つように滑らかで、濡れるような艶を持つ長い黒髪が背に流れる。身に纏うのは白い紗の薄絹一枚。乱れた襟元からは豊満な双丘が露わになり、薄く色づく果実が透けて見えた。 少年はその美しさに息を呑む。  静かに女が顔を上げれば赤い瞳が少年を捉えた。 そっと手を伸ばす女に導かれるように少年は一歩一歩近づいていく。その顔はうっとりと夢を見ているようにだらしがなく、体からも力が抜けていく。懐中電灯を取り落とした少年はそれにも気付かずに女に惹き寄せられた。 その下半身はズボンを張り裂かんばかりに猛りきっている。 岩の元まで辿り着くと、女がしなだれかかり、細い指を少年の頬に沿わせ唇を重ねた。少年がゆるゆると胸を揉みしだけば短い嬌声が上がり、その声に少年の体は更に熱を帯びる。 女が足を絡めると、少年はその肢体に覆いかぶさり貪るように指を這わせていく。 そして、辺りに淫靡な水音が響いた。
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第十五話 木埼の鬼

 月曜、火曜は何事もなく過ぎていく。  律がデカい図体をしてちょこまかとついて回るのが鬱陶しかったが。 クラスメイト達には既に仲が良い事に驚かれた。優斗にとっては遺憾だが、側からすればそう見えるらしい。 律もその声に乗っかり『俺たちニコイチだもんね〜』と抱きついてくると、それを見た女生徒数名が黄色い声を上げ、優斗は首を捻った。 そして、今日は水曜日。  約束していた夜戦の日だ。    帰宅した優斗は夕食を済ませると、勉強を理由に部屋に篭った。 祖父が関係者ならば、もしかしたら母も。  そう思ったが余計な心配はさせたくないと、戦いに行く事は伏せるようにした。 普段は特に報告しない優斗に、母は怪訝な顔をしたが追及は無く、胸を撫で下ろす。 ただ、祖父が一言だけ『精進しなさい』と呟いた事が気になった。 玄関からこっそり靴を持ち出し着替えると、懐中電灯を手に窓から出た。優斗の家は平家であり、見つからずに抜け出すのは容易い。 初めて踏み出した夜の世界は、背徳の味がした。夜に出かけるのは年に数回の祭りの日くらいで、家族と一緒だ。それが、今は何も告げず抜け出している。悪い事しているようで心臓が騒いだ。 居間でテレビを観る母を警戒しながら、境内を通り外に出る。 あとは待ち合わせ場所まで急ぐだけだ。夜回りの警官も、田んぼしか無いこの辺りには来ない。田舎の夜は早いため、誰にも出会わずに無事目的地に辿り着く。    神社からは南西に位置する、小高い山の麓だ。 そこには既に律が待っていて、大きく手を振っていた。二人は落ち合うと、暗い山道を登って行く。 辺りは闇に包まれて、虫の声だけが響いている。さすがの律も、人目を気にしてか言葉少なだ。こんなに静かな律は珍しいだろう。 そういえばと、優斗は気になっていた事を問いかけた。「今の回ってる奴、封印じゃなくて倒せないのか? 倒してしまった方が、手間がなさそうだけど」 律は『ん〜』と顎に手をやりながら解説する。「あいつをきっちり殺すには、一度封印を解いて復活させないとダメなんだよね。人間だって手足を斬っただけじゃ死なないでしょ? 完全体になった所で止めを刺さなきゃ意味ないの。それにはリスクも伴うから、今の陰陽寮じゃ無理だね。仕事の内容が内容だし、殉職率が高く
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第十六話 共闘

 そうこうしているうちに胴塚へと着いた。  優斗は初めて夜にこの場所を訪れたが、昼間とは違う異様な雰囲気に息を呑む。 辺りを包む冷気と妖蟲は変わらない。ただ、岩が鼓動するかのように明滅しているのだ。「なんだ……あれ」 思わずそう呟くと律が横から顔を出した。「あれね、やばいって合図。もうすぐ封印が解けちゃいますよ〜って」 そう言いながら、いそいそと刀を取り出す。   「今日は夜戦と、あと共闘の練習ね。初めての共同作業だよ。照れちゃうね」 テヘッと舌を出す律に優斗は無視を決め込んだ。それでも「んもう! 照れ屋さん」と言って揶揄ってくる。    それも無視して優斗は問いかける。「手順は?」    短い言葉に律は不貞腐れながらも答えた。「まずは俺が祝詞を唱えるから、化け物が出たら攻撃して。今日は俺も手ぇ出すからね。俺まで斬らないでよ?」 それに首肯で返すと刀を佩く。  柄に手をかけ、抜刀の構えをとると視線を交わす。    律が奏上を始めると間を置かずにそれは現れる。まるで豚脂を思わせるブヨブヨで脂肪のような塊の球体が空に漂っていた。    球体は震えながらゆらゆらと揺れている。 一際大きく体を震わせたその瞬間。 瞬きの間に優斗の眼前に迫る球体に虚を突かれる。 上半身を反らし間一髪躱し、素早く態勢を立て直して抜刀すると一直線に駆けた。 真一文字に薙ぎ払うと球体は弾むように跳躍して逃れる。 しかし、飛んだ先には律が待ち構え、上段から斬りかかり肉を抉る。勢いよく血飛沫が上がると大気を震わす雄叫びが響いた。 落下してきた球体にすかさず肉薄すると優斗は体重を乗せて深く突き刺し、返す刀で斬り上げる。 頭上に掲げた刀をさらに翻し一刀両断すると、球体は石榴のような真っ赤な中身を晒して動かなくなった。「律!」 優斗が声を張り上げると「はいは〜い」と軽いノリで岩まで走り寄り祝詞を奏上し札を貼り付ける。するとたちまち球体は消え失せた。 優斗はほっと一息吐いて刀を納めると律の元へ歩を進める。「いや〜お見事! この程度の奴じゃ俺達が共闘するまでも無いね。ホントはさ、もっとビビって足手まといになると思ってたんだ〜。化け物とはいえ、斬りつ
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第十七話 歪む日常

 翌日。  優斗が眠い目を擦りながら学校へ登校すると、まだ律の姿は無かった。 教室はガヤガヤと騒がしく、寝不足な頭に響く。昨日、家に辿り着いたのは深夜0時を過ぎた頃だったからだ。家族には家を抜け出した事はバレずに済んだようでほっと胸を撫で下ろし、それから布団に入るも、戦闘後という事もあって神経が昂って中々眠れなかった。    ボゥっとする頭を振って眠気を追い出そうと試みるもうまくいかない。そんな中で、HRが始まる五分前に律は教室に飛び込んでくると一気に煩く喚き散らす。「焦った〜。ギリギリセーフ! おはよう優斗! 今日もあっついね〜。もう俺汗だくだよ〜」 そう言いながら机に突っ伏す。呆れながら見遣ると優斗は嫌味も込めて口を開いた。「おはよう。昨日はよく眠れたか?」 嫌味にも気付かないのか律は満面の笑顔で返してくる。「うん! ぐっすりだよ〜。寝過ぎちゃって危うく遅刻しそうになるくらいに。それで夢に優斗が出てきて、あーんな事とか……むふふ」 いやらしい笑みを浮かべる律を冷めた目で見遣る。こいつには情緒というものがないのか、優斗が目頭を押さえて苦言を呈そうとしたその時。 一際大きな声が教室の片隅から上がる。「啓ちゃん! ねぇ大丈夫なの? そのやつれ方は普通じゃないよ! ねぇ聞いてるの!?」 声のした方を見てみると、一人の少年が何やら一生懸命に訴えかけていた。あまりの剣幕にクラス中の視線を集めている。 その少年が見つめるのはガタイのいいクラスメイト、のはずだった。 しかし、少年に隠れる姿は想像とは似ても似つかない姿と化している。必死に話しかける友人の声も聞こえないのか、ぶつぶつと呟きだらしなく緩んだ口元からは涎が垂れていた。 高い身長はそのままに、逞しかった腕や顔は痩せ細り骨と皮ばかりと言っていい。驚きに顔を歪める優斗の袖を引き、渦中の少年を横目にしながら律は尋ねる。「あれ誰?」 その誰何の声に、吃りながら優斗は説明した。「あ、ああ。佐竹だよ。佐竹啓介。柔道部で筋肉自慢の奴だったのに。この短期間で何が……」    それを聞いて律の瞳が光る。「あれ、精気吸い取られてるよ」 思わぬ言葉に優斗は眉をひそめた。「それって……」 口籠る優斗に律はニヤリと笑いツン
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第十八話 狂気

 そこは境内の片隅にひっそりとある細い小道だ。言われなければ見落としそうなその小道を二人並んで歩く。 しばらく進むともう一本の小道に行き当たる。ここを右に行けば頭塚まですぐだ。 律が懐中電灯を向け、左の暗がりを見遣る。「あっちは?」 そちらは手入れもされておらず、草や木の枝が突き出た獣道のような風体だ。「あっちは県道の横道に出る。曰く付きの森だからな。面白半分に肝試しに来る奴がいるんだ。たぶん佐竹もあっちから入ったんだろう」 そう聞くともう興味を失ったのか右の細道に歩を進めた。 そのまままっすぐ進めば赤い鳥居が現れる。張られた注連縄を潜ると暗闇に蠢く何かが目に入った。 懐中電灯をそちらに向けると、渦中の佐竹が裸で女と抱き合い荒い息を上げている。その過激な様に優斗は思わず目を逸らした。 しかし、律はいつも通りの口調だ。「ありゃ、真っ最中だったか。悪い事しちゃったかな〜」 ちっとも悪びれずに頭を掻きながら笑う律のシャツを引っ張り優斗は早口に言う。「お、おい! どうするんだよ!? こんな……」 まともに見る事もできず、視線を彷徨わせる優斗の顔は真っ赤に染まっている。それを見る律の顔はニマニマと緩んでいた。「あれ? 優斗ってばお子ちゃま〜。あんなのこの仕事してればしょっちゅうお目にかかるよ? 女の形して男をとって食う化け物は多いからね! 君もちゃんと見て慣れなきゃ」 そう言いながら鼻歌まじりに刀を取り出す。  二人がやり取りを続ける間にも佐竹は一心不乱に腰を振っていた。それが痙攣したように背を反らした後、崩れ落ち膝をつく。「あ、終わったかな? じゃ、化け物退治の時間といきましょうか」 いつもと変わらぬ口調だが、殺気を纏わせ御代月を引き抜き下段に構える。    女は岩の上でケタケタと笑うと佐竹に足を絡めて紅を引いた唇を大きく開いた。その口はバリバリと音を立てて耳元まで裂けていく。    優斗はその異様な様に驚愕を隠せず動けない。 女が裂けた大口で佐竹の頭を丸呑みにすると首をぶちぶちと食いちぎり、血が勢いよく吹き出て周囲を濡らす。辺りに骨を砕く咀嚼音が響き、ゴクリと飲み下すと、女は得も言われぬ恍惚とした表情で微笑んだ。そして、残りの体にも喰らい付いていく。腕を捥ぎ、腸
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第十九話 決意

 岩の上の女は血に染まった口元を長い舌で舐めると、優斗に狙いを定め髪を振り上げた。 その髪は鋭い刃物のように尖り優斗に迫る。 それを太刀で振り払い肉薄し突きを繰り出すが、女は跳躍して躱しカエルのように四肢で着地した。 その髪は未だ生き物のように蠢いている。 女がにたりと嗤う。 それと同時に首がぐんっと伸びた。 グネグネとうねりながら伸びる首は、ついには体を捨て長大な蛇へと変貌していく。ザワザワと髪が波打ち、顔も鱗で覆われ紅い瞳が縦に割れた。 チロチロと動く舌は二股に割れ、品定めをする様に二人を睥睨する。 先に動いたのは律だ。 回転するようにして遠心力を乗せ御代月を振り上げると、蛇の尾がそれを受け流す。 その影に隠れて優斗が背後から斬りかかるがその刃は鱗に阻まれ滑ってしまった。    舌打ちして再度斬り込む。  今度は下段から鱗の波に逆らった斬撃だ。 それは狙い通りに肉に深く食い込むと蛇は雄叫びを上げ優斗に巻きついてきた。 締め上げられ、たまらず呻きが漏れる。 そこに律が体重を乗せた突きを打ち込み、その勢いのまま斬り上げ血飛沫が舞う。 蛇は縛りを解くと距離を取った。「優斗! 大丈夫!?」 咳き込む優斗の元に駆け寄る律の顔はさっきとは打って変わって眉を垂れ青ざめている。  さっきは笑いながら人が喰われるのを見ていたと言うのに。 そんな律をちらりと見ると手で制して立ち上がり再び構えを取る。 律もほっと息を吐いて横に並んだ。「律。同時に行くぞ」 短く言うと右から回り込むように駆けた。  意を汲んだのか律も反対側へと回り込む。 蛇は両側に回り込まれ、一瞬動きが止まる。 優斗がすかさず渾身の力を込め一刀のもとに首を落とすと、落下していく頭部に律が飛びつき大口を大地に縫い付けた。    動けなくなった蛇は髪を振り乱すとそれは無数の棘となって頭上に乗る律を襲う。 優斗が駆けつけて薙ぎ払うと、ざんばらに舞い散り、蛇は攻撃の手段を失った。 切り離された胴体もなす術なくのたうちまわっているだけだ。 首だけになった蛇は縫い付けられたまま、縛から逃れようと蠢くが優斗が祝詞を奏上して札を岩に貼り付けると白く消えていった。 肩で息をする優斗に律は優しく声をかける。「お疲れ様〜。うんうん。ちょ
last update最終更新日 : 2025-12-08
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第二十話 旅立ち

 その日、三人の男子生徒が姿を消した。  一人は行方不明に、もう二人は引っ越したと言う。 しかも引っ越した一人は、つい最近転校してきたばかりだった。それが二人揃って引越しとは、どうした事だろう。 誰かは、行方不明になった少年を二人が殺したのだと言った。 誰かは、許されざる恋に二人で手を取り合って逃げたのだと言った。 様々な憶測が飛び交う中で、一年二組の教室は騒然としたが、それも日が経つに連れて過去の話題となっていくだろう。それは人の世の常と言える。    そんな喧騒から離れ、田畑が広がる町を見下ろす高台に、ふたつの影が並んで立っていた。「お母さん達には言って来たの?」    長身の影が問いかける。「あぁ、父さんの所に行くって言ったら分かったって」 小柄な影が、それに応えた。  長身の影が『そっか』と呟くと、ふたつの影は側で待つ黒塗りの車に乗り込む。 次にいつ帰ってこられるか、それは分からない。  もしかしたら、二度と帰る事がないかもしれない町並みを眺めながら、車は遠ざかっていった。 今ここに、一人の鬼切りが産声を上げた。    それはまだ小さな決意。  今はただ友のため、刀を握る。  闇の道を歩き始めた少年は、どこへ向かうのか。 その目は何を見るのか。 まだ少年は知らない。
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