All Chapters of 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした: Chapter 861 - Chapter 870

968 Chapters

第861話

清春はうつむいたまま、何も答えなかった。朔は言葉を続けた。「このプロジェクトに強い思い入れがあるのは分かっている。心血が注がれているんだからな。だが、体が一番大切だ。今無理をして、後で倒れてしまったらどうするつもりだ?」「……少し考えさせて。明日、返事をするよ」「分かった。それから、お前が寝ている間に女性から電話があってな。私が出たんだが、後で折り返してやってくれ。外で少しタバコを吸ってくる」朔は午後からずっと運転し、夜もずっと清春のそばに付き添っていたため、さすがに疲労が溜まっていた。彼はタバコを持って外へ出た。遠くへは行かず、廊下に出たところでタバコに火をつけた。タバコを吸い込み、空を見上げると、そこには満天の星が広がっていた。都会では見られない、宝石箱をひっくり返したような星空だった。実は、朔も子供の頃は山奥の村で暮らしていた。当時の彼らの生活は、決して豊かなものではなかった。清春は生まれつき心臓に病気を持って生まれたため、村の人間は彼ら一家を山の神に呪われた存在だと忌み嫌った。その後、清春の治療費を稼ぐため、両親は村を出て出稼ぎに出たが、不慮の事故で命を落としてしまった。朔は幼い清春を連れ、この残酷な世界で泥にまみれながら必死に生き抜き、学校に通いながら治療費を稼いできたのだ。彼はかつて、自分の人生がこれほど苦難に満ちているのは、前世で悪逆非道な罪を犯したからであり、今生でその報いを受けているのだと思い込んでいた。だが今日、一人の女性が彼にこう言ったのだ。「神の山」が見守っている。私は必ず、望むものをすべて手に入れる。私も、幸せになれる。深く吸い込んだタバコの煙に、朔は一瞬だけ物思いに沈み、やがて自然と笑みがこぼれた。一方、部屋の中。スマホの着信履歴を見た清春は、すぐに電話をかけ直した。電話に出た晴は、不満げに文句を垂れた。「どうして今頃かけてくるの?私、もう寝ちゃってたのに!」「私に電話をかけて何の用だったんだ?」「別に用はないけど……ただ、声が聞きたくて……」清春は冷たい声で遮った。「昨晩、兄に何を言った?」スマホには、通話履歴が十数秒だけ記録されているのがはっきりと残っていた。それだけで、清春の胸に嫌な予感がざわめき立った。「
Read more

第862話

朝になって、清春は完全に熱が下がり、これ以上同行するのをやめることにした。現地のガイドに連絡をつけ、清春を近くの都市の空港まで送り届けるよう手配した。朔は車に乗り込む彼を見つめ、何度も念を押した。「帰ったら、あっちの問題をしっかり片付けるんだぞ。喧嘩はするな。何かあっても座ってじっくり話し合えばいい。決して焦るなよ」「分かったよ、兄さん。兄さんも早く戻りなよ、皆を待たせちゃうから」「空港に着いたら電話してくれ。繋がらなければメッセージでもいい。チケットはもう手配してあるし、東都の医療チームにも連絡をつけてある。帰ったら、まずは病院で検査を受けるんだぞ」「分かった」朔は完璧に手配し終えてから、ようやくきびすを返した。遠ざかっていく兄の背中を見つめながら、車に座っていた清春は深く息を吐き出した。彼があの愚かな女をそばに置いていたのは、最初から彼女にまだ利用価値があると思ったからに過ぎない。彼女を使えば、凛や蓮とのコネクションが作れると考えていたのだ。清春は、自分自身の価値というものを痛いほどよく理解していた。家柄もなく、両親はすでに他界、兄の朔は確かに個人の能力は飛び抜けていたが、お人好しすぎて、無意味な医療支援にばかり首を突っ込んでいた。挙句の果てに、全財産を失ったのだ。周囲からは苦労を重ねて這い上がったエリート兄弟と持ち上げられ、確かに能力も申し分ない。だが、東都においては彼らなど取るに足らない存在にすぎなかった。何か事業を起こそうにも後ろ盾になってくれる者はおらず、強力な切り札となる資産もなかった。彼が必死に策を弄してきたのは、すべて自分の格を上げるためだったのだ。高校時代、晴のような愚かな女以外にも、清春は自分が一体どれほど多くの家柄の良い女性たちに好意をアピールしてきたか、もう覚えていない。だが悲しいかな、彼女たちは皆、彼を見下して相手にすらしてくれなかった。実の兄弟だというのに、彼と朔は全く違う人間だった。朔は幼い頃から現在に至るまで、何をしようとも常に女性たちの群れに囲まれ、彼に夢中になる者が後を絶たなかった。清春はシートの背もたれに寄りかかり、息を深く吐き出した。彼がこれまでしてきたことはすべて、ただ自分のために奪い、這い上がるためのものだった。……
Read more

第863話

誠から水を受け取り、数口飲んで、ようやく少しだけ生気を取り戻した。誠は彼女が少し落ち着いたのを見て、片側の眉を吊り上げ、からかうように言った。「これも君が言うインスピレーションの一部なのかい?」「……」真理は彼を完全に無視することにした。その後の道のりは、朔が極めて慎重に、ゆっくりと車を進めた。だが、幾重にも折れ曲がる険しい山道の連続を前に、さすがの紗月も土気色の顔をしていた。幸い、夜には予約していた宿に無事到着することができた。設備は前の宿よりもさらに粗末だったが、窓からは神々しくそびえ立つ雪山が真正面に望む、素晴らしい絶景が広がっていた。真理は一眠りして体力を回復させると、紗月を引っ張って写真を撮りに外へ出た。朔はタバコに火をつけ、窓枠に寄りかかりながら、誠と他愛のない会話を交わしていた。「昔、ここで訓練を受けていた時も、こんな宿に泊まっていたんですか?」「まさか、当時は、ここよりずっと過酷だった。若い女の子なんて一人もいなかったけどな」二人は顔を見合わせて笑った。後ろで片付けをしていた将さんは二人に向かってにっこりと微笑み、こう言った。「この辺りに咲く花畑には、ある言い伝えがあるんですよ。花畑には魔法の力が宿っていて、一緒にいる女の子に無性にキスをしたくなるってね」女将さんは二人にパチリとウインクをした。「恥ずかしがらないで、お客さんたち」明らかに、何か大きな勘違いをしているようだ。誠は指に挟んだタバコを深く吸い込み、灰皿でもみ消すと、ウインドブレーカーのフードをしっかりと被った。「俺がここに来たのは、まあ妻のわがままに付き合ってるだけだ。あんたはどうしてここへ?」「気分転換……あるいは、ここの言葉を借りるなら『巡礼』っていうものかな?」朔はタバコの煙をゆっくりと吐き出した。「簡単に言えば、会社でリストラに遭い、業界からは干され、事業は破綻し、ついでに体も少し壊した。でも、どん底から這い上がってみたら、人生なんて、実に儚くてちっぽけなものだと気づいたんだな」彼はごく淡々と語った。今、彼の人生は再び正しい軌道に乗り始めている。誠は軽く笑い、花畑の中へ真理を探しに行き、背中越しに朔へ手を振った。朔は、咲き乱れる美しいラベンダーの花畑を見つめた。
Read more

第864話

「àl'aube」のエントランスに、晴が再び姿を現した。外出先から戻ってきた遥は、エントランスの前にしゃがみ込み、頑として動こうとしない晴の姿を見て、一瞬自分の目を疑った。「万代さん、彼女がどうしてまたここに?」「ちょうど社長にご連絡しようと思っていたところです。この女、どうしても相沢さんに会わせろって譲らなくて。追い出そうとしたら妊娠してると言い出しまして。私も下手に手を出せなくて困っていたんです」晴は有無を言わさず、そのまま地面に転がった。泣き叫び、地べたに転がって駄々をこね、どうしても凛に会わせろと要求しているのだ。遥は彼女を一瞥し、淡々と言い放った。「警察を呼びなさい。いくら妊婦だからって、うちの業務を妨害していい理由にはならないわ」輝は「はい」と短く返事をした。遥が警察を呼ぶと言ったのを聞いて、晴はビクッと立ち上がった。「絶対に後悔させてやるからね!」遥は彼女の背中を数秒見つめ、「この人、最近、よく来てるの?」と輝に尋ねた。「今日だけでももう何度か来ていますよ。相沢さんはここには出社していませんよと伝えても、全く信じようとしないんです」遥は首を横に振った。「放っておきなさい」普通に考えれば、このビルには多くの人が出入りする。社員証を持たない晴は中に入ることはできず、せいぜいエントランスで騒ぎを起こすのが関の山だ。輝がしっかり監視していれば、中に入る隙などない。彼女が立ち去ったことで、遥もこの件をすっかり忘れていた。午後、退勤時間が近づいた頃、エントランスで大きな騒ぎが起きた。晴はどこからか集めてきたのだろう、メディアを何社も引き連れて現れたのだ。彼女は涙ながらに鼻をすすり、「àl'aube」と凛を激しく非難し始めた。「相沢凛は私の実の姉です!なのに彼女は、ずっと私たち家族を無視し続けているんです!私はまだしも、年老いた両親まで見捨てるなんて!自分だけは東都の大きなマンションで贅沢に暮らして、私たち家族を破産させて田舎に追い詰めたんです!私は今、妊娠しています。それなのに『àl'aube』は私を追い出し、水すら飲ませてくれませんでした。これが大企業の妊婦に対する態度ですか!?『à l'aube』の立花遥だの相沢凛だの、あんな人間性の欠落した
Read more

第865話

「私があなたたちの妹であることには間違いないわよね?お母さんが、私の面倒をしっかり見なさいって言わなかった?自分だけこんなにいい暮らしをしてるくせに、私や穆に仕事の一つも世話してくれないなんて!」凛は鼻で笑った。メディアの方に視線を移し、冷静にぐるりと見回した。「弟や妹の仕事に食事の世話、おまけに将来の結婚や子育ての面倒まで、すべて姉が責任を持つべきだと、皆さんもそう思われますか?」記者たちは絶句した。しかし、ライブ配信のコメント欄には声が溢れた。【何それ!姉だからってATM扱いされる筋合いはないでしょ】【さっき、親まで見捨てるなんてって言ってなかった?なんで急に仕事を紹介してくれないって話にすり替わってんの?】晴も、場の空気がおかしくなっていることに気づいた。慌てて口を改めた。「ち、違うわ……私が言いたいのは、あなたはお父さんとお母さんに対して申し訳ないと思わないのかってことよ!あなたを育てるのにあんなにお金をかけたのに、恩を仇で返して、お父さんとお母さんを田舎に追いやって苦労させてるじゃない!あなたは血も涙もない悪魔よ!」凛は、目の前にいる晴をじっと見つめた。メディアのカメラやマイクが彼女の顔すれすれまで突きつけられていたが、警備員たちが手際よく間に入り、距離を確保してくれた。凛の視線は、先ほど自分が晴の顔に叩き込んだ赤い指の痕に向けられていた。くっきりと赤く腫れ上がり、見ようによってはかなり痛々しい。晴は子供の頃から蝶よ花よと甘やかされて育ち、肌も柔らかいため、少し触れただけでもすぐに赤くなる。ましてや先ほど凛は怒りに任せて、かなり力を込めて叩いたのだ。凛が口を開いた。「お互いの言い分って、どうしても自分寄りの偏った見方になりがちよね」彼女はスマホを取り出した。そこには、一つの音声データが保存されている。穆の声が流れた。「姉さんがあんな風に出世したんだから、絶対いい金持ちと結婚できるよな。多めに結納金を取ってくれれば、俺が結婚する時の資金になるぜ。その後で、また姉さんに俺らの仕事を手配させよう。きつい仕事は嫌だから、『àl'aube』の部長くらいのポストがちょうどいいな」続いて、母親の恭子の声が聞こえた。「凛が私たちの言うことを聞かないなんて
Read more

第866話

彼女は青ざめた顔で、呆然と立ち尽くしていた。凛はすでに警察に通報しており、警備員たちが晴を引き剥がそうと待機していた。晴はよろめきながら駆け寄り、凛の足にしがみついて声高に泣き叫んだ。「お姉ちゃん、私が悪かったわ!本当に私が間違ってた!私のお腹の中にいる、あなたの将来の甥っ子に免じて、どうか怒らないで!」足元にひれ伏す晴を見つめながら、凛はもう彼女と無駄話をする気すら起きなかった。「今は時代も変わったのよ。妊婦だからって逮捕されないとでも思った?」その一言に、晴は顔から血の気を引かせた。「ダメ、ダメよ!そんなの絶対ダメ、私……妊娠してるのよ!でも、清春が、あいつが私に産ませてくれないの……」昨夜、清春は家に帰るなり、開口一番「その子は堕ろせ」と言い放ったのだ。二人が一緒にいる時、晴にとって甘い体験など何一つなかった。まさに「まな板の上の鯉」のように扱われていたと言っていい。清春はそっちの方面に関して、かなり異常な性癖を持っていた。晴は彼に合わせるしかなく、毎回全身傷だらけになり、苦痛に耐え忍んでいた。ようやく耐え抜いて妊娠し、子供ができれば彼も自分と結婚し、これからは清春を意のままにコントロールできるようになると思い込んでいたのだ。だが、彼から返ってきたのは冷たい言葉だけだった。「本当に私の子か?堕ろせ」晴は、果てしない深淵に突き落とされたような絶望を味わった。凛は彼女を見下ろした。「それが私と何の関係があるの?あなたの子供を産むか産まないかはあなたの自由だし、あなたがどんなクズ男と付き合おうと、私の知ったことじゃないわ」「お姉ちゃん、そんなこと言わないで。お姉ちゃんに見捨てられたら、私生きていけないよ……もし田舎に戻ったら、お父さんやお母さんは私に、もっとひどいことをするに決まってるわ……あんたは実の娘なのに、それでもあんな風に利用しようと企んでる。血の繋がってない私なら……もっと悲惨な目に遭うはずよ……」子供の頃、晴は凛の機嫌を取るために、よく似たようなことを言っていた。だが事実は全く逆だ。恭子と文太は、凛と比べれば、晴には十分すぎるほどの愛情を注いでいた。少なくとも、凛がどれだけ欲しがっても得られなかった愛を、彼らはすべて晴に与えていたのだ。
Read more

第867話

彼女は、北の雪山にいる朔に連絡を取り、彼から清春の電話番号を聞き出して直接電話をかけた。「藤堂清春さん?私、相沢凛よ。晴が、お腹の子供はあなたの子だと言い張ってるわ。問題になる前に、彼女をここから引き取りに来なさい」電話の向こうで、清春は一瞬言葉を失った。そして、すぐに承諾した。彼が急いで現場に駆けつけ、晴の姿を見た瞬間、血の気がサーッと引いていった。彼は凛の前に進み出た。「申し訳ありません、相沢社長。私が彼女をしっかり見張っていなかったせいです。それに……彼女のお腹の子が本当に私の子かどうか、その点についてはまだ疑問の余地があると考えています」晴は目を丸くした。「清春!どうして信じてくれないの!?私、ほかの男なんかと関係を持ったことない!」清春はどこまでも冷静で、冷酷だった。「君は、行く当てがなくなって私に助けを求めてきたんじゃないのか?家賃を払えないからって、体で払うって言い出したのは君自身じゃないか。君が今着ているその服だって私が買ってやったものじゃないぞ。そのお腹の子供だって……一体どういうことか、誰にも分からないだろう?」晴が着ているその服は、確かに清春が買ったものではない。それは彼女が昔の取り巻きの男に連絡し、泣き落として哀れみを買い、恵んでもらったものだ。清春がそれを見た時、何も言わなかった。晴はてっきり、彼が気付いていないのだと思っていた。まさか、ここでその話を持ち出されるとは。清春が晴に向ける視線には、嫌悪感が混じっていた。「私が親切で君を住まわせてやったのも、君が姉から家を追い出されたと嘘をついたからだ。同級生のよしみで、君が路頭に迷うのを見過ごせなかったのに、まさか君がこんな……」周囲にはまだメディアのカメラが回っている。清春の顔に浮かんだ落胆の表情は、絶妙なまでに自然だった。彼は苦笑いを浮かべた。「正直に申し上げますと、実は私、先天性の心臓病を患っていまして。そのせいで、学生時代に彼女を口説いていた時も、ずっと嫌がられていたんです。医者からは、その病気の影響で、私は一生子供を持てないかもしれないと言われています」誰も、自分の傷口を自ら晒したくはない。男であればなおさらだ。それを聞いた周囲の人々が晴に向ける視線
Read more

第868話

清春は普段、どこか堂々としていて裏表がないように見えた。少なくとも言葉遣いにおいて、感情を激しく乱すことはなかった。それがあっさりと手のひらを返し、まるで別人のようになるなんて。晴に手をあげただけでなく、彼女をそのまま放り出し、振り返りもせずに立ち去るとは。顔を押さえて地面にへたり込み、無残に泣き崩れている晴を見つめながら、凛は車を路肩に停め、窓を下ろした。彼女は冷めた目で晴を見下ろした。財布からお札を数枚取り出し、窓から差し出した。「ほら、持って行きなさい。それともくだらない意地を張って突っぱねるか、好きにしなさい」晴は下唇を強く噛み締めた。目には涙が浮かんでいる。自分の最も惨めでみっともない姿を、よりによって一番見られたくない凛に見られてしまった。まるで無数のアリが体を這い回っているかのように耐え難いものだった。だが、金には勝てない。晴は手を伸ばして凛が差し出したお金を受け取ると、ふいっと顔を背け、少しでもこの惨めさを誤魔化そうとしているかのように手の甲で乱暴に涙を拭い去った。おかしな話だ。「àl'aube」で騒ぎを起こした時、晴は全く恥ずかしいとは思わなかった。ただひたすらに、凛を社会的に抹殺することだけを考えていた。自分がこんなに不幸なのだから、凛だけが幸せになるなんて絶対に許せなかった。だが、こうして凛に助け舟を出された今になって、晴はようやく顔が熱くなるような激しい屈辱を感じていた。凛は尋ねた。「彼、いつもあなたにこういう態度なの?」「……余計なお世話よ。私を笑い者にしたいなら、とっとと消えなさいよ」凛は舌打ちをした。口だけは達者だ。彼女は晴を哀れむつもりなど毛頭なく、財布に入っていた現金をすべて渡してやっただけだ。前方の信号が青に変わり、退勤ラッシュの車の波が動き出した。凛は再びアクセルを踏み込み、車の流れに合流した。バックミラー越しに、晴が地面から這い上がり、タクシーを捕まえて彼女たちとは逆方向へ去っていくのが見えた。凛のスマホに、蓮から電話がかかってきた。仕事は終わったのか、今夜は何を食べるのかと気遣う連絡だった。凛が遥と食事に行くと聞いて、蓮は気を利かせて言った。「迎えに行くよ、ついでに会計も済ませようか?」「いいよ、おごっ
Read more

第869話

デパートのスクリーンは非常に大きく、茜の笑顔も画面いっぱいに映し出されていた。その写真を見つめていると、遥はなぜか目頭が熱くなった。妊娠後期のせいか、涙腺がひどく緩くなっている。このような光景を見るだけで、思わず涙がこぼれそうになるのだ。凛も顔を上げてその写真を見た。「あれって、前にあなたにイメージキャラクターをやらせてほしいって直談判しに来たあの子じゃない?」「ええ。芸能界を引退して、今はアフリカで野生動物の保護に携わっているみたいね」凛はハンドルを切り、デパートの一帯を通り抜けた。「今の彼女の方が、うちのブランドのイメージキャラクターにずっとふさわしいと思うわ。真理ちゃん、今度は「北の古き民」からインスピレーションを得たジュエリーを作るつもりなんでしょ?今の茜さんなら、すごく合ってるわよ」甘く可愛らしいアイドル路線で売り出していたかつての茜よりも、今の彼女のほうが、「アンサンブル」のジュエリーの魅力を遥かに力強く表現できるはずだ。「後で彼女に連絡してみるわ。アンバサダーとして協力してくれないか聞いてみる。イメージモデルは無理かもしれないけど」現在の茜は、そうした肩書きを気にしていないだろう。彼女の人生の舞台は、華やかなスポットライトの下から、果てしない大自然と自由へと完全に移り変わっていた。……一方その頃、北の山岳地帯。ついに星鏡湖(せいきょうこ)の畔へと到着した。しかし、事前に予約していたホテルで手違いがあり、空室がないというトラブルに見舞われた。数人で周辺の宿を探し回ったがどこも満室で、結局、現地の地元民のテントを一晩借りてやり過ごすことになった。誠は地元民から暖を取るための火鉢を借り、空き地で焚き火を熾した。見上げれば、頭上には言葉を失うほどの満天の星が広がっていた。高地の夜、時折、この星空のように果てしなく広がる孤独を感じることがある。真理と誠は肩を寄せ合って座っていた。二人は今後の結婚式の準備について話し合っている。結婚式は東都で挙げる予定だ。それは高橋家の意向でもあり、高橋家のお爺様もお婆様も、揃って東都まで足を運んでくれるという。真理は誠と結婚したのであり、高橋家に「嫁ぐ」わけではない。婚姻関係とは、二つの家族を深く結びつけるだけでな
Read more

第870話

外にしばらく座っていたが、夜の冷え込みは容赦なかった。朔が立ち上がり、焚き火の火を消しに行こうとした。「君は先に入ってなさい」今夜は四人で一つの大きなテントに泊まる。それぞれ布団にくるまって寝ることになっている。お互い何かあった時に助け合うには都合が良かった。紗月はその場に立ち止まり、手を擦り合わせて寒さをしのいだ。「ここで待ってますよ」今中に入れば、真理と誠がいちゃついているのを間近で見せられるハメになる。紗月はあの二人の邪魔をしたくなかった。「お邪魔虫」になる趣味はない。朔は手際よく火の始末をし、火鉢を返してから戻ってくると、紗月がまだその場で彼を待っているのを見た。彼女はマウンテンパーカーを羽織っていたが、外の寒さには耐えきれず、手を擦り合わせ、足をバタバタさせながら寒さに震えていた。朔は彼女の前に立ち止まった。「中に入らないのか?」紗月は両手の親指をくっつけて見せ、皮肉っぽく眉を上げた。「今頃チュッチュしてる最中ですよ?まさか中に入って見物する気ですか?」「……」しかし、火鉢はすでに返してしまった。二人が外で冷たい風に吹かれたまま睨み合っていても、身を切るような寒さに震えるしかなかった。朔はくるりと向き直った。「抱き合ってでもみるか?いや、変な意味じゃなく、ただ寒さをしのぐためだ」彼は黒のロングダウンコートを着ており、紗月の薄手のパーカーよりは遥かに暖かそうだった。紗月は断ろうとしたが、寒さのあまり歯の根が合わなくなっていた。朔からは、冷たく澄んだ白檀の香りが漂ってくる。それが彼の香水の匂いなのか、それとも地元民のテントで焚かれていたお香の匂いが移ったものなのかは分からなかった。「……怖気付いたのか?」「誰がビビるもんですか!」紗月は腹をくくった。手を伸ばし、朔の胸に飛び込んで彼を抱きしめた。二人が体を密着させると、確かに先ほどよりはずっと暖かく感じられた。ただ、この突然のハグに、二人とも一瞬だけ頭が真っ白になった。朔は紗月の肩に掛かっていたパーカーを整え、彼女をすっぽりと蓑虫のように包み込んでから、慎重に腕を回した。朔の体温は、紗月のそれよりも高い。彼を抱きしめていると、まるでストーブを抱え込んでいるようで、紗月の凍りつい
Read more
PREV
1
...
8586878889
...
97
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status