遥は思わず見惚れてしまった。相手が湊でなければ、写真を撮って保存したいくらいだ。ラフ画の修正資料として最適だ。湊は何を着ても絵になる。学生時代はあまりスーツを着なかったのが悔やまれる。あの頃は見られなかった姿を、今こうして堪能できるとは。もちろん、堂々と見るわけにはいかないが。湊は彼女の視線に気づき、視線を下げて言った。「何をしている?」寝不足でイライラしていたのと、玲奈の挑発に腹を立てていたせいで、つい感情的になってしまった。だが湊を前にすると、その勢いは霧散した。直属の上司に逆らう度胸はない。それに、さっきの発言は、ついカッとなって口走っただけだ。もし湊が玲奈の肩を持つつもりなら、甘んじて受け入れるしかない。玲奈は湊を見るなり、泣き出した。遥を指差し、あざとく訴える。「湊さん!この人が、私があなたを誘惑してるって、根も葉もないことを言っていますよ!」遥は頭が痛くなった。湊はこんな女のどこがいいのか。それとも、こういうタイプが好みなのか?遥はコーヒーカップを持って、どさくさに紛れて逃げ出した。湊の後ろから遅れてやってきた健太は、玲奈の発言を聞いて頭を抱えたくなった。厳しい顔で玲奈を連れ出す。給湯室には湊一人が残された。窓から差し込む薄い日差しが、カーペットに落ちている。湊の節くれ立った手が、カウンターの上のあるものを拾い上げた。猫の形をした陶器のカップの蓋だ。遥が忘れていったものだろう。蓋の縁に、うっすらと赤い跡がついている。おそらく口紅だ。唇のシワまで見えるようだ。遥には癖がある。何かに集中している時、無意識に物を噛むのだ。おそらくコーヒーが冷めるのを待つ間に、蓋を噛んでいたのだろう。陶器だから跡は残らないはずだが。湊はさっき遥が言った言葉を思い出していた。昔の面影があった。今の彼女は、昔とは別人かと思うほど変わってしまった。彼女が言っていた父の死が影響しているのだろうか。遥は父親と仲が良かった。それは湊も知っていた。周りは遥のことを性格が悪い、わがままだと言うが、湊はそんな彼女が好きだった。光が湊を照らす。彼はスマホを取り出し、手にした蓋を撮影した。インカメラに切り替え、自撮りをして、二枚とも遥のL
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