景司との婚約の件は、私の意思とは関係なく巻き込まれたものだった。けれど、もし結婚という人生の一大事にまで私が踏み込んでしまえば、本物の穂乃花と景司――本来結ばれるべき恋人同士に、とり返しのつかない痛みを残すことになってしまう。私自身、景司には深い感情を抱いている。だからこそ、彼には心からの幸せを手にしてほしい。彼が本当に愛する人と、結婚という人生の殿堂へと歩みを進めてほしい。そしてその相手こそ、紛れもなく本当の穂乃花なのだ。数分後、ドア越しに控えめなノックの音が響いた。「穂乃花……ごめん。今回は、俺があまりにも急ぎすぎた。結婚のことは、穂乃花の気持ちが整ってから、またゆっくり話そう」私は返事ができなかった。外では、まるで季節外れの大雨が叩きつけるように降っていた。景司はうなだれたまま、雨の中へと歩き去っていった。あんなに辛そうな顔をしていたのに、それでも最後にわざわざ私のことを気遣ってくれたのだ。二階の窓から彼の背中が遠ざかっていくのを見つめながら、胸の奥がじくじくと痛み続けた。あの日以来、私は毎日穂乃花の両親に付き添い、景司とは一ヶ月近く顔を合わせていない。おそらくプロポーズの件は彼にとって大きなショックだったのだろう。もしかしたら、もう私に会いたくないのかもしれない……そんなふうに思うようになっていた。だからこそ、風間家から一家そろって招待されたときも、私は体調不良を理由に断った。余計な気まずさを生みたくなかったのだ。その日、家にいたのは私ひとり。退屈しのぎにベランダで風に当たっていると、雅紀から電話がかかってきた。「稔ちゃん、すごく美味しいフレンチのお店を見つけたんだけど、時間あるかな……」私はすぐに遮った。「ない」「最近、街の西に新しい遊園地ができたんだ。そこのジェットコースター、ほんとに楽しいんだよ……」「そんな気分じゃない」受話器の向こうで、雅紀の声がしゅんとしぼむ。「そっか……じゃあ、ゆっくり休んでね。君が断っても大丈夫。どうせ元の世界に戻ったら、僕たちにはまだ長い時間があるんだから」もう聞いていられなくて、私は電話を切った。振り返ると、そこに景司が立っていた。不満を隠しきれない顔で、じっとこちらを見据えている。「嘘つきだ。体調が悪いから来られなかったって言ったのに、こうしてベ
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