「私が水をこぼした時、君は真っ先に私のプライドを守ってくれた。マニュアルには『迅速に片付ける』とは書いてあっても、『客の羞恥心を和らげる』とは書いていないはずだ」「は、はいっ」 佐々木が恐縮して頭を下げる。 アーサーは隼人に向き直った。「ミスター・クロサキ。以前の君のホテルは、確かに完璧だった。塵一つなく、一分の遅れもない。だが、そこには『人間』がいなかった」 老紳士は、ロビーを行き交うスタッフたちを見渡した。 清掃員が子供に手を振っている。コンシェルジュが老婦人の話し相手になっている。 以前のように、小夜子が1人で奮闘しているのではない。 スタッフそれぞれにおもてなしの精神が宿り、彼ら自身の意志で動いていた。「今のここには、血が通っている。建物を作るのはコンクリートだが、安息地(サンクチュアリ)を作るのは『愛』だ」 アーサーは懐から一通の封筒を取り出して、隼人に手渡した。 封蝋がされた重厚な手紙は、かつてミレーヌが贈ってきたものと似ている。「受け取ってくれたまえ。……文句なしの評価だ」 隼人は封を開けた。 中に入っていたのは、金色の箔押しがされた認定証。 そこに刻まれていたのは、五つの星。 正真正銘、世界最高峰の証だった。「五つ星……!」 小夜子が感極まって口元を押さえる。 ロビーにいたスタッフたちから、歓喜の声と拍手が沸き起こった。 ミレーヌが隼人に近づき、初めて心からの笑顔を見せた。「おめでとう、隼人。そして小夜子。……貴女が、この冷たい城に魔法をかけたのね」「いいえ」 小夜子は涙をにじませながら首を横に振った。「私はただ、当たり前のことをしただけです。……このホテルを、旦那様を、スタッフの皆さんを愛していますから」「ふふっ……。ご馳走様」
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