All Chapters of 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く: Chapter 181 - Chapter 190

196 Chapters

180:破滅への招待状

 隼人の母と決着がついて、少しの時間が流れた。 アーク・リゾーツ本社、社長執務室。  壁掛けの大型モニターが、経済ニュースを映し出していた。『――速報です。老舗旅館グループ・白河が、民事再生法の適用を申請する見通しとなりました。負債総額は50億円を超え……』 キャスターの感情を伴わない声が響く。  隼人は書類から顔を上げることなく、リモコンで電源を切った。プツン。画面が暗転し、白河家の没落が闇に消える。「社長。白河清次郎氏より、面会の要請が来ておりますが」 秘書の問いかけに、隼人は冷ややかに答えた。「断れ。一切の援助はしないと伝えてあるはずだ。……あの家とはもう手切れだ」 母・真澄との決別を経て、隼人は過去のしがらみを断ち切ったつもりでいた。(俺には小夜子という新しい家族がいる。泥舟に関わる義理などないし、小夜子を関わらせることもない) だが彼は知らなかった。追い詰められた獣ほど、死に物狂いで牙を剥くということを。 ◇  同時刻、白河邸。かつて伝統ある旅館経営者として栄華を誇った屋敷は、荒れ果てていた。  給料未払いで、残っていた数少ない使用人は全員が逃げ出した。  電気代すら払えずに電気は止まり、薄暗いダイニングに重苦しい空気が淀んでいる。「……終わりだ。もうおしまいだ」 当主である清次郎が、頭を抱えて呻いている。 その横で、義母・緑が狂気を帯びた目で笑った。彼女の手には、古びた書類の束が握りしめられている。「何を言っているのです、あなた。まだ終わらないわ」 緑の唇が歪に吊り上がった。  娘の麗華が不安そうな目で母を見る。「お母様、どうするつもり?」「私たちには、まだあの『泥棒猫』がいるじゃない」 彼女の視線の先には、週刊誌の記者である男の名刺があった。 これが最後の切り札。小夜子を地獄へ道連れにするための、最悪の爆弾だった。◇  午後、タワーマンションのリビングにて。  小夜子は一人、アイロンがけをしていた。 小夜子は出社して仕事をこなすことも多いが、自分の1番の役割はあくまで家政婦だと思っている。  だから休日とは別に、こうして家事に当てる時間を取る日を確保していた。 隼人のシャツにスチームを当て、しわを伸ばしていく。この穏やかな時間が、小夜子にとっては何よりの幸せだった。 と。 ピンポーン。
last updateLast Updated : 2026-02-23
Read more

181

 ペーパーナイフで黒い封筒の封を切る。中から滑り落ちたのは、1枚の古い戸籍謄本の写しとDNA鑑定書。それらに加え、手書きのメモが入れられている。『お前の汚れた血について話をしましょう』 小夜子の視線が、戸籍の記述に釘付けになる。  そこには彼女の出生の秘密が記されていた。 父・白河清次郎。母・当時の使用人。そして、『認知』の2文字。「……ああ」 小夜子は驚かなかった。ため息のような声が漏れただけだった。 母が白河家を追い出された理由。  自分が父から娘として扱われず、義母の緑から虫けらのように憎まれていた理由。 母は白河家を追い出された後、たった1人で小夜子を育ててくれた。  不倫は許されることではない。  でも小夜子は、母の愛情を疑ったことはなかった。 生前の母が漏らした当時の事情と、白河家に引き取られて以後、執事の藤堂が教えてくれた事実。  断片的なそれらを継ぎ合わせれば、答えは出ていた。 父は雇い主である立場を悪用し、使用人だった母に無理やりに関係を迫った。  その結果生まれたのが小夜子だったのだ。 事実を突きつけられたところで、今更何とも思わない。ただやはりそうだったのかと、息を吐いただけだ。 けれど次の瞬間、小夜子の顔から血の気が引いた。『サンクチュアリを守りたければ、1人で来なさい』 自分の出自などどうでもいい。問題は、この事実が誰に向けられた刃なのかということだ。「サンクチュアリを、守りたければ……」 緑の狙いは小夜子ではない。 隼人が命がけで築き上げたあのホテル――そして引いては、アーク・リゾーツ社そのものなのだ。 ◇  指定されたのは、都内の古い貸会議室だった。 殺風景な部屋に緑が座っていた。かつての気位の高い貴婦人の面影はなく、髪は乱れて目は毒蛇のようにギラついている。「よく来たわね、小夜子」 緑は書類の束をテーブルに放り投げた。そ
last updateLast Updated : 2026-02-24
Read more

182

 汚い血。  汚いというのであれば、それは父の白河の血だろう。 しかし不倫の子という事実は覆らない。  母が愛情を注いでくれたことなど、不義の子というスキャンダルに比べれば、世間にとっては取るに足らないのだから。(私がいるだけで、旦那様の経歴に傷がつく) 小夜子は想像した。隼人が心血を注いだホテルが、彼女のスキャンダルによって好奇の目に晒されて、ブランド価値が地に落ちる様を。 あの毒母との決別を経て、ようやく手に入れた彼の平穏がまた壊される。  今度は小夜子自身のせいで。(私はやはり、彼の隣にいてはいけない人間だったのだ) 生まれながらに罪を背負った自分は、光り輝く彼の「聖域」にはふさわしくない。  小夜子の中で、悲しい計算式が成立してしまった。 隼人を守るための最適解。それは、自分が消えること。「……分かりました」 小夜子は静かに答えた。「離婚します。ですが、お金は請求しません。旦那様に迷惑はかけられません」「なっ、金がなきゃ意味がないじゃない!」「その代わり、私が戻ります」 小夜子は無表情で告げた。「白河家に戻り、一生、無給で使用人として働きます。私が稼げる生涯賃金と労働力、すべてを差し上げます。ですから、記事は出さないでください」「む……」 緑の両目に迷うような狡猾な光が灯る。  小夜子を失って以来、愚かな緑もどれだけ小夜子の能力に依存して家を回していたか気づいていた。  小夜子がいた時の白河家は、まがりなりにも経営が成り立っていたのだ。 それに緑は知っている。  最近の隼人がマスコミに向けて、ことあるごとに妻の功績を誇っているのを。  本当かどうか知らないが、最近のアーク・リゾーツ社の業績向上は小夜子のおかげだと隼人は言っている。 50億はふっかけたと緑にも自覚がある。全額引き出すのは難しいだろう。(なら、この娘をまたこき使ってやるわ。本当に有能なら白河の家を立て直せるでしょ
last updateLast Updated : 2026-02-25
Read more

183

「……」 結婚指輪を外せば、心臓の一部を抉り取られたような喪失感に、息が止まりそうになる。 ダイニングテーブルの上に、指輪と署名済みの離婚届と、1枚の手紙を置いた。『申し訳ありません。私は貴方の隣にふさわしい人間ではありませんでした。どうか探さないでください』 理由は書かなかった。 脅されたと書けば、隼人は必ず戦おうとするだろう。そうすればスキャンダルは泥沼化し、彼の経歴に傷がつく。  彼に自分を「裏切り者」だと憎ませる方が何倍もマシだ。「……さようなら」 小夜子は誰もいない部屋に向かって、深く頭を下げた。「さようなら、隼人さん。……いつまでも愛しています」 涙はこぼさなかった。泣く資格などない。  彼女はバッグを手に取ると、逃げるように部屋を出た。 背後のドアが閉まる音が、過去とこれからを断絶する音のように響いた。 ◇  夜になって、隼人が帰宅した。  手には有名パティスリーのケーキの箱を持っている。  今日は早く帰れると連絡していたのに、手間取ってしまった。その詫びにケーキを買ってきたのだ。 遅くなってしまった罪悪感と、好物のケーキを喜んでもらえる希望を胸に、隼人はリビングで声を上げた。「小夜子、すまない。遅くなった。土産を買ってきたぞ。お前の好きなモンブランだ」 リビングの電気をつける。返事がない。キッチンにも寝室にも、彼女の姿はない。「……小夜子?」 部屋の空気が妙に冷たいことに気づく。生活の匂いが消えている。  不穏な予感に心臓が早鐘を打った。 隼人の視線が、ダイニングテーブルの上に吸い寄せられた。 ぽつんと置かれたプラチナの指輪。それに紙切れ。  1枚は小夜子の名が記入済みの離婚届。  そしてもう1枚は、別れの言葉を綴った書き置きだった。「……あ」 隼人の手からケーキの箱が滑り落ちた。  箱が潰れて甘いクリームが床に広が
last updateLast Updated : 2026-02-26
Read more

184:残された者

 小夜子が去った翌朝。  タワーマンションの広すぎるリビングは、しんと静まり返っていた。  カーテンは閉ざされたままで、朝の光を拒絶している。 隼人はソファに深く沈み込むように座っていた。  あれから一睡もしていない。目は充血し、足元には無残に潰れたケーキの箱が転がっている。クリームが乾き、甘ったるい匂いが鼻につく。 片付けなければ、と頭では思う。  小夜子は汚れを嫌う。きちんと片付けなければ。『旦那様。家の汚れを放置するなど、あってはならないことですよ』 小夜子ならそう言うだろうと、ぼんやりと考える。  でも体が動かない。 隼人の手には、くしゃくしゃに握りつぶされた紙片があった。  小夜子の残した書き置きだ。  小夜子の名前が書かれた離婚届の上に、置かれていた紙。『私は貴方の隣にふさわしい人間ではありませんでした』 隼人はその文字列を睨みつけた。(ふさわしくないだと? 誰が? 小夜子が? ありえない!)「……ふざけるな」 隼人は低く唸ると、目の前のローテーブルに拳を叩きつけた。  ガシャン! 重たいガラスの天板が音を立てる。けれど胸の内の激情は少しも収まらない。  むしろ拳の痛みが、小夜子の喪失を際立たせた。 隼人の脳内データベースが、恐ろしい速度で回転を始めた。 昨夜までの彼女の様子を思い出す。  遊園地の観覧車での口づけが脳裏を流れた。震える手で彼を抱きしめた、体温が蘇る。 毒母を前に毅然と宣言された、「私が、あなたを愛します」の言葉。 隼人はどれほど救われたことか。 どれほど心が満たされたことか。 そうして身も心も結ばれた夜は、まるで魂の欠けを埋めたかのような満たされた気持ちになった。 隼人だけではない。小夜子も幸せそうに微笑んでいたのに。(あれが嘘? 全て演技だったというのか? ――そんなこと、あるはずがない) 隼人は即座に否定した。
last updateLast Updated : 2026-02-27
Read more

185

 1時間後。隼人はリビングでノートパソコンを開き、スピーカーフォンで通話していた。  秘書と警備チームを総動員して集めた情報が、次々と画面に表示される。「社長。マンションの防犯カメラ映像を解析しました。昨日の午後2時、バイク便が到着しています。差出人は不明ですが……」 画面に映し出されたのは、黒い封筒を受け取る小夜子の姿だ。  中身を確認した直後、激しく動揺している様子が見て取れる。「……なるほどな」 隼人の目が細められた。脅迫状か、あるいは彼女の急所を突く何かか。 パソコンの別ウィンドウには、今朝のニュースが表示されている。『老舗旅館グループ・白河、民事再生法申請へ』 白河家はいよいよ破綻した。  あの無能な一家はさぞ追い詰められていることだろう。 隼人は思い出す。彼の毒母・真澄が現れた時、小夜子が見せた「夫の経歴(キャリア)を守ろうとする強い態度」を。  あの時の小夜子は、普段の大人しい姿から想像もできないほど強い口調で真澄の前に立ちはだかった。 隼人を愛しているからこそ、思い切った行動を取る。  だからきっと、今回も。 バラバラだったピースが、カチリと音を立てて嵌まった。(あの腐りきった家か。……俺の妻を人質に、何を要求した?) 隼人はスマートフォンを掴み、短縮ダイヤルを押した。  相手は、アーク・リゾーツの顧問弁護士。表の法律だけでなく、裏社会の交渉事にも通じている古狸だ。「黒崎だ。……緊急の案件を頼む」 隼人の声は怒りに満ちていたが、その指示は氷のように冷静だった。「私の妻が、実家の白河家に軟禁されている可能性が高い。……いや、本人の意思で戻った形を取らされているはずだ」『ほう。警察を動かしますか?』「警察は後だ。悠長な事情聴取など待っていられない」 隼人はパソコンの画面の中の、うなだれる小夜子の映像を見つめた。「物理的な確保が最優先だ。私が直接乗り込む。……だが、先生。法的な手続
last updateLast Updated : 2026-02-28
Read more

186

 給湯器は壊れたまま、修理するお金もない。  小夜子は氷水のように冷たい水道水で、黙々と皿を洗っていた。  指先はすでにあかぎれ、感覚がなくなりかけている。(せっかく隼人さんにハンドクリームを買ってもらって、あかぎれがなくなったのに) 小夜子は内心で寂しく笑った。  ハンドクリームはタワーマンションに置いてきた。  あれは隼人の妻がもらったものだ。今の小夜子には過ぎた品物。 指はじんじんと痛んだが、それでも彼女は手を止めなかった。 隣のダイニングからは、暖房の効いた部屋で食事をする父と義母、義姉の高笑いが聞こえてくる。「あはは! やっぱりこの家には召使いが必要ね。手が荒れる仕事なんて、私たちには無理だもの」 義姉の麗華がワイングラスを傾けながら言った。「あの女、追い出されて帰ってきたんでしょ? みじめねえ。玉の輿に乗ったと思ったら、あっという間に転落して」「ふん。当然の報いよ」 義母・緑が肉を切り分けながら鼻を鳴らした。「でも、タダ飯を食わせるわけにはいかないわね。皿洗いが終わったら、金策をさせないと。黒崎隼人から50億ふんだくるのに失敗したんだから、あいつに稼いでもらわないとね」「何をやらせるの、お母様? あんな地味な女、水商売でも稼げないわよ」「さあ? そんなこと私が考える必要ないでしょ」 緑は底意地の悪い笑みを浮かべた。「計画を立てるところから、あいつがやればいいのよ。黒崎自慢の『有能な妻』なんだから。自分の身を削ってでも、私たちに金を運んでくる方法を考えさせなさい」「ああ、それはいい。面倒な計画やら計算やらは、召使の仕事だからな」 父の清次郎も笑った。 彼女たちは小夜子を虐げるだけでは飽き足らず、その能力すらも「自分たちを救う道具」として搾取しようとしていた。  他力本願で浅ましく、骨の髄まで腐りきった会話が繰り広げられている。 厨房の小夜子は「家族」の言葉を聞きながら、ただ機械のように手を動かし続けていた。
last updateLast Updated : 2026-03-01
Read more

187

 食事と後片付けが終わった後、小夜子はダイニングテーブルの前に立たされていた。  上座には義母・緑が座り、その横には父・清次郎が背中を丸めて座っている。「……よく戻ってきたわね、小夜子」 緑が低い声で笑った。目は落ちくぼんで、狂気をじみた光を宿している。  彼女は手元の書類――小夜子の戸籍謄本と、週刊誌のゲラ刷りをテーブルに叩きつけた。「あんたの汚れた血のせいで、うちは滅茶苦茶よ。清次郎さんも、なんてふしだらなことをしてくれたのかしらねぇ」 緑は横にいる夫を睨んだ。  しかし清次郎は何も言わない。  小夜子の方を見ようともせず、ただ自分の膝の上で震える手を組んでいるだけだ。「……わしは知らん。緑の言う通りにしてくれ」 清次郎は蚊の鳴くような声で言う。  小夜子の胸の奥で、何かが静かに死んだ。ああ、この人は父親ではない。ただの保身に走る、弱くて醜い生き物だ。 もとより血が繋がっているだけの父だった。  無理やりに愛人とした小夜子の母のことも打ち捨てて、娘を使用人扱いするような男だ。  小夜子は父への微かな期待を捨てた。「さあ、本題に入りましょうか」 緑はワイングラスに残った安酒を煽ると、身を乗り出した。「あんたが黒崎隼人の経歴に泥を塗りたくないという『健気な心』は評価してあげるわ。でもね、ただ離婚して戻ってくるだけじゃ足りないのよ」 緑は一枚の契約書を放り投げた。「黒崎にサインさせなさい」 それは『融資契約書』だった。だが内容は常軌を逸している。  金額欄は空欄、担保なし、返済期限なし。事実上の「無制限の資金供与」を約束させるものだ。 一度は50億を引き出すのを考え直した緑だったが、小夜子が手元に戻ってきたせいで逆に欲が出た。  人質がいれば、何でも言うことを聞かせられると思ってしまったのだ。「黒崎隼人に、白河家の負債をすべて肩代わりさせなさい。そして、今後も私たちが要求する額を無条件で支払うように約束させるの。できるで
last updateLast Updated : 2026-03-01
Read more

188

 小さなメモリーカードを見て、緑が眉を寄せる。「な、なによそれ」「お義母様。貴女がこの10年間、旅館の売上の一部を隠して裏金を作っていたこと、私は知らないとでも思っていましたか?」 緑の顔色が凍りついた。「貴女は架空の人件費や修繕費を計上し、現金を抜いていました。その金は、屋根裏部屋の床下にある隠し金庫と、海外の口座に分散して隠していますね?」「なっ……!?」 緑が立ち上がった。椅子が倒れる音が響く。 なぜバレているのか。あの隠蔽工作は完璧だったはずだ。そんな言葉が顔に書いてある。「ほ、本当なのか、緑!?」 清次郎が目を剥いている。「家政婦を侮らないでください」 小夜子は淡々と告げた。「私はこの屋敷の隅々まで、毎日掃除をしていました。床板の軋み、壁の厚みの違和感、貴女が深夜にコソコソと帳簿を書き換えていた時のゴミ箱の中身……。全て見ていました」 小夜子はメモリーカードを掲げた。「ここには、私が10年かけて集めた裏帳簿のコピーと、脱税の証拠写真が入っています。これを国税局と警察に提出すれば、貴女は確実に刑務所行きです」 ただ震えて従うだけだった「灰かぶりの子」の、初めての反撃だった。 これは本当に最後の切り札。 白河家の伝統が保たれていた方が、本来であれば隼人のメリットになる。これを表に出してしまえば、隼人が契約結婚までして手に入れた「伝統」が無駄になってしまう。 だから小夜子はメモリーカードを白河の家に置いて隼人に嫁いだ。 使わないで済むならば、それが1番だと思って。 それに小夜子が不義の子である事実は、緑たちを刑務所行きにしたところで消えない。スキャンダルをなかったことにはできないのだ。 でも、もう温存しておく段階は過ぎた。 隼人から愛されて自分を取り戻した彼女は、今は無力な犠牲者ではない。戦う覚悟を持っている。「き、貴様…&h
last updateLast Updated : 2026-03-02
Read more

191:聖域の騎士

 ドォォォォォォォンッ!!!! 世界の終わりもかくやという轟音が、白河の屋敷全体を揺るがした。 建物全体が激しく揺れる。 次の瞬間。 ダイニングの壁一面が、文字通り「爆ぜた」。 漆喰と木材が粉々に粉砕されて、凄まじい爆風と土煙が室内に吹き荒れる。「きゃあああああっ!?」 緑が悲鳴を上げる。爆風にあおられて無様に尻もちをついた。 ナイフが手から滑り落ち、カランと虚しい音を立てて転がる。 清次郎と麗華も「ひいぃっ!」と悲鳴を上げ、部屋の隅へと逃げ惑う。 粉塵がもうもうと舞い上がる。 その裂け目から、巨大な黒い影がヌッと姿を現した。 大きな車体から伸びたアームの先端に、黒ぐろとした鉄球が揺れている。 ――鉄球クレーン車だった。 壁の裂け目からは、無惨に壊された庭と塀が見える。 建物解体を目的として作られた重機により、白河邸が誇る堅牢な塀も、歴史ある外壁も、まるで紙細工のように突き破られていた。 ダイニングは瓦礫の山となっている。 そんな中、雨音と共に、コツ、コツ、と硬質な革靴の音が響いた。 土煙を払い、一人の男が悠然と歩いてくるのが見える。 オーダーメイドのスーツは雨と埃で汚れている。 だが全身から放たれる覇気は、汚れるどころか鬼気迫るほどの輝きを放っていた。 ――黒崎隼人。「……く、黒崎くん!?」 腰を抜かした清次郎が、引きつった声で名を呼んだ。 緑が震える指で、壁の大穴と隼人を交互に指差す。「あ、あんた、気でも狂ったの!? これだけの器物損壊、ただで済むと思って……。犯罪よ、こんなの! 警察に通報してやるわ!」「器物損壊?」 隼人は瓦礫の一つを爪先で蹴り飛ばし、冷たく笑った。整った美貌であるだけに、ひどく冷酷に見えた。「自分の持ち物を壊して、何が悪い」「は……?」
last updateLast Updated : 2026-03-03
Read more
PREV
1
...
151617181920
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status