隼人の母と決着がついて、少しの時間が流れた。 アーク・リゾーツ本社、社長執務室。 壁掛けの大型モニターが、経済ニュースを映し出していた。『――速報です。老舗旅館グループ・白河が、民事再生法の適用を申請する見通しとなりました。負債総額は50億円を超え……』 キャスターの感情を伴わない声が響く。 隼人は書類から顔を上げることなく、リモコンで電源を切った。プツン。画面が暗転し、白河家の没落が闇に消える。「社長。白河清次郎氏より、面会の要請が来ておりますが」 秘書の問いかけに、隼人は冷ややかに答えた。「断れ。一切の援助はしないと伝えてあるはずだ。……あの家とはもう手切れだ」 母・真澄との決別を経て、隼人は過去のしがらみを断ち切ったつもりでいた。(俺には小夜子という新しい家族がいる。泥舟に関わる義理などないし、小夜子を関わらせることもない) だが彼は知らなかった。追い詰められた獣ほど、死に物狂いで牙を剥くということを。 ◇ 同時刻、白河邸。かつて伝統ある旅館経営者として栄華を誇った屋敷は、荒れ果てていた。 給料未払いで、残っていた数少ない使用人は全員が逃げ出した。 電気代すら払えずに電気は止まり、薄暗いダイニングに重苦しい空気が淀んでいる。「……終わりだ。もうおしまいだ」 当主である清次郎が、頭を抱えて呻いている。 その横で、義母・緑が狂気を帯びた目で笑った。彼女の手には、古びた書類の束が握りしめられている。「何を言っているのです、あなた。まだ終わらないわ」 緑の唇が歪に吊り上がった。 娘の麗華が不安そうな目で母を見る。「お母様、どうするつもり?」「私たちには、まだあの『泥棒猫』がいるじゃない」 彼女の視線の先には、週刊誌の記者である男の名刺があった。 これが最後の切り札。小夜子を地獄へ道連れにするための、最悪の爆弾だった。◇ 午後、タワーマンションのリビングにて。 小夜子は一人、アイロンがけをしていた。 小夜子は出社して仕事をこなすことも多いが、自分の1番の役割はあくまで家政婦だと思っている。 だから休日とは別に、こうして家事に当てる時間を取る日を確保していた。 隼人のシャツにスチームを当て、しわを伸ばしていく。この穏やかな時間が、小夜子にとっては何よりの幸せだった。 と。 ピンポーン。
Last Updated : 2026-02-23 Read more