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DISTANCE のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

54 チャプター

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 俺はビデオカメラを回収してから、いつもよりも数段入念に真澄サンを介抱した。  ゆるゆると意識を取り戻した真澄サンの顔を覗き込むと、しばらくぼんやりと俺の顔を見上げていた。「もしかして、やりすぎた? 我慢した方が気持ちイイのが大きくなるから、ちょっと意地悪しすぎたかな?」 我に返ると、急に頬を赤く染めて俺を睨みつける。「酷いじゃないかっ!」 「ごめんね〜。でも、こういうのも趣向が変わってて、刺激的だったでしょ?」 「俺は、こんなのは二度とごめんだ」 「え〜そんなコトないでしょ? レストランでローター動かした時なんて、スゲー感じてたじゃん、真澄サンと目が合ったボーイ、マジでのぼせあがってたぜ?」 「ふざけるな!」 怒鳴る真澄サンを宥めようとして、キスを仕掛けても、スゴイ勢いで髪を掴まれて引き離された。  どうやら本気モードで怒っているらしい。  俺は神妙な顔をして、頭を下げた。「ごめんなさい。そんなにヤだったなら、謝る。どーしても許せないって言うなら、殴ってもいいよ」 口ではそう言ったけど、内心じゃ絶対殴られないと思ってた。  どんなに怒っていても、真澄サンみたいに育ちの良いヒトは、謝っているヤツを殴ったりしないものだ。  案の定、今まで俺のことを睨みつけてた真澄サンが、困ったみたいに視線を外している。  俺は神妙な顔を維持したまま、肩口に擦り寄った。「ホント、ごめん……。たまにはああいう刺激的なのも、愉しんでもらえると思ったんだ」 「あんなのは、不愉快だ」 「うん、よくわかった……」 様子を窺いつつ頬に唇を寄せてみたが、どうやら髪を引っ掴まれる気配はないようだ。  俺はひと安心して真澄サンを抱き寄せると、目元に軽いキスを繰り返した。 そういえばさっき、俺は真澄サンを泣かしちゃったんだっけ。  もちろんあれは感情的な涙ではなく、生理的に堪えきれなくなったのだろうが、いずれにせよちょっと無茶をしすぎたようだ。  でもあの時の事を思い返すと、やりす
last update最終更新日 : 2025-12-13
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 アパートの部屋に戻り、隠し撮った画像を再生して見た。 期待以上だ。 置きっぱなしの固定カメラだし、ホームビデオの画質レベルなのだが、そんなコトで真澄サンの容姿が見劣りするわけもなく、ベッピンのシロウトがマジで本番をやらされてる様子が、生々しく映っていた。  これなら目一杯吹っ掛けても、ディーラーは言い値で買い取るだろう。  とりあえずグチ金にまとまった返済ができる。  そう思ってホッとしながら、俺はビデオのスイッチを切った。  だけど気持ちの隅っこでは──これは他人には見せたくないな……なんて。 何考えてんだ、俺は。  こうやって撮った映像で荒稼ぎしたのは、今までに何度もあるし、相手にバレて一悶着の末、慰謝料と称してアガリの一部をふんだくられたことだってあった。 今さら綺麗ごとを言っても始まらない。  グチ金にまとまった金を返しておかなければ、商売のできない体にされても文句が言えないのだ。  ヤツらに袋叩きにされたら、腕の一本や二本どころか、命まで取られる可能性がある。  甘ちゃんなことを言ってる場合じゃない。 俺は、画像を焼き付けたDVDを持って、DISTANCEに向かった。  買い取りのディーラーは、DISTANCEのマスター経由でコンタクトするのが一番確実だ。  だがマスターは、いつものように俺の持ち込んだ画像を検品すると、いつになく渋い顔つきになった。「……イオリ、コレってばこの間のベッピンさんじゃん。ずいぶんイイ身なりしてたけど、もうスッテンテンにしちゃったの?」 「なんだよ、いきなり」 「だってさぁ、もう全く相手から金の取りようがないって時じゃなきゃ、ここまであくどいコトしない主義……じゃなかったっけ?」 「んなコト言ったって、グチ金の怖い取り立て屋が背後に迫ってるんだぜ? 背に腹代えられないだろ」 「そりゃまぁ、そうなんだろうけどさ。それならこのベッピンから寄付を募ればいいんじゃないの? その様子だと、まだこのベッピンと付き合う気があるんでしょ? むしろ俺は、このビデオをベッピンに買い
last update最終更新日 : 2025-12-14
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5.グチ金

 ぐたぐた悩んでる間に、数日が経った。  金策に窮したまま街中をふらついていた俺は、裏路地でいきなり声を掛けられた。「おいイオリ」 振り返ると、ストライプの白っぽいスーツを着たグチ金が、数人の手下を連れて立っている。  グチ金は小柄で痩せた男だが、ちょっと爬虫類的な目つきをしている。  連れている手下達は、それなりにマッチョな感じのデッカイ男だが、その中にいて見劣りしないのは、この感情の読めない目つきと、常に浮かべている口元の笑いのせいだろう。  小柄なグチ金がデッカイ手下をゾロゾロ連れて歩いているの……なんて、いかにも目立つ。  それにも気付かずぼんやりしていた自分に内心で舌打ちしつつ、仕方ないので俺は愛想笑いを浮かべた。「ああ、どうも」 「返済期日が過ぎてるぜ」 「あれ、そうでしたっけ?」 「バカのフリしても、誤魔化されてなんかやらねぇよ?」 グチ金の顔は笑っているのに、なぜか無表情だ。  気付いた時には、俺の周囲はすっかり手下に取り囲まれていた。  俺はどんどん壁際に追い詰められる。「いや、マジでうっかり忘れてたんだって」 「うっかりで済む話じゃないってコトぐらい、よっくわかってるよな? 金は用意できたのか」 「いや、それがまだなんだよね」 俺が凍り付いた笑みを浮かべると、グチ金は口だけますますニイ〜っと歪めて見せた。  やられる! ……と思った時にはもう、手下の男に顔面を殴られていた。  平手じゃない、岩みたいな拳で頬骨のあたりを殴られ、目の前に星が飛び散った。  しかし痛みを感じるヒマもなく、それが合図とばかりに俺を囲んでいた連中がいっぺんに飛びかかってきて、俺をサンドバッグみたいに殴ったり蹴ったりし始めた。「おい、ツラはあんまりやってやるな。ソイツの商売道具、ダメにしたら元金の回収ができなくなる」 そう言うグチ金の声音は、まるで俺がボコられている様子を楽しんでいるように聞こえた。  コイツ、絶対根がサディストだ。  すっか
last update最終更新日 : 2025-12-15
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 こうなっては、もうどうしようもない。 何もかもに目をつぶり、あの映像をディーラーに直持ち込みする以外の道はなさそうだ。  よろける足を踏ん張って立ち上がりながら、軽く咳き込むと、口から撮影用の血糊みたいなものが出てきた。  最後に殴られた時に、口の中が裂けたらしい。  それでも自力で立って歩けるんだから、人間って案外丈夫なもんだな……なんて思った。  だが、よく考えたらそうじゃなくて、あの連中はプロだから、痛めつけてもぶっ壊れない〝加減〟がわかっているだけなんだろう。 少なくとも、元・パトロンにブッ飛ばされた時は、一撃で腕と肋骨が折れたが、今は全身が痛いだけで折れたりヒビが入ったり……ってな様子はない。  表通りに向かってヨロヨロ歩き出したところで、背後の道端から聴き慣れた着信音がした。  騒ぎの最中にケータイを落としていたようだ。  鳴ってくれてよかった、そうじゃなかったら落とした事に全く気付いてなかった。  ふらつきながら音の方向を探して、見つけたケータイを拾い上げ、耳に当てる。  話そうとしたらまた咳き込み、どうにかこうにか出た声はカスカスだった。「はい……イオリです……」 『もしもし……?』 聞こえてきた声に、俺はズキンと胸が痛んだ。「真澄サン……」 『どうしたんだ、声が変だが』 「いや、ちょっとゴタゴタしてただけ。……今日って金曜だったっけ?」 『だから電話したんだが……、都合が悪いのか?』 「先週怒らせちゃったから、電話してもらえないかと思ってた」 『ああ、うん。もう、その話はナシにしてくれ。……それより、これから会いたいが、大丈夫か?』 なんと応えたらいいんだろうか。  今の俺ときたら、サイテーの男前だ。  しかもこんな気分のまま真澄サンに逢ってしまったら、俺はもうあの映像は絶対に売れなくなってしまうだろう……。  だが、しかし……。「いいよ。今どこにいるの?」 俺はそう答えていた。『自宅だ
last update最終更新日 : 2025-12-16
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 真澄サンのマンションにたどり着くには、前回行った時より、ずっと時間が掛かってしまった。  あちこち痛くて、歩くのが予想以上に難儀だったからだ。 もちろんタクシー代など持ち合わせてない。 駅構内や車内では周りの人間にジロジロ見られたが、いい大人が痣だらけのボロクソ状態では、誰だって異様に思うだろう。  駅員に呼びとめられたり、警官を呼ばれなかっただけでも、ラッキーだったくらいだ。「遅かったな、やっぱり道に迷ったのか……」 玄関に出てきた真澄サンは、俺のナリを見て、目を見開いた。「どうしたんだ?」 「ちょっと……ね」 埃と血で薄汚れている俺を、真澄サンは部屋に入れ、リビングのソファに座らせた。  そして、俺が痛がるのも構わずあちこち触ったり動かしたり、骨折してないことを確かめている。「痛いって!」 「イオリはいつも、俺にもっと痛いコトするじゃないか」 「ええ〜? してないでしょ? 俺がしてるのは、気持ちイイコトだけじゃん」 「バカッ!」 叱りつけてから、真澄サンは救急箱を持ってきて、丁寧に手当をしてくれた。「一体何があった。誰に殴られたんだ」 俺の腫れた顔に氷嚢をあてた真澄サンは、少しきつい口調で詰問してきた。「酔っ払いに絡まれて」 「嘘を吐くな。こんなにメチャメチャな暴行を、酔っ払いが素面相手に加えられるモンか」 「ん〜大したコトじゃないよ」 「はぐらかすな、ちゃんと説明しろ」 どんなにとぼけようとしても、真澄サンは微動だにせず問いつめてくる。  俺は諦めて、深くため息を吐いた。「借金があって……」 「その様子だと、よほど素性の良くないところから借りたらしいな」 「仕方ないのさ。俺、実は、無職の遊び人だから。マトモなとこじゃ貸してくれないからね」 「それで、借金が幾らぐらいあると、こんな目に遭わされるんだ?」 俺が白状した素性に対し、真澄サンから特にコメントはなく、訊かれたの
last update最終更新日 : 2025-12-17
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「だって……俺の借金なんて、真澄サンには関係ない話でしょ……」 「俺は、イオリがいなくなったら困るんだ」 そう言われても、真澄サンの真意を測りかねて、俺は返事に詰まる。  でも、いままでに見せたことのない茶目っ気と悪意が入り混じった笑みを浮かべていた真澄サンは、やっぱり俺が今までに見たことのないきびきびした動作で立ち上がると、ケータイの電源を入れた。「借金は全額肩代わりしてやるが、そんな馬鹿馬鹿しい大金を支払うのはごめんだ。正規の手続をすれば返済額はもっと少なくなる筈だから、弁護士に相談するぞ」 「そりゃあ、俺だって返済額が少ない方がイイに決まってるから構わないケド。真澄サンに、弁護士のつてなんてあるの?」 「勤務先の顧問弁護士と面識がある。この時間ならまだ連絡がつくだろう」 そう言ってどこやらに電話をかけている。  俺にとってはこの上なく好都合な展開……なんだが、あまりに俺の予定と違いすぎていて、まごついてしまう。「雪村です。夜分にすみません。先生に内々にお願いしたい案件がありまして……」 だが俺の躊躇にお構いなく、真澄サンはサクサクと話を進めていた。  どうやら弁護士にことの次第を説明しているらしいのだが、そこには俺がさらにまごつくような、絶妙な脚色がなされていて、俺のくだらない借金がまるで不可抗力でできてしまったようにキチンと説明がなされている。「イオリ、借用書はあるのか?」 「え、えと、う〜……たぶん、アパートにある……んじゃないかと」 頷いた真澄サンは、電話の向こうの弁護士にきっぱり〝なくした〟と告げた。  その様子を見ていて俺は今さらのように、真澄サンがどれほど頭の斬れる、できる人間であるか、こんなマンションに余裕で暮らしているその意味に、気が付いたのだ。  しばらく話し込んでから通話を切って、真澄サンはちょっとだけ笑った。「全部任せて大丈夫だそうだ。だが完全に片づくまでは、相手に居所を知られないほうがいいだろう」 「そう言われても身ィ隠すアテなんてナイんですけど……」 「ここじゃ不都合か? 
last update最終更新日 : 2025-12-18
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6.久我

 翌日になると、思ったより年若い男の、しかもモノスゴクよく喋る弁護士がやってきて、グチ金のことを根掘り葉掘り訊かれた。 その翌日の日曜は、真澄サンと一緒に渋谷へ出て俺の日用品を調達した。  ハイヤーの送迎付きで、何も言わなくても支払いは全部真澄サンが済ませてくれたし、おまけに部屋に戻った時には、真澄サンから合い鍵と白い封筒を手渡された。  ペラッと薄べったい封筒だったから、ラブレターでも入っているのかと思ったら、中にはピン札で万札が10枚、お行儀よく重なっていた。  俺がたまげた顔をすると、真澄サンは。「当面それで不自由しないだろ」 なんて言う。  そりゃまぁ、そもそも俺はそれが商売の人間だから、くれるというモノはありがたくいただくけれど。  初心者のコネコちゃんだと思っていた真澄サンが、こんなモノをシレッと渡してくるとは思ってなかった。 月曜になると真澄サンは出勤し、朝が苦手な俺が起きた時にはもう出掛けた後だった。  メモが置いてあり、自分はミーティング時に食事を済ませるので俺も適当にやってくれ、ってなことが書いてあった。  一応キッチンを覗いてみたが、コーヒー豆とペットボトルの水くらいしか発見できず、食料品のストックが見事なほど何もナイ。 仕方なく俺はブラブラと駅の方へ出て、カフェのモーニングでテキトーに済ませたが、つまり真澄サンは普段から、あの部屋ではほとんど食事をしていないんだなと思った。 最初にこの部屋を訪れた時も感じたけれど、とにかく真澄サンの住まいは上質だが生活感はまるでない。  どっかの家具屋のモデルルームみたいだ。 だが、帰ってきた真澄サンの様子を見ていたら、それも当然と頷けてしまった。  なぜなら、深夜に戻ってきた真澄サンは、それこそバスルームでシャワーを浴びたら寝てしまったのだ。 それがその日だけ、なにか特別な仕事があって遅くなったのかと言えば、そういうワケでもなく──。 俺がいた数日の間、平日の真澄サンの生活パターンはまるっきり判で押したみたいに同じで、朝は食事をしないで出掛け、夜は深夜過ぎまで戻らず、帰っ
last update最終更新日 : 2025-12-19
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 弁護士センセイのお陰で借金にカタが付き、大手を振って世間を歩けるようになった俺は、開店したばかりの時間を狙ってDISTANCEに顔を出した。「あ、イオリ。スッゴイ久しぶりじゃん。つーか、よく生きてるナァ……」 まだチョイとカラフルな色味が残ってる俺の顔を見て、マスターはビックリしたような顔をする。「いくら社会のダニだからって、生きてるだけでそんなにワルイのか?」 「え? だってもっぱらのウワサだったぜ。イオリがとうとう、グチ金の取り立てにナマスにされたって……」 「ボコにはされたけど、ナマスにはされてません」 「でもその様子じゃ、もうナマスもボコも縁遠い感じじゃんか」 「マスターの助言どおり、ベッピンに借金返してもらったから」 俺の答えに、マスターは微妙な顔でやれやれと肩を竦めた。「まぁ、それで収まったなら良いけど。後でまたそっちから訴えられたりしないようにね」 「心配してくれて、ありがとう」 マスターの助言なのか嫌みなのかビミョ〜にわからない軽口に、俺は軽口を返す。  この気の置けない会話も含めて、やっぱりこの店は居心地がいいや。  俺がいつものスツールに座り、マスターがいつもの酒を出してくれた時、扉が開く音がした。「なんだイオリ、生きてたのか」 今日は、紺地に白っぽいストライプの入ったスーツを着たグチ金だ。  スーツだけなら、一瞬そこらのサラリーマン風だが、深紅のシャツと薄いグレーのネクタイが、風体のアヤしさをいっそう際立たせている。  今日は手下を連れていないようで、俺の隣に腰掛けるとマスターに向かって言った。「今日は、カガミン来てないのか?」 「まだ、顔見てないね。……でも、カガミンも必ず毎日来るわけじゃないよ?」 マスターの返事に、グチ金はなんだか不機嫌な感じで「ふん」と鼻を鳴らす。「なんか、食えるモノ出してくれよ。ハラペコでさ」 こんな奴と並んでたってちっとも楽しくない。  だが先に陣取ってたコッチから退散するのも癪に障るので、
last update最終更新日 : 2025-12-20
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 グチ金は、出されたサンドイッチを『サンキュー』とだけ言って受け取った。 マスターとグチ金は、昔ここら一帯で結構名の知れたクラブのホストをやっていた。  マスターはどっちかと言えば三流に近かったが、小金持ちのラッキースターに拾われて、早々に水商売から足を洗い、この店を作った。  一方のグチ金は、そのちょっと爬虫類じみた風貌が〝美形〟と呼ばれ、絶大な人気を誇る売れっ子だった。  ただグチ金は、他人にサービスするのが性に合わない。  ゆえに、まとまった金を稼いだところでホストから足を洗い、今の金融業を始めた。 マスターの作ったやたら分厚いサンドイッチに、美形と呼ばれる顔からは想像もできないくらいデカイ口を開けて、トカゲとかヘビそっくりにぱっくりと食いついた。「そんな技量が、オマエにあったかねぇ? あんな上玉をくわえ込んでるって知ってたら、あん時に役立たずにしてやったのにさ。全く、運だけはいいヤツだよ」 「暴利を取り損ねたからって、そこまで言われる筋合いナイね」 かなりデカイ口を開けてサンドイッチをほおばっているはず……なのに、細面のグチ金の顔は全くいつも通りのままで、爬虫類じみた感情の読めない目を俺に向けてくる。「あんな上玉はオマエの手に余る……なんて、ガキでもワカル。まぁ、そのうち、俺のモンになるさ」 真澄サンのことに触れられて、さすがに俺はグチ金を睨み付けてしまった。「オマエみたいなヤクザに、真澄サンを渡すかよ!」 「オマエはバカのフリしてるけど、結構狡猾だと……俺は評価してたんだけどな。実は熱血バカだったのか?」 ますます頭に来て、俺はグッとグチ金を睨み付けた。  グチ金は、まるでもう俺と話すのに飽きた……みたいな顔で、フイッと顔を逸らすと、マスターに目をやった。「なぁ、粒マスタードとかねぇの? オマエの作るモンは悪くねェケド、どうもいつも最後のパンチに欠けるよな」 なんだかもう、この場にいるのが馬鹿馬鹿しくなって、俺は腰を浮かせた。「一つ言っておくけどな、イオリ」 扉に向かいかけた俺に
last update最終更新日 : 2025-12-21
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 まだ七時をちょっと過ぎたくらいの時間だ。  部屋に戻っても真澄サンは、いつ帰ってくるか解らない。  DISTANCE以外で暇つぶしをするとなったら、どこへ行こうか……。  思いつかぬまま、ダラダラ歩いてたら、駅前まで来てしまった。  ロータリーには駅へ行き来する人の波が、その辺りにたむろしてるヤツらの群れに入り混じって、めまぐるしくざわめいている。  その流れの中に、意外な顔が見えた。「真澄サン!」 振り向いた真澄サンは、俺に気付いて笑みを浮かべた。「なんだイオリか、こんなところで会うなんて驚いたな」 「真澄サンこそ、こんな時間にどうしたの?」 「ああ、うん。ちょっと仕事で……」 真澄サンの視線の動きで、真澄サンに連れがいたことに初めて気付いた。  タテにやたらとデカイ、まるで電信柱か槍みたいな男で、しかもてっぺんにはなかなかどうして強面の顔がくっついている。  こんなのが目に入ってなかったなんて、俺もいいかげん呆けているとしか思えない。「俺の同僚の久我だ」 「初めまして、久我純哉です」 最初の印象とは裏腹に、久我と名乗るその男は強面の顔に似合わないへにゃっとした笑みを浮かべて右手を差しだしてくる。「どうも、九条伊織です」 俺は、なにげなく応えて握手をした。「イオリは、俺のヒモだ」 その同僚に向かって真澄サンのした紹介に、俺はたまげて凍りつく。  もちろん、俺と向かい合っていた久我氏も、ギョッとした顔をしていた。「……って言ったら、信じる?」 ケロッとした顔でそう続けた真澄サンに、久我氏は脱力しきった様子で息を吐いた。「ちょっと〜、やめてよねユッキー」 「だって、ウソって程でもないよなぁ? 俺、イオリに金貸してるし」 「あははは、イヤだなぁ。ちゃんと返しますってば!」 なにげなく、真澄サンは俺に金を貸していることへの当てこすり……みたいな感じに話をすり替えてしまったが。  
last update最終更新日 : 2025-12-22
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