All Chapters of お嬢様、あなたの『推し巫女(ヒーロー)』、私なんですが: Chapter 61 - Chapter 70

91 Chapters

2-3【エスティラの心変わり】

「お、お嬢様っ」「あらアデーレ。よく私がここにいるって分かったわね」 分かったわけではない。完全な偶然だ。 だがそんな事よりも、なぜここにエスティラがいるのかという疑問でアデーレの頭はいっぱいだった。 厨房を含めたこの辺りは、いわゆる屋敷における裏側だ。 家主やその家族は屋敷の表舞台でのみ生活し、全ての使用人は裏側を行き来して生活を支える。 万が一、主人が裏側に対し用がある場合、お付きの使用人であるアデーレが仲介するのが常だ。 なので本来、この場所に家の主がいることなどあり得ない。あってはならないのだ。 そうなると、使用人たちが困り果てた様子で仕事の手を止めてしまっている理由も分かる。 きっとジェシカも対応に苦悩した結果、アデーレをここに呼びたかったのだろう。「あのぉ、なぜお嬢様がキッチンに? 伝言でしたら私に申しつけてくだされば」「別にいいじゃない。実際の仕事場を見てみたって」 よくはない。働く側からすればエスティラの目があっては委縮してしまう。 全ての使用人が、アデーレやメリナのように慣れているわけではないのだ。「それに私、気まぐれでここに来たわけじゃないわよ。ちゃんとした用があるんだから」「ですから、そういう場合は私にお伝えしていただければ」「ダメよっ。これは私にとって大事なことなんだから!」 声を荒げるも怒るわけでもなく、なぜか胸を張って誇らしげな様子のエスティラ。 いつもとは違うその様子に、その場にいる使用人たちも困惑した様子を見せる。 このままでは色々とまずいことになる。 そう考え、身を正し気を取り直したアデーレが、やや早歩きでエスティラの傍に寄る。「お嬢様にお考えがあることは分かりました。ですがこのままですと昼食の用意が進みませんよ」「どうしてよ? 私のことは気にせず仕事を進めて――」 そこまで口にしたところで、エスティラが周囲の様子を見渡す。 彼女の視界には、きっと苦笑を浮かべた使用人たちの姿が映ったことだろう。 四六時中傍に仕えるアデーレとは違い、ここにいるジェシカ以外の使用人にはエスティラに会ったことすらない者もいる。 そういった使用人からしたら、主が傍にいることは恐怖にもつながりかねない。「あぁー……うん、そうね。一度席を外しましょうか」 珍しく愛想笑いを浮かべ、ドアの方へと向かうエステ
last updateLast Updated : 2026-02-08
Read more

2-4【すぐ傍で待つ未来】

 短い沈黙の後、アデーレは静かに息を呑む。「この国が、なくなる?」 突然国家の行く末を聞かされ、アデーレは次の言葉をうまく紡ぎだせずにいた。 エスティラの身の上話が来ると、最初アデーレは考えていた。 しかし国際情勢――故郷が失われるという話を想定などできるはずもない。 アデーレの立場上、こういった公にしにくい話題も耳に入ってくることは想定している。 それでも、自分が聞いていい話なのかという疑問はぬぐい切れずにいた。「聞いたことない? 最近大陸の小国同士で統一運動が盛んになってる話。それがこの国にも波及するんじゃないかって」「そんなことが……申し訳ございません。初耳です」「そう。もっと情報伝達をどうにかしなきゃダメそうね、この島」 呆れた表情を浮かべ、エスティラがため息をつく。 そんな大きな噂が伝わってこないことを思うと、アデーレもエスティラの言葉にうなずくことしか出来なかった。 とはいえアデーレも、前世の存在である良太も歴史に詳しいわけではない。 国の変革ともなると、素人考えでは戦争や暴動などといった暴力的なものを意識してしまう。 そんな不安が表情に出ていたのか、アデーレのことを見上げるエスティラが微かに微笑む。「お父様は戦争にはならないようにするって。ただ、大国の一部になるのもあり得ないとも言ってたけど」「あり得ない、とは?」「存在感よ。一つの共和国になろうとも、シシリューアを大国の代表足り得る存在にするんだって」 エスティラが浮かべる笑みは、父であるドゥランを思ってのものなのだろう。 父の務めを話す彼女の目は真っ直ぐで、彼を誇らしく思っていることがアデーレにも伝わってくる。『パパにもママにも、アルにだって失望してなんかいない』 イェキュブに尊厳を踏みにじられても、エスティラは決して家族への思いを曲げなかった。 彼女にとって家族とは大切な存在であり、尊敬する存在なのだ。 そこでアデーレは、エスティラがドゥランをパパと呼ばなくなったことに気付く。 それもまた、大きな事件を経て彼女が精神的に成長したことを意味しているのだろう。「ドゥラン様は、未来に向けてこの国を残そうと務めていらっしゃるのですね」 その言葉に対し、うなずいて答えるエスティラ。「すごいわよね。私なんて何が残せるかとか考えてばかりなのに、この国を残す
last updateLast Updated : 2026-02-09
Read more

2-5【ロントゥーサ島の遺跡】

 旧王立シシリューア大学は、王国時代に創立された国立大学であり、国内外で名の知れた国の最高学府だ。 そこに属する学者となれば、貴族と同等の格があると言っても過言ではない。 メリナの知らせを受け、アデーレはエスティラに続いて応接室へと入室する。 白を基調とした美麗な装飾と調度品に囲まれた室内。 中心には白いフレームに赤いクッションが使われた二人掛けのソファが向かい合って置かれ、上座には一人用ながら大きめのソファが置かれている。 ソファの間に置かれた大きなテーブルは、白と金で施された装飾により強い存在感を放つ。 メリナの言う客はいないらしく、静まり返った室内を乾いた足音を立てながらエスティラが進む。 彼女はそのまま上座のソファに腰を下ろし、後に続いたアデーレがソファの横に立つ。 客人は他の使用人が案内しているところだろう。 エスティラは退屈を感じさせない澄ました様子でドアの方を見つめている。 その時、ドアをノックする音が応接室内に響き渡る。「どうぞ」 エスティラの一言を合図にドアが開かれる。 まず最初に入ってきたのはドアを開けたロベルト。客の案内をしていたのは彼のようだ。 入室したロベルトはドアを押さえて、廊下で待たせている客人に対し一礼する。 その直後、数人の人物が物々しい雰囲気を携えて応接室へと入ってきた。 最初に入ってきたのは整った容姿の小柄な女性。 黒縁のメガネをかけており、背中に伸びる茶髪を首の後ろ当たりでまとめている。 ダークグレーの長袖ドレス姿に、首元に付けた馬を象る白色のカメオが印象的だ。 全体的にアデーレよりも年上の雰囲気を漂わせる、落ち着いた様子の女性。 小脇には紙束を携えているが、アデーレには内容の見当がつかない。 そして女性に続いて、初老の男性と立派な体格をした二名の男性が入室する。 老人に続く二人は従者だろうか。地味なスーツを着た特段印象に残らない格好をあえてしているのだろう。 そんな二人に囲まれた人物。 今では時代遅れともいえる小紋柄が入った、長めの黄色いコート。 そして色とりどりの花柄が刺繍された薄いピンクのウエストコートを着た初老の男性だ。 深紅のブリーチズに白タイツというのが、特に前時代的な印象を与えてくる。 だが金糸や銀糸、プリーツやレースがたっぷり使われたその衣装が相当の高級品で
last updateLast Updated : 2026-02-10
Read more

2-6【王党派】

 シシリューアの共和制に異議を唱え、王政復古を目指す貴族間の派閥。 それが王党派であり、エスティラを襲ったイェキュブと裏で取引をしていた者たちだ。 その名を指揮官がこの場で口にするということは……。「いやはや。まるで我々を反乱分子として見ておられるようだ、こちらの御仁は」「そうは言われましてもね、ダニエレ教授。あなたは大学でも有名な王党派の一員ではないですか」 エスティラの視線が大学関係者たちへと向けられ、アデーレの拳には無意識に力がこもる。 魔女事件の首謀者である王党派の関係者となれば、警戒するなという方が無理な話だ。 遺跡調査を名目とした悪行を企てているのかと想像し、アデーレの警戒心は頂点に達する。 だがそんな視線を受けてもなお、ダニエレは一切の余裕を崩さない穏やかな表情を見せていた。「確かにそうですが、大学は元々王党派の者が多く所属しています。それにイェキュブの一件に関わったのは……」 そこで言葉を止め、微笑みをたたえた顔をエスティラに向ける。「あなたのおじい様と、それに近しい者たちではないですか。ねぇ、エスティラさん」 ここで初めて、エスティラがわずかに視線を逸らす。 ダニエレの指摘に間違いはない。 エスティラを襲った悲劇の原因は、王政復古に乗じて彼女を傀儡の王に仕立て上げようとした一部の過激派。 その中には、バルダート家前当主であるグラツィオ・カサノヴァ・バロ・バルダートも含まれている。 つまり孫娘を裏で操り、国を牛耳ろうと企んでいたのだ。 この事実をエスティラは本島に戻り公表し、その間に魔獣の襲撃を受けた。 今も彼女は命を狙われていることから、魔女と前当主の繋がりは健在の可能性がある。「こちらが言うのもなんですが、王党派も一枚岩ではありません。まあ大学に所属する我々が最大派閥なのは間違いないでしょうが」「なるほど? あくまで一部の少数が独断専行した結果、魔女による邪知暴虐を許したと?」「許したも何も、事実そういうことではないですか。でしょう、エスティラさん?」 祖父の関与を告発したのは、他でもないエスティラである。 そう言いたげにダニエレは軽く微笑み、彼女を見つめる。 自身が無関係であるという態度を一貫するダニエレ。 例えその行為が王党派全体に利益をもたらそうとも、失敗の結果大罪人の烙印を押されては派閥
last updateLast Updated : 2026-02-11
Read more

3-1【貯蔵庫の主、頼れる先輩】

 魔女の出現や神の力を扱う新たな戦士。 更には本島からやってきた王党派の学者たちなど、アデーレの周囲の状況は目まぐるしく変化していく。 島に存在する遺跡のこともあり、頭を悩ませる要因ばかりが次から次へと増えていく。          ◇「えっと……」 ダニエレ一行との対面から数日後の現在、目の前にある光景にアデーレは困惑の色を隠せずにいた。「ようやく来たわねアデーレっ。じゃあ試食を始めるわよ」 食堂の壁際に立つアデーレ。 彼女の両隣には、わずかに眉をひそめるジェシカの姿があった。 そしてテーブルに置かれた料理の数々。どれもアデーレには馴染み深いものばかりだ。 トマト、ナス、イチジク、イワシ。その他ロントゥーサ島で手に入る食材を、煮込んだり焼いたりとシンプルに調理した地元料理の数々。 数えるだけでも十品以上か。この島に生まれてから、アデーレの食を満たしてくれたもののパレードである。 エスティラの体格はこの時代の女性としては平均的なため、特別食事量が多いというわけでもない。 一品の量は控えめにしてあるものの、それら全てを食すとなるとエスティラには荷が重いか。 なのでこれら全てを残さずというのは難しいのではと、アデーレは無言で不安を募らせる。「まさか本当にリクエストするとはねぇ」 エスティラの左隣に立つジェシカが、困った様子で自分の頭に手を添える。 当然だが、ここに用意された料理を準備したのは彼女に他ならないだろう。「有言実行は私のポリシーよ。それじゃあ、まずはこれからいただきましょうか」「かしこまりました」 彼女の右隣に控えていたロベルトが、イチジクとチーズが雑多に盛られたサラダをエスティラの前に差し出す。 皿の上の食材はどれも大きめで、いかにも庶民的かつ、名家のお嬢様には到底似合わない雑多な料理だ。 本来はエスティラの口に合わせたサイズになっているものだが、おそらく忠実にするようジェシカに命じたのだろう。 さて、そんなサラダに対し、エスティラは蔑む様子もなく、ナイフとフォークを使い行儀よく口に運んでいく。 しばらく口の中で味わい飲み込んだ後、横目でジェシカの方を見た。「随分と薄味なのね」「普段のものより控えめなドレッシングにしてありますからねぇ。そのせいでしょう」 ジェシカの説明を受け、納得した様子でうなずくエス
last updateLast Updated : 2026-02-12
Read more

3-2【古き地、ロントゥーサ】

 不調のエスティラの命を受け、薬局へ薬を受け取りに行く途中のアデーレ。 屋敷を出た辺りから空には灰色の雲がかかり始めるも、雨が降る様子はない。 ロントゥーサ島の薬局は港町の中心部にある。 屋敷から向かうには坂を下り終えなければならず、それなりの距離を歩くことになる。 そのため使用人にとっては少々骨の折れる外出であり、歩き慣れているアデーレでなければ相応の重労働だ。 季節は冬。 多少肌寒い空気を感じながら、アデーレは軽い足取りで坂を下っていた。(自分の限界を超えた食事を摂るなんて、人間の欲はすごいね)(あまりそういうこと言わない) ポケットの中のアンロックンが軽く震える。 まるでけらけらと笑っているような仕草からして、冗談のつもりで言ったのだろう。 第一それくらいのこと、神ならば知っていて当然だ。 計り知れないほどの時間を生き、その中で破滅した人物を多く見てきたはずなのだから。 それに比べれば、食べ過ぎで倒れたエスティラなど可愛いものだ。(それにしても、あの子も島の事を考えて行動するようになったんだ。僕もちょっと感心したよ) これにはアデーレも「そうだね」とつぶやく。 全ては半年前の出来事が、エスティラを人間として大きく成長させた。 しかし素直に歓迎できないのは、やはり悲劇を下地として変わっていったからだろうか。 魔女による干渉がなければ、エスティラには緩やかな日々が与えられたはずだ。 それでも彼女ならば、有力貴族の一員として立派にやっていけただろう。 少なくとも、アデーレにはそう思えてならなかった。 だからこそ現状を歓迎することができず、エスティラのことが気になってしまうのだ。(魔女って、一体何を考えてるんだろうね) 足取りがわずかに重くなるアデーレ。 視界に広がる水平線の上に、濃さを増した鉛色の雲が浮かぶ。(魔女の目的は昔から変わらないさ。自らが信仰する神に従って戦うのみだ)(神……) 暗黒大陸にて信仰されるのは、アデーレたちが信じる西方主教の神々とは異なる存在である。 かつてアデーレがイェキュブと対峙した際も、西方主教の神をイェキュブは【異界の者】と嫌悪していた。 アンロックンを通してアデーレと交流するヴェスタ。 彼女を始めとした神々は、こことは違う神の世界に存在しているのだ。(魔女の信じる神ってい
last updateLast Updated : 2026-02-13
Read more

3-3【いつかは起こること】

「いつもご贔屓いただき、誠にありがとうございます」「こちらこそ、いつもありがとうございます」 木製のカウンターを挟み、痩せ気味の中年男性がアデーレに向けて深々とお辞儀をする。 それに返すように、アデーレも丁寧なお辞儀を行う。 大量の薬棚やカウンターに置かれた陶器の瓶。 薬効を想起させる香りが漂うこの場所は、ロントゥーサ島唯一の薬局である。 文字通り島の住人御用達の店であり、アデーレも店主とは個人的にも顔なじみだ。 アデーレは目の前にある紙袋を手に取り出口へ向かい、もう一度店主に頭を下げた後店を出る。 紙袋の中身はもちろんエスティラに飲ませるための胃腸薬の類だ。(やっぱ薬に関しては、前の世界が羨ましいよ) 紙袋の重さを感じながら、曇天の下アデーレは短くため息をつく。 この世界において飲みやすいカプセルのようなものは誕生したばかりであり、一部でしか普及していない。 そもそも存在を知ったのも、エスティラの傍で仕事をするようになってから。 この世界では丸薬や液剤、散剤しか見てこなかったアデーレにとってはちょっとしたカルチャーショックだった。 薬局の匂いで粉薬の苦味を思い出してしまったのか、自然と眉間にしわが寄るアデーレ。 ちなみに今回処方されたのは液剤なので、この世界の薬としては飲みやすい部類だ。(人間は大変だね。病気を治すのにも一苦労だ)(その辺は神様が羨ましいね……。じゃあ、さっさと帰ろうか) アンロックンの言葉に苦笑を返しつつ、屋敷に向けてアデーレが歩き出す。 町の中心に近いこの通りは、路肩を歩く人々や荷車を引く馬などで活気に満ちている。 またこの場所は商店だけでなく工房も多い。 温かな食材の香りに混ざって、建物からは手動機械の駆動音や工具の音など、あらゆる音が通りへと響いてくる。 賑やかな道を進むアデーレ。 薬を届けるにも屋敷までの距離はそれなりにあるので、その足運びは早い。「おや、あなたは確かお屋敷の使用人さんでは?」 帰路を急ぐ最中、突如通りの方から聞き慣れない声で呼びかけられるアデーレ。 声の方を振り返ってみると、隣にあったのは黒い屋根付き馬車だ。 御者席付きの豪華な四人掛けで、こんなものを島で乗り回す者はほとんどいない。 アデーレはその窓から顔を覗かせる老人と目が合った。 遺跡調査のため島へとやって
last updateLast Updated : 2026-02-14
Read more

3-4【結晶魔獣】

 まるで横から殴られたかの衝撃が馬車を襲う。 天地は文字通りひっくり返り、中にいた三人は座席から放り出される。 御者や馬がどうなったかは分からない。 むしろ上下左右もわからぬほどに振り回され、アデーレは自身の状況すら把握できなかった。 全てのガラスが割れ、建物へと衝突した馬車が轟音と共に停止する。 転がる車内でどこに叩きつけられたかも分からないアデーレは、体を襲う痛みに顔をゆがめた。 それでも冷静に体の状態を確認し、自分が骨折などの重傷を負っていないことを確認する。「くっ……だ、大丈夫ですかっ!?」 もはやわいせつ行為のことは頭から離れ、乗車していた二人の安否を確認するアデーレ。 車体はアデーレ側のドアを下にして倒れている状態らしく、ダニエレと彼の使用人は覆いかぶさるようにして倒れていた。 隣に倒れている二人からの反応はない。 アデーレは二人の口元に手を寄せ、呼吸の有無を確認する。(二人とも気絶しているだけだね。保護が間に合ってよかったよ)(そっか、ありがとうアンロックン。でも一体何が……) このままでは馬車からの救出もままならないだろう。 アデーレは破損した馬車の残骸を押し退けながら膝立ちになり、頭上にある反対側のドアへと手を伸ばす。 しかしこの場所が最初に衝撃を受けた側なのだろう、歪んだドアはなかなか開かない。 何度か拳を叩きつけ、最後は強引に肘を打ち付けてどうにかドアを跳ね飛ばす。 本来ならば女性の力では開かないような状態だ。 しかしヴェスティリアとしての活動は、アデーレ自身の体の鍛錬にもなっているのだろう。「よいしょっと……ッ」 車体に手をかけ、腕に力を込めて車内から脱出するアデーレ。 御者席の方を見るが、そこには壁と息絶えた馬の間に挟まれた御者の姿があった。 状態からして絶命しているのは明らかだ。 沈痛な面持ちで遺体から顔を背け、一体何が起きたのかと周囲の状況を確認するアデーレ。 直後に見た外の風景を前に、その表情がこわばる。 先ほどまでの平穏な町の様子は一変していた。 石レンガで舗装された道は十数メートルにわたって抉れ、そこにあったのだろう荷車の残骸が路面に散らばる。 逃げ惑う人々や解放された馬がアデーレがいる馬車を避けながら走り去り、視線の先には巨大な【それ】が佇んでいた。 その姿を形容するな
last updateLast Updated : 2026-02-15
Read more

3-5【窮地のヴェスティリア(前編)】

 あらゆる魔獣を両断してきた灼熱の刃。 死力を尽くしたヴェスティリアの渾身の一撃。 それが、新たに現れた結晶の魔獣によって受け止められてしまった。 結晶魔獣が突き出した左腕に半分ほど食い込むフラムディウスの刃。 両腕に更なる力を入れるアデーレだが、硬質の表面はびくともしない。 その間も熱を放つフラムディウスの刃だったが、周囲の結晶はまるで溶けて張り付き、刃と融合したような状態になっている。「まずいっ!」 アンロックンが叫ぶも間に合わない。 結晶魔獣が刃が食い込んだ左腕を乱暴に振り回し、剣を握っていたアデーレを路上へと放り投げる。 幸い放物線を描くよう投げ出されたため、彼女はすぐさま空中で姿勢を立て直し着地。 しかしフラムディウスはアデーレの手を離れ、未だ結晶魔獣の左手に食い込んでいる。 半年前と同じく強敵の前で武器を失うアデーレ。 だが今回は、生物めいた魔獣のように徒手空拳で対応できる相手ではないと直感していた。 結晶魔獣の強固すぎる体に、拳の打撃はあまりにも相性が悪い。 更にフラムディウスは半ば結晶魔獣に固着した状態にあり、アンロックンの意志で自由に動くこともできないだろう。(どうにか剣を取り戻さないと……どうにかして) 両手を前に構え、臨戦態勢を取るアデーレ。 結晶魔獣も健在である彼女の方へと向き直り、再び突進の構えを取る。 つま先を地面に食い込ませ、今にも飛び出さんとする結晶魔獣。 その体が動くたび、体からはパキンと小さく甲高い、弾けるような音が響いてくる。 よく見ると体の周囲からは粉末にも似た破片が空中に散らばり、光を反射しながら風に流されていく。 それが体がダメージを受けているのではなく、結晶の体に更なる変化が起きていることにアデーレは気づいてしまった。「成長、してる?」 結晶魔獣の左肩から、赤熱する新たな結晶柱が浮き上がる。 まるでフラムディウスの力を取り込んでいるようにも見えるその様に、アデーレは目を見開き戦慄した。 結晶の成長に合わせ、徐々に赤い光を放つ結晶の体。 明らかに絶望的な状況だが、これがアデーレに気づきを与える。 目の前の光景が、転生前に見たある特撮番組の怪人と重なって見えたのだ。(受けた攻撃のエネルギーを吸収する体。そういうことか) 記憶にあるその敵怪人は、主人公の攻撃を受けるこ
last updateLast Updated : 2026-02-16
Read more

3-6【窮地のヴェスティリア(後編)】

 結晶の破裂とは違う破壊音を聞き、アデーレが目を開けその場で振り返る。 そこにあった光景に彼女は思わず眉をひそめてしまう。 左腕を失った結晶魔獣がよろめき、倒れないよう右腕で自らの体を支える姿。 本体から失われた左腕はバラバラの破片になりながら宙を舞い、解放されたフラムディウスが天高く放たれる。 そして、先ほどまで結晶魔獣が立っていた位置で膝立ちになる人物。 憤怒の表情を浮かべる銀狼の仮面。 両腕で槍を構え、地面を穿ったベルシビュラの姿がそこにあった。(まさか上から? でも何でこのタイミングでっ) 自身とも、そして魔獣とも敵対する者と名乗ったベルシビュラ。 敵の敵はという言葉もあるが、いずれにせよ状況がより緊迫することに違いはない。 それでもヴェスティリアは後ろにいる家族を庇い、彼らがその場から離れる時間を稼ぐため立ちふさがる。「魔獣一匹に随分と苦戦していたみたいだね」 カチカチと金属のぶつかり合う音を立てながら、ベルシビュラの右腕にある腕輪が喋る。 その間にベルシビュラは立ち上がり、地面に突き立てた槍を引き抜く。 今回も人間の方が自ら声を発するつもりはないらしい。 魔獣の方は、突如現れた二人目の敵を前にしてたじろぐ様子を見せていた。「ベルシビュラ。どうやらこの結晶はエネルギーを吸収する性質を持っているらしい」 腕輪の言葉に応えるようにベルシビュラが頷く。「まあ、僕らには無意味な特性だよ」「えっ?」 腕輪が放った一言に、思わず驚きの声を上げるアデーレ。 そんな彼女にベルシビュラは顔を背け、槍の穂先を魔獣へと向け突進する。 しかし魔獣も臨戦態勢を取り、残った右腕を振るいベルシビュラへ牽制を仕掛ける。 ベルシビュラは右腕の一撃を槍でいなし、流れるような動きで槍を操り魔獣に向け穂先を突き立てる。 穂先は結晶魔獣の胴体を正確に捉え、二又の先端が固い結晶の体に突き刺さる。 だが魔獣も、すぐさま槍の柄を右手で掴む。「……やるねぇ」 魔獣に槍を掴まれたことで槍を刺し込むことが出来なくなるベルシビュラ。 その様子を見て、腕輪が忌々しそうにつぶやく。 そんな中アデーレは、現状がこれまでと違うことに気が付く。 フラムディウスが食い込んだ時とは違い、槍が刺さった部分からエネルギーを吸収している様子がない。 槍を突き
last updateLast Updated : 2026-02-17
Read more
PREV
1
...
5678910
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status