All Chapters of お嬢様、あなたの『推し巫女(ヒーロー)』、私なんですが: Chapter 71 - Chapter 80

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3-7【顔の傷】

 凍てつく嵐の如き戦士が去り、荒れた通りに冬のロントゥーサ島の空気が戻る。 地面に突き立てられたフラムディウスを冬の風が撫でる。「ありがとうございます……ありがとうございます……っ」 アデーレが身を挺して守ろうとした家族の両親が、子供を抱きしめながら何度も頭を下げる。 だが今回、彼女の力だけではこの家族を救うことは出来なかっただろう。 敵対しているとはいえ、結果的に魔獣を倒したのはベルシビュラなのだから。 そんな事実が複雑な感情を生み出し、アデーレの胸中で渦巻く。 初めての苦戦と敗北に近い結末は、彼女にとって無念を抱かせる経験となった。(本当に、私はお礼を言われる立場なのかな) 表情では平静を保ちつつも、感謝を告げる家族の姿に申し訳なさを抱くアデーレ。 その時、両親の間に立っていた少女が彼女の方に歩み寄る。「ヴェスティリアさま」 そう言って、少女がアデーレのスカートを軽くつかむ。 両親が慌てて制止しようとするが、アデーレは大丈夫だとうなずいて返す。 スカートを握る少女は、どこか心配した面持ちでアデーレを見上げている。「どうしたの?」 その視線が気になり、アデーレは少女の目線に合わせるためその場にしゃがみ込む。 彼女の動きに合わせ、少女もスカートから手を離す。 その手を今度は遠慮がちに、アデーレの頬へと寄せていった。 小さな手が自身の頬に触れ、少女の体温が冷えた肌に伝わる。 聖火を司る巫女のはずなのに、自らの体温がここまで下がっていたのかとアデーレは内心驚く。 そんな彼女をよそに、少女は小さく口を開く。「痛くない? 大丈夫?」 何のことか分からず、少女の言葉にアデーレは首をかしげる。 だが少女と同じように自身の頬に触れてみると、手袋越しに熱い液体の感触を覚える。「あっ」 白い手袋に染み込んだ鮮血の赤。 自分でも気付かないうちに、顔に傷を負っていたらしい。 それをずっと見ていたせいで、少女はどこか不安げだったのだろう。 特にこれまでヴェスティリアが傷ついた姿を見たことがない人ほど、こういった状況は印象深く映るものだ。 アデーレは血で汚れた手袋を脱ぎ、汚れのない手で少女の頬に手を寄せる。「うん。平気だよ」 彼女はそう言いつつ、少女の不安を晴らすように優しく微笑んだ。 その言葉を素直に受け取ったのだろう。少
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3-8【メリナの信念】

 今回の出来事を、アデーレはある程度事実を伏せて周りに説明していた。 たまたま巡り合わせたダニエレの厚意で馬車に乗せてもらい、送ってもらっていた最中に魔獣の襲撃を受けた、と。 わいせつな行為や気掛かりな言動は一切口外することなく、全てアデーレの胸に留めている。 使用人である以上、目上の相手に関することを軽々しく話すことは許されない。 何より今回のことをエスティラが知れば、問答無用で激怒することは間違いないだろう。 たとえある程度の思慮が働く彼女であっても、今回の出来事は女性として許容できないはずだ。 しかし、話す相手が使用人同士ともなれば多少事情は変わってくる。 何より今目の前にいるのは、アデーレとも長い付き合いがあるメリナだ。「アデーレ、正直に話して。本当は馬車で何かあったんでしょう?」「それは……」「顔を見ればわかるよ。何か隠してるんだなってことくらい」 ポーカーフェイスや誤魔化すことについて、アデーレはそれなりに自信があるタイプだ。 エスティラの前で表情が変わりやすいのも、過去の彼女とのギャップから色々と思うところがあるためである。 だがメリナの場合は違う。 彼女は長年の付き合いから、アデーレの誤魔化しているときの仕草や反応は把握しているらしい。 メリナの眼差しは友人としてだけではなく、同業の先輩としての強い意志が感じられた。 過去の経験から、この状態のメリナに誤魔化しは通用しないとアデーレも理解している。「大したことではないんです。手を握られたり、脚を触られただけですから」 わずかな沈黙。 それが気まずくなり、作り笑いを浮かべたアデーレはそっとメリナから目を逸らす。 同じ使用人ならば、この事実を誤魔化したことはメリナも理解してくれているに違いない。 だがそれも使用人としての話だ。 真っ当な一人の女性である彼女が、友人の受けた行為に怒りを覚えないはずがない。「やっぱり。そういうことね」 小さくつぶやき、ため息をつくメリナ。 言葉の中に漂う怒りは、間違いなくダニエレに向けられたものだろう。 しかしこういった状況を望んではいなかったアデーレにとっては、少々肩身が狭い話だ。 特にメリナの方は本気でアデーレを心配しての発言だ。 対するアデーレは、前世の記憶と人格を継承した特殊な精神性を持っている。 メリナとの
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4-1【別行動】

 結晶魔獣襲撃から一週間が経った。 あれ以来町への襲撃は発生しておらず、件の結晶魔獣も姿を現さない。 アデーレの側からすれば、対処の難しい相手が出てこないのはありがたい話だ。 しかし同時に、この平穏に彼女は言葉では表しにくい不気味さを抱いていた。 そんなアデーレだったが、今は再び馬車に揺られて屋敷の外に出ている。 ただし今回はダニエレのものではない。主人であるエスティラが所有する馬車だ。 内装にそれほど差はないものの、年頃の少女が乗るものであるため装飾が華やかだ。 アデーレはエスティラの左隣に着席しており、彼女の向かいにはロベルトが着席している。 ゆとりのある車内のため、向かい側の相手と膝を付け合うような心配もない。「意外と遠いのね、発掘現場って」 窓の外を眺めながら、何気ない様子でエスティラがつぶやく。 現在馬車はロントゥーサ島内陸部の荒地を進んでいる。 周囲に緑はなく、砂と岩が転がる大地にどこか生気に欠ける木が点々と生えている。 この先にはダニエレが招集した発掘隊の拠点が用意されており、現在廃墟周辺の発掘作業が行われている。 今進んでいる道も発掘隊が円滑に移動を行えるよう、突貫工事で大学側が整備したものだ。 まともな舗装も行われていないため、道としては荒地をそのまま進むよりはマシといった程度だ。 時折石を踏んで大きく揺れる馬車。 その振動に不快感を表しながらも、エスティラは口数少なく外の風景へと目をやっていた。 この辺りに来ることが初めてなので、きっと物珍しいのだろう。 アデーレはそう考えつつ、そっとアンロックンの入ったポケットに上から手を添える。 現在のアデーレには、魔獣以外の懸案事項が一つ残されていた。          ◇ それは今から五日ほど前のこと。「えっ、しばらく会えなくなるっ!?」 夜も更けた頃、自室でアンロックンを手にしたアデーレが珍しく驚きの声を上げた。 すぐさま口をつぐみ周囲を見渡すが、隣室や廊下から人の反応はない。 気配がないことを確認したアデーレは、安堵のため息の後再びアンロックンと向き合った。(急な話でごめんね。ちょっと依り代から離れる必要が出てきちゃって)(それは……まぁ神様にもいろいろあるんだろうけど) すぐに意識による会話へと切り替えるアデーレ。 自らの手の中でカタカタ
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4-2【忘れ去られた荒地】

 それから荒地の道を十分ほど進むと、窓の向こうに布を張った大きなテントが見えてくる。 周囲には木箱や穴掘り用の道具が置かれ、少し離れた場所では百本以上はありそうな長い木材が積まれていた。「ふぅん。何だか発掘現場というより鉱山みたいね」 外の風景を眺めつつ、エスティラが何気なくつぶやく。 彼女がそう表現するのは、過去にそういった現場を見たことがあるためだろうか。 元よりバルダート家は鉱山業で財を成した一族だ。そのような経験があってもおかしくはない。 砂利道の脇を、疲れた表情を浮かべて歩く人々。 馬車は彼らの間を進み、一際大きなテントの前で停車した。 この場にいるのは大半が作業員なのだろう。土に汚れたシャツとズボンを身に纏っている。 その時、身なりの良い服装をした男性が一人、作業員達の間を抜けて馬車の方へやってくる。 アデーレはその顔に見覚えがあった。 ダニエレの馬車に同乗していた、彼の専属らしき使用人だ。 彼は御者席の方に声をかけた後、一礼をして馬車のドアを開いた。「お待ちしておりました。あちらで旦那様がお待ちです」 外の使用人に対し、ロベルトとアデーレが一礼する。 エスティラは相変わらず外の風景を興味深そうに見つめているが、二人は一足先に馬車を降りた。 そこから少し間を置いて、エスティラが外に立つロベルトの手を借りて下車する。 彼女が地面に降りた瞬間、砂交じりの空気に甘い花の香りが漂う。「ご苦労様。随分と大がかりな現場なのね」「は、はい」 緊張した面持ちを見せるダニエレの使用人。 よく見ると右手に包帯を巻いているが、先日の結晶魔獣襲撃で負った傷だろう。 ダニエレの容体しか聞いていなかったアデーレは、彼が無事であることに内心安堵する。 その後エスティラはアデーレとロベルトを従え、ダニエレの使用人の案内を受けながら現場の奥へと脚を進める。 アデーレの記憶では、この先には土台しか残っていない石造りの廃墟……と呼べるかも微妙なものが残されているくらいだ。 素人目に見る石の枠組みは、以前そこに建物があったことを示す痕跡なのかすらも定かではない。 だが島の者が気に留めることのなかったこの場所に、今は何十人という人々が集まっている。 アデーレには、その光景がどうしても異様に映ってしまう。「おお、これはこれは。お待ちしてまし
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4-3【冥府の番犬】

 狼を連想させるような模様を見せる金属塊。 これに対し否応なしに反応してしまったアデーレは顔をしかめ、困惑の表情を浮かべる。「あ、あの、これは一体……?」 思わずエスティラに対し質問を投げかけてしまうアデーレ。 だが困惑する彼女とは違い、エスティラはそれを興味深げに眺めていた。「あら、アデーレでも知らないことはあるのね」「それはまぁ。お嬢様はご存じなのですか?」 怯えにも似た様子を見せるアデーレに気分を良くしたのか。 彼女の方を振り返ったエスティラが、にこりと満面の笑みを見せる。「当然。これは【冥府の印】っていう珍しい鉱石の結晶よ」「冥府の印、ですか」「そ。あなたも知っているでしょう、冥府にはケルベルスという三つ首の番犬がいるって。それにちなんでるのよ」 エスティラの説明を受けた後、改めてアデーレは金属塊を見る。 ケルベルス。 呼び方は若干違うが、それは生前の良太も知るケルベロスと同一の存在だ。 エスティラの言う通り、死者の国である冥府の門番と言い伝えられており、かの国の神に仕える眷属である。「本来は地下深くの鉱床で見つかるものなのだけれど、ここで発掘されたということは当時ここに住んでいた人の所有物なのかしら」「十中八九その通りでしょうなぁ。私もこのようなものが見つかるとは驚きましたよ」 ダニエレが冥府の印を机に戻し短く笑う。 それに呼応するかのように、机に置かれた印から怪しい七色の光が輝いたように見えた。 これが一体どういうものなのか。この場にアンロックンがいれば詳しく説明してもらえただろう。 しかし今はそんなガイドもいない状態だ。 二人は珍しいものとありがたがっているようだが、アデーレには印の狼が自分を獲物と定めて睨んでいるように思えてならなかった。 異様な雰囲気にどことなく落ち着かず、印から目を逸らすアデーレ。「それにしましても、エスティラさんは印のことをよくご存じで」「ええ。うちの鉱山で発掘された冥府の印が本家にありまして。それでお父様から教えていただきましたのよ」「それはそれは。さすが鉱山王バルダート家ですな」 ダニエレの口から発せられる分かりやすい世辞。 それを分かっているのだろう。エスティラも取ってつけたかのような作り笑いを見せていた。 既に蚊帳の外となっているアデーレとロベルトは、互いに顔を
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4-4【対立】

 肌がひりつくような空気の中、ダニエレの話に耳を傾けるエスティラ。 その様子を怪訝そうに見つめていたアデーレだったが、突如この険悪なムードは終わりを告げた。「教授っ、入り口が見つかりました!!」「何だとっ!?」 嬉々とした様子で駆けつけてきたエヴァの言葉を受け、ダニエレは冥府の印を落としそうになりながら彼女の方を振り返る。 彼の豹変にはエスティラもわずかに驚くが、そんな周囲の視線をダニエレが気にする様子はない。 しかしすぐさま彼はエスティラ達の方に向き直り、咳払いをした後冥府の印を机に戻した。「いやぁエスティラさん、あなたは運がいい。大発見の瞬間に立ち会えますよ」「あら、それは光栄ですわ。それで何が見つかったのかしら?」 興奮するダニエレの様子を受け、やや戸惑い気味のエスティラ。 そんな彼女の様子に言及することもなく、ダニエレはこちらに手招きをしながら歩き出す。 歩き始めた彼に合わせ、エヴァも案内の為に先頭を歩き始めた。 ついて来いということだろう。 エスティラがダニエレ達の後に続き、彼女の後にアデーレとロベルトが続く。 どうやら向かう先は発掘現場の奥らしい。 気付けば周辺の作業員や学者風の身なりをした人物も、五人と同じ方向を目指しているようだ。 全員発掘されたものに興味があるということだろう。 しばらく進むと、荒地の一角に出来た人だかりがアデーレの目に入る。「皆さん、教授が到着しました」 エヴァの言葉を受け、人だかりが五人を招き入れるように割れる。 視界の開けたその先では、慌ただしく発掘作業を進める十名ほどの作業員の姿が確認できた。 彼らが担当している穴は男が数人入っても余裕があり、これまで見てきた穴よりも一回りほど大きく見える。 土壁には掘削用のつるはしやスコップが立て掛けられており、作業員達は埋まっているものを傷つけないよう、手作業で地面をさらっているようだ。 やがて人だかりに出来た道を進んでいくと、穴の下にあった【それ】がアデーレ達の前に姿を現した。「おお……おお、これがっ」 今にも飛び込みそうな勢いで穴の縁に駆け寄るダニエレ。 その場に膝をつき、身を乗り出して中を覗き込んでいた。 そんな彼より一歩離れた所から、エスティラも穴を覗き込む。「まあ、これがあなた達の探していた遺跡かしら?」「はい。更なる
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4-5【生物と結晶】

「皆さんっ、ここから離れてッ!!」 鬼気迫る表情で叫ぶアデーレ。 騒々しい中でも通る凛とした声は、自然と周囲の人達からの注目を集めた。 その直後、人だかりから少し離れた位置にあるテントが爆散する。 アデーレが上空で見たそれが、テントの上に落下してきたのだ。 布を引き裂き、地面を砕く破壊音が轟き、大発見に浮かれていた人々が悲鳴を上げる。「うわああぁっ!」「まっ、魔獣だ! 逃げろぉ!!」 飛来してきたのは、人の数倍の大きさはあるカラスを思わせる鳥型魔獣だった。 赤黒い羽毛は鉄鎧のような光沢を持ち、翼を広げた姿は強烈な威圧感を人々に与えてくる。 白目のない金色の目は血走り、黒いくちばしを開けば身を貫くような叫びが空気を震わせる。 高く鋭い音の振動は、アデーレの肌に張り詰めるような痛みを与えてくるようだ。 遺跡に集まっていた人々が、一斉にその場から逃げ出す。 その場から生きて逃れようと必死な人々が、前方や足元を気にするはずもない。 遅れる者は押しのけられ、倒れた者は踏みつけられる。 阿鼻叫喚の状況を前にして、アデーレは舌打ちをする。 しかしアデーレはすぐに踵を返し、遺跡の方へ駆け出す。「お嬢様っ!!」 アデーレが声を張り上げる。 その声を聴き反応したのはロベルトとエヴァだった。 困惑した様子の二人と穴の縁を交互に見るアデーレだが、傍にエスティラの姿はない。「は、離せっ! 私はここを離れんぞ!」「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうッ!」 エスティラの声は、穴の下から聞こえてくる。 アデーレが急いで穴底を覗き込むと、ダニエレを背後から羽交い絞めにして階段を上るエスティラの姿があった。 ダニエレの方は、遺跡の入り口から引き離されることに抵抗しようと必死にもがいているようだ。 だが所詮は老人だ。若いエスティラの方が力が上回っているようで、成す術なく遺跡から引き離されている。 おそらく騒ぎに反応し、誰よりもエスティラが真っ先に行動に出たのだろう。 それこそ、ロベルトやエヴァが止める間もないほどに。「お嬢様っ、後は私が!」 さすがに主人に無茶はさせられない。 ロベルトも急いで階段を駆け下り、エスティラからダニエレの体を預かる。 それを見届けたエスティラは、腰に手を当て小さくため息をついた。 そんな彼女の傍に、アデー
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4-6【冬の嵐】

 このような光景をアデーレが目にしたことはなかった 魔女の召喚した魔獣が、他の魔獣に対し攻撃を仕掛けているのだ。 結晶魔獣の腕に貫かれ、老婆のような絶叫を上げるカラス型魔獣。 羽毛とヘドロのような赤黒い血液をまき散らし、悶え苦しみながらも攻撃してきた結晶魔獣に対し、くちばしを何度も突き立てる。 鋼のような艶を持つ黒いくちばしが、結晶魔獣の体を削り取る。 更にはこの異常に反応した他のカラス型魔獣も、結晶魔獣を攻撃しようと集まりだす。 しかし攻防は終わらない。 上空から更なる結晶魔獣が現れたかと思えば、集まろうとするカラス型魔獣に対し攻撃を加え始めたのだ。「何なの、これは?」 困惑の色を隠せないアデーレ。 エスティラを強く抱きしめながらも、ただただ目の前の状況から目を離せずにいた。 既に彼女らを気にする魔獣もおらず、二種の魔獣が血で血を洗う争いを繰り返している。 しかし周辺への被害が収まったわけではない。 魔獣同士の戦いは熾烈を極めており、早く対処しなければ荒地以外へ被害が拡大しかねない。 更にアデーレ達以外にも、この戦いに巻き込まれ立往生をしている者がいる可能性もある。「お嬢様、しばらく辛抱していてください」「え、ええ……」 改めて、両腕でエスティラを抱えて立ち上がるアデーレ。 二人の周りでは魔獣同士の戦闘が激化しており、馬車に辿り着くにはこの混沌とした戦場を切り抜けなければならない。 だがアデーレは怯まない。これまで多くの魔獣と対峙してきた彼女が、この程度で臆することはないのだ。 土埃で汚れたスカートを翻し、戦闘の真っ只中に駆け出していく。 驚きの声を上げるエスティラを気にも留めず、二種の魔獣の脇を立ち止まることなくすり抜けていく。 飛び散る木片。 細かい結晶が足元にまき散らされる。 土と埃が舞い上がり、骨や結晶が砕ける音が耳を劈く。 その様な中で、人間は赤子にも値しないちっぽけな存在だった。 この危機的状況をものともせず、アデーレはひたすら走る。 だがそんな彼女の不意を突くように、カラス型魔獣の巨体が彼女目掛けて倒れ込んできた。「きゃあっ!!」 悲鳴を上げるエスティラ。 アデーレにはその間すら与えられず、急制動でカラス型魔獣の転倒を回避する。 しかし倒れたカラス型魔獣に対し、追い打ちと言わ
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4-7【炎と氷の乱舞】

 アデーレの意思など関係なく、ベルシビュラの槍が彼女の喉元へ迫る。 だが不本意であろうとも、アンロックンのいない今は彼女一人でこの苦難を対処するしかない。 アデーレは咄嗟にフラムディウスを両手で構え、ベルシビュラの二又槍に備える。「おっ、向こうはやる気だよベルシビュラ!」 それを歓迎するかのように、口元を動かし嬉々とした様子を見せる狼の腕輪。 対するベルシビュラは、この期に及んでも言葉一つ発する様子がなかった。 そんな彼女を睨みつけるアデーレ。 目の前まで迫る二又の穂先を、フラムディウスの刃が受け止める。 ベルシビュラが強烈な力で槍を押し込み、アデーレは腕を振るわせながらフラムディウスを支える。「あなた達……周りを見て何も思わないの?」「思うさ。早く魔獣を倒さないとね」「だったらッ!!」 アデーレが大きく剣を振るい、ベルシビュラを押し退ける。 しかしベルシビュラもすぐさま槍を構えなおし、アデーレ目掛けて突き出す。「分かってるよ。だから早く僕たちにやられてよっ」 魔獣よりもヴェスティリアを倒すことに執着するベルシビュラと狼の腕輪。 アデーレは迫る穂先を紙一重で回避すると、すかさずベルシビュラの脇腹目掛けて右足を蹴り上げる。 剣を使うことが出来なかったのは、人間に対し刃を向けることへの抵抗感があるためだろうか。 しかしベルシビュラは身を守るように槍を立て、アデーレの脚は槍の柄によって防がれる。 そこから間髪入れずに槍を構えなおしたベルシビュラが、流れるような動きで大きく槍を振り抜く。 細くとも強靭な槍の柄が空気を切り裂き、アデーレの腹部へと迫り来る。「ぐぅっ!」 剣を構え、槍の柄を紙一重のところで受け止めるアデーレ。 だが受けた衝撃は巨人に殴られたかのようにすさまじく、彼女の体が大きく横に飛ばされる。 投げ出されたアデーレの体は、魔獣たちが暴れる渦中へと飛び込む。 剣を地面に突き立てブレーキをかけ、滑るようにして停止するアデーレ。 そんな彼女の隙を見逃すまいとベルシビュラが再び迫る。 アデーレはすぐさま剣を引き抜き、ベルシビュラを待ち構える……が。「ガアアアァァァァッ!!」 けたたましい鳴き声を上げ、鎌首をもたげながら突っ込んできたのはカラス型魔獣。 狙いは槍を構え突進するベルシビュラだ。 
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4-8【乱戦の果て】

 聖火がカラスの魔獣を焼き払い、極寒が結晶魔獣を打ち砕く。 対立する二つの力によって、集まっていた全ての魔獣は殲滅されていく。 やがて荒野には静寂が戻り、破壊された資材やテントの残骸が風に揺れている。 聖火がくすぶる荒地へとアデーレが着地する。 赤々と燃え続けるカラス型魔獣の亡骸以外には、焼け跡一つ残されていない。 そして雪のように舞う粒子。 それは大半が砕かれた氷であり、そして結晶魔獣だったものの破片だ。 風に流される氷片の向こうで、槍を肩に担ぐベルシビュラの姿があった。 戦場の中でも彼女は、燃え盛る聖火の影響を一切受けてこなかった。 それは彼女が、聖火の通用する魔女や魔獣の類ではないことを意味している。 しかし――。「さあ、これで邪魔者はいなくなった!」 槍を構え直したかと思えば、ベルシビュラが一瞬にしてアデーレとの間合いを詰めてくる。 自身に向け突き出された槍を、アデーレは紙一重の間合いで回避する。 しかしベルシビュラの刺突は終わらない。 一撃が鋭く、敵の急所を正確に狙った連撃。 故に御しやすいからと、アデーレが直前でかわしているわけではない。 それしか許されないほどに、ベルシビュラの刺突連撃は早いのだ。「僕らを利用してくれたんだっ、最期まで付き合ってもらおうじゃないか!」 嬉々とした様子で喋る狼の腕輪。 対するベルシビュラの表情は仮面により隠され、沸き立つ殺意のみを自らの槍に乗せて向けてくる。 その冷徹で不気味な状況に、アデーレは恐怖にも似たものを覚えてしまう。 しかし、その殺意を受け入れるつもりもない。 生き残らなければならない理由が、アデーレにはあるのだから。「どうして……そこまでっ!」 一瞬の間合いを突き、フラムディウスを振り上げ反撃に転ずるアデーレ。 前と同じように二股に分かれた穂先の間に刃を通し、強引に刺突連撃を受け止めた。 アデーレが大きく詰め寄り、ベルシビュラと睨み合う。「一体、何のつもりでこんなことを!」「何のつもり? ああ、そういえばそういう話はしてないよね」 互いの武器がぶつかり合い、音を立てて震える。 押し切らんとするベルシビュラの力は凄まじく、アデーレの両足裏が地面をえぐる。「でもね、そんな言葉に意味はないでしょ。君が事情を知ったところで結末は一緒だ」 手の震えを抑え
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