All Chapters of お嬢様、あなたの『推し巫女(ヒーロー)』、私なんですが: Chapter 81 - Chapter 90

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4-9【埋没していた謎】

 ベルシビュラは去り、静寂を取り戻した荒地。 その中心に立つアデーレの心境は、あまり穏やかなものではなかった。 結局ベルシビュラの目的を知ることもできず、魔物の襲撃によって大きな被害が出てしまったのだから。 今回は文字通りの辛勝だ。 実力不足という現実を突きつけられ、いよいよアデーレは孤独な戦いに対する限界を知らされる。 現実は小さなトゲとなって心に突き刺さり、絶え間ない不快感が胸中に渦巻く。 これは到底、勝者が抱く感情ではない。 そんな感情を落ち着かせるように、アデーレは自身の胸元に手を置き、地面のひび割れを見つめる。「ヴェスティリアっ」 落ち込む彼女の傍に、どこか落ち着かない様子のエスティラが近づいてくる。 くじいた方の足を引きずりながら、顔をしかめるのは痛みに耐えているためか。 だがアデーレが彼女の方を向いたその瞬間、自分も緊急時のために忘れていた重要なことを思い出してしまった。「ねぇ、アデーレを……私のメイドをどこかで見なかった? さっきから姿が見えなくて」 その言葉にはっとした表情を見せるアデーレ。 後から追いかけてきたロベルトの顔を見やるが、彼は申し訳なさげに頭を下げる。 きっとアデーレの不在に対し彼なりに言い繕おうとしたものの、聞く耳を持たなかったのだろう。 向こうからすれば、さっきまで共に行動していた使用人が目を覚ましてから行方不明になっているのだ。 彼女の性格からしても、そのような状況で落ち着いていられるわけがない。 あなたが探すメイドならここにいる……などと言えるはずもない。 アデーレは平静を装いつつ、エスティラに対しどう誤魔化せばいいのか思考を巡らす。 だが、その沈黙がエスティラの不安を掻き立ててしまったのか。「……まさか、知ってるの?」 そう尋ねるエスティラの表情は、見てる側の背筋すら自然と伸びるような神妙さだった。 言葉の端や胸元で強く握る手が微かに震えており、彼女が最悪の結果を想像していることは明らかだ。 こうなったエスティラを安心させるには、一刻も早く元の姿に戻ることだ。 だが広い荒地に身を隠すような場所はほとんどなく、また下手な理由を付けてこの場を離れたらエスティラの不安が爆発しかねない。 しかし沈黙を続けていては結局エスティラの感情をかき乱すばかりで、決して解決には至らない。「
last updateLast Updated : 2026-03-02
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5-1【年頃の少女、二人】

 発掘現場での戦いの後、エスティラは屋敷内での生活を余儀なくされていた。 もはや恒例ではあるものの、彼女は年頃の少女。 経験上慣れていようとも、外出禁止に対して不満を抱かずにはいられない様子だ。 そんな不機嫌極まりないお嬢様であろうとも、アデーレが彼女の傍を離れるわけにはいかない。 いくつかの予定がキャンセルとなったエスティラは、アデーレだけを傍に置いて自室でくつろいでいた。 だがエスティラの背後に控える彼女の表情に、いつもの力はない。 二種類の魔獣とベルシビュラの襲撃。そして日々の使用人としての生活。 全てに対し一人で向き合ってきたアデーレの精神は、すでに疲弊しきっていた。「アデーレっ」 突然の声が、アデーレの意識を引き戻す。 立ったまま眠っていたのかと慌てて周囲を見渡したそのとき、目の前に立つエスティラと顔を合わせる。 上目遣いでアデーレを睨むエスティラの顔は、どこか呆れているようにも見える。「えっと、いかがなさいました、お嬢様?」「なさいました、じゃないわよっ。ボーっとしちゃって」 自分が悪いとはいえ、エスティラの叱責は何かと堪える。 しかし言い訳などしてはいけない。アデーレは黙ってエスティラと向き合い、謝罪の言葉と共に頭を下げる。 だが、なぜかエスティラはそれ以上何も言おうとはしなかった。 いつもなら小言が続くものだが、短く嘆息を漏らし口を閉ざす。 そしてアデーレの顔を観察した後、数度うなずきながら再びソファに座る。 彼女は何かに納得した様子だが、アデーレには見当もつかなかった。「アンタ、ずっと疲れた顔してるわね」「そ、そうでしょうか?」「そうでしょっかって、まさか誤魔化してたつもりなの?」 アデーレを横目で見つめながら、エスティラが呆れた風に鼻で笑う。 主人の傍にいる以上、アデーレも常に身を正さなければならないという自覚は持ち合わせている。 だとすれば、このような指摘を受けるのは使用人としてあまりよろしくないことだ。 改めて、自らの疲弊を自覚させられアデーレが肩を落とす。 そんな彼女に対し、エスティラは今日初めての笑みを浮かべた。「ホント、アンタは私が見てないとだめね」「申し訳ございません……」「いいわよ別に。今回は大目に見てあげるわ」 今回というところをやたらと強調するエスティラ。 それが
last updateLast Updated : 2026-03-03
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5-2【首都攻撃(前編)】

 魔獣襲撃が常態化し始めているロントゥーサ島とは違い、これまでシシリューア島で魔獣が現れたという報告は存在しなかった。 それが覆された一件こそ、エスティラが本家に戻っていた際に巻き込まれた事件である。 報告を聞いたロントゥーサ島の人々にとって、それは文字通り寝耳に水の事態であった。 その異常事態が引き金となり、結果としてエスティラが亡くなったなどという憶測まで流れる始末だ。 最終的に彼女が島に戻ってきたことにより噂は沈静化したが、首都への魔獣襲撃は今もなお記憶に新しい。「で、アデーレはあの日の何を知りたいのよ?」 腕組をしたエスティラが、向かいに座るアデーレを見つめる。 カップに注ぎなおされた紅茶からはわずかに湯気が立ち上り、茶葉の甘い香りが二人の間を漂う。 さて、アデーレの本音としては当時の詳細を全て聞かせて欲しいと願っている。 だが立場上、根掘り葉掘り尋ねるというのは礼儀に反する。 ならば要点を見極め、必要な情報だけをエスティラから聞き出すべきだ。 アデーレは顎に右手を当て考え込む。 だがその様子がエスティラにはじれったく思えてしまったのか……。「やっぱいいわ、私が勝手に話すから」「え? あ、はい。よろしくお願いいたします」 右手を上げ、黙って聞いていなさいと言いたげな態度を示すエスティラ。 もちろんこれはアデーレに気を遣ったというわけではないだろう。 エスティラからすれば、今この場に流れる退屈な時間を埋めることの方が重要なのだから。 アデーレとしても、エスティラ自ら積極的に話してくれる方がありがたい。「あの日は叔父様のお屋敷で会食があって、お父様に代わって私が出席することになったのよ」「お嬢様がおひとりで、ですか?」「ええ。ちょうどお父様はお仕事が忙しくて、叔父様も私に会いたいとおっしゃっていたから」 右手を下ろしつつエスティラは苦笑を浮かべるも、そこに嫌悪のような感情は見受けられない。 彼女の言う叔父との関係は良好ということだろう。「会食自体はつつがなく終わったわ。話し込んでいたせいで大分時間が経っていたけれど」         ◇ 叔父との会食を終え、自家用の馬車に乗り込み屋敷への帰路についていたエスティラ。 既に外は暗く、馬車は点々と並ぶ街灯に照らされた石畳の道を進んでいた。 高級住宅の並ぶ街区に
last updateLast Updated : 2026-03-04
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5-3【首都攻撃(後編)】

『うわああぁぁぁっ!!』 屋根の向こうから聞こえる男の悲鳴。 それは馬車の中にいる者達にとって、予想だにしていなかったものだった。『まだ生きてるッ』 御者だ。 魔物に捕まったはずの御者が、まだこの馬車の上で生きているのだ。 先程聞こえた衝突音も、魔物の手から離れた彼が屋根に落ちたときのものだったらしい。 だが直接その姿を見ていない以上、彼がどのような状態なのかエスティラたちには見当もつかない。 少なくとも悲鳴を上げるだけの体力はあるようだが。 混乱するエスティラ。 分かっていることは、今馬車の上で助けを待つ人がいる。 そして手を差し伸べられるのは、ここにいる自分たちだけ。 だがそんな思いをあざ笑うかのように、外から大きな振動を伴う轟音が響き渡る。『くっ……』 魔獣が歩き回る気配にエスティラが身を震わせる。 そんな中でも彼女は、恐怖に屈してたまるかと歯を食いしばる。 自分がやろうとしていることがどれだけ危険か、もちろんそれは承知している。 しかしそれでも、助けを求める者を見捨てるような真似はできなかった。 エスティラがなけなしの勇気を振り絞り、馬車のドアを蹴り開ける。 ロベルトや使用人が何かを叫んでいるが、彼女はあえてそれら全てを無視した。 そして開いたドアから馬車の屋根に手をかけ、渾身の力を込めて身を乗り出す。『こっちよ!』『えっ、お嬢様!?』 エスティラが屋根を覗き込んでみると、そこには五体満足の御者の姿があった。 顔のあちこちに擦り傷を作り、衣装も所々引き裂かれているが命に別状はなさそうだ。 突然自分を呼んだ主人を前に驚きの表情を浮かべる御者だったが、彼女が差し出した手を見て慌てて屋根の上を這う。 御者が伸ばした手をエスティラが掴むと、彼女はそのまま彼を馬車の下へと引っ張り落とす。 少女の腕で支えきることはできず、御者はバランスを崩しながら路上に体を打つ。 頭を打ち付けなかったのは、彼にとって不幸中の幸いだった。『お嬢様はここでお待ちを』『えっ、ロベルトっ!?』 車外に出ようとしたエスティラを、背後にいたロベルトの腕が制止する。 彼は素早く馬車を降りると、倒れた御者の傍に駆け寄り手慣れた動きで担ぎ上げる。 そこでエスティラは違和感に気付く。 先ほどまで立ち塞がっていたはずの魔獣の姿が、馬車周辺
last updateLast Updated : 2026-03-05
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5-4【例え立場は違えども】

 (やっぱり、そういうことだったか)  エスティラからの話を聞き、アデーレは内心納得していた。  初めてベルシビュラと遭遇した際に、エスティラがその名前をつぶやいたこと。  そのことから、彼女は以前にベルシビュラと出会っていることについて確信を持っていた。  それが同時に、ベルシビュラが魔女と敵対する戦士ではないかという予想にもつながっていた。  おそらくヴェスティリアが関与しないところでは、一人魔女が召喚する魔獣と戦いを続けていたに違いないと。  自分以外にも魔獣と戦う者がいる。それはアデーレにとって勇気づけられる話だ。  だからこそ、ベルシビュラと敵対する状況に陥った原因が分からず、和解する術を求めて頭を悩ませる。 「あの時は二人目の巫女かと思ったんだけど、まさかヴェスティリアと敵対していたなんてね」  肩を落とし、心底残念そうな思いをため息に乗せるエスティラ。  おおよそ、二人の戦士が協力して魔獣と戦う姿をイメージしていたのだろう。  そういった願望は、特撮番組でよく抱いたものだとアデーレは懐かしく思う。  まさかヒーロー同士の敵対を、転生先で自分が経験するというのは予想外だったが。 「同じ魔獣と戦う立場なのに、どうして殺し合いだな
last updateLast Updated : 2026-03-06
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5-5【縁】

『人の話くらい聞く度量は持たないねとね』 ティーセットを乗せたトレイを運びつつ、先程の話を思い出すアデーレ。 今頃エスティラは教会から届いた手紙を読んでいることだろう。 彼女が島民と積極的に関わろうとすることは、地元民であるアデーレとしても歓迎だ。 しかし現在、島を取り巻く状況はひっ迫している。 活発な魔獣の襲撃や、それを召喚する魔女の行方。 そして王党派に属する者が主導する遺跡の発掘作業と、ベルシビュラの存在を差し引いても問題は山積している。 せめて魔獣の問題を解決する手立てだけでも、アデーレは見つけ出さなければならない。 それには沈黙を続けるアンロックン……ヴェスタの帰還を待たなければならないだろう。 錠前が入るポケットへ、アデーレが視線を落とす。 今はただ、これまでと変わらず金属音を鳴らしながら明るく語り掛けてくる日々が戻るのを願うばかりだ。「……あれ?」 アデーレが顔を上げたその時、使用人用の廊下へと向かう人物の後ろ姿が目に映る。 一般の使用人よりも上質な制服を纏うその人物の方へ、アデーレは小走りで向かっていく。「メリナさん、お疲れ様です」「えっ!?」 前を歩く人物……メリナへと声をかけるアデーレ。 それに対しメリナは、不必要なまでに肩をびくつかせてアデーレの方を振り返った。 仕事中は隙を見せることが少ないメリナが、狼狽するような姿を見せるのは珍しい。 目を丸くし、驚きの表情を隠すことなくアデーレの方を見つめる。「あっ、すみません。驚かせてしまって」「驚かせ……ああううん、全然平気っ。ちょっとボーっとしてたからさっ」 両手を振りながら、メリナは慌てた様子で笑顔を繕う。 その様子から、何かを誤魔化しているように感じてしまうのは必然というものだ。 とはいえ、それを指摘する必要もないだろう。 アデーレはそれ以上追及することをやめ、「そうですか」とうなずく。 納得してもらえたと考えたのか、メリナも胸に手を当て小さくため息をついた。 その後すぐに気を取り直した様子で、アデーレが持つトレイに視線を向ける。「これから片付け?」「はい、これを済ませたらまたお嬢様の部屋に戻りますけど」「そっかー。私は今から部屋に戻るところだよ」 会話を続けつつ、どちらが言うでもなく使用人用の廊下へと歩き出す二人。 メリナが言う
last updateLast Updated : 2026-03-07
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5-6【共通の話題】

 手紙の一件から二日後。 久々の晴天に恵まれたこの日、屋敷前庭の一角に人だかりができていた。 その人だかりに囲まれるようにして、装飾の施された一本足が特徴の白い金属製丸テーブルがいくつか並べられている。 テーブルの上には、手に取って食べることのできる軽食が何品か用意されている。 前庭に集まった人々はこの島で有力者に位置する者やその家族。 他にも教会関係者が数名混じっており、全員が雑談に花を咲かせているところだった。「あーっ、アデーレ姉ちゃんだ!」「お姉ちゃんのお洋服、きれいだねーっ」 来客に飲み物を運ぶアデーレの周りで、小さな子供たちがせわしなく駆け回る。 島民同士が大体顔見知りであるロントゥーサ島において、アデーレは若い女性というだけで否応なく子供たちの注目を集めてしまうものだ。 しかし今は仕事の真っ最中。 基本的に雑談を許されない使用人という立場上、アデーレは子供たちに対し苦笑を向けることしかできなかった。 それでも構ってほしい子供たちは彼女の周囲を離れず、スカートに触れたり足元で飛び回ったりとやりたい放題だ。 当然このような状況では仕事も捗らない。 代わりに同僚がそつなく仕事をこなせていることを考えれば、子供たちの相手をすることがアデーレの仕事といえなくもない。 さて、このような状況下で苦言を呈することもあるエスティラだが、彼女は来客者との応対に勤しんでいる最中だった。「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」 彼女に頭を下げる優男。彼はこの島で海運業を営む家の跡取りだ。 アデーレにとっては二つ年上の顔見知りであり、若い者同士ということでそれなりの付き合いはある。 農家の娘と運送屋の息子。身分の違いはあれども狭い島。 立場による隔たりなど、ほとんど存在しないのが実情なのだ。 そんな友人も、今では跡取りとしての所作が身についているらしい。 幼少の頃よりも礼節をわきまえるようになった友人を、エスティラは温和な笑顔で応対する。「こちらこそ、本来は招かれた立場なのにこのような形になってしまって」「いえ、現状を鑑みればそれも致し方ないことです」 そう。この会合は先日の話題にあった、教会での集まりの代わりである。 本来は教会側がエスティラを招いて懇親会を開く予定だったのだが、魔獣の一件が災いしたことで予定は取り
last updateLast Updated : 2026-03-09
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5-7【傲慢な老人】

「ほほ、随分と微笑ましいことですなぁ」 前触れもなく向けられた言葉を聞き、立ち上がったエスティラが声の主の方を見る。 彼女の動きに合わせ、アデーレを含めた周囲の人々もそちらを振り向いた。 そこに立っていたのは、従者を従えて微笑みを浮かべるダニエレだった。 突如現れた見知らぬ老人を目の当たりにし、少女は再び母親の後ろに隠れてしまう。 対するエスティラは、気品あるお辞儀で彼を迎える。「ごきげんよう、ダニエレ教授。本日は突然どのようなご用件で?」「はは。少々急ぎの用事がありましてなぁ。門前の者に無理を言って通してもらったよ」 『突然』と付け加えたのは、エスティラなりの嫌味だろう。 なぜなら今回の会合にダニエレは招かれていない。 外部の人間かつ上流階級がこの場に現れれば、この場に集まっている者全員が委縮してしまい彼女の目的が意味を成さない。 しかしダニエレがそのようなことを気にする人物でないことくらい、アデーレでも察しがついている。 更に言えば、このような現れ方をしたのもダニエレなりの嫌がらせという可能性がある。 どちらにせよ、この場において彼はお呼びでない相手だ。 それでもこうして屋敷に入ってこれたのも、上流階級であり厚顔無恥な老人ゆえか。 こうなると、周囲の人々も彼に対しては怪訝そうに眉をひそめるばかりだ。「さてさて、どうやら島の有力者の方々が集まっているようで。これは逆に都合がいい」 周りの冷ややかな視線など気にすることなく、ダニエレは笑顔のまま辺りを見渡す。 それに反し、無表情を貫くエヴァを含む従者の面々とのギャップに、アデーレは背筋に冷たいものを感じてしまう。 考えが顔に出ると小言を言われるアデーレとしては、従者たちの態度は使用人として見習うべきところかもしれない。 しかしこんな無礼な男に仕えて、普通の人間なら反感を抱くものだ。 極めて優秀な使用人ならば、主人がこれほどまで礼儀を欠いた行為を見せようとも、嫌悪を抱かないものなのか。 これがプロフェッショナルというのならば、アデーレには一生辿り着けない境地だろう。「ふむ。我々に対し何か提案があるということですか?」「その通り。さすが若い者は話が早いねぇ」 ダニエレが先程エスティラと話していた若い跡取りに近寄り、彼の肩を軽く叩く。 そのまま跡取りの横を通り過ぎていく
last updateLast Updated : 2026-03-10
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5-8【守護者故に】

 悪意ある来訪を乗り越え、一応の解散を迎えた会合。 だがダニエレの言葉に対する懸念をぬぐい切ることはできず、アデーレは不安を抱えながら日々を過ごす。 そして、大きな動きもないまま五日の月日が経った頃……。 エスティラの使いで町に出ていたアデーレ。 用件を終え大通りを歩いていると、目の前に馴染み深い後ろ姿があることに気づく。 ちょうどその人物も背後を振り返り、互いに顔を合わせたところでアデーレに対し笑顔を見せる。 それは彼女の父、ヴェネリオだった。 実に二週間ぶりに顔を合わせたこともあってか、彼は嬉々とした様子でアデーレの方へ駆け寄る。「やあ、アデーレ。お嬢様の使いかい?」「うん。お父さんは買い物?」 「そうだよ」と言いながら、小脇に抱えた紙袋をアデーレに見せるヴェネリオ。 中には日用雑貨が入っており、母にお使いを頼まれたのだろうとアデーレは察する。「しかし元気そうでよかったよ。お嬢様も事件に巻き込まれたりと色々大変なんだろう?」「まあ、うん。あまり大きな声で言わないでね」「ああごめんごめん。でも正直父さん心配だよ」 ヴェネリオは子煩悩を絵に描いたような父親だ。 がっくりとうなだれるその様子からも、聞き知ったあらゆる噂話に胸を痛めてきたであろうことが伝わってくる。 たとえアデーレが一言大丈夫と告げたとしても、この不安を解消することはできないだろう。 だが、それでもヴェネリオは仕事を辞めるようアデーレに言いつけることはしなかった。 サウダーテ家の家計もあるし、彼女が今の仕事に対し真剣に向き合っていることを、言葉を交わさなくても理解しているからだろう。 とはいえ露骨に落ち込まれると、人々の往来がある中ではどうしても目立ってしまう。「お父さん、とりあえず顔上げて。ね?」 アデーレに慰められ、ようやく顔を上げるヴェネリオ。 まるでお預けを食らった子犬のような顔をした父親に対し、アデーレはただただ苦笑を返す。 それよりも、二週間ぶりになる親子の再会だ。 もっと場を和ませる明るい話題はないかと、アデーレは思案を巡らせる。 母のことや家のこと。畑の様子や友人の話題。いくらでも語り合うことができる。「そういえば、最近何か変わったこととかあった?」 アデーレに問われたヴェネリオが、首をかしげながら考え込む。 うんうんとしばらく
last updateLast Updated : 2026-03-11
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6-1【暗黒の底に眠るもの】

 相談を受けたロベルトの手引きにより、アデーレはエスティラから数日の休みを与えられた。 外出制限がかかっていたこともあり、休養の許可は比較的簡単に取れたという。 これを好機と見たアデーレは実家に帰宅し、両親と軽く顔を合わせた後に目的地の発掘現場へと単身赴いたのだった。 アデーレの来訪を知ったダニエレは、特に何の警戒を見せることなく自身専用のテントへと彼女を招いた。「ほぉほぉ、個人的に興味があって現場を見てみたいと」「はい。故郷に関わる知識を学ぶことで、お嬢様の助力になると思いまして」 彫刻を施された柱で建てられたテントは、さながら絢爛たる高級ホテルの一室を思わせるものだった。 チェストや執務用の机と椅子、ソファやベッドは重量感のある木材が用いられ、地面には目が回るほどに細やかな模様の絨毯が敷かれている。 ちなみに内部は土足厳禁であり、ダニエレもテント内では靴を脱ぎ、執務用の机で報告書を読みながらアデーレを出迎えた。 本来ならば、ダニエレほどの貴族がアデーレのような一般人を自らのプライベート空間に招くようなことはしない。 それが常識なのだが、結局のところ予想通りダニエレは性欲の方を優先したと見ていいだろう。 その証拠に、先程からダニエレは書類に目を通す仕草をしているだけで、実際の目線はアデーレの体に向いているのが一目瞭然だ。 あのような接触を受けてもなお自らに接触してきたアデーレを、ダニエレはどう思うだろうか。 少なくとも、都合のいい女などと思われているとみて間違いないか。「まずは座りたまえよ。私が発掘状況について詳しく教えてあげるからね」 そう言ってダニエレが指差したのは、ソファではなくベッド。 卸したてのシーツが掛けられた天蓋付きのダブルベッドは、明らかに【そういう目的】を考えて置かれたものだろう。 覚悟をもってこの場に赴いたとはいえ、アデーレがダニエレに体を許そうなどという考えは微塵もない。 だがここで下手な抵抗を見せれば、作業現場に送られた島民や本島などから来た作業員を守ることができない。 さすがに戸惑い隠すことができず、愛嬌のつもりでアデーレは首をかしげる。 そんな彼女の様子が逆に扇情的に思えたのか、下劣な笑みを浮かべたダニエレが席を立つ。「緊張しているのかな? なぁに、私は紳士だからね、安心しなさい」 どの口で
last updateLast Updated : 2026-03-12
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