All Chapters of お嬢様、あなたの『推し巫女(ヒーロー)』、私なんですが: Chapter 51 - Chapter 60

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7-2【その手が届く人達へ(後編)】

 全ての力なき人々のために。 アデーレが思う正義の在り方を重んじるならば、その決意だけは貫き通さねばならない。 たとえそれが、自身の存在に縋りたいと涙する少女の気持ちに背くとしてもだ。 だが、果たして切実な思いに背くことだけが、正しき行いなのだろうか。 自問自答を頭の中で繰り返すアデーレの頬を、裏門側からのかすかに湿り気を帯びた風が撫でる。 そんな風に誘われるように、彼女は再び背後を振り返る。「お嬢様ーっ!!」 そのとき、建物の陰からアデーレたちの方へと駆け寄ってくる人々の足音が聞こえてくる。 アデーレがそちらの方へ目を向けると、ちょうど中庭へと踏み込んできた指揮官と目が合った。「おおっ、お嬢様! ヴェスティリア殿たちもご無事でしたかッ」 指揮官の声に呼応するように、彼の部下が続々と中庭へと姿を現す。 しかし何を思ったか、先頭に立っていた指揮官がアデーレと顔を合わせた瞬間、彼女たちから離れた位置で足を止める。 後方に続く部下にも手振りで立ち止まるよう指示を出し、彼らもそれに従い立ち止まる。 場の雰囲気をアデーレの表情から悟ったのだろうか。 どちらにせよ、ただならない様子のエスティラに気を遣い、指揮官たちは遠巻きからアデーレたちの様子を見守る。 そんな彼らに向け、アデーレは無言で頭を下げる。 そして促されるように、涙をこぼすエスティラと向き合うために振り返る。 エスティラの眼差しは、アデーレの言葉を受けてもなお懇願に満ちていた。「私は完璧なんかじゃない。彼らがいなければ守れない命もあった」 両親を救ってくれた指揮官の雄姿を思い浮かべつつ、アデーレは少し寂し気に笑う。「あなたの傍には、私すらも助けてくれる心強い人たちがいる。それはあなたにとって、必ず頼りになる存在だから」「ヴェスティリア……でも私は失敗して…………」「誰しも完璧ではないし、失敗をすることだってある」 「だけど」と間を挟み、アデーレは言葉を続ける。「失敗っていうのは、そこで立ち止まってしまったということ。省みて前へ進むことが出来れば、また新しい結果につなげることが出来る」 それは間違いなく、良太がフィクションの英雄たちから学んだことだった。 世界が変わろうとも決して裏切ることのなかった心の支えであり、アデーレの中にあるヴェスティリアという存在
last updateLast Updated : 2026-01-23
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7-2【憧れのあなたに誇れる為に】

 段階を駆け下り、崩壊した中庭へ向かったアデーレ。 先程までヴェスティリアとして立っていたこの場所に、彼女は初見のように驚きながら立ち入る。 そこには姿をくらました時と変わらず、空を見上げヴェスティリアの姿を探す人々の姿が。 そして、指揮官に無事を確認されているエスティラとメリナの姿を見つけると。「お嬢様! メリナさん!」 二人の後姿に、アデーレはたまらず声をかける。 その声を受けて、二人が驚愕の表情で彼女の方を振り返った。「アデーレ! あなた……っ」 最初に声を上げたメリナが、アデーレの姿を前にして涙を流す。 感極まってか言葉を詰まらせ、それ以上は口元を押さえ声も出せない様子だ。「ああ……」 同時に、隣にいたエスティラも五体満足のアデーレを前に目を丸くし、声を漏らす。 傍に立っていた指揮官も、驚きと同時に安堵の表情を浮かべていることが窺える。 アデーレは息を切らしながら、三人の前まで駆け寄る。 が、突如エスティラが襲いかからんという勢いでアデーレの前に詰め寄り、彼女の両腕を掴む。「アンタ!!」 先ほどまでヴェスティリアに向けていた笑顔から一転。 涙交じりの、怒りに満ちた表情を浮かべつつアデーレを睨みつけるエスティラ。 しかし、一言怒鳴りつけたところで言葉を詰まらせ、顎を震わせる。「無事だった……無事だったんなら、もっと早く…………バカッ!!」 言葉を選ぶ余裕もなかったのだろう。 アデーレの身体を渾身の力で揺さぶりながら、エスティラは子供っぽい罵倒を繰り返す。 だがその気迫は相当のもので、傍にいる者は誰も彼女を止めることが出来ずにいた。「私に心配かけるなんて……百年早いんだから…………」 そしてエスティラは、アデーレを抱きしめるわけでもなくそのまま突き放す。 その後アデーレに顔を見せまいといった様子で、そっぽを向いてしまった。 先ほどまでとは正反対の態度。 そのギャップに、アデーレの顔に笑顔がこぼれてしまう。 だが、それでいい。これが互いの関係なのだから。 最悪の出会い。 突然訪れた再会。 覆ることのない身分の差を突きつけながらも、その端々で見えてくる人柄。 二つの姿を持つからこそ、知ることの出来た本心。「ありがとうございます」 心配してくれたエスティラに、アデーレは礼を述べる。 も
last updateLast Updated : 2026-01-24
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番外編【正装のエスティラ(前編)】

 シシリューア共和国最大の島、シシリューア島。 内陸部に山々がそびえており、鉱山都市などを含むいくつかの都がこの島には点在している。 共和国の首都【パルハムス】は、そんな島の北部沿岸の平野一帯に広がる古都だ。 古くから貿易港として栄えるこの都市の貴族街に、バルダート家の本家が存在する。 豪華絢爛、贅を尽くした煌びやかな廊下。 白と金が彩るアーチの芸術の下を、二人の人物が黙々と進む。 背中にかかるほどに長いボリュームのある金髪を揺らし進む先頭の少女。 バルダート家長女、エスティラ・エレ・バルダートは、青い瞳に鋭さを漂わせながら廊下を歩く。 身に纏うのは気に入っているピンク色のドレスではなく、気品と優美さを漂わせる格式高い白色のドレスだ。「お嬢様、大丈夫ですか?」 肩にやや力のこもるエスティラに対し、背後に続く制服姿の使用人……メリナ・バラッツィが不安げに声をかける。 彼女は黒いドレスに白いエプロンドレス、そして白いキャップというお決まりの格好だ。 メリナに声を掛けられたエスティラは立ち止まり、毅然とした様子を崩さず背後を振り返る。「大丈夫って、何が?」「いえ……このような場に、付き添いが私一人というのはどうかと思いまして」「問題ないわ。これは私一人でやらなきゃいけないことだもの」 心配するメリナに対し、安心しろといわんばかりにエスティラが不敵に笑う。 しかしメリナには分かってしまうのだ。今の彼女の体は相当にこわばり、緊張を隠せずにいることに。 着替えを手伝う関係で、体に触れる機会も多い熟達した使用人にとって、主人の状態は目で見るだけでもある程度把握できる。 だが、心配はすれどもエスティラを止めることはできない。 彼女はこの場に赴くにあたり、相当の覚悟を持って挑んでいるのだ。「メリナ、あなたは私の傍にいればいいの。それがメイドの仕事でしょ?」「それは、そうですけど」 自身に指差すエスティラに対し、メリナは戸惑いつつわずかに後ずさる。「ま、うちに仕えてずいぶん経つんだし、そんなこと言うのも今更ね」 軽く首をかしげながらエスティラが笑う。 それもほどほどに彼女は再び前を向き直り、そしてメリナを引き連れ再び廊下を進む。 赤いカーペットによりくぐもった足音が廊下に響く。 その歩みに迷いはなく、足音も規則正しく優美さすら感
last updateLast Updated : 2026-01-26
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番外編【正装のエスティラ(後編)】

 果たして彼女は、実の祖父に対しどれほどの怒りを抱いているのか。 緊張の面持ちで様子を見守るメリナが、自身の右手首を軽く握りしめた。「アメリアを殺め、こともあろうに彼女に成り代わり私の傍にいた魔女が言ってましたわ。王党派の者と取引をしたと」「ほほ? それはまたよくないね。アメリアとは……ああ、あの家政婦の。そうか殺されたのか」「ええ」 どこか他人事にも見えるグラツィオだが、そんな彼の態度にエスティラは表情一つ変える様子を見せない。 あくまで祖父との再会を喜ぶ孫娘の風を保ち、老人特有のテンポが悪い会話に合わせる。「ティーラはあの家政婦によく懐いていたか。そうかそうか、痛ましい話だね」 それが本心からの言葉なのか。 どこか感情に乏しいグラツィオの声色には、エスティラの身に起きた悲劇をなんてことない軽薄なものと考えているのではと疑念すら抱かせる。「ドゥランの奴も随分と鬼気迫る様子だったが、そういうことか」「お父様にはアルを守る義務がありますから」「おかげでたまには顔を見せろとあれほど言うとるのに、さっぱり顔を見せん」 同じ血筋にありながら、現在の共和制を守るドゥランと王政復古を目指すグラツィオの間には、既に大きな確執が生まれていた。 そのことを理解しているはずである目の前の老人は、まるでそのことを気にせず孫に会わせろと普通の祖父の体を装い続ける。 ロントゥーサ島でのことを思えば、誰しもその姿に軽薄という印象を抱かずにはいられないだろう。「まるで何も存じていない……関係ないという口ぶりですのね」 エスティラの怒りがわずかに浮かび上がったか。 わずかに棘を含む言葉をグラツィオに投げかけつつ、彼女は笑顔を保ち続ける。「王党派は大きな組織。こちらの目の届かぬところに何か起きていてもおかしくない」「そうですね。ですがおじい様ほどの方が今回の件に知らぬ存ぜぬというのは不思議な話ですわ」「傑物などと呼ばれてたのは昔の話だ。今は見ての通りのおいぼれよ」 皮肉を込めた笑みを浮かべ、グラツィオは孫を思う優しい眼差しでエスティラを見る。「しかしね、ティーラとアルに偉大な王国を残したいというのは本心だ。そしてバルダートの者ならば、偉大なる我が王も認めてくださるだろうに」 我が王の肖像へと視線を向けるグラツィオ。 過去を慈しむそ
last updateLast Updated : 2026-01-27
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1-1【今日も彼女は戦い続ける】

          第二章【ロントゥーサ島に雪が舞う】 北のロマニア大陸と、南の暗黒大陸。 シシリューア共和国は、二つの大陸を隔てる海域の中央に浮かぶ島国である。 夏は日差しに恵まれ、冬は恵みの雨が降る南国の地だ。 そしてシシリューア本島の北東にある島、ロントゥーサ島。 農業と漁業を主な産業とする、田舎特有の穏やかな時間が流れる小さな島……というのは昔の話。「ヴェスティリアッ、いつも通り決めるよ!」 低木がまばらに生える荒野に、子供のような声が響く。 その声は、ヴェスティリアと呼ばれた少女が構える紅蓮の大剣から発せられていた。 彼女は白色のワンピースの上に赤いロングコートを羽織り、竜の翼を模した飾りを挿したコートと同じ色の帽子をかぶっている。 そして最も特徴的なのは、ルビーの輝きを連想させる透明感のある赤色の髪。 情熱を感じさせるその色合いに反し、切れ長の鋭い目は冷徹に前方の【それ】を睨みつけていた。 ヴェスティリアの前に立ちはだかっていたのは、身の丈が彼女の倍以上ある岩の巨人だった。 赤褐色の岩がいくつも繋がり合い、屈強な人型を形成したその異形。 しかしそれは地面に膝をつき、今にも崩れ落ちそうだ。 顔もない岩の巨人から感情をうかがう術はない。 しかしその仕草からは、少女の存在を恐れているような気配がうかがえる。「……ふぅ」 小さく息を吐くヴェスティリア。 左足を前に、大剣を両手で持ち、刃を天に向け右側に構える。いわゆる八相の構えだ。 地面を擦るブーツの底から火花が散る。 大剣の刃が、業火を纏う。「これでッ!」 地面を蹴り、ヴェスティリアの体が加速する。 岩巨人との間合いを尋常ではないスピードで詰め、構えた大剣を勢いに乗せて振りかぶる。 その動きはさながら白球を天高く打ち上げるスラッガーのようだ。 だが、刃に触れた岩巨人が打ち上げられることはなく、吹き上げる炎によって両断されてしまう。 口を持たぬ岩巨人は断末魔を上げることなく崩れ落ちる。 生命活動を停止したその体が風化し、塵となって消えていく。「よし、お疲れ様。ヴェスティリア」 ヴェスティリアが剣を下ろすと同時に、鎮火した大剣が語りかける。 彼女は喋る大剣の方に、どこか疲れた顔を向けた。 先ほどまでの殺気立った気配は微塵も感じられない。「ホ
last updateLast Updated : 2026-02-02
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1-2【主の帰還に備えて】

 シシリューア共和国は南国であり、冬と言えどもそれほど気温は下がらない。 道行く人々も夏に比べれば厚着をしているものの、冬の寒さを避けて外国から人が訪れることも多い。 また、夏場は荒野だった大地も、この季節からは新芽が芽吹き、春には野花で彩られる美しい風景が見られることだろう。 ロントゥーサ島で農家を営むサウダーテ家にとっても、今は忙しい季節である。 丘の上に広い畑を持つサウダーテ家では、春に向けた小麦の種まきをこの時期に行う。 広い畑を耕し、用意していた小麦の種を植えていく一大行事だ。 しかし、今年からは少し事情が変わってきた。「そういえばアデーレ、もうすぐお嬢様がこの島に戻ってくるそうだね」 種まきを明日に控えたその日の夜。 アデーレが家族と食卓を囲んでいると、父ヴェネリオがそんなことを口にした。「うん、週末には。だから今屋敷の方も忙しくて」 父の言葉にアデーレはうなずき、空になったスープ皿の上にスプーンを置く。 アデーレは島に別荘を持つ貴族、バルダート家の使用人を務めている。 そしてこの屋敷は現在、バルダート家の長女エスティラ・エレ・バルダートの住まいとして扱われているのだ。 だが半年前、先の魔女との戦いにおいて屋敷は半壊。 現在までに修復はほぼ完了しているものの、当のエスティラはシシリューア本島に赴いており不在だ。 そのため島で雇われた使用人たちは、アデーレのように実家の仕事を手伝いつつ、建て直された屋敷を持ち回りで管理しているのだ。 先日の魔獣も、屋敷での仕事中に現れたものだった。「そうか。じゃああまり畑仕事で無理もさせられないねぇ」「え、そんな気を遣わなくていいって。ちゃんと手伝うよ」「しかし、畑仕事で手が荒れたりしたら大変だろ? 今はお嬢様のお付きなんだから」 それを言われると、アデーレは言葉を飲み込むしかないと軽く首をかしげる。 使用人としてはまだ新人のアデーレだが、数奇な運命からエスティラの傍について世話をする係として働いている。 そういった使用人は、ただ仕事が出来ればよいというわけではない。 身だしなみも厳しく指示されるのは当たり前。 屋敷でも、水仕事など肌が荒れるようなことは回されない。 それほどまでに、主の直接的な世話というのは神経を使う仕事の一つである。 このような仕事をするうえでは、
last updateLast Updated : 2026-02-03
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1-3【再会】

 アデーレにとって、それは到底受け入れられる話ではなかった。 魔獣を使役する魔女は王政復古を狙う王党派と手を組み、共和国の主要貴族であるバルダート家の者を狙った。 だがその野望は潰え、今や王党派の悪行は白日の下に晒されている。 このような状況下で、どこにエスティラが狙われる理由があったのか。 何より、ロントゥーサ島以外での魔獣出現という、アデーレが最も恐れていた事態が起きてしまった。 それを知らされた彼女は、表面上は冷静さを装うも、日々の仕事をまともにこなすことが出来ないほど狼狽していた。          ◇「で、なんで私が死んだとか、そんな話になってんのよ?」 ……というのは、つい先日までの話。 今アデーレの前にいるのは、白と金で彩られた新品のソファに座り、ロングスカートであることを気にせず脚を組んでティーカップを持つ不機嫌そうな少女。 彼女こそが現在屋敷の主であるバルダート家長女、エスティラである。 結局噂は噂に過ぎないということか、エスティラは予定通りロントゥーサ島へ帰ってきた。 それまでの間に噂に尾が付きヒレが付き、いつしかエスティラ死亡という根も葉もない噂が市井の間で持ちきりとなっていたのだ。 これも島外の情報が伝わるのに時間が掛かる、離島の宿命というものか。 正しい情報が入る前に、人の想像が次々と噂話を彩ってしまうのだ。 結果、無事エスティラが帰島した際の島民たちの反応は、噂への疑いを抱いていた者達からの歓迎が半分。 もう半分は、噂を信じてしまった人々からの驚きと警戒だった。 以前島を襲撃した魔女が、殺害した者の皮を被って屋敷の関係者に成り済ましていたことは周知の事実である。 魔獣の出現が相次ぐロントゥーサ島では、誤った噂の反動もあって、エスティラを魔女が化けた姿だと警戒する者は少なくなかった。「というか、心配いらないって手紙を私は屋敷に送ったはずなんだけど? どうなってんのさ、アデーレ」「はい、受け取りました……海が時化ていたせいで、到着は今日になりましたが」 そんなこと自分に言われてもと思いながら、アデーレは弁明しつつ目を逸らす。 こういった細かい仕草に対し、エスティラは極めて目ざとく反応するのだが。「今日ぉ? あぁもう、これだから離島は……」 だが、幸いにも今回は自分が死人扱いされていた
last updateLast Updated : 2026-02-04
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1-4【その名は『ベルシビュラ』】

 アデーレを見下ろすように立つ二つの影。「ヴェスティリア!!」 一つは、先ほど自室から姿を消したエスティラ。 そして……。「まさか、再び出会うことになるとはね」 アンロックンが重々しくつぶやく、その相手。 黒いフード付きのローブに身を包み、骨を継ぎ接ぎして作った杖を持つ魔女。 ローブの下の体は細長い虫によって覆われ、その容姿をうかがい知ることはできない。 見間違えるはずがない。 あの異形の魔女こそ、半年前にアデーレが倒したイェキュブである。 そう、間違いなく彼女が倒しているはずなのだ。 だが、奴はそこに立っている。 かつてと変わらぬ異形の姿で。 耳障りな声で笑いながら。「お嬢様を離せ、イェキュブ」 フラムディウスの切っ先を向け、アデーレはイェキュブを睨む。 だが、彼女の警告をイェキュブは笑い飛ばし、逆にエスティラを自身の前へと立たせる。「動くんじゃないよ! 少しでも動いたら、お嬢様が死ぬよっ」 怒りを顔に滲ませたエスティラと視線を合わせるアデーレ。 しかし彼女はその状況に、若干の違和感を覚えていた。 半年前に戦ったイェキュブは、エスティラの体を無傷で手に入れるつもりでいたはずだ。 しかし目の前で起きているこの状況は、その目的にそぐわない。 エスティラをただの人質としか見ていない。そういった違和感があった。(何かおかしい) 疑問に対する答えは見いだせないが、イェキュブに隙を見せてはならない。 アデーレは切っ先を向けたまま、敵の動きを見逃すまいと佇む。 その姿をイェキュブは手も足も出ないと判断したのか、勝ち誇ったように笑う。「はっ。所詮はヴェスタの巫女も甘ちゃんさぁ!」 イェキュブが杖を掲げる。 その先端に漆黒の力が集まり、自らの周囲に大量の氷の刃を作り出した。 冷たい切っ先は、全てアデーレへと向けられている。「何もできずに死んでしまいなぁッ!!」 既にアデーレが防御の体制に入っていることを知らず、勝ち誇った様子のイェキュブが彼女に向けて杖の先を向ける。 空中に固定された氷の刃たちは震え、狙いを定めた方向へ飛び出し……。「――死ぬのはアンタだよ」 【それ】は、何の前触れもなく現れた。 純銀の輝きを見せるガントレットがイェキュブの頭を鷲掴み、その体を地に押し付ける。「ぐぎゃっ!?」「きゃっ!」
last updateLast Updated : 2026-02-05
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2-1【未知なる不安】

 一体どこから噂が漏れたのか。 ロントゥーサ島に現れた新たな戦士、ベルシビュラ。 その存在は、一日も経たずに島民たちの間で広まっていた。 島外からの情報は遅くとも、島内での情報が伝わるのは一瞬だ。 その存在を知らぬ者は、もう島のどこにもいなかった。「参ったね、本当に」「うん」 その日の夜。 薄暗い屋敷の屋根に腰を下ろし、アデーレはアンロックンとベルシビュラのことを思い出していた。 同じように魔女を敵視するが、同時にヴェスティリアとも敵対する謎の戦士。 自分と同じく鍵を用いて特殊能力を発揮することからも、魔女のような敵とは明らかに異質の存在だ。 自分と同じ能力をベルシビュラは有している。 そのことが意味するのは、彼女もまた西方主教の神々から力を与えられていることに他ならない。 これは一体どういうことだろうか。 西方主教が多神教であることは常識であり、アンロックン……ヴェスタもそれを認めている。「多分あの腕輪、これと同じ依り代だよね」「ああ、間違いないね」「なら同じ神様でしょ。正体分かるんじゃないの?」 右手に持ったアンロックンと鼻を突き合わせるアデーレ。 アデーレにとって、ベルシビュラの存在は大きな懸念であった。「その神様から力をもらった人と、私は戦わなきゃならないんだよね?」 アデーレの不安が、向き合うアンロックンに対して急かすような言動を口走らせる。 そんな彼女のの手は、ほんの少しだけ震えていた。 今日この日まで戦ってきた相手は、異形の魔獣や人としての形を捨て去った魔女たちだ。 初めてアデーレがヴェスティリアとなったときも、彼女は少年を守るため魔獣に対しその力を振るった。 だがその頃の彼女には、たとえ魔獣であっても殺害という行為に対して抵抗があった。 それを乗り越えることができたのは、守護者としての責任を強く意識してきたからだ。 しかしベルシビュラは違う。 自分と同じならば、あの狼の戦士は人間なのだ。 そして互いは敵対し、いつかはその力をぶつけ合うことになるだろう。 それが意味するのは人間同士の殺し合いに他ならない。「……やだな。そういうのは」 敵対する相手が人間だと気づいてしまい、アデーレは恐れていた。 アンロックンを握る手は震え、上手く力が入らない。 それは仕方ないことだ。 半年前までは荒
last updateLast Updated : 2026-02-06
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2-2【イェキュブの残した禍根】

 次の日。 再びその身を狙われることとなったエスティラは、安全のために終日屋敷に留まることとなった。 屋敷の内外や港町には兵士の見回りが入り、普段穏やかなロントゥーサ島には物々しい空気が漂っている。 とはいえ、島民の大半は魔獣騒動に慣れてきたせいか、この状況下でも平穏を保つことができている。 守護者であるヴェスティリアの存在や、兵士に対する信頼の賜物とでもいうべきか。 屋敷の使用人たちもそれは同じであり、例え魔獣の危険があろうとも屋敷を健全に保つ義務がある。 庭師は草花や芝生を手入れし、キッチンは常に仕込みに追われ、使用人たちは各々割り当てられた役割をこなす。 アデーレの今日の仕事は、エスティラが書いた書状を毎日定期的にやってくる配達員に渡すことだ。「それでは、よろしくお願いいたします」 門前で書状を渡した配達員に向けて、深々と頭を下げるアデーレ。 配達員も彼女に対し一礼した後、そのまま港の方面へ向けて走り去る。 その後姿が坂の向こうに見えなくなるまで見送った後、アデーレは小さく肩を撫で下ろすと屋敷の方へ戻る。 門番が詰めている平屋の横を通り過ぎ、前庭を進みながら空を見上げる。 冬のどこか高く感じる青空に、雲が連なって浮かんでいた。「お疲れ様ー、アデーレさん」 突然背後から声をかけられ、アデーレはゆっくりと背後を振り返る。 そこには珍しく私服の黒いドレスを身にまとった先輩使用人、ラヴィニアの姿があった。 キャップをかぶっていないツインテールというラフな彼女の姿は、仕事着に見慣れているアデーレには新鮮に映った。「お疲れ様です。外出していたんですね」「ううん。私だけ今日島に戻ってきたんだー。ちょっと私用があって」「私用、ですか?」 両手で革のカバンを持ち上げるラヴィニア。おそらく中身は最低限の私物だろう。 そして少し照れくさそうに笑うラヴィニアを前に、アデーレはわずかに首をかしげる。「実はお姉ちゃんの結婚式があってねぇ。私は仕事があるからーって言っておいたんだけど、お嬢様が行きなさいって言ってくれて」「あー、それで今日戻られたんですね。おめでとうございます」 ゆったりした口調で「ありがとう」と言い、軽く会釈しながらはにかむラヴィニア。 それにしても、この貴族らしからぬ物言いもエスティラらしい。 というより彼女の場合
last updateLast Updated : 2026-02-07
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