友だちとの飲み会。私は沢村結衣(さわむら ゆい)。テーブルの向こう側で、夫の友人、相原亮太(あいはら りょうた)がふいにフランス語を口にした。「なあ、お前が外で囲ってるあの子さ、もう妊娠二ヶ月だろ。どうするつもりなんだ?」その問いを向けられた相手、そして私の夫でもある沢村誠(さわむら まこと)は、ほんの少し口元を上げただけで、顔色ひとつ変わらなかった。「外で囲ってるあの子」というのは、恐らく坂井花音(さかい かのん)のことだ。まるで聞き慣れた天気の話でもしているみたいに、私の皿に刺身を乗せてくる。その手つきのまま、同じくフランス語でさらりと言った。「ゆいは子ども嫌いだからさ。花音にはちゃんと産ませて、子どもごと海外に出すつもり。俺の跡継ぎってことで取っておくよ」噛みしめたエビは、もう何の味もしない。ただ頬を伝うものだけが、やけに熱い。「ゆい、どうした?」すぐ隣で、慌てた東国語の声が響く。そっと涙を拭ってから、私はいつもの笑顔を無理やり貼りつけてみせた。「このピリ辛ソース、ちょっと効きすぎたみたい」本当は、しょっぱい醤油の味しかしない。辛いのは舌じゃなくて、胸の奥。涙の理由はただひとつ。──私は、フランス語が分かる。誠は、もう忘れてしまったのかもしれない。私の専攻がフランス語だったこと。そして、彼がフランス語を覚えた理由が、「私を落とすため」だったことも。そこまで思い出したところで、私は現実に引き戻される。顔を上げると、誠がテーブルに片肘をつき、じっとこちらを眺めていた。「ボーッとして、何考えてた?」視線だけ返して、言葉は飲み込む。代わりに、レモンティーのポットに手を伸ばして、自分のカップに注ごうとした。しかしポットは、ふいに横からさらわれる。「こういうのは自分でやることじゃない。言ってくれればいいんだ」当然のようにレモンティーを注ぎながら、彼はいつもどおりの優しい夫を演じている。向かいの席で、亮太が頬を押さえながら大げさに唸った。「なあ、バカップル。人前でイチャつくの、そろそろ犯罪なんじゃない?独り身には刺激強すぎてさ、歯が浮くんだけど」誠はちらりと彼を睨み、口の端だけで笑った。「うちは嫁至上主義なんで、今さらだろ?嫌なら黙って食ってろ」「へいへい、ご
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