宮城へ近づくにつれ、空気が変わっていった。都の街路にはまだ火事の騒ぎが残っている。桶を抱えて走る者、戸を閉める者、空を見上げながら不安げに囁き合う者。人々は混乱していたが、それでもなお、“日常の延長”として振る舞おうとしていた。だが宮城だけは違う。高い城壁の向こう側から、すでに戦の気配が漏れ出していた。怒号。警鐘。駆け回る兵の足音。普段なら厳格な静けさに包まれているはずの宮門は、今や崩れかけた堤のように騒然としている。楚凌は、その石段を一気に駆け上がった。背中が痛む。火傷した皮膚へ汗が染み込み、走るたび焼けるような熱が広がる。だが、その痛みがかえって意識を研ぎ澄ませていた。門兵たちが一斉にこちらを振り向く。その顔へ、驚きが広がる。「楚凌将軍――」反射的に出た呼び名だった。男は慌てて言い直す。「……楚凌殿!」楚凌は何も答えない。だが、その呼び名を否定もしなかった。宮門をくぐった瞬間、混乱の熱気が一気に押し寄せてくる。兵が走っている。伝令が叫んでいる。泣きながら奥へ逃げていく宮女たちの衣が、慌ただしく視界を横切った。遠くでは黒煙が立ち昇り、火の粉が夜風へ舞っている。火は、すでに宮城内部へ回っていた。「何が起きている」楚凌は近くを走っていた兵の腕を掴む。兵は息を乱したまま答えた。「南側の倉庫が燃えております! それに、宮中へ賊が紛れ込んだと――」「黄色い布か」兵の目が見開かれる。「な、なぜそれを……」やはりそうだ。楚凌の胸の奥で、嫌な予感が確信へ変わる。反乱は、もう宮中へ入り込んでいる。その時だった。奥から怒号が響いた。「違う! 南門を閉じろ!」別方向では、別の声が飛ぶ。「北門の兵が足りません!」「伝令が戻りません!」命令が錯綜していた。誰もが動いている。だが、その動きが繋がっていない。楚凌は周囲を見回した。兵たちの顔には焦りが浮かんでいる。何を優先すべきか分からなくなっているのだ。その光景を見た瞬間、身体が勝手に動いていた。「西側通路へ兵を回せ! 火が広がれば内殿まで燃えるぞ!」低い声が回廊へ響く。場が、一瞬静まった。楚凌自身、その瞬間まで自分が命令を発したことに気づいていなかった。だが兵たちは反射的に動いた。「はっ!」「西側へ回れ!」「急げ!」人が一斉に走り出す
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