All Chapters of 妊娠中に追放された皇太子妃ですが、無骨な武将に溺愛されています: Chapter 51 - Chapter 60

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52. 皇太子の決断

正殿へ駆け込んできた伝令は、息を切らしたまま床へ膝をついた。「ご報告申し上げます! 陸曜将軍、討ち死ににございます。楚凌殿がこれを討ち取りました。陸曜に従って入城した兵も武器を捨て、現在は拘束されております!」一瞬、誰も声を発しなかった。その報告の意味を理解するまで、わずかな間が必要だったのだろう。やがて正殿にどよめきが広がり、張り詰めていた武官たちの顔にも、初めて明確な安堵が浮かんだ。「陸曜を討っただと……!」「では、反乱軍はもう――」「景衡王爺だけでは軍をまとめられまい!」口々に声が上がる。だが、景炎だけは表情を崩さなかった。陸曜を失ったことは大きい。景衡は皇族であるというだけで反乱軍の旗印になれる。だが、自ら軍を率いて戦況を判断し、兵をまとめ上げる力量がある男ではない。王都内部へ工作員を潜ませ、火を放ち、民を煽り、門を内側から開かせるという今回の策も、実際に組み立てて動かしていたのは陸曜だった。その男が死んだ。ならば、景衡が次に取る行動も、おおよそ想像がつく。「まだ終わっていない」景炎の低い声に、浮き足立ちかけていた正殿が静まった。「陸曜は死んだ。だからこそ、景衡は逃げる」景炎は机に広げられた地図へ視線を落とした。王都から南へ延びる街道。その先には、景衡が治めている国境近くの土地がある。もとは蒼隼国の領土だった。かつて景炎と楚凌が共に戦場へ立ち、多くの兵を失いながら蒼隼国から削り取った土地である。瑞華の領土として安定させ、国境を守らせるため、景炎は弟である景衡へその統治を任せた。皇族として責任を果たしてほしい。弟ならば、瑞華のために土地を守るだろう。そう信じていた。だが景衡は、陸曜とともに兄を裏切った。あろうことか、かつて戦った蒼隼国と手を結び、自らに託された土地を反乱の拠点へ変えたのである。王都攻略に失敗した以上、景衡が逃げ込む場所
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53. 帰るための戦い

陸曜を討ったあとも、大門の内側には血と火の臭いが残っていた。捕らえた兵たちは次々と連行され、負傷者には敵味方を問わず手当てが施されている。つい先ほどまで剣戟が響いていた石畳には折れた武器が散らばり、兵たちはそれを拾い集めながら、城外の様子を何度も気にしていた。楚凌も、大門の上から外を見ていた。遠くに見える景衡軍の松明は、明らかに乱れている。陸曜を失ったことで統率が崩れたのだろう。先ほどまで整然と並んでいた灯りは少しずつ南へ流れ始め、街道へ向かう一団も見えた。景衡は逃げる。その読みは、おそらく間違っていない。「楚凌殿」門番頭が隣へ立った。「敵は退き始めておりますな」「ああ」楚凌は短く答えた。逃げる先も分かっている。景衡が治めていた国境の土地だ。かつて景炎と共に戦い、蒼隼国から奪い取った土地だった。城の位置も、その周囲を走る街道も知っている。景衡が自らの領地へ戻れば、残った兵をまとめ直し、蒼隼国へ助けを求めるだろう。そうなれば、また戦が始まる。ここで終わらせなければならない。分かっていた。それでも身体は、もう休めと言っていた。背中の火傷は脈を打つように疼き、陸曜との戦いで開いた肩の傷からも血が滲んでいる。剣を握っているだけならまだいい。だが腕を大きく動かすたびに、肩から背中へ鋭い痛みが走った。「一度、侍医に診せられた方が」門番頭が心配そうに言う。楚凌は首を横へ振った。「まだ終わっていない」「しかし、その身体では――」そこへ、馬の足音が近づいてきた。王都の奥から一騎の近衛が駆けてくる。男は楚凌の姿を見つけると急いで馬を降り、そのまま膝をついた。「楚凌殿。殿下よりご命令です」楚凌の表情が引き締まる。「申せ」「景衡王爺は南へ退却を始めたものと思われます。王都の守備兵は残し、騎馬を中心
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54. 産声

痛みは、波のように繰り返し押し寄せてきた。一度遠のいたかと思えば、再び腹の奥が強く締めつけられる。蘭珠は敷布を握りしめ、声を堪えながら必死に呼吸を整えた。「……っ、う……」「蘭珠様、息を止めないでください。ゆっくり吐いて」枕元から声をかけたのは、紙問屋の娘である芳玉だった。その反対側では、これまで身の回りを手伝ってくれていた女が、汗に濡れた蘭珠の額を冷たい布で拭ってくれている。二人とも、ずっとそばにいてくれた。自分の出産など、本来ならこの家には何の関係もない。それなのに紙問屋の一家は部屋を貸してくれただけでなく、湯や布を用意し、芳玉まで付き添ってくれている。「芳玉さん……本当に、もう大丈夫ですから。こんな夜中まで付き添っていただくなんて……」痛みが引いた隙にそう言うと、芳玉は困ったように眉を下げた。「今はそんなことを仰らないでください。蘭珠様には、私のことでたくさん助けていただいたんですから」「でも……」「遠慮なさらないでください」今度は手伝いの女が口を挟んだ。「私はもともと蘭珠様のお手伝いをしているのですから、こんな時にいなくてどうするんです」二人にそう言われ、蘭珠はそれ以上断ることができなかった。ありがたい。だからこそ、余計に申し訳なくなる。火事に遭い、足を傷つけ、突然この屋敷へ転がり込んだ。それだけでも迷惑をかけているというのに、今度は出産まで始まってしまった。「……ありがとうございます」蘭珠は小さく頭を下げた。その直後、また腹が硬くなった。「……っ!」今度の痛みは強かった。下腹の奥から腰へかけて、きつく絞り上げられるような痛みが広がる。蘭珠は敷布を握ったまま目を閉じ、侍医に教えられた
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55. 追撃

王都を離れてから、どれほど走っただろう。夜の街道を、蹄の音が駆け抜けていく。楚凌は先頭に立ち、南へ馬を走らせていた。その後ろには、王都から選び抜いた騎兵たちが続いている。数は多くないが、追撃戦に慣れた者を優先して連れてきた。景衡軍と正面からぶつかるためではない。逃げる景衡を捕らえるための兵だ。「楚凌殿!」前方から声が飛んだ。「敵兵です!」楚凌は手綱を引き、馬の速度をわずかに落とした。街道の先に、いくつもの松明が見える。景衡軍の後衛だった。ただし、軍と呼べるほど整然としてはいない。数十人ほどの兵がまとまりなく走り、振り返っては王都の方角を気にしている。陸曜を失った影響は、楚凌が想像していた以上に大きいらしい。「追いつきますか」隣を走る騎兵が尋ねる。楚凌は前方を見たまま答えた。「追いつく。だが深追いするな」「はっ」「我々の目的は雑兵を討つことではない。景衡だ」腰の剣へ手を添える。その動きだけで肩に痛みが走った。楚凌は眉を寄せた。背中の火傷も悪化している。馬が地面を蹴るたびに身体が上下し、そのたび包帯の下の皮膚が引き攣った。汗が傷へ入り込むのか、焼けるような痛みまで感じる。王都を出る前より、確実に身体は重くなっていた。それでも止まれない。――必ず帰る。自分で蘭珠へ伝えた言葉だった。口にした以上、守らなければならない。景衡を捕らえる。この反乱を終わらせる。そして帰る。それだけだった。「速度を上げろ!」楚凌の号令とともに、騎兵たちが一斉に馬腹を蹴った。蹄の音が大きくなる。前方の敵兵も追手に気づいた。「来たぞ!」「追手だ!」悲鳴に近い声が夜へ響く。景衡軍の後衛が慌てて隊列を組もうとする。だが遅かった。陸曜がいれば、違っただろう。追撃を予測し、後衛へ指揮官を置き、逃げる本隊との距離を保ちながら迎撃させたはずだ。今は、それがない。誰かが「止まれ」と叫び、別の者が「逃げろ」と叫んでいる。兵たち自身が、誰の命令に従えばいいのか分かっていなかった。楚凌は剣を抜いた。「道を開けろ!」怒声が響く。数人の敵兵が槍を構える。楚凌は馬上から剣を振るい、その穂先を弾いた。左右から味方の騎兵が駆け抜ける。敵の隊列が崩れた。それでも、楚凌は追わない。逃げる兵を背後から斬る必要などなかった。「
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56. 追われる王爺

景衡は、何度も後ろを振り返っていた。朝靄の中を、馬の蹄が土を蹴り上げる。王都を離れてから、どれほど走ったのか分からない。最初は数百いた兵も、逃走の途中で散り散りになり、今では自分の周囲に残っているのは直属の騎兵とわずかな護衛だけだった。誰も口を利かない。話せば、敗北を認めることになるような気がした。景衡は馬上で奥歯を噛む。こんなはずではなかった。王都内部には十分な人数を潜り込ませた。放火で民を混乱させ、皇太子への不満を煽り、内側から門を開く。狼煙が上がれば陸曜が軍を動かす。王都へ入った後は、混乱した兵を押し切り、宮城を落とす。すべて、うまくいくはずだった。少なくとも陸曜はそう言っていた。――殿下は何もなさらずともよろしい。――王都へ入った後、皇族として御姿をお見せください。それだけで兵も民も、景炎ではなく殿下こそ天命を受ける者だと理解いたしましょう。景衡は、その言葉を信じた。いや。信じたかったのだ。兄の景炎は昔から何でも自分より上だった。戦えば勝つ。政を任されれば結果を出す。父帝からも期待され、臣下たちからも次代の皇帝として見られている。自分は違った。景炎の弟。それだけだった。どれほど努力しても兄の影から出ることができない。そんな自分へ、陸曜は初めて言ったのだ。景衡様こそ皇帝にふさわしい、と。「王爺!」前を走っていた騎兵が振り返った。「もうすぐ城です!」景衡は顔を上げる。朝靄の向こうに、見慣れた城壁が浮かんでいた。胸の奥に、ようやく安堵が広がる。ここまで来ればいい。あの城には兵がいる。武器もある。食糧も蓄えている。何より、あの土地は皇太子の命によって自分が統治を任
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57. 最後の逃げ道

朝靄を裂くように、楚凌たちの騎馬隊は城門前へ迫った。遠目にも、景衡の姿はすぐに分かった。閉ざされた門の前で馬を止め、城壁を見上げている。その周囲にはわずかな護衛が残っているだけで、王都を囲んでいた時の勢いはもうどこにもなかった。楚凌は速度を落とした。「止まれ」後続の騎兵たちも一斉に手綱を引く。蹄の音が途切れると、朝の空気に奇妙な静けさが戻った。景衡の護衛たちは剣へ手をかけている。だが、城門は閉ざされたままだ。楚凌はその光景を見ただけで、おおよその事情を察した。景衡はまだ城内へ入れてもらっていない。しかも城壁の上には兵が並んでいるものの、こちらへ弓を向ける様子がない。景衡を守ろうとしているなら、すでに射かけてきてもおかしくない距離だった。城側は迷っている。いや。すでに答えは、ほとんど出ているのかもしれない。「楚凌……!」景衡が振り返った。その顔は青ざめ、長い逃走の疲れがありありと浮かんでいる。「なぜ、貴様がここまで……」楚凌は景衡をまっすぐ見据えた。「陸曜は死んだ。王都へ入った兵も捕らえた。これ以上逃げても意味はありません」「黙れ!」景衡は声を荒らげた。「まだ終わってはいない! ここには兵がいる。蒼隼国からも援軍が来る!」その言葉に、城壁の上の兵たちがわずかにざわめく。楚凌はそれを見逃さなかった。やはり、蒼隼国の援軍はまだ来ていない。そして城内の者たちも、それを当てにして命を懸ける気にはなっていない。楚凌は馬を数歩進めた。景衡の護衛が身構える。こちらの騎兵たちも剣へ手をかけたが、楚凌は片手を上げて制した。今ここで戦を始める必要はない。戦わずに終わらせられるなら、その方がいい。楚凌は城壁を見上げた。「城を守る者へ申し上げる!」声を張る。兵たちの視線が一斉に集まった。「我々が追っているのは景衡王爺です。この城の兵や民と戦うために来たのではない!」城壁の上で、先ほど景衡と話していたらしい武官が姿を現す。楚凌は続けた。「門は閉ざしたままで構わない。こちらへ兵を出す必要もない。ただし、景衡王爺を城内へ入れないでいただきたい」景衡が目を見開いた。「何を勝手なことを!」楚凌は構わず言葉を続ける。「王爺を入れれば、この城は反乱の拠点となる。そうなれば、皇太子殿下もこの土地を敵地として扱わざるを得
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58. 終わった戦

 正殿には、夜明けの光が差し込み始めていた。長い夜だった。王都の火はようやく勢いを失い、各所から上がっていた警鐘も少しずつ減っている。伝令たちは今もひっきりなしに出入りしていたが、夜半までのような混乱はもうなかった。景炎は地図の前に立ったまま、何度目か分からない報告に耳を傾けていた。「西側の火災は、ほぼ鎮火しております」「内応者の捕縛も進んでおります。黄色い布を巻いていた者の多くは確保しました」「王都の各門も、現在はすべてこちらの管理下にございます」一つずつ。崩れかけていたものが戻ってくる。それでも、景炎の胸にはまだ重いものが残っていた。景衡。そして楚凌。二人の行方が決まらない限り、この戦は終わったとは言えない。「殿下!」正殿の外から、急いだ足音が近づいてきた。景炎が顔を上げる。一人の騎兵が広間へ駆け込み、その場で膝をついた。全身が泥にまみれ、肩で大きく息をしている。かなりの距離を休まず走ってきたのだろう。「報告いたします!」景炎の指先がわずかに強張る。「申せ」「景衡王爺、捕縛されました!」正殿が静まり返った。その直後、堪えていたものが弾けたようにざわめきが広がる。「捕らえたのか!」「王爺を生け捕りに?」「誰が――いや、楚凌殿か!」騎兵は大きく頷いた。「はい。楚凌殿が追撃し、王爺が逃げ込もうとした国境の城の前で捕らえました。城の守備兵は王爺を受け入れず、楚凌殿の説得に応じて門を開いております」景炎はしばらく何も言わなかった。終わった。その言葉が、ようやく実感を伴って胸へ落ちてくる。陸曜は死んだ。景衡は捕らえた。王都内部の反乱も鎮圧へ向かっている。少なくとも、今この瞬間、瑞華の都を奪おうとする軍勢はもう
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59. 待っている人

目を覚ました時、楚凌はしばらく自分がどこにいるのか分からなかった。見慣れない天井。薬草の匂い。身体を少し動かしただけで、背中から肩にかけて鋭い痛みが走る。「……っ」思わず眉を寄せる。その声に気づいたのか、そばにいた医師が立ち上がった。「楚凌殿。お気づきですか」楚凌はゆっくりと瞬きをした。そこでようやく思い出す。景衡を捕らえた。城門が開いた。反乱は終わった。そして、その直後に力が抜けた。どうやら自分は、そのまま倒れたらしい。「どれくらい寝ていた」声が掠れている。医師は水を差し出しながら答えた。「半日ほどです。熱が高く、傷も開いておりましたので、もう少し眠っていただきたかったのですが」「半日……」楚凌は起き上がろうとした。すぐに医師が止める。「お待ちください。まだ動かれてはなりません」「景衡は」「拘束したままです。城の兵も落ち着いております」「蒼隼国は」「今のところ、国境に大きな動きはございません」それを聞いて、楚凌はようやく背を枕へ預けた。終わった。少なくとも今は。そう思った途端、別のことが胸へ浮かぶ。蘭珠。子は。自分が王都を出た時、蘭珠は産気づいていた。もう生まれたのだろうか。無事なのか。聞きたい。だが、王都からここまで報せが届くには時間がかかる。そう分かっていても、胸のざわめきは収まらなかった。「楚凌殿」部屋の外から声がした。医師が振り返る。ほどなくして、一人の兵が入ってきた。王都から来た伝令だった。楚凌の表情が変わる。「殿下からのお言葉をお預かりして
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60. 我が子

紙問屋の屋敷には、ようやく静けさが戻りつつあった。王都を覆っていた火の手はほとんど収まり、夜通し響いていた警鐘も今は聞こえない。通りを行き交う人々の声には、まだ不安や疲労が滲んでいたが、昨日までのような切迫した騒ぎではなくなっていた。蘭珠は、屋敷の奥に用意された一室で横になっていた。産後の身体は、思っていた以上に重い。少し身じろぎするだけでも下腹に鈍い痛みが走り、切られた足もまだ疼いている。宮中から遣わされた侍医には、しばらく無理に起き上がらぬよう何度も言い含められていた。その腕の中では、小さな赤子が眠っている。一月早く生まれたため、やはり身体は小さい。それでも呼吸は穏やかだった。小さな胸が規則正しく上下するたび、蘭珠は何度も安堵した。「よく眠っていらっしゃいますね」芳玉が、そっと赤子の顔を覗き込む。その隣では、周蘭が湯の入った器を取り替えていた。門番の家で暮らしていた頃から、蘭珠たちの身の回りを何かと手伝ってくれていた女性だ。あの夜、火が回った時には周蘭の身も案じたが、幸い無事だった。今は紙問屋へ住み込んでいるわけではなく、自分の暮らしへ戻りながらも、蘭珠が出産したと聞いて毎日のように様子を見に来てくれている。「周蘭さんも、本当にありがとうございます。ご自分のこともあるでしょうに……」蘭珠が申し訳なさそうに言うと、周蘭は手を止めて振り返った。「何を仰っているんです。今の蘭珠様を放っておけるわけがないでしょう」「でも……」「それに私は、あの夜に比べれば何もしていませんよ」周蘭は少しだけ表情を曇らせた。あの夜。思い出しただけで、蘭珠の胸が重くなる。門番の家へ火を放ったのは、雪瓔に仕えていた者だったという。あの女もまた、何者かに操られていたのか、自ら進んで加担したのか、詳しいところまではまだ分かっていない。ただ一つ確かなのは、あの火も今回の反乱と無関係ではなかったということだった。
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61. 選ばせるということ

反乱が鎮まってから、王都には少しずつ日常が戻り始めていた。焼け落ちた家々の跡には片づけをする人々の姿があり、閉ざされていた店も一軒、また一軒と戸を開け始めている。通りには久しぶりに商人たちの声が戻りつつあったが、それでもすべてが元どおりになったわけではなく、火災の跡は残り、家族や家を失った者たちの悲しみもまだ癒えてはいなかった。宮城の中でも、反乱の後始末は続いていた。正殿の中央には、景衡の件に関する報告書が積み上げられている。景炎はその一つに目を通したあと、ゆっくりと机へ置いた。「景衡の護送は」「すでに手配しております」年嵩の重臣が答える。「ただ、王都へ戻したのち、どのように処断なさるかは……」そこで言葉を濁した。景衡は皇族だ。ただの反逆者ではないとはいえ、皇太子である兄へ反旗を翻し、蒼隼国と通じ、王都へ兵を差し向けた。その罪が軽いはずもない。景炎は少しの間、黙って報告書を見つめた。父帝は今も病に伏している。今回の反乱についても、細かな報告を聞き、すぐに裁可を下せるような状態ではない。本来なら、皇族である景衡の処遇には皇帝の判断が必要になる。だが今は、景炎が国を動かさなければならなかった。「景衡は王都へ戻せ」「はっ」「処断は急がぬ。まず反乱への関与をすべて洗え。陸曜とのやり取り、蒼隼国との連絡、王都内部の内応者。誰がどこまで関わっていたのか、先に明らかにする」「承知いたしました」景炎は一度息を吐き、続けた。「それから、景衡が統治していた土地の兵と民へは、今回の件で一律に罪を問うな。王爺を城へ入れず、瑞華へ従う意思を示した者たちは反乱軍ではない。景衡個人の罪と、土地の者たちの罪を混同するな」重臣たちは揃って頭を下げた。これ以上、国を割るわけにはいかない。弟への怒りがないわけではなかった。むしろ考えれば考えるほど腹立たしかった。かつて自分と楚凌が血を流して蒼隼国から奪い取
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