五年前、藤原真司(ふじわら しんじ)の母親が交通事故で亡くなり、江口橙子(えぐち とうこ)がその罪をかぶった。出所したとき、婚約者の真司の姿はどこにもなかった。彼女はぼんやりと、五年前に二人で暮らしていた家へ向かった。だが、玄関の扉には【江口橙子と犬、立ち入り禁止】と書かれた紙が貼られていた。一瞬、呆然と立ち尽くし、壊れた身体を引きずりながらその場にしゃがみ込んだ。真夜中、真司が一人の女と親しげに並んで歩く姿が彼女の視界に入った。「おや、遠くから見るとどこの大人しい飼い犬かと思ったよ」真司はうんざりしたように橙子を一瞥し、「よくも来られたものだな!扉に書いてある文字が見えないのか?さっさと失せろ!」と吐き捨てた。追い出された橙子は、みすぼらしい姿で街をさまよい、電柱に貼られたチラシに目を留めた。【人体提供、年齢問わず!ごまかしなし!お値段は超お得!】途方に暮れた橙子は、チラシの連絡先に電話をして、直ちに相手の事務所に向かった。事務所に着いた頃、既に夕日が沈みかけていた。白衣を着た担当者が一連の契約書を目の前に並べたが、くたびれた橙子には読み通す気力もなかった。死んだ体が大金に変わる――それだけ確認すると、彼女は契約することを決めた。橙子は機械的にペンを手に取った。彼女が署名した瞬間、ペン先が紙の上でかすかに震えた。白い紙に黒々と記された文字――【プラスティネーションのための人体提供同意書】署名を終えたその刹那、彼女は自分が値札を貼られた商品になったように感じた。死後の身体すべてを、人体プラスティネーション機関に先行予約販売したのだ。機関の責任者が一枚のキャッシュカードを彼女の前に差し出し、事務的な口調で言った。「江口さん、同意書はこれで有効です。このお金で、当面の問題は解決できるでしょう。我々の唯一の条件は、ご逝去された後、2時間以内に当方の者が接触できることです」「問題」という言葉は、あまりにも軽く響いた。その「問題」とは、藤原家から背負った巨額の借金だ。それは彼女に息の根を止めるような重圧としてのしかかっていた。橙子はカードをしまい、「ありがとうございます」とだけ言って、背を向けた。この金で、藤原家への穴はなんとか塞がる。だが、彼女自身の治療費は、いまだ底の見えない沼のようなもの
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