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第4話

Penulis: 黒い土地
クラブの警備員に噴水から引き上げられた橙子の体は、すでに氷のように冷たく、かすかな息だけが残っていた。

彼女は直ちに病院に搬送された。医師の診断によれば、高熱が続いており、全身に打撲傷、さらに深刻な栄養失調と胃疾患を併発しており、重篤な状態であるとのことだ。医師は即時の入院を勧めた。

しかし、橙子は意識を取り戻すと、医師の制止を振り切り、強引に退院の手続きを済ませた。

彼女は真司に、自分が末期の胃がんだと知ってほしくない。ましてや、彼に罪悪感を抱かせて、「遺体を売ってでも借金を返す」という自分の計画を台無しにさせたりしたくないのだ。

氷水の中で吐いた血のことも、「むせたせい」と取り繕い、胃からの出血という真実を隠した。

ボロボロの体を引きずりながら、彼女は再びクラブへと戻っていった。

マネージャーは彼女の顔色が真っ青なのを見て、休ませようとした。だがその時、真司から一本の電話が入り、冷たい声で「今すぐ会社に来い」と命じられた。

橙子にはもう選択肢がないから、タクシーを拾い、藤原グループへ向かった。

藤原グループのビルは雲を突くほど高く、陽光を受けて眩しく輝いていた。この街で最も目を引くランドマークだ。

橙子は建物の前に佇み、見上げた。そびえ立つその姿に向かって、胸の中には、ただ虚しい寂しさが広がっていく。

かつて、真司も彼女の手を握りながらここに立ち、意気揚々と笑って言ったのだ。「橙子、結婚したらこのビルの半分はお前のものだ」

今となっては、すべてが変わってしまった。

彼女がロビーに足を踏み入れた瞬間、真司が数人のボディーガードを連れてエレベーターから出てくるのが見えた。足早に歩くその姿には、深い影が差していた。

「社長、情報は確かです。宏陽グループの連中が手を回して、今日中に社長に危害を加えようとしています」ボディーガードの一人が低い声で報告した。

真司は冷たい表情のまま、「分かった。警備を強化しろ」と短く命じた。

宏陽グループは藤原グループの宿敵で、そのやり方はいつも手段を選ばない。

橙子は思わず後を追おうとしたが、真司の冷ややかな視線に射抜かれ、足を止めた。

「何しに来た?さっさと消えろ、目障りだ」

それでも彼のことが心配で、橙子はそっと後をつけた。

真司の車が地下駐車場を出た瞬間、横の通りから制御を失った大型トラックが狂ったように突っ込んできた。そのままロールスロイスに激突した!

その瞬間、ビル上部で工事中だった巨大な広告看板のワイヤーがブツリと切れ、衝突でがっちり停まった車を直撃するように真っ逆さまに落下してきた!

真司は衝撃で頭がくらくらし、巨大な広告看板が頭上に落ちてくるのを見ても、反応する暇もない。

その瞬間、細い人影が駆け寄り、渾身の力で運転席のドアをこじ開けると、車内から彼を引きずり出し、いきなり横へ突き飛ばした。

轟音とともに巨大な広告看板が落下し、数億円もする高級車を一瞬で鉄の塊に押し潰した。

だが彼を救ったその人影は、避けきれず広告看板の端が背中に直撃した。

橙子は背中に走る焼けつくような激痛に息を呑み、背骨が砕けたかのような感覚に襲われた。

視界が真っ暗になり、口から血を吐き出すと、体は力を失いそのまま崩れ落ちた。

彼女が倒れた場所は、ちょうど車外に投げ出されて気を失っていた晴子の上だった。救急車のサイレンが遠くから近づいてくる。

意識を失う直前、橙子はかすかに見た。自分の下敷きになっていたはずの晴子が、わずかに身動きしたのを。

晴子は目を開けた。視界は最初はぼんやりしていたが、やがて廃鉄と化した車と、自分の上に倒れている橙子の姿を見つけた。

彼女は誰にも気づかれないよう、そっと橙子の下から這い出した。

そして橙子の流した血を自分の体に塗りつけ、真司のそばに横たわって、重傷で気を失ったふりをした。

真司が救急車の中でゆっくりと目を覚ましたとき、最初に目に入ったのは、全身血まみれで息も絶え絶えの晴子だ。

「晴子!」

彼は真っ青な顔で、慌てて彼女を抱き起こした。

「真司……怖かった……もう二度と会えないかと思ったの……」晴子はかすかに目を開け、震える声でそう言いながら、涙をこぼした。

真司は彼女の血まみれの体を見つめ、そして窓の外に転がる鉄の塊を振り返った。胸の奥が、恐怖と感動で締めつけられる。

「馬鹿だな!」声は掠れ、腕に力がこもる。まるで彼女を自分の骨の中に埋め込もうとするかのように。「どうして飛び出してきたんだ!命が惜しくないのか!」

「わ、私……あのトラックが突っ込んでくるのを見た瞬間、頭が真っ白になって……何も考えられなかったの……」晴子は真司の腕の中で、嗚咽を漏らしながら泣き崩れる。「あなたが無事なら……それでいいの……」

真司の胸には、感謝と愛おしさが込み上げてきた。

彼は晴子を抱きしめたまま、病院の廊下を狂ったように走り抜ける。「先生……彼女を助けて!」

真司の喉の裂けるような叫び声に、救急外来が一瞬にして緊迫した空気に包まれた。医師も看護師も一斉に晴子に駆け寄った。

その一方で、すっかり忘れ去られた橙子は、今にも崩れ落ちそうな体を引きずりながら、混乱する人波の中で必死に生き延びる道を探していた。

壁に手をつき、若い看護師を見つけると、橙子は慌ててその腕をつかんだ。唇は血の気を失い、震える声で言う。「看護師さん、私……背中をケガして……すごく痛いの……どうか……」

その看護師は晴子のために血液パックを取りに行く途中で、遮られたことに苛立ち、橙子の手を乱暴に振り払った。

「今こっちは重症患者を救命中なの。その程度の傷なら自分で処置して!邪魔しないで!」

言い捨てると、看護師は振り返りもせず走り去った。

橙子は苦笑いを浮かべた。背中を伝う血が厚手のセーターを染め、ぽたぽたと床に落ちていった。彼女がもう立っていられず、崩れ落ちそうになったその瞬間、ひとつの人影が目の前に立ちはだかった。

それは真司のアシスタント、横山文哉(よこやま ふみや)だ。

橙子の瞳に、かすかな希望の光がよぎった。

だが文哉は無表情のまま、スーツのポケットから分厚い札束を取り出し、彼女の前に差し出した。

「江口さん、社長からお預かりしたものをお渡しします。

社長はこうおっしゃいました。

『今日、たまたまお前があの場にいたからこそ、夏目がどれだけ命がけだったか、はっきり分かった』と」

文哉はわずかに間を置き、淡々と続けた。

「そして、もう一つ伝えるようにとも。『この金を受け取って、俺の前から完全に消えろ。お前の存在は、不運の象徴でしかない』と」

橙子はその場に立ち尽くし、文哉が彼女の手に押し込んだ札束を見つめた。目に焼きつくほど新しい紙幣が、痛いほど生々しく映った。

橙子は顔を上げ、人混みの向こうにある救急室の入口を見た。真司が晴子の額にそっと唇を押し当て、優しく言葉をかけている。

橙子はボロボロになった身体を引きずりながら、一歩、また一歩と、この病院を後にした。

だが、人通りのない暗い路地に曲がったところで、もう立っていられなくなり、冷たい壁にもたれかかってゆっくりと崩れ落ちた。

彼女は体を丸めて、血の塊を吐き出した。

手にしていた「口止め料」の札束は地面に散らばり、埃と吐いた血にまみれた。

まさか、これが心が死んだ感覚か。
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