All Chapters of 雪の精霊~命のきらめき~: Chapter 1 - Chapter 9

9 Chapters

第1曲 プロローグ『降臨』

 はらり。 はらり。 音もなく雪は降り続ける。 どれくらい時間がたったのだろう。体に降り積もる雪を振り払う元気もない。 キラキラと美しい結晶で形作られた雪は容赦なく小さな体から体温を奪っていく。 手足は寒さでとっくに麻痺しており、声を出すことすらままならない。寒いという感覚すらわからなくなってきた。 向かいのマンションから悲鳴のような声を聞いた気がする。 そんなことはどうでもいい。 眠い。 なんだかだんだん暖かくなってきたような気がする。 このまま目をつむればどうなってしまうんだろう。もう痛いことやこわいこともなくなるかな。 だったらこのまま眠ってしまってもいいかも。起きているのももう疲れた。 さっさと寝てしまおう。 そしてわたしは自分の意識を手放す。 何も聞こえない。静寂に支配されていく。 意識が遠ざかるのを感じていると、誰かに抱きあげられたような気がした。 きっと気のせいだろう。 わたしを見てくれる人なんていない。いつだってわたしはひとり。 ひとりでただ眠るだけ。 考える力も失ったわたしは深い闇に落ちていくような感覚に身をまかせた。 声が聞こえる。「おきて。ねぇおきてよ」 誰かが呼んでいる?「はやくおきて」 やっぱり呼んでいる。わたしに言っているの? 目を開いた……ような気がする。 目の前に羽根の生えた小人がふわふわと漂っているのが見えたから。 少し光っている。「あなただれ?妖精さん?ここはどこ?」 声が出た。と思う。 体の感覚もあいまいで現実感がない。夢?にしてはリアルだ。 妖精さんの羽根の色や少し長くて尖った耳、可愛らしい顔まではっきり認識できる。 ただ自分自身についてはまるで水に溶けてしまったかのように不安定な感じがする。 人間には魂と言うものがあると本で読んだ。わたしは今、魂になっているのかもしれない。「妖精とはちょっと違うかな。私は神様のお手伝いをしている精霊だよ。ここがどこかについてはちょっと難しいかな。この世とあの世の境目、よりはちょっとこの世に近いところ」 自分自身のことを確認しているとそう答えてくれた。 こんな雪の日に現れたのだからきっと雪の精霊だろう。 ここがどこなのかについては聞いてもさっぱり分からなかったけど。 ホタルのように視界の中をさまよいながら精霊は続ける
last updateLast Updated : 2025-12-12
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第2曲 ただいま!

 広沢悠樹、13歳。中学2年生の男子。 日の光を浴びて光沢を放つ、腰まで伸びた美しい黒髪はまるで絹糸のごとし。 大きな瞳からは温和ながらも強い意志を感じさせる。 長いまつ毛はまばたきのたびに音がしそうなほど。 鼻筋がすっきり通っており、しっとりとした薄めの唇からは年齢とは不相応の色気が漂う。 整った目鼻立ちはまさに神の細工ともいうべき黄金比。 空想世界から抜け出してきたかのようなその美貌には老若男女問わず魅了されてしまう。 その姿に衆目が集まる。振り返る者、立ち止まって見とれてしまう者。 その姿はとにかくどこにいてもすぐわかる目立つ存在。 対面を歩いていたサラリーマン風の青年が電柱にぶつかった。 しこたま顔を打ち付けた青年が恥ずかしげに顔を上げると偶然わたしと目が合ってしまった。「くすっ」 思わずこぼれてしまう微笑み。それを見て青年の心はノックアウト。完全に呆けている。 なにか言いかけるが、言葉にならない。 紺色のブレザーをまとい、日本人離れした長い脚にはアンバー色のスラックス。 静かに歩く姿には気品が漂い、神聖不可侵のオーラをまとっていて近づくことさえはばかられる。* * *「やっぱり日本に帰ってきても反応は同じかぁ」 ひとりごちる。 まだ3歳だったあの雪の日以降、両親、姉に妹が一気にできて5人家族になった。仲のいい家族だったけど6歳の頃にわたしを育ててくれていた父が事故で他界。 一時は悲しみに暮れその後しばらく4人家族で過ごしていたが、わたしが9歳の頃に母が再婚。新しいお父さんと、2人のお姉さんが増えた。 その結果両親と姉3人妹1人、そしてわたし。合計7人の大家族に。 新しいお父さんの転勤に伴い一家そろってアメリカに移り住んでいたが、両親の仕事に目途がついたのと1歳下の妹の中学進学がちょうど重なったのを良い機会として、つい先日約四年ぶりに日本へ帰国した。    わたしは幼少の頃から女の子だと思われてきた。今の容姿に関してもちゃんと理解はしているつもりだ。「まぁこんな見た目じゃ仕方ないよね。最近はズボンタイプの女の子もいるらしいし」 幼いころからとびきりの美少女(?)であったわたしはテレビ収録を見学に行った際にスカウトされて5歳で芸能界入り。 キャラクター名、雪の精霊『ピーノちゃん』として子供向け番組に出演。
last updateLast Updated : 2025-12-12
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第3話 家族団らん

 ようやく家族3人での帰り道は喧騒から離れてホッと一息といったところ。 あいかわらず道行く人からの視線は感じるけど。違うとはわかっていてもキレイな姉とかわいい妹を連れて両手に華なのがうらやましいんだなと決めつけ虚しい優越感に浸っているとひよりが苦情を言ってきた。「ゆきちゃんひどいよ!なんで今朝はかわいい妹をほって先に行っちゃったの~?」 わたしの腕を捕まえながら頬を膨らませて拗ねている。ひよりは昔からお兄ちゃん子で中学生になった今でも変わらずこうやってくっついて甘えてくれる。 普通の妹は兄をごみのように扱うとも聞くのでこの甘えん坊の妹がかわいくて仕方ない。 あぁもう!拗ねた顔も可愛いなこいつは!孫を甘やかすおじいちゃんのような締まりのない顔になりながらひよりの頭を撫でる。「ごめんってば。だって早く学校に行きたいのに二人とも遅いんだもん。待ちきれなくて」「もう~!ほんとにゆきちゃんは学校好きだよね」 しょうがないなぁといった感じで呆れられた。わたしが学校を好きなのは当然!「そりゃわたしは雪の精霊だからね!ヒトの集まるところが好きなんだよ!」 雪の精霊は人々に幸せを届けるのが使命だから人が多く集まるところを好む生き物なんです!「でた、ゆきのいつもの中二設定」 ダブルでひどい言いざまだ。中二だけど中二じゃないし!それに設定とかゆーな。 あか姉は口調がぶっきらぼうだし表情筋も死んでるから誤解されやすいけど本当は世話焼きですごく優しい。歳も近いし親しみやすい大好きなお姉ちゃん。「あんまり人前で言うとイタイ子だと思われる」 でも時々毒を吐く。 通学路はそんなに長くもないので他愛ない会話をしているうちに我が家へと到着。 以前日本にいた時は3LDKのマンションに住んでて家族みんなで雑魚寝状態だったけど、アメリカで広い家を経験してしまったわたし達は贅沢になってしまった。 なので日本へ帰国することが決まったとき、両親に懇願して夢のマイホームを購入してもらった。 わたしが日米両国での芸能活動で稼いだお金を両親が貯金してくれていたので、そのお金も奮発してもらってまずは念願の一人部屋を全員獲得。 そしてリビング。うちは家族仲が良くて基本みんなはリビングで過ごすことが多いんだけど、その広さも十分で全員集まってもゆっくりできる理想の間取り。 もうひとつ
last updateLast Updated : 2025-12-12
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第4話 両親

 わたしは姉弟の中で髪が一番長いからどうしても長湯になってしまうので最後に入るから、わたしがお風呂から上がるころにはいつも遅めの時間になってしまう。 今日は昼間の疲れもあってかいつもより長湯になってしまった。お風呂から上がってくると姉たちはすでに部屋へと戻り、その代わりに両親が帰ってきていた。「おかえり~。遅くまでお疲れ様。すぐにご飯温めるね」「そんなのお母さんがやるわよ。早く髪乾かさないと風邪ひいちゃうわよ」「平気だよ。遅くまで仕事して疲れてるんだから2人とも座っていて」 お父さんからすまないなと声をかけてもらえるけど、今までいろんなことを子供優先で考えてくれている二人がしてくれてきたことに比べればこれくらいはやって当たり前と言えるくらい。 遅くまでお疲れさまとありがとうの気持ちを込めてビールを飲むか尋ねる。「ありがとう、いただくよ」 おかずを温めている間に冷蔵庫から缶ビールと冷やしておいたグラスを2つ取り出して持っていくと、お母さんが受け取りお父さんにお酌をしてあげていた。 何年たっても仲いいよな、この夫婦。わたしもこの両親が大好き。若くして他界してしまった前のお父さんのことだってもちろん。 今のお父さんは前のお父さんと友人同士だったらしい。かの姉たちのお母さんは2人が小学校へ上がる前に病気で亡くなったらしく、その後は男手一つで二人を育てていたそうだ。 そんな自分の境遇もあってか子供3人を残してこの世を去ってしまった友人家族の事を放っておくことができず、わたしが芸能界を引退した時期お母さんに仕事を紹介したりあれこれ世話を焼いてるうちお互い惹かれあうようになり再婚を決めたのだとか。ま、お母さん美人だしね。 同じ商社に勤めていてそれなりのポジションについており、帰りが遅いことも多い。 お父さんだけじゃなく、お母さんだってずっとわたし達を大切にしてくれているのは言うまでもない。 以前お母さんにわたしが芸能界を辞めたせいで遅くまで働くことになってしまってごめんなさいと言ったら「子供が生意気言ってんじゃないの!お金を稼ぐのは大人の仕事なんだから気にしないで任せておきなさい」と割と本気で怒られてしまった。 芸能界にいたころは金銭だけが目当ての悪い大人が近づいてこないようにしてくれたり、変な仕事が来ないようマネージャーみたいなことまでしてくれて
last updateLast Updated : 2025-12-13
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第5話 朝のおつとめ

 わたしの朝は早い。 まだみんなが眠っている時間に目を覚まして朝ごはんの支度。 それに両親と姉たちのお弁当も一緒に作る。中学はまだ給食があるからいいけど、より姉とかの姉、それに両親は放っておくとコンビニ弁当やパンなんかで済まそうとする。それだと栄養が偏ってしまうのでわたしがお弁当を作ってしっかりと栄養管理をしてあげないといけないのだ。 家族の健康を守るのもわたしの務めだ。 まず最初に両親が起きてくる。少しでも安くて広い土地を手に入れるため、少し郊外に家を建ててしまったので通勤に時間がかかるようになってしまった両親は姉たちに比べるとどうしても早くから支度しないと間に合わない。 先に用意してあった2人分の朝食をすませるとお母さんが毎朝欠かさないわたしとのハグをして、ゆっくりする間もなく出かけていってしまった。 両親を見送ったあとは姉たちを起こす時間。 うちの姉妹たちは誰も自分から起きてきてくれない。 目覚ましをかければ起きられるだろうにひとりとして目覚ましをセットして眠る人がいない。 彼女たちいわく、けたたましい音で不快に起こされるよりわたしに起こしてもらえる方が至福の目覚めを味わえるのだとか。なんだそりゃ。 以前試しにこっそり小鳥のさえずりの目覚ましをより姉の部屋にセットしてあげたら翌日の朝には破壊されていた。 爽やかな目覚めを迎えられるだろうと思ったのにちゅんちゅんというかわいらしい小鳥の鳴き声でさえ不快だったらしい。 なんてこった。自立できるのか、この人たち。 さぁ、まずは長女から起きてもらおうとより姉の部屋へ。「おはよう、より姉。朝だよ~。起きて」 至福の目覚めとまで言われればかける声も優しくなる。愛情をこめて極力柔らかい声を意識して耳元でささやくように起こしてあげる。「むー」「朝だよ。起きてってば~」 至福の声で起こしてあげてるんだからすんなり起きてほしいもんだ。肩をゆさゆさしていると、より姉の目がうっすらと開いた。 やっと起きたか。と思ったらおもむろにより姉の手が伸びてきた。 何?と思う間もなく首の後ろにまで回った腕に捕獲され、布団の中に引きずり込もうとしてくる。力強いな!起きてるだろこれ!「あとちょっとー。ゆきも一緒に寝よー」「はーなーせー!バカなこと言ってないで早く起きなさいー!」 体をちゃんと起こしてあげ
last updateLast Updated : 2025-12-13
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第6話 思わぬデビュー

 1年生は1階、2年生は2階、3年生は3階と別れているので階段のところでそれぞれ分かれてブーイングを背中に浴びながら自分の教室へと向かう。 1日の始まりはあいさつから。教室の扉を開けて元気よく声を出す。「おはようございま~す!」「……あ、おはよ……」 ……あれぇ? ちゃんとみんなおはようってあいさつを返してくれたけど、なんだか元気がないというか声が小さい。 昨日はみんな歓迎してくれたと思ってたんだけど、今日は昨日の雰囲気とはうって変わってなんだか様子を伺われているような感じ?わたし何もしてないよね? 隣の席ということもあって昨日仲良くなった文香ちゃんが恐る恐るとでもいうか少し気を使ったような感じで私に近づき、尋ねてきた。「あのね、ゆきちゃん。もし間違ってたらごめんなさいなんだけどさ……ゆきちゃんて小さいころ芸能界にいたりした?」 げ!まさかそのことに気づく人がいるなんて!昨日はバレなかったから油断してた。一瞬誤魔化そうかとも思ったけど、いずれバレることだろうし嘘をつくのもイヤなので観念した。「あちゃー気づかれたかぁ。成長して顔も変わってるからバレることはないと思ってたのに……」「やっぱり!朝の子供向け番組に出てたピーノちゃんだよね!」 昨日に引き続き教室内は大騒ぎ。どうやらクラス委員長の杏奈ちゃんがなんか似てない?って気づいてみんなに確認し、よく見れば確かに面影があるということでクラス全員の意見が一致したところにわたしが登校してきたのであんな空気になっていたらしい。「そういえば性別不詳って設定だったけど、本当は男の子だったんだね!髪も今と同じで伸ばしてたし、あんまりにもかわいかったからてっきり女の子だと思ってたよ」 昔から初対面でわたしを男の子だと思った人はひとりもいない。 かわいい女の子ですね、いえ男の子なんです、あんまりかわいいから女の子だと思いましたまでが初対面の人に対する挨拶のテンプレートになっていた。「そりゃこんな小さいころからこれだけきれいな顔してたらそうだろうねぇ。スカウトだってそりゃされるよね。すごいなぁ。あれってわたしらが幼稚園くらいの時だよね」 当時の写真をスマホで見ながら穂香が聞いてきたが、子役としての活動期間は幼稚園から小学校1年生にかけての実質2年足らずでしかない。みんなよく覚えてたな。しかもそれがわたし
last updateLast Updated : 2025-12-14
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第7話 配信前のひととき

 帰宅してすぐに夕食を作り、少ししたら久々に日本の柔道場へと向かう。アメリカでも道場には通っていた。 小さな道場だったから人数も少なくわたしに勝てる人はいなかったので、日本ではどこまで通用するようになっているか楽しみ。 道場に到着してまずは師範に帰国の挨拶。「お久しぶりです、師範。今日からまたこちらでよろしくお願いします」「ゆきちゃん、おかえり。アメリカでも道場に通って敵知らずだったそうだね。みんな君がどこまで強くなっているか楽しみにしているよ」 受講費を支払いに来たお母さんから聞いたのだろう。周囲を見ると先輩たちが笑顔ながらも挑戦的な目でわたしの方を見ていた。「この4年間で腕を上げたつもりではありますけど、今日は皆さんの胸を借りるつもりで自分の力を試したいと思います」 暴力が嫌いとはいえ、試合は別。こう見えてもわたしはけっこう負けず嫌いだ。ここまで挑戦的な視線を向けられたらいやがおうにも燃えてくる。やるからには絶対に勝ちたい。 まずは準備運動をしっかり行って体を温めておく。今日は約束稽古の後に乱取り。約束稽古は技の反復練習なので基本動作の出来や技の習熟度などを図ることができる。 乱取りはだいたいレベルが同程度の人同士で稽古を行うのだけど、今日はわたしがひさびさに帰ってきたから今の力量を図るという意図もある。 約束稽古の出来から見て初段相手で問題ないだろうということで高校2年生の兄弟子と組み合うことになった。 向かい合い一礼をして構える。組み合った瞬間に兄弟子の体のバランスが偏っていることに気が付いたので、そこを狙い崩して投げた。あっさりと一本。驚いた。 兄弟子も簡単に負けたことに驚いたようで再戦。結果5戦やったけど全戦瞬殺。 結果を見ていた2段の兄弟子とも同じく5戦試合をしたけど、その人ですら1分と持たずわたしに投げられてしまった。 道場がざわつく。そりゃそうだ。まだ昇段資格の年齢にすら達していない少年が有段者をいともたやすく投げ飛ばしているのだから。 自分でも己の運動神経の異常さは理解しているけど、武道の有段者相手にも通用するとは驚きだ。 最終的にちょうど非番で顔を出していたうちの道場の最高段位3段保持者の現役警察官、松田さんが手合わせをしたいと名乗り出たことで捨て稽古みたいになってしまった。捨て稽古は勝敗にこだわらず自分より実
last updateLast Updated : 2025-12-14
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第8話 初配信

 ゆきちゃんがスタジオに入ったのをしっかりと確認してからより姉がわたしに確認してくる。 「それでこっちの手筈は整ってるのか?」 もちろん抜かりはないとばかりに笑顔でサムズアップ。 ゆきちゃんのことに関してはわたしに任せてもらえれば万事大丈夫。マネージャーかってくらい予定を細部まで把握してる。 スマホを取り出し、動画アプリを立ち上げる。そこに表示されている配信者のチャンネル名『雪の精霊/YUKI』「そのまんまじゃねーか!隠す気ほんとにあんのか?」 わたしもまさかとは思っていたがものは試しと検索してみたら一発で見つかったので思わず笑ってしまった。普段から自分を雪の精霊だって言ってるのにそのまんまって。 これでわたし達には秘密にしておきたいって言うんだからどこまで本気なのか疑っちゃうよね。「完璧人間なのに変なところで抜けてやがる」 まぁそういうのもゆきちゃんのかわいいところなんだけどね。「天然さんなのかしらね」 かの姉もくすくす笑いながらスマホを操作してる。「記念すべきゆきの初配信はスマホじゃなくて大画面で見たい」「ナイスアイデア、さすがあか姉!テレビにつなげるね」 アプリを使ってスマホをテレビ画面にリンクさせたところで配信開始3分前。 今頃ゆきちゃんはどんな気持ちでいるんだろうな。 不安半分ワクワク半分ってところかな? わたしもまたこうやって画面の向こうにいるゆきちゃんを見ることのできる日が再び訪れたことをとても嬉しく思っている。 子役の頃から画面の向こうでキラキラと輝いているゆきちゃんを見るのが好きだったから、突然引退したときは寂しくてわたしの方が泣いちゃったくらい。 アメリカではヒットしなかったしすぐに活動休止しちゃったからテレビで見る機会もほとんどなかった。 媒体は変わったけどこうして画面越しにキラキラするゆきちゃんをまた見ることができる。ゆきちゃん本人よりわたしの方が嬉しさで興奮してるかもしれない。「始まるよ」 カウントダウンが終わって画面が切り替わり、さっきゆきちゃんに見せてもらったアバターが画面に大きく映し出された。おー動いてる!『見に来てくれたみなさん、はじめまして~!わたし、今日からVtuberとしてデビューしました雪の精霊、YUKIです!初配信なのに160人も来てくれたんだね!ありがと』 絵師さんの最高
last updateLast Updated : 2025-12-15
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第9話 箝口令

 金曜日の放課後。 明日はお休みということもあり、たくさんの生徒が残っておしゃべりしたり休みの日の予定を約束したりしている。 喧騒の中、わたしの名前を呼ばれたような気がしてそちらを向くと男子生徒が数人集まってスマホを覗き込んでいる。 スマホから聞こえてくるのはこの世で一番聞きなれた声。わたしの声だ。昨日の告知の配信を見ているらしい。ちょっと照れるんですけど。「な!この子めっちゃ可愛いだろ?」「絵師は日向キリか。俺も推しの絵師だけど、これはいつもよりクオリティが高いな」 さすがキリママの力作!やっぱりみんなかわいいと思うよね!自分のことのように嬉しい。まぁ自分の分身なんだけど。「それにこの子の声よ!チョーかわいくね?」「キャラによく合ってるな」 わたしがまだ中学生ということもあってキリママの書いた絵も幼い印象だったので、意識して少し高めの声で話してよかった。普段そんなに高い声で話してるわけでもないしこれで身バレすることはないだろう。「歌とダンスが好きなところといい、名前といい、……広沢っぽくね?」 えぇぇ!そんなあっさり……?名探偵すぎない?いやいや、ここは他人の空似ということでしらを切りとおすべし。ワタシカンケイナイ。心を無にしてやりすごそう。 幸い話をしていたのが男子だけだったので、直接聞かれることはなかった。 女子なら遠慮なく聞いてくるけど、男子はいまだにわたしに対して遠慮がち。 女子はもうみんな『ゆき』か『ゆきちゃん』って呼んでくれるのに男子は全員『広沢』って呼んでくるし。広沢は各学年にいるんだけどな。 ともあれ余計な火の粉が飛んでくる前にさっさと退散。(ゆきとひよりはもう待ってる頃かな) そんなことを考えながら急いで教科書をカバンに詰め込む。今日は日直だったので時間が遅くなってしまった。 帰り支度をしているとクラスメートが話しかけてきた。わたしは普段から無口なので友達とおしゃべりに興じることはほぼないんだけど、別に友達がいないとかじゃなく日常会話を交わす相手くらいはいる。「茜ちゃんの弟って確か自分のことを雪の精霊だって言い張ってるって言ってたよね?」 他の話題なら帰り支度を優先するけどゆきのことならいつでも大歓迎だ。他ならぬゆきのことなんだからあの2人ももう少し位は待ってくれるだろう。 弟の魅力はいくら語っても語り
last updateLast Updated : 2025-12-15
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