All Chapters of 雪の精霊~命のきらめき~: Chapter 161 - Chapter 170

193 Chapters

第161話 愛しているからこそ

「う~、頭いちゃーい」 ぐわんぐわんと頭の中で鐘が鳴り響く。ついでにちょっと気持ち悪い。 昨日はおいしいジュースを飲んでなんだかいい気分になってたけど、なんでこんなことになってるんだろう。「ゆきちゃん、昨日のことは何も覚えてないんですか?」 かの姉が心配そうに覗き込んできた。姉妹たちはまだ化粧や身支度に勤しんでいる。化粧の必要がない男の子でよかった。 そんなことはない。わたしに忘れるという概念は存在しない。 全部覚えている……けれど、結構まずいことをいってしまったなぁ。わたしを解放してください、か。 わたしはいったい何から解放されたいんだろうか。 みんなからの想い? 決まっているこれからの運命? それとも……この人生全てから?「ゆきちゃん? 具合が悪いならもう少し横になっていていいですよ。着替えだけここに置いておきますから、ゆきちゃんの荷物はこっちでまとめておきますね」 わたしの荷物の中にあるはずの着替えがなんで用意できるんだろう? と思ったら女性用だった。 そう言えば三日分の衣装はみんなで持ってきてるんだったっけ。わたしが用意した服の意味がなかったな。「ゆきちゃんの荷物、わたし達が持ちますからね」 ギクッとした。わたしの荷物……。昨日言ったことの意味も入ってるのかな。「どうしたんですか? その状態じゃ、大きな荷物を抱えるのは大変でしょう? 一人では大変でもみんなで分担すれば軽いものですよ」 穿ち過ぎか。だけど、みんなで分担すれば軽いもの……。 わたしの抱えてるものも、みんなで抱えれば少しは軽くなるのかな。そんなこと、出来るはずもないけれど。「ううん、大丈夫。自分の荷物は自分で持てるよ。それより昨日の後片付けをしないと」「そうやって無理ばかりしなくていいんですよ。甘えられるときは甘えてください。でないとわたし達も寂しくなってしまいます」 そうやってわたしのことで喜びを感じてくれるのは嬉しいんだけど。 どうすればみんなの執着心をわたしから逸らすことが出来るんだろう……。「ゆきちゃん、あなたの抱えているものが何かは分かりませんし、無理に聞こうとは思いませんけど、少しはわたし達のことも信用してはくれませんか?」「ん……」 決してかの姉たちの事を信用していないわけではない。むしろこれ以上ないほどに信頼感を持っている。 だけど
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第162話 時は満ちた

 少しだけ心の扉を開き、みんなへの正直な想いを語ったあの旅行から数か月。 間近に迎えた文化祭の準備に追われ、わたし達生徒会は多忙な毎日を過ごしていた。 夏休みから引き続き行っていたダンスの練習は大詰めを迎え、もういつでも人前に出せるレベルに来たと思う。あとは細かい部分を微調整すれば完成だ。 クラスでもみんな受験勉強の合間を縫って何やら一生懸命に作り上げている模様。当日はお手伝いをするつもりだけど、何が出来上がっているのか心配な面もある。 体育祭といい、毎年イベントのたびに遊ばれているような気もするからなぁ。 そしてある意味きっぱりと拒否を突きつけた姉妹たちについてなんだけど、ハッキリ言って何も変化がない。 相変わらずのゆきちゃんスキーだし、スキンシップもそのまま。油断すると身の危険を感じるのも相変わらず。主にあか姉が危険。 最悪距離が開いてしまう可能性もあるんじゃないかと思っていたから、以前と変わらず接してくれるのはありがたいんだけど、これで本当に大丈夫なのかと心配にもなってしまう。 ひよりには将来を考えてないように見えるって言われたけど、本当は誰よりも将来を考えてるんだよ。姉妹たちがいつまでも健やかに、心穏やかに過ごしていけるように神経を砕いてる。だからこそわたしの存在感が強すぎてはいけないんだけど。「ゆき~今日の晩御飯なに~? ピーマンは勘弁な~」「ゆきちゃん、今度はこんな編集方法を編み出したんですけど、確認してもらえます?」「ゆき、今夜は寝かさない」「ゆきちゃん! 新しい曲のダンス教えてよ!」 こんな調子で、あいも変わらずわたしを中心に回っている現状。途中でおかしなのが混じってたけど無視。 せっかく意を決して厳しいことを言ったのにこんな調子でいいのかな。あとピーマンはちゃんと食え。「なんだか馬耳東風って感じだなぁ」「誰が馬だコノヤロ」 わかってんじゃねーか。「言いたいことは分かるぞ。でもな、何度も言ってるようにそんな簡単に変わるような気持ちなら、最初から弟を好きになったりしてねーんだよ。人を見る目はあるくせになんで色恋に関しては壊滅的なのかねぇ」 壊滅的って。そこまで?「だけどみんなには悲しい思いをしてほしくないんだよ」「ばっか。誰かに恋をするってことはいいことばっかりじゃねーんだよ。時には傷つき、時には泣いて、酸い
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第163話 これでいいのか文化祭

「それでは本年度、学園文化祭を開始します!」 今年はまともな開幕の放送。 これで最後だと思うと、否が応でも気合が入る。 校内放送を終えて校門へ向かうと、たくさんの人に声をかけられた。「会長、遊びに来たよ!」「会長の有終の美を飾る日、見に来ないわけにはいかないね!」「ステージやるんだろ? 楽しみにしてるよ!」「これで最後なんて寂しいなぁ」 去年、一昨年の卒業生たちが大挙して押し寄せ、それぞれが例外なくわたしの元へ集まってくる。 嬉しいけどすごい塊になってるから散ってください。「わたしはそこら中にいるからまた見かけたら声をかけてね~。ここにいたら入ってくる人の邪魔になるから、散れ~!」 とにかく通行の邪魔になっていたので強制解散。慕ってくれるのは嬉しんだけど、他にもお客さんはいるからね。「あらあら、めんこい子が生徒会長さんだぁね」「あたしの若い頃にそっくりだぁ」「あたしも若い頃は学園のマドンナっていわれてたからねぇ」 マドンナって言葉が年代を感じさせるなぁ。 でもわたしはマドンナじゃなくて男の子なんだけどね。でもみんな可愛くて、こんな歳の取り方を出来たら素敵だなぁ。 でもおばあちゃん達も通行の邪魔になってるからどこうね。 お年寄りは優しく誘導して校内へと案内。いろいろあるから楽しんでね~。「ゆきちゃん遅ーい! もう、何してたの?」「老若男女に捕まってた」「いつもの感じか。それじゃ仕方ないね。ゆきちゃんオールマイティーだし」 その言い方はなんか語弊がないか? さすがに全員恋愛対象ってわけじゃないぞ。「まぁまぁ。そろそろ教室に向かわないとみんなに怒られるよ」 そう言って移動を促してきたのは文香。今年は風紀委員とのローテーションの都合で、開始早々クラスの手伝いに駆り出されてしまった。 何をやってるのかはまだ知らないけど。「それじゃ、最初の見回りは風紀委員の皆さんにお任せして、生徒会の面々はクラスに向かおうか」 文香と穂香、二人を連れて教室へと向かう。今年は変な恰好じゃないといいいなぁ。 教室にたどり着き、そのままバックヤードへ入ったので中で何をやっているのか分からない。「あ! ゆきちゃんおかえりなさ~い! 今年はコンチクショーって言わなかったね!」 それはトラウマになってるので思い出させないでください。黒歴史です。「それじ
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第164話 定期的に表れるGな人

 クラスのお手伝いも終わり、校内の見回りを始める。 わたしにとって最後の文化祭を惜しんでくれるかのように、例年にも増して声をかけられる生徒会長ゆき。「ゆきちゃん、今年は絶対うちに顔を出してね!」「会長だけの特別メニューを用意してますからね!」「会長が来てくれないと文化祭って感じがしないよ~」 どこに行っても熱烈なアピール。特別メニューを用意してくれているのがお化け屋敷なのがどうにも気になるが。何をするつもりだ。 よし、あそこには決して近づかないようにしよう。 見回りはやがて文化棟に差し掛かる。今年も文化部は中庭を使って展示している部が多いので、賑やかな校内の中で比較的静かな場所だ。 華道部の部室にひっそりと活けられているダリアの花が静かな空間にとてもマッチしていて美しい。これがワビサビってやつなのかな。 ダリアの香りを楽しんでいると背後に不穏な気配を察知した。 こういう時のわたしの反応速度は人智を超えている。油断をしていないわたしの神経は研ぎ澄まされ、人間の反応速度(0.1秒)を超えたまさに刹那(0.018秒)の反応。 脊髄反射とでも言うべき神速で振り返り、不審者の襟を取りそのまま床に引き倒して抑え込む。 この反応速度と神速に対応できる人間はそうそういない。「あいだだだだ! 痛いって! 俺だよ俺!」「オレオレ詐欺なら警察に突き出す」「違うっての! まずは離してくれ~! 腕がもげる!」 危害を加えるつもりはないようなので放してあげた。さて、この後はどうしようか。「不審者として追い出されるのと、通報されるのどっちがいいですか?」「絶対分かってて言ってるだろ! 俺だよ富樫! とーがーしー! りぴーとあふたみー!」「うるさい黙れ」「そんなこと言ってねーよ! ったく相変わらずだよなぁ」 そのセリフ、そっくりそのままお返しします。「で、今日はどんな投げ方を所望ですか?」「もう退場前提で話をするのやめてくんない? 俺が一体何をしたって言うのかな?」 胸に手を当てて聞いてみろ。「しつこいと女の子にモテませんよ」「お前にさえ好かれれば他の女なんてどうでもいいさ」 そういうとこだよ。男相手に何言ってんだ。「あー。じゃあ孤独死決定ですね。ご愁傷様です」「人生に終止符打たれちゃった! そりゃないよ、生涯の伴侶はハニーだけって決めてるん
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第165話 その言葉の意味は

 ひとまず厄介な相手をより姉のおかげもあって撃退できた。ひとつ肩の荷が下りたような気分。あんなの背負ってたつもりはないけども。 そしてやってきた体育館。舞台袖にはいつものごとく更衣スペースが設けられ、そこで衣装へと着替えることになっている。 なんだけど。「ちょっと男子ども。出番が終わったらさっさと出て行ってくんないかな」 なぜかうだうだと雑談をして時間を潰している前の出し物の出演者たち。こいつら……。 さっきの昭和アニメ先輩を筆頭に、うちの生徒たちの性癖がどんどん歪んでいってるのは気のせいだろうか。男の着替えを覗こうとするとか世も末だ。 日本の将来は大丈夫なんだろうか。 原因に大きく関わっているであろうわたしとしてはあまり強くは言えないんだけど。「少年よ! 大志を抱け!」 人差し指を太陽に向けてポーズを決める。「おい、会長がクラーク博士になってるぞ」「ご乱心だ」「何かイヤな事でもあったんじゃね?」 ご乱心してるのは君らだよ。わたしはそれを憂いているだけ。「とにかくわたしは着替えるので散った散った!」 人払いを済ませたわたしはそのまま着替えることに。 今日はロックな調子の曲が多いので衣装もそれに合わせて黒革のホットパンツに鋲の付いたレザーベスト。インナーには白のチューブトップ。 胸だけしか隠れていないのでおへそが丸見えだけど、この姿で三人並ぶとかなりかっこいい。もちろんひよりもお揃い。 練習の結果、文香と穂香が通しで踊れるようになったのは二曲。それに合わせてひよりも二曲一緒に踊ることにした。先輩の顔を立てたひよりが言い出したことだ。そういう気づかいも出来るようになったなんて、成長したなぁ。「ゆきちゃんは何をニヤニヤしてるの?」「どうせひよりちゃんのこと考えて兄バカ炸裂させてたんだよ」 いつの間にかそばに来ていた二人に突っ込まれてしまった。うっさいよ、仁王様。 前の出番の組が終わり、いよいよ本日のトリ、生徒会の出番が回ってきた。 今日もそうだけど、明日の大トリもみんなの意見が合致して生徒会が担当することになっている。「会長のダンスこそ文化祭の締めを飾るに相応しい」 ということで一致したんだけど、みんなの期待を背負っているからには下手なところは見せられない。恥ずかしい出来にならないよう、気を引き締めなおした。 やがて演奏が
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第166話 一人の少年の物語

 文化祭も終わり、季節は冬の色が濃くなっていく。  ひよりには文化祭での涙とロシア語の意味をしつこく聞かれたけど、曖昧に誤魔化している。  そして12月に入り、気温が下がっていくのと比例して、姉妹たちの間に緊張感が走っていく。わたしの約束の事を考えているのは明らかだ。 表面上は普段通りに過ごしているけど、わたしの様子を伺っているのが見て取れる。 かくいうわたしも、その日が近づくにつれて穏やかでいられない気分になっているんだけど。  そして生徒会長選挙を目前に控えた12月のある金曜日の朝、わたしは職員室を訪れ、職員会議の真っ最中である先生方の前に立っていた。「先生方にお願いがあります。生徒会長の最後の仕事として、今日の午後最初の授業を貸していただけないでしょうか」  わたしは深々と頭を下げた。突拍子もないことを言っているのは自覚している。 だけど、わたしが生徒会長として学園に尽くしてきたことの集大成を遂行するには、これを欠かすわけにはいかない。  当然のごとく、先生方の間には動揺が走った。中にはそんなことを認めるわけにはいかないと激高している先生もいる。 わたしは頭を下げたままもう一度お願いする。「お願いします。わたしを三年間も生徒会長にしてくれた生徒たちへの恩返しのためにも、必要な事なんです」  口々に質問が飛んでくる。何をするつもりだ。そんなことが許されると思ってるのか。受験期間中だぞ。などなど。 受験期間なのは百も承知だ。だから全校生徒が出席しているこの日を選んだのだから。  それまで黙って事の成り行きを見守っていた校長先生が、静かに口を開いた。「みなさん、お静かに。……それで、広沢会長。受験生が大勢いるこの大事な時期に、貴重な時間を割きたい理由というのは教えてくれないのかな」「すみません、今は道徳の時間になるということしかお伝え出来ません。それはいただいた時間に校内放送でお伝えします。申し訳ありません」  理由も告げずに時間をよこせと言うのだから無茶苦茶だ。だけどわたしは校長先生に向き直り、もう一度深く頭を下げた。「……承知しました。朝のホームルームで全クラスに周知してもらいましょう」  校長先生の言葉にどよめきが走る。「いいんですか校長! 貴重な一時間を一生徒に個人的に使用させるなど聞いたことがあり
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第167話 少年の願い

『動けなくなったわたしの体には雪が降り積もり、美しい雪の結晶は小さな体から容赦なく温もりを奪っていきました』  寒さをこらえ、わたしは話し続ける。『その時偶然にも、向かいのマンションの上階でわたしを発見してくれた人がいました。 聞いた話ではその人がすぐに警察と消防に連絡をしてくれ、近所の人も巻き込んで大騒ぎをした末にわたしは救出されたそうです。 わたしにも薄れゆく意識の中で誰かに抱え上げられたような記憶があります。きっと救急隊員の方でしょう。 そして、病院へと搬送される救急車の車内で……わたしの心肺は停止しました』  心臓が縮みあがるような錯覚を覚えた。大丈夫、わたしの心臓は動いている。 気が付けば拳を握りしめ、手のひらに大量の汗をかいていた。その手を開いて握って、しっかりと動くことを確認する。『わたしの生命活動が一時停止したとき、わたしの意識は違う場所にいました。 あたり一面真っ白で、地平線の彼方まで何もない世界。そこが生死の境界面だったのか、わたしの夢だったのかは分かりません。 だけど、そこでわたしは雪の精霊に出会いました。 精霊はわたしに告げました。わたしには人々を幸せにする使命があると。そのために今死ぬわけにはいかない、力を貸すから目を覚ましなさいと言われました。 そしてその精霊がわたしの中に入って消えた後、もう一度意識が途絶え、次に目覚めた時は病院のベッドでした。 幼いわたしは妖精さんのおかげで生き返ったと思い込み、その時からわたしの人生の目的が決まったんです。世界に幸せを届ける、と』  あれは夢だったのか臨死体験だったのか、わたしには未だにわからない。  そんな曖昧なものに人生の目的を託してしまったんだから、その時のわたしは純粋だったのか、それともただ単純だったのか。 でもそうでもしないとわたしはどうなっていたか分からない。 目的を与えられたことで前を向くようになることが出来て、生きるために必要な活力を得ることが出来たのだから。『少し話が逸れますが、いざという時とても大切な知識になるのでみなさんも覚えておいてください。 人間の心肺が停止したとき、蘇生させるために心臓マッサージや人工呼吸などを行いますが、その時間には制限があります。 約三分で生還する確率は50%に下がり、四分を過ぎると高確率で脳に障害が残る
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第168話 少年が残したもの

『宇宙はいつだって真っ暗です。空気という、光を反射して拡散する物質がありませんから。 この先わたし達はいずれこの学校を卒業し、社会へと飛び出していきます。 社会の厳しい現実も、ヒヨっ子と言えるあなた達にとっては一寸先も見えない真っ暗闇と言えるかもしれません。 世間の厳しい荒波の中、時には挫折を味わい、時には失敗をして落ち込んでしまうことがあるかもしれません。壁にぶつかり、どうやって前に進めばいいのか分からなくなる時だってあるでしょう。 社会という暗闇の中一人放り出され、迷子のように心細くなる時もあるでしょう。 そんな暗闇の中にいても、決して諦めず、輝き続けてください。 迷った時は立ち止まってもいいです。壁を乗り越えるすべが見つからなければ回り道をしてもかまいません。時には座り込んでしまうこともあるでしょう。 だけど、その時間が過ぎたら、立ち上がってください。立って前を見て、最初の一歩をもう一度踏み出してみてください。 わたし達人間は赤子の時からいつだって、最初の一歩はおっかなびっくりです。覚束ない足取りでも、勇気を出して足を前に踏み出した人だけが歩くことが出来るんです。 人生は失敗してもやり直しをすることが出来ます。その場でゲームオーバーということはありません。リセットも出来ませんが。 だけど立ち上がるという意思を持ち続けていれば、また歩き出すことが出来るんです。 わたしはたとえこの命が尽きても、いつでも皆さんと共にあるつもりです。挫けそうになった時、もうダメだと諦めそうになった時。 ただ生きたという証を残すためだけに、命を削ってでも皆さんと共にあろうとしたわたしの事を思い出してもらえたら、少しは前向きな気持ちになれるかもしれません。 もし立ち上がるための勇気を少しでも与えることが出来たなら、わたしは今日思い切ってこの話をした甲斐があります。 たとえ覚えていなくても、頭の片隅にでも置いていてもらえれば、わたしは皆さんと共に生き続けることが出来ます。』  いつかは誰もが記憶の中だけの存在になり、いずれ忘れられていく。それはわたしとて例外ではない。『人は全ての人から忘れられた時、本当の死を迎えると言います。逆を言えば、誰かの記憶に残り続ける限り肉体はなくとも生き続けることが出来るんです。 みなさんも誰かの記憶に残るくらい、明るく輝い
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第169話 抗えない運命

「これでよし」 テーブルにボイスレコーダーとメモ書きを置いて準備完了。【ちょっと一人で二泊三日の旅行に行ってきます! リフレッシュ休暇~! 今日の晩御飯は冷蔵庫に入れてあるから温めて。明日のご飯はみんなで作るか、出前で好きなものでも頼んでください。お金は置いておくね。日曜には帰ってきます】  ちょっと軽い感じはするけど、家出をするわけでもあるまいしこれでいいや。  キャリーバッグを引き、玄関に施錠。寒いのでトレンチコートに赤いマフラーを巻いているから、なんだか傷心旅行みたいだなと一人で笑う。 みんな寂しがるかなぁと少し後ろ髪を引かれるけど、たまにはいいよね。 今まではどこへ行くのにも必ず誰かと一緒だったから少し新鮮な気分。寂しい気持ちもあるけどね。 でも少しだけ時間が必要だから、みんな許してください。 お土産ちゃんと買ってくるから。  駅でひとり電車を待つ。 寒風の中、旅行カバンを抱えて一人佇む女――に見える男。  うーん、カラオケの失恋ソングの背景映像に使われそうだ。ジャンルは演歌かな。 物憂げな表情をするのはやめよう。  この旅行は心機一転、自分を鼓舞するためのものだ。決して別離の悲しみや、儚い未来を嘆いたものじゃない。 どれくらいあるか分からないわたしの残り時間を有意義に、思い残すことなく過ごすために必要な通過儀礼だ。 家族を残してしまう以上、完全に心残りをなくすことなんて不可能なんだけど。それでも悔いは少なく、喜びは最大に、最後の一瞬まで輝き続けていたい。 なんて言いつつも、姉妹たちの反応が怖くてほとぼりを冷ます目的もあったりなんかして。  だって絶対みんな怒るもん。  そりゃ隠してたわたしも悪いけどさ。言えないじゃん。もうすぐいなくなりますなんて。 散々どこにも行かないとか、あの家にずっといるとか言い続けてきたのに、全部嘘でした、てへ。で済まされるか。 下手したらぶん殴られるかも。痛いのはヤダ。 てなわけで逃避行。温泉浸かって、美味しい物食べて気分転換してこよっと。 * * *「……」  誰も言葉を発しない。ひよりは目を泣きはらし、楓乃子と茜の嗚咽だけが響くリビング。 再生が終わったボイスレコーダーを前に、誰も言葉が見つからないと言った様子だ。それもそうだろう。  考えうる限り、最悪の
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第170話 募っていく想い

『みんなこんばんわぁ! 今日も雪の精霊がみんなに幸せをお届けするよ! 今日の配信はスマホだから、ちょっといつもとは違います。今日はね、なんと熱海へ温泉旅行に来てるんだ! いつもは家族も一緒なんだけど、今日はなんと一人旅! どうどう? 大人~って感じでしょ』  あの野郎。逃亡した先で呑気に配信をしてやがるとは、いい度胸をしてるじゃねーか。「なんだかいつもと変わらないね」  ひよりがぽつりとつぶやいた。  それはそうなのかもしれない。ゆきにとっては小さい時から決められていたことなんだから、今更騒ぎ立てるようなことじゃないのだろう。 あたしらにとっては寝耳に水な話だけど、ゆきはもう何年も向き合ってきた現実なんだから。『え? なんでひとりなのかって? まぁ大したことじゃないんだけど、実はとある事情があって逃避行をしております』  それも大したことじゃないだとぉ!? これでビンタがグーパンに変わったな。『何の事情かって? 大したことじゃないってば。でもそうだね。ずっと応援してくれているみんなにも、話しておかないといけないことだよね』  そこからゆきが話す内容は、昨日学校で全校生徒に向けて語り掛けた内容とほぼ同じだった。 何が大したことないだ。そう思ってるのはおまえだけだよ。  語り続けるゆきの表情は決して悲痛なものではなく、優しく諭すような、慈悲深く愛情に満ちた顔をしている。 自分の余命が残りわずかだというのに、どういう心境になればこんな表情が出来るんだろう。  自分の将来に疑いも持たずに生きてきた、あたしら一般人には決して分からない境地なのかもしれない。自分の死期を悟った時に、果たしてここまで達観できるものなのか自信は持てないが。  案の定、ゆきの話を聞いたコメント欄は騒然としている。当たり前だ。 自分が応援してきた推しの相手が、ある日突然この世からいなくなりますって宣言されたら。それは引退するどころじゃない衝撃だろう。【嘘、だよね?】【お願い、冗談だと言って】【エイプリルフールにはまだ早い。もし釣りだとしたら悪質だよ】【そんな冗談言うなんて、さすがに怒るよ?】  現実を受け入れられないコメントが目立つ。さもありなん。 冗談にしてはタチが悪すぎるけど、とてもじゃないが簡単に飲み込めるような話じゃないんだろう。『ごめん
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