Todos os capítulos de 雪の精霊~命のきらめき~: Capítulo 171 - Capítulo 180

193 Capítulos

第171話 初めての喧嘩

「ゆきちゃん、まだかなぁ」 リビングの窓から曇天模様の空を見つめ、つい口から漏れてしまった言葉。  あれから二日。今日はゆきちゃんが返ってくると約束した日だ。 ゆきちゃんのいない我が家はまるで明かりが消えてしまったようで、今日の天気もあいまってとても暗く感じてしまう。 お姉ちゃん達もみんなリビングにいるけど、みんな言葉少なく、何を待っているのかは聞くまでもない。「ひより、ウロウロしてないで少し落ち着け。動物園の熊じゃねーんだから」 より姉に指摘されて気が付いたけど、そういえばさっきから座ったり立ったりを幾度となく繰り返している。「うん、ごめんなさい」 そう言って座るけど、やっぱり心は落ち着かない。 もう一度立ち上がり、窓の外を眺める。より姉も今度は何も言わなかった。みんなも気持ちはおんなじだよね。 じっと空を見ていたら、窓ガラスに水滴が落ちてきた。「あ、雨」 最初は小雨だったけど、それはやがて|篠突《しのつ》く雨となり、視界を遮ってしまう。 静寂が漂うリビングに、激しい雨の音だけが大きく響き渡る。やけにうるさく感じてしまうのはどうしてだろう。 遠くに稲妻の光が見えた。少し遅れてゴロゴロという地響きのような音。そういえばゆきちゃんって雷も苦手なんだよね。「駅まで迎えに行こうかな……」「わたしも行く」 わたしのつぶやきにあか姉が答えた時、玄関の方から扉を開ける音がした。 それは雨の音にかき消され、注意していないと気づかないような音だったけど、誰も聞き逃すことはなかった。みんな即座に反応し、立ち上がって玄関へと向かう。 玄関へと続く扉を開けると、そこには今一番見たかった姿があった。愛しさで胸が締め付けられる。 肩で息をし、ずぶ濡れになっているその狂おしいまでに愛する人は、半べそをかいていた。「雨が降ってきたら雷まで鳴り出すんだもん。怖かったよぉ」 帰ってきたらみんなでボコボコにしてやろうと言っていた。「顔はやめとけ、ボディーにな」 より姉それってどこのスケバンですか。 だけど、まるで何年も会っていなかったかのように懐かしく感じてしまうその姿を見た瞬間、そんな気持ちはどこかへ消え失せてしまっていた。「もう、そんなに濡れてしまって。早くシャワーを浴びてください」 かの姉がタオルで優しく頭を拭いてあげながら声をかける。
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第172話 開いてしまった封印

 みんながわたしのそばにいる。それぞれがわたしの服を掴み、その気持ちを伝えてくれている。 いつもなら安心するその状況も、今のわたしには痛みが伴う。 大好きな人たちとこの先もずっと生きることができたらどれだけ幸せだろう。 だけどわたしにはそれを望んでしまう勇気がない。怖い。 ずっと閉ざしていた記憶の蓋をこじ開けられる音がした。怒涛の勢いで流れ込んでくる奔流。 あの雪の日は混濁状態で忘れたと思っていた、そのまま葬り去ってしまいたかった幼き日々の傷跡。 ずっと目を逸らし続けていた過去の亡霊が、鮮やかに蘇っていく。 * * * 胸倉をつかんだまま顔を上げると、ゆきが両手で顔を覆ってしまっていた。手の端から大粒の涙が流れているのが見える。「ゆき?」 どうしたんだろう。体が小刻みに震えているのが伝わってくる。怯えているのか?「イヤだよ……怖い。痛いよ。もうやめてぇ……」 どうしたんだ? 明らかに様子がおかしい。イヤイヤをするように顔を左右に振っている。「どうしたゆき!」「ゆきちゃん!」「ゆき」「しっかりしてゆきちゃん!」 みんなで声をかけたが、元に戻る様子がない。どころかさらに震えが激しくなっていく。「イヤだ! 痛い! ごめんなさい! ごめんなさい!」 そのうち手足をばたつかせて暴れ出した。まるで幼子のように。 みんなで体を押さえ、なんとか落ち着かせようとするも一向に収まる気配がない。いったいどうしたって言うんだ?「ごめんなさい! もう許してママあぁぁぁ!」 怯え切ったゆきのママという叫びに、その場にいる全員が凍り付いた。 母さんのことをゆきはママとは呼ばない。だとしたら……。 思い出したのか!? それとも他のことと同じように記憶に蓋をしていた? それもかなり固く閉ざしていたに違いない。 それがどうして蘇ってしまったんだ? ゆきにとって未来を考えるというのはどういうことなんだ? 考えるのは後だ。今はとりあえずゆきを落ち着かせないと。「ゆき! 大丈夫だ! ここにはお前を傷つける人間はいない!」「イヤ、イヤぁぁぁ……。いい子になりますから、もう泣かないから! ごめんなさいママぁ!」 ダメだ。今のゆきは完全に幼かったあの頃に戻っている。 そう、わたし達の家族になる前の、あのアパートに住んでいた日々に。 泣きじゃくり、何も
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第173話 希望という名のタブー

「ん、んん……」 わたし、眠っていたのか……。少し頭が痛い。 何があったのか思い出そうとしてみると痛みが強くなるけど、やがて記憶が鮮明に蘇ってくる。 そうか、わたしは子供の頃に戻っていたんだ。自分が自分ではなくなったような感覚で少し不快感がある。全記憶というのは本当に厄介だな。  でも、これでわたしが隠していた最後の事までバレてしまったようだ。お母さんにも言っていなかったわたしの記憶。 あの雪の日、記憶が混濁していたわたしは何も覚えていないと思った。お医者さんにも、お母さんにもそう言った。 だけど、数日で思い出してしまったんだ。恐怖の対象であるママの記憶。 でも思い出したことは誰にも告げず、もう一度記憶の底に押し込めて蓋をしてしまうことに決めた。 憎んでいるわけではない。 子供というのは不思議なものだ。 それが本能なのか、どれだけ理不尽な目に遭っても自分が悪いと言い聞かせ、保護者である母親を求めることをやめようとしない。 殴られようが蹴られようが、空腹を放置されようが母を慕う気持ちはなくなることがなかった。 愛情と恐怖が同居するママの記憶。新しいお母さんに温かく迎えてもらい、安寧を与えてもらったわたしには、思い出してはならない禁忌の記憶。「ゆき、起きたのね」 お母さんがわたしの気配を察知して声をかけてきた。 姉妹たちも一斉にこちらへ振り向く。「「「「ゆき(ちゃん)!」」」」 全員がソファーのところまで走り寄ってきた。一番にたどり着いたかの姉に抱きしめられる。「ちょ、ちょっとかの姉? 急に何?」「ゆきちゃん! もう何も怖いことなんてありませんからね! 安心して大丈夫です!」 やっぱりそのことだよねぇ。「あう。先ほどはたいへんお見苦しいところをお見せしました……」 まさか自分が幼児帰りを起こしてしまうとは、猛烈に恥ずかしい。しかも泣きわめいていたし。「さっきのこと、覚えてるのか。そうだろうな。ってことは元々忘れたってのは噓だったのか?」 ここまで来たら嘘を言っても仕方ない。さっきあれだけ介抱してもらっておいて、これ以上嘘を重ねることなんてもうできないし。 観念したわたしは少しためらいながらも、ゆっくりと頷いた。「やっぱりか。どうせゆきの事だから家族に余計な気を遣わせないようにと思って嘘をついてたんだろうけどな。でも
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第174話 溶けだした氷は奔流となりて

「……今日って何かの記念日だっけ?」  朝から所狭しと食卓に並べられた料理の数々に、戸惑いの視線を交わすあたし達四姉妹。 当のゆき本人は超ご機嫌で、鼻歌を歌いながらフライパンを振っている。まだ作る気かよ。「ゆき? さすがに朝からこんなには食べられないぞ」 朝どころか三食かかっても食べきれそうにないんだが。「うん、いいよ! 残った分はお弁当に詰めるから! お父さんとお母さんにももう持たせてあるしね!」 うちにそんなに大きな弁当箱あったっけ? 最後に作った料理を持って、ゆきがようやく席についた。 みんなが好きに食べられるようにと大皿に盛られた数々の料理。どれも手の込んだ豪華なものばかり。満漢全席かよ。「ゆき、今日は朝からどうしたんだ? 何かの記念日みてーな豪勢な食卓なんだが」「やだなーより姉。そんなの決まってるでしょ。もう一度希望を持つことが出来て、みんなへの愛情を心置きなく伝えることができるようになったんだよ。朝からお祝いして当然じゃない!」 朝からお祝いするのが当然なのかどうかは置いといて、やっぱりそういうことだったか。 いや、兆候があったというか、朝起こしてもらう時点で既に始まっていたからそんな気はしてたんだけど。「より姉、朝だよ。起きて」 いつもの朝と同じくゆきの優しい、愛しい声で呼び覚まされる。毎日の至福ともいえるこの時間は、あたしらだけに与えられた特権だ。 この時間がいつまでも続いてほしくて、夢の世界から帰ってきても目を開けず、寝たふりを決め込むんだ。 いつもならそれでも優しく揺り起こしてくれる。だけど今日は様子が違った。「もう、しょうがない眠り姫だよね」 その言葉と共に頬に手が添えられ、唇に温かい感触を感じた。 え? キス!? 驚いたあたしは狸寝入りなど忘れて、目を見開いてしまった。「あ、起きたね。おはよう、より姉。目覚めはどうですか?」 いや、ばっちり覚醒したっての。「あ、あぁ。すっかり目が覚めたよ。それよりゆき、さっきのって?」 まだ少し混乱しているあたしは分かり切っていることを確認してしまう。「さっきって? あぁ、目覚めのキスの事? その方が気持ちよく目覚めるかなと思ってね。イヤだった?」「イヤなんてことは絶対ないけどよ。……その、少しびっくりしただけだ」「それならよかった! これからも毎日こ
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第175話 続くものと譲るもの

 教室に入るなり、クラスメートに取り囲まれてしまった。 当然だよね。 週末にあんな校内放送をやって、そのまま早退しちゃったんだから。 本来なら出席義務がないから生徒数がまばらなことも多い時期なんだけど、うちのクラスは全員が揃っていた。 その中でやはりというか、文香と穂香が特に血相を変えて詰め寄ってきた。「ゆきちゃん、あれって全部本当の事なの!?」「ちょっと落ち着いて。いくらなんでもあんなことを冗談や嘘で言えないってば」 死の受容五段階のうち、最初の否認と怒りが同時に来ているんだろうか。文香の様子は明らかに動揺しているけれど、認めたくないという願いのようなものも感じられる。「短ければ十五年ってことは、もういつ倒れてもおかしくないってこと?」  穂香も冷静に話してはいるけれど、その声は少し怒気をはらんでいる。「あくまでも計算上の理論値だからね。不明な点ばっかりでお医者さんも断定はできないし、期限についてもあいまいな表現しかしてくれない。でもわたしの感じる限りでは、今すぐではないと思う」 根拠はないが、まだ時間はある、そんな気がする。直感のようなものだけど、これがいつまで続くのかはさすがに分からない。 全記憶障害というのは本来なら自閉症など何らかの精神障害を持った人がなるものであり、健常者が罹った場合にはなんらかの弊害が出てしまう。 精神か脳の機能、どちらかに限界が来るということだ。「治療法は?」 そんなものはないということも薄々分かっているとは思うけど、わずかな望みをかけて聞いておきたいんだろう。「脳がどういう風に機能するのかについては未解明な事ばかりだからね。記憶の操作でも出来るようにならない限り、治療法はないよ」 エビングハウスの忘却曲線によれば人間は一日で67%の記憶を忘却してしまうらしいが、具体的にいつ、どこで、どの記憶がどう消えるかといった包括的なメカニズムはまだ完全に解明されていない。 逆も然りで、なぜ全ての事物を記憶しているのかも分からないということ。 記憶と忘却について分からない以上、治療法など見つかる余地もないのだ。「何もできず、ただ脳に限界が来るを待ってるしかないの?」 感情を抑え込みながらも、悲壮感を隠せない様子で文香が聞いてきた。「何もしないなんて言ってないでしょ。確かに治療法は存在しないけど、だか
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第176話 もう一人の育ての親

 師走の空気は何かと忙しなく、雰囲気につられて心まで忙しくなるのか時間も過ぎ去るのが早く感じてしまう時期だ。 ましてや生きる活力を取り戻し、日々を今まで以上に精力的に活動してるわたしにとってはなおさらだ。 リスナーさんにも生きるために精いっぱい足掻いてみることを報告したら、凄まじい量の激励と賞賛のコメントが流れてしまった。 家庭、学校、そして配信内、たくさんの人に愛されている実感が湧いてまたしても嬉し泣き。【ゆきちゃんの涙なんて初めて見た】【真珠の涙】【泣いてる姿も可愛い】【というか色っぽいのはなんでだ】 わたしが流す涙にいろんなコメントが付いている。「わたしも前はこんなに泣き虫じゃなかったんだけどね。生きようって決めて、いろんな物事に前向きに取り組むようになってからは感情の起伏が激しくなったみたい。なんだか生まれ変わったような感じ」 普通の人なら世界の色が違って見えるんだろうけど、そこは相変わらずモノクロのままなのは仕方ない。それでも以前よりも少しだけ明るく感じるようになった気はする。 よく落ち込んだりした時には世界が灰色に見えるなんて言うけど、元々灰色なわたしはその濃淡で明暗を判別してきたからそのように見えるのかな。【でもなんだか前よりも表情も明るくなった気がする】【元気なのは相変わらずだけどなんか違うよね】【未来への希望に溢れている感じ?】 リスナーさんからもそう見えてしまっていたんだろうか。「前のわたしってそんなに暗い顔をしてた?」 元気に明るく振舞っていたつもりなんだけど、自分では分からない|機微《きび》というものがあるんだろうか。【いつも明るくて元気をもらえる笑顔だったんだけどね】【なんというか、儚さも感じられたというか】【そうそれ! 触れたら壊れそうな】 さすがによく見てるなぁ。 わたしの周囲にいる人達って、なんでこんなにもわたしを気にかけてくれて、しかも温かいんだろう。 確かに以前のわたしは生への執着がなかった分、覇気に欠けたひどく脆いものだっただろう。 それを儚さや壊れそうと言った形で感じ取ってしまうとは、画面越しに見ているだけのリスナーさんと言えども侮れない。「みんな、ありがとうね。そんな些細な変化にまで気が付いてもらえるなんて、愛されているって実感が湧いてとても嬉しいよ! また泣きそう」 きっと元々のわた
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第177話 仲間という絆

 クリスマスイブの合同配信はまさに圧巻と言える大盛況だった。 きらりさんの会社からは以前にコラボしたこともある疾風クローディアさん、佐助さん、川合ナノさん。 わたしの配信仲間の水音紡さんに冬空雪乃さん、そしてレイラさん。必死にお願いしたら文香と穂香も参加してくれた。  Vtuber七人と素顔を出した三人。十人もの大所帯だ。うちの姉妹も見学しているから、広い地下室も人いきれで少し蒸している。  みんなが3Dモデルを持っていることにも驚いたけど、躊躇なくわたしのPCに取り込ませていたのにはもっとビックリした。そういのって自分の分身だから大切なものなんじゃないの?「ゆきちゃんなら変なことに利用したりしないでしょ? なんならこれを使って踊ってくれてもいいし」 そう言って笑うクローディアさん。いや、そんなことしたらファンから袋叩きにされて会社にも訴えられますってば。「まぁ終わったらすぐ消すんで問題はないですけどね」「わたしの分は残しておいてください! ゆきさんのPCの中に住めるなんてわたしが変わりたいくらいです!」 鼻息荒くお願いしてきたのは雪乃ちゃん。相変わらず信仰心がヤバいなぁ。配信中なのにいいの?「今日が最後ってわけでもないし、そのままでいいんじゃない? またゆきさんの料理も食べたいしさぁ」 そう言って顔をほころばせるのは紡さん。よだれ出てますよ。 配信開始前にみんなでご飯を食べたんだけど、一番がっついてたもんなぁ。普段何食べてるんだろ。「ほんと美味しかったよな! 俺も毎日通いたいくらいだよ!」 そう言って肩を組んできたのは佐助さん。なんというか、相変わらずノリの軽い人だ。「気安くゆきさんに触れるな」 鋭い眼光で佐助さんを睨みつけ、佐助さんとの間に割って入るレイラさん。あれだけわたしを敵視してたのに、今ではガーディアンみたいになっちゃってるな。「女性の体に気安く触れるのはいただけないな」 冷静にツッコミを入れているクローディアさんだけど、わたしが男だということを分かって言ってますよね? 相変わらず隙あらばいじってこようとするのは変わらないなぁ。「そうですよ! ゆきさんに触れていいのはわたし達女性陣だけです! 男性は10m以内に入らないでください!」 それだとカメラの画角に収まりきらないよね。どんなワイド画面だよ。 けっこう
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第178話 神前にて

 学校も表面上は平穏を取り戻し、日常が戻ってきた。 ネット上ではわたしの告白がニュースまとめにも掲載されて話題を呼び、登録者数が目標の1000万人を突破。 これで名実ともに配信者のトップグループに躍り出たと胸を張って言える。宿願達成と言ってもいいんだけど、プレッシャーもある。  脳の障害を発表したことで中には同情心で登録している人もいるだろう。それ自体は悪いことじゃないしわたしとしてもありがたい。 でも負けられなくなったという気持ちもある。 たくさんの人の心配と期待を背負って、わたしは自分の人生と向き合う必要があるということ。今までの後ろ向きな自分を捨て去り、前を向いて歩き続ける。  もちろん愛する人たちと約束したことでもあり、全力を尽くすことに何の疑義もない。 だけど、背に負う人数が多くなるほど思いは強くなってしまうので、力み過ぎないよう、空回ってしまわないように気をつけないといけない。  ピンと張り詰めた糸は少しの衝撃で切れてしまう。以前のわたしはそんな状態だった。 今回も人の期待で張り詰めてしまわないように、それを心地よいプレッシャーに変えて挑むことにしよう。 そんな決意を固めて年末を迎えた。ある意味新年の抱負ができたようなものか。 いつものごとく新調された振袖を身にまとい、たくさんの人に声をかけられながら社殿を目指す。写真撮影に応じてるから亀だけど。  今年は赤い生地に松竹梅の吉祥文様。古典的なものだけど、おめでたい席にも着ていける模様であり、来年に向けて決意を固めたわたしのために選んでくれたもの。 縁起のいいものを着せることで来年がより良い年になるようにとの願いが込められている。 選んだのはより姉とお母さん。晴れ着に込められた想いを感じ、自然と背筋が伸びてしまう。「なんだか今年のゆきちゃんは凛としてるね」「そうですね。ドイツには『服は人を作る』ということわざもありますが、外見だけじゃなく内面も作ってしまうのかもしれません」  そのことわざの意味には人の外見が第一印象だけじゃなく、その人の意識や自信、周囲の扱いさえも変える力を持つって意味が含まれてるんだよ。  縁起だけでなく、わたしの心持ちの事まで考えてくれているんだから頭が上がらない。 より姉には言わないけど。すぐ調子に乗るからね。  周囲を取り囲む
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第179話 唯一の対処法

 年も明け、新学期が始まる。 生徒会長を退いたわたしは時間に余裕も出来たので、歌とダンスを撮り貯めて配信活動に打ち込んでいた。 今日も二時間だけで授業が終了したので、帰ってスタジオにこもっていた。「これでヨシ、と」 もしわたしの身に何かが起きたとしても、いきなりリスナーさんの前から姿を消すことがないように、一カ月先まで予約投稿をしてある。 毎週の生放送枠も常に取ってあるので、何かあった時にはひよりが告知をしてくれるだろう。 何がなんでも生きると決めたけど万が一の時に備えておく必要を忘れてしまったわけではない。 悲観的になるのと最悪の状況に備えるのとでは訳が違うから。  今日の録音は終わったので作曲活動に取り掛かる。 とある目的のために作り続けている楽曲。わたしがこんなに時間をかけて作るのは珍しい。 みんなに聞いてもらう曲として、大事な場面を飾る歌として、曲にも歌詞にも並々ならぬこだわりがあるから。「曲に関してはこんなもんかなぁ」 明確な目的があって作る曲というのはとても楽しい。 わたしも琴音ちゃんみたいに、いつかアニメの主題歌とか作ってみたいかも。そう、いつか。 ……。 …………。 あれ?  いつの間にか日が傾き始めている。ついさっき曲を作り終えた時は時間にたっぷり余裕があったのに。お昼ごはんも食べてないよ。 時計を見ればあれから二時間は経っている。午後二時。 いくらわたしに集中力があるとはいえ、ここまで時間がすっ飛んでしまうものだろうか。不思議なこともあるもんだ。 仕方がないので作曲は中断して夕飯のための買出しへ出かけることにした。「ただいまぁ!」 え? もうひよりが帰ってきた。 今日は生徒会があるということで遅くなるはずだったのに。  って午後六時! もうこんな時間! さっき買い物から帰って台所に立ったばかりなのに。 手元には切りかけの食材。手には包丁。 外は既に真っ暗。冬だから日が沈むのは早いとはいえ、またしても完全に時間が飛んでいる。わたしにいったい何が起こっているんだろう。 思い当たることはあるけれど、今は考えたくない。  もし明日も同じことが起きるなら病院へ行った方がいいかもしれない。それまでは忘れていよう。今はまだ早いよ……。 幸いお迎えを追い返す必要もなく、時間が飛んでしまう状況も昨
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第180話 命のきらめき

 結局病院に行くのは予約の関係もあって、卒業後の五月に行くことが決まった。 そうと決まれば後は卒業式の準備をするだけ。と言っても計画を練るだけなので、暇な時間はアルバイトをすることに。 わたしの説得が功を奏して、週に二日だけバイトをすることを認めてもらえた。 心配なのは分かるけど、どれだけ箱入りなのさ。 そしてまた忙しい日々が戻ってくると、やりがいがあると共に時間が経つのも早くなる。 気が付けば卒業式当日を迎えていた。「卒業おめでとう」「おめでとうございます」「おめ」 簡略化しすぎだよ、あか姉。ギャルか。 より姉とかの姉もお祝いしてくれたのに、ひよりだけが黙って朝食を食べている。 かの姉の時もあか姉の時もそうだったように、ひよりも寂しくて仕方がないんだろう。ましてひよりは最後に一人残されてしまうから余計に。「わたしはずっと家にいるからさ。たまには学校にも遊びに行くよ」 ひよりの頭を撫でつけながら、少しでも気持ちを紛らわせてくれる言葉を探す。「うん、分かってるよ。もちろん寂しいのもあるけど、今日の卒業式をどうやってゆきちゃんに相応しい形で送り出してあげたらいいか考えてるの」 どうやら余計な心配は不要だったみたい。 いつも元気なひよりの目はもっと違う場所を見ていたようだ。 一時的な寂しさに負けず、常に前を向いているひよりはひょっとしたら一番強い子なのかもしれない。もちろんわたしよりも。「フフ。素敵な式で送り出してね」 可愛い妹に見送ってもらえるなんてわたしは幸せ者だ。生徒会長になってくれてありがとう。 かの姉やあか姉も同じ気持ちだったのかな。 大切な家族に卒業式の送辞を読んでもらえるのって、なかなか経験できないことだよね。 準備があるということでひよりは先に登校してしまった。他の姉たちは休みを取ってでも出席してくれるらしいので、今はまだ自宅にいる。お母さんは仕事先に顔だけを出して学校に来てくれるようだ。 お父さんは立場上、職場を離れることはできないけれど朝におめでとうと言葉をかけてくれて、コサージュを胸につけてくれた。 わたし、本当に愛されてるな。「それじゃ、そろそろ行ってきます」 卒業生は先に教室へ集合する必要があるので、父兄よりも先に登校する必要がある。式の開会は九時半だから、保護者は少し遅め。「いってらっしゃ
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