「私は誰も殺してなどいません。もし私が斎藤様を殺したとおっしゃるのなら、証拠を提示してください。無実の人間をこれ以上、理不尽に問い詰めるのはやめていただきたいです」茜は静かに微笑んだ。「茜!」諒助が不快げに目を細めた。「いいだろう。言い逃れができなくなって刑務所に入ってから後悔するんだな」諒助は担当刑事の理へ冷ややかな視線を移し、言い放った。「じゃあ、そのまま手続きを進めてください」理は頷き、手元の調書を開いて状況説明に入ろうとした。しかし数行目に目を通したところで、その顔からさっと血の気が引いていった。「なぜ黙っているんです?」諒助が苛立ちをぶつける。「気を使う必要はありません。どうせこいつは自白などするはずがないんですから」理は諒助をちらりと見上げ、苦しげに口を開いた。「斎藤琳果さんの供述によりますと……当時、西園寺は斎藤美香さんの救命処置を手伝っていたとのことで。斎藤琳果さん自身は恐怖のあまり母を抱き起こしていたため、西園寺が斎藤美香さんを階段から突き落とす場面は見ていないと……」そこで言葉を区切り、理は琳果へと顔を向けた。「……証言を覆すということですか?」「ええ」琳果はハンカチを取り出し、乾いた目頭をそっと押さえた。「あの日はあまりに怖くて、翌日は一日寝込んでしまって。落ち着いてよく考えてみたら、いかに見落としていた部分が多かったかに気づいたんです。母を殺した犯人を捕まえたい気持ちに嘘はありません。でも、無実の方を罪に問うわけにはいかないじゃありませんか。それで改めて、詳しくお話しさせていただきに伺ったんです」「ふざけるな!」琳果の父、斎藤伸一(さいとう しんいち)が椅子を蹴立てるように立ち上がり、娘を叱った。「死んだのはお前の母親だぞ。犯人を見逃すような真似をして、美香に化けて出られても知らんぞ!」琳果はハンカチを静かに膝に置き、父を見上げた。「……そういえばお父さん、お母さんはあなたの夢には出てこないの?昨夜ね、私の夢に来てくれたのよ。自分の人生は、まったく報われなかったって」伸一の顔がさっと蒼白になった。娘の言葉の真意を、瞬時に悟ったのだ。伸一は長年、愛人との間にできた子のために美香を苦しめてきた。離婚を切り出させようとして、あの手この手で精神的に追い詰めていたのだ。まさか美香がここまで
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