菜穂は遠目から悠人をちらりと見た。確かに、自分の好みの端正な顔立ちだ。自分の方からアプローチすることも、別に悪くはない。今の自分には、社交界で表舞台に立つための「箔」が必要だった。名門大学の教授という肩書であれ、名家である桐島家の長男という立場であれ――その両方を手に入れればいいだけのこと。「私、もう何日もこっちに戻ってるのに、お母さんはなんで一度も会いに来ないの?」菜穂は不満げに唇をとがらせた。「お母さんが忙しいのは分かっているだろ。お前のことはちゃんと心配しているさ。帰国したと聞いて、わざわざあの限定モデルのバッグを用意してくれたじゃないか。近々、お前のための歓迎の食事会も開いてくれるそうだよ」「分かったわ」菜穂はふと視線を動かし、茜の姿を捉えた。「今日、大学で西園寺茜を見たわ。写真と同じで、相変わらず感じが悪かった」「なに?どうして彼女がそんなところにいるんだ?こちらの正体に気づかれてはいないだろうな?」「大丈夫よ。周りに聞いたら、ちょっと育ちの悪そうな友達が大学の見学に来たくて、その付き添いで来たみたい。私が目の前に立っても向こうから愛想よく笑いかけてきたくらいだし、私が誰かなんて分かるわけないじゃない」電話の向こうの父親も、ほっと胸をなで下ろした。親子ふたりとも、自分たちが過去に一度、星羅とすれ違っていることにまったく気づいていなかった。「菜穂、油断するなよ。最近、西園寺茜は柏原和久と行動を共にしているらしいからな」「分かってるわ」……レストランを出て、茜は星羅と一緒に帰ろうとした。ところが星羅が茜の手をすり抜け、悠人の後を追って走り出した。「ちょっと、ちょっとちょっと……どこ行くのよ?」茜は星羅を捕まえようとしたが、星羅の足は思いのほか速かった。かつて故郷で、父親に学校を辞めて嫁に行けと脅されたとき、星羅は納屋から鎌を持ち出して自分の首に突きつけ、こう言い放った。「お金が欲しいんでしょ?分かった、学校は退学して、働いてあなたの大事な息子に仕送りしてあげる。でも、無理やり嫁に行けと言うなら、お金は一銭も出さないし、先方の家に村中の恥を全部言いふらしてやる。あの相手も村じゃそれなりに顔が利くんでしょ?騙されたと知ったら、この家が村でどう思われるか考えてみなよ。お金が取れない上に、後ろ指ま
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