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45 陰謀の兆し

 ベルシオン王国の北方、連なる山々を超えた先にあるスピンドル平原に、三代に渡り戦国の世を生き抜いてきたスピネル王国がある。現在の国王は、初代カーター・スピネルの弟スカバル公爵家出身の母を持つリチャード・スピネルである。だが彼には、スプラス侯爵家出身の母を持つ兄ジェームズ公爵がいた。 兄弟の順逆からすれば兄ジェームズが王位を継ぐべきだという声もあったが、正妃の子であるリチャードが即位し、彼の母マリーの弟であるネルソン・スカバル公爵が宰相として権勢を振るっている。前王の突然の死により後継者の指名がないまま決定された王位継承は、血統の違い、正妃と側妃の子という差異、そして派閥の力関係が大きく影響した結果であった。 当然、王位の決定に際してはリチャード派とジェームズ派の暗闘が存在し、その勝敗によって両者の立場は大きく変化した。そして、敗北したジェームズ派の貴族たちの間では「ジェームズこそが真の後継者である」とする考えが今なお燻っている。その中心人物は、ジェームズの叔父であるビンセント・スプラス侯爵その人であった。 近年、スピネル王国はベルシオン王国に対して度重なる出兵を行っているが、戦果を上げられず、敗戦が続いている。王都カーターズポリスではリチャード王の失策に対する不満が広がり、一部では暴動の噂すら囁かれ始めていた。「ジェームズ様、ここ数年のベルシオン王国への出兵と敗戦により、王都でもリチャード王の資質に疑問を抱く声が高まっております。やはり、あの無能に王は務まりませんな」「リチャードのやつ、勝てる見込みもなく無謀な出兵を繰り返しおって……。兵を出す我らの負担が分からないらしいな。貴族たちの不満も高まろうのう! なあ、ビンセント叔父上」 王都カーターズポリスの貴族街にあるスプラス侯爵邸。その自慢の庭園の東屋で紅茶を楽しみながら談笑する二人は、周囲を気にすることなく率直な言葉を交わしていた。「まさにその通り。無謀な出兵を繰り返せば、貴族も庶民も不満が溜まるのは必定。そもそも出兵して何の成果も上げられず、貴族や兵たちに十分な補償もできないのなら、最初から派兵などすべきではないのです。無能と誹られるのも当然でしょう」「弟は昔から考え
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46 策謀の幕開け――ジェームズ召喚計画

 スピネル王国王都カーターズポリス。そびえ立つ城壁は、長年にわたりこの都市を外敵から守ってきた。城壁に囲まれた王都は、まるで鋼鉄の要塞のごとく、王城を中心に広がる大都市を包み込んでいる。八つの尖塔が鋭く天を突き、そこから見下ろす街並みは、かつての繁栄の名残を残しながらも、戦の影に怯えるかのように静まり返っていた。 王城の一室では、重苦しい沈黙の中、二人の男が向き合っていた。「……さて、どうしたものかな?」 リチャード王の声は低く、疲れを滲ませていた。「まったく、困った風評が流れているものです」 その言葉を受け、王は深く溜息をついた。「やはりこう敗戦続きでは、王の威厳も色褪せると言うものか……」 苦渋に満ちた表情を浮かべながら、リチャードは椅子の肘掛けを握りしめた。その指先がわずかに震えているのを、目の前に立つ男は見逃さなかった。「王よ。敗戦の責任は、王には一つもござりません。ひとえに臣下たる我らの力不足。何よりジェームズ一派の協力的でない態度が、大きな要因でありましょう」 沈痛な面持ちで王を慰めるのは、叔父であり、宰相でもあるネルソン・スカバル公爵だ。「おそらく、市中であらぬ風評を流しているのはジェームズ一派に違いないのです」 リチャードは頭を抱えていたが、その言葉にゆっくりと顔を上げた。「なんだと! それは本当か?」 その瞳に宿るのは、疑念と怒りの入り混じった光。しかし、真実は違う。王の名誉を貶めているのは、ジェームズではなく、小太郎率いる『嵐雲党』の仕業であった。ネルソンの発言は単なる邪推に過ぎなかったのだ。「思うに、ジェームズ一派はまだ王位を諦めておらず、リチャード様を追い落とすつもりなのでしょう」「うむ……ありえることだな」 リチャードの声には、わずかに迷いが滲んでいた。ジェームズは確かに、自分こそが王にふさわしいと公言して憚らない男だ。だが、一度はリチャードの即位を受け入れ、王城にも顔を出していたし、ベルシオン王国への出兵も行っている。たとえ送り出したのが、実戦では役に立たない老人兵で
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47 策謀の幕開け――ジェームズ召喚計画

 リチャードはネルソンの言葉に意外だというように眉根を寄せた後、何かに気がついたのか、分かったという表情になる。「……そ、そうか。我が国の兵力はそれほど落ちているのか」 敗戦続きで多くの戦死者を出している以上、兵士が損なわれていくのは自明の理だ。リチャードはそこまで兵力が落ちているのかと気を落ち込ませるが、それを気遣って別の原因が大きいと視点を変えようとする。「ベルシオン王国も大きくなりましたし、彼の国の動員できる兵数も増えている可能性は否定できませんから、まずはその辺を調べませぬと……」「意外に素早く統治が及ぶ可能性もあるということか?」 リチャードはそんなことはできようがないという顔で疑問を口にするが、実際のところベルシオン王国の統治は、降将を受け入れたこととその後の扱い、戦争に勝ち続けるベルシオン王国と新王ルークのカリスマ性で思いの外素早く進んでいる。 ネルソンは、王の疑問にわずかにため息をつきながらも、表情を崩さぬまま静かに答えた。「それは分かりませんので、調べてからということです。それに本題はジェームズ達の取り調べだということをお忘れなく」「それは分かっている。……まあ良いか。集まった諸将には、あまり派兵を積極的に望んでいるとは思わせぬようにしよう」 ネルソンの態度にリチャードは、彼が出兵を避けたいと考えていることに気がついた。そしてそれは、おそらく兵力の低下によるものだろうと推測する。自国の軍がここまで弱体化しているとは、内心忸怩たる思いだった。 リチャードは玉座の肘掛けを指先で軽く叩きながら、静かに考えを巡らせた。軍を動かすには力がいる。それは兵力だけでなく、士気も、貴族たちの忠誠も同様だ。だが、今のスピネル王国には、そのすべてが足りていない。「それでは早速、軍議を開く旨の呼び出しをかけることと致しましょう」「うむ」 ネルソンはすぐさま軍議を招集するための書状を用意し、リチャードの目の前で蠟と印で封をし、書状の束を見せると、それを持って踵を返し部屋を出る。 リチャードはネルソンの背を見送りながら、思っているよりこ
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48  王妃候補の憂鬱な日常

「イザベラ様、ルーク陛下のお誘いの準備は十分でございますか?」「今やってもらっているでしょう。パーティーの度に朝からずっとお肌のお手入れや髪や衣装の準備に追われるのは、本当に拷問だわ! こんなことなら庶民の方がよっぽどマシね」 イザベラは腕を組みながら、ため息混じりにぼやいた。鏡越しに映る自分の姿を見つめ、目元を引き締めるように軽く瞬きをする。その表情には明らかな不満が滲んでいた。 対照的に、セバスは口元に薄く笑みを浮かべながら彼女を見つめ、肩をすくめて揶揄うように言う。「そりゃあ、庶民は庶民で大変だろうよ。だが、少なくともこんな贅沢な拷問には遭わんだろうな」 その言葉にイザベラはムッとし、ジロリとセバスを睨みつけた。が、彼は動じるどころか、余裕の表情を崩さない。そんな彼の態度にますます苛立ちを覚えながらも、イザベラは再びため息をつく。 そんなやり取りを見ていたあやめが、イザベラの髪をすき整えながら微笑み、落ち着いた口調で諭すように言った。「イザベラ様はルーク様に求婚されているお立場なのですから、まだ良いのですよ。貴族の娘の仕事は良き伴侶を見つけること。そのため、毎日社交の場やパーティーに出席なさる方がほとんどですのに、イザベラ様はそこまでする必要もないのですから」 あやめは櫛を動かしながら、イザベラの長い髪を丁寧にまとめていく。その指先の柔らかさが心地よく、少しだけ気が緩む。しかし、次の瞬間、あやめはくすっと微笑みながら、さらりと一言。「いっそプロポーズをお受けになってしまえば、午前のお茶会には出席せずともすみますよ」「……それはそれで別の問題が増えるんじゃない?」 イザベラは視線を逸らしながら、少し考え込むように口元に指を当てた。確かに、王妃になれば今のように社交に駆り出されることは少なくなるかもしれない。しかし、その代わりに王妃としての役割が増える。そう考えると、果たしてどちらが良いのか、簡単には答えを出せそうにない。 多くの国では『シーズン』と呼ばれる春から夏にかけて、貴族たちは自領を離れて王都の別邸で生活し、社交を繰り広げるのが通例だった。それはこ
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49 王妃候補の憂鬱な日常 

 そのことを理解した上で、イザベラはセバスに問いかける。「小太郎は助けてくれるんでしょう?」 期待を込めた瞳でセバスを見上げるが、彼は一瞬たりとも迷うことなく冷たく即答した。「助けるわけないだろう」 その即断即決ぶりに、イザベラは心の中で舌打ちする。とはいえ、彼の性格を考えれば予想通りの返答だった。大きく息を吐き出しながら、彼女は少し拗ねたように唇を尖らせる。「つれないのね。いいわよ、自分でなんとかするから」 その言葉に、セバスは肩をすくめるだけで特に反応はない。だが、イザベラには分かっていた。彼がいざという時には手を貸してくれることを。だからこそ、あえて軽口を叩くのだった。「ルーク様ではご不満なのですか?」 コルセットを手にしたあやめが、興味なさげに尋ねる。彼女の指先が器用に紐を整えながら、淡々とした調子で問いかけるその声には、どこか意地悪な響きがあった。「別に不満はないけれど……」「イザベラ様、締めますよ。それ!」 グググググッ。 強く締め上げられた瞬間、イザベラは歯を食いしばる。抜けて戻した奥歯に鈍い痛みが走り、思わず息を詰めた。「くっ……!」「もう一回。それ!」 容赦なく再度締め付けられ、イザベラは奥歯をぎゅっと噛む。息が詰まりそうになりながらも、なんとか耐える。「クッ……!」「では、ドレスはこちらで」 あやめが用意したのは、紫色のドレス。気品あふれる深い色合いの生地が、美しい刺繍で飾られていた。 イザベラは慎重に袖を通し、鏡の前に立つ。裾を軽く広げながら、ポーズをとってみる。「まあ、これでいいかしら」「お似合いでございます」 あやめが恭しく微笑む。その横で、セバスは小さく口笛を吹いた。「今日は10時からクリスト公爵婦人様のお茶会、お着替えをなさってから3時にラッカム伯爵婦人宅をご訪問。そして9時から王城でのダンスパーティーの予定でございます」 侍女の報告を聞い
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50 カーネシアン戦んの後で

   ルークは王座の横に置かれた机の上で、一通の書状を手に取った。灯された燭台の炎が、羊皮紙の端を揺らしながら照らしている。丁寧な筆跡で書かれた文面をざっと目で追い、軽く指先で紙を弾いた。「カーネシアンポリスで、旧カーネシアン領の統治にあたっているケインズから書状が届いている。統治の方は上手くいっておるようだぞ」 ルークの落ち着いた声が、広々とした執務室に響く。「ケインズも早く王都に帰って来たいでしょうな」 ガリオンが静かに笑いながら応じた。その言葉には、遠く離れた友への思いやりが滲んでいる。ルークとガリオンは互いに視線を交わし、ふと同じ方向を見た。窓の向こうに広がる王都の景色のどこかに、ケインズも思いを馳せているかもしれない。彼の奮闘を思い、二人はわずかに微笑み合った。 カーネシアンを併呑したことで、ベルシオン王国の版図は一気に広がった。それに伴い、直轄地が増え、新たな統治体制の整備が急務となっていた。多くの文官が各地に派遣され、その全体を統括する役割を、ケインズが担っている。  彼は武官としての優れた指揮能力を持つ一方で、文官としての知略にも長けていた。ルークにとって、信頼に足る人物である。 いずれは部下に仕事を任せ、王都に戻ることになるだろう。しかし今は、新体制の基盤を築くため、膨大な業務に追われているはずだ。戦場では武官の働きが目立つが、戦後の安定には文官の力が不可欠だった。「ガリオンの方は順調なのか?」 ルークは視線を上げ、目の前の戦友へ問いかけた。「直轄軍の編成には、副官のアレン子爵、バートランド子爵、グレン男爵、アダムス子爵らに任せておりますので問題ありません。特にアレンとバートランドは、そろそろ将軍に任じ、一軍を率いさせてもよろしいかと」「兵も増えたことだろうから、カーネシアンで集めた兵を基に、新たな軍を組織するのが効率的だな」  ルークは顎に手を当て、思案するように目を細める。蝋燭の炎がその顔に影を作った。「ケインズに伝えて、アレンとバートランドにそれぞれ千の兵を組織させよう」「承知しました。今までアレンとバートランド
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51 カーネシアン戦の後で

 玉座の間に整然と並ぶ四人の貴族たち。昼の陽光が高窓から降り注ぎ、大理石の床に長い影を落としていた。重厚な赤絨毯が伸びる広間には、厳かな空気が満ちている。ルーク・ベルシオン王は、豪奢な王衣をまとい、彼らの姿を見渡しながら深く頷いた。カーネシアン王国を併呑した後も、彼らは忠誠を示し、新たなベルシオン王国の秩序の中でそれぞれの責務を全うしていた。「ウイリアム侯爵、オリボ伯爵、カッパー侯爵、ユーロ公爵。これからの、そなたたちの働き、しかと見ているぞ」 ルークの低く響く声が、広間の静寂を揺らした。彼の視線は鋭くも、どこか温かみを帯びていた。四人は背筋を伸ばし、王の言葉を待つ。「カーネシアン王国がベルシオンの旗の下に加わるまで、そなたたちはそれぞれの立場で戦い、また戦後は領民を安んじるために尽力してきた。その働きなくして、この統治はなかったであろう」 ルークは玉座を降り、音を吸うような絨毯の上をゆっくりと歩み寄る。ウイリアム侯爵の眼差しは、長年の戦歴に裏打ちされた自負を滲ませていた。オリボ伯爵は唇を噛みしめ、己の未熟さを認識しながらも次の機会を狙っているようだった。  ルークは四人の前に立ち、その目をひとりひとりと真っ直ぐに見据えた。 四人はそれぞれ格式高い正装に身を包んでいた。ウイリアム侯爵は漆黒の上衣に金の刺繍が施され、肩には威厳を示す金細工の飾りが光る。オリボ伯爵は深紅の衣に銀糸の刺繍を散らし、戦場での勇敢さを思わせる装いだった。カッパー侯爵は濃紺の豪奢な衣を纏い、金の装飾が勇壮な印象を与えていた。ユーロ公爵は優雅な白銀の正装をまとい、控えめながらも気品に満ちた佇まいを見せていた。「まず、ウイリアム侯爵。そなたの戦場での手腕と冷静な指揮、実に見事であった。その知略と勇敢さのせいで、我が軍はだいぶ苦しめられた。そなたのような者が味方になり、我が軍の中核を成すことは、ベルシオン軍にとって大いなる力となる」 ウイリアム侯爵は鋭い眼差しでルークを見据え、片膝をついて一礼した。その動作は、熟練の騎士のそれであった。 「恐悦至極に存じます。我が剣、王のために振るいましょう」「オリボ伯爵。先鋒として戦場を駆け抜けた
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52 閑話 カーネシアン貴族 

 部屋には重々しい沈黙が満ちていた。壁にかかる燭台の灯が、不規則な影を揺らしながら、列席者たちの顔を淡く照らしている。机を挟んで向かい合うのは、かつてカーネシアン王国に仕えていた旧貴族たち。その間に流れる空気は、鋭利な刃のように張り詰めていた。 ウイリアム侯爵は腕を組み、険しい表情で周りを見据えた。その精悍な顔立ちには、かすかに険しさがにじんでいる。「……我々がこのままベルシオンに従い続けることが、本当に正しいのか?」 不意に発せられたその言葉に、空気が凍り付いた。 ユーロ公爵が目を伏せ、細い指でワイングラスを弄ぶ。静かに揺れる赤い液体が、まるで血のように広がる。「侯爵、それは……つまり?」「言葉のままの意味だ。元はと言えば、我々はベルシオンに組み伏せられた敗軍の将。その事実を忘れたわけではあるまい?」 低く、しかし確かに響くウイリアム侯爵の声に、オリボ伯爵がわざとらしく肩をすくめる。「ほう……随分と大胆なお考えだ。まさか、ここで謀反を企てるわけではありますまいな?」 冷笑が広間に滲み、密かに緊張の糸が引き締まる。誰もが息を潜める中、ウイリアム侯爵の横に座るユーロ公爵が静かに口を開いた。「……確かに、ベルシオンには多くの同胞が討たれた。だが、その代わりに我々の領地は守られ、民の生活も安定している。……それを、再び無に帰すというのか?  ユーロ公爵の言葉に、何人かが不安げに視線を交わした。しかし、ウイリアム侯爵は表情一つ変えず、ただ静かに机を指で叩く。「領地が守られた? 生活が安定した? ならば問うが、それは我々の力によるものか、それとも――それとも、ルーク新王の慈悲によるものか?」「それはルーク様の慈悲によるもの......」 ユーロ公爵が静かに答える。「よくぞ言った」 低く響いた声は、ルーク・ベルシオンその人のものだった。 燭光を背に、国王は堂々たる姿で部屋へと踏み込む。深紅の王衣をまとい、鋭い黒曜の瞳が貴族たちを射抜いた。「嬉しいぞ。ユーロ公爵。それとウイリアム侯
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53 ルークの猛アタック—イザベラの部屋にて

 玉座の間で忠誠を誓わせた後、ルークは足早にイザベラの部屋へ向かった。昼間とはいえ、廊下にはあまり人の気配はない。彼はまっすぐに扉の前に立ち、軽くノックをする。「イザベラ、いるか?」 扉の向こうから小さくため息をつく音が聞こえた。次いで、ゆっくりと扉が開く。現れたのは、淡いクリーム色のドレスを纏ったイザベラだった。彼女は少しだけ警戒するようにルークを見上げる。「何の用ですか?」 つれない返事に、ルークは苦笑しながら部屋へ足を踏み入れる。イザベラが止める暇もなく、彼はずかずかと中へ進み、窓辺の椅子に腰を下ろした。「そなたに会いたかったのだ」「…そうでしょうね」 イザベラは呆れたように言いながらも、ルークを追い出そうとはしなかった。それをいいことに、ルークはさらに距離を詰める。「イザベラ、そなたはいつになったら私の申し出を受けてくれるのだ?」 ルークは彼女の手を取り、優しく指を撫でた。イザベラは軽く眉をひそめながらも、すぐには手を引っ込めない。「陛下は本当に諦めませんね」「当然だ。私はそなたを妃にすると決めておるのだから」 その真剣な言葉に、イザベラは視線をそらした。ルークはそんな彼女の頬をそっと指でなぞる。「そんなに考えることがあるか? 私はそなたを心から愛している。それだけでは足りぬか?」「………」 イザベラの頬がうっすらと紅潮する。彼女がこうして言葉に詰まるのは珍しい。ルークはその様子を見て満足げに微笑んだ。「そなたの心が決まるまで、私は何度でも言おう。私の妃になれ、イザベラ」 そう囁くように告げると、彼はそっとイザベラの手の甲に口づけを落とした。イザベラはわずかに肩を震わせ、困ったように目を伏せる。「……少しだけ、考えさせてください」「よかろう。だが、覚悟しておけ。私はこれからもずっと、そなたを口説き続けるからな」 ルークの低い声が甘く響き、イザベラの耳をくすぐる。彼女は静かに息を吐き、ルークから手を引くと、わざとらしく背を向け
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54 イザベラのパーティー準備 〜あやめの奮闘記〜

 イザベラの部屋には、湯気の立ち上る湯船の香りが漂っていた。ルークをなんとか締め出し、ようやく準備に取り掛かる時間がやってきたのだ。「はいはい、お嬢様。さっさとお風呂に入ってくださいませ」 あやめは腕を組んで仁王立ちし、渋るイザベラをじろりと睨んだ。「……別に、もう少ししてからでもいいじゃない」 「いいえ! ぐずぐずしてると、またあのしつこい王様が戻ってきますよ!」 その言葉に、イザベラは渋々ながらも服を脱ぎ、湯船に沈み込んだ。「ふぅ……やっぱりお湯は気持ちいいわね」 「そうでしょうとも。ですが、長湯は禁物です。のぼせて倒れでもしたら、また陛下に『イザベラの体調管理もできんのか!』なんて文句を言われるのは私なんですから!」「ふふっ、それは困るわね」 イザベラは湯の中で肩をすくめ、のんびりと目を閉じたが、次の瞬間——。「では、お背中流します!」 「きゃっ!? ちょ、ちょっとあやめ!」 遠慮なしにタオルを握ったあやめが、豪快にゴシゴシと背中を洗い始めた。「こ、こんなに力強くしなくても!」 「これくらいじゃないと落ちません! はい、お湯かけますよ!」「ちょ、つめっ……! 熱っ!? どっちなのよ!」 湯船の中でわちゃわちゃと騒ぎながらも、なんとか入浴は無事(?)終了した。***「さあ、お嬢様! 髪を乾かしますよ!」 湯上がりのイザベラを椅子に座らせ、あやめは慣れた手つきで櫛を通す。「ん……気持ちいいわね」 「でしょ? だからジタバタせずに大人しくしててくださいませ」 あやめの手はリズミカルに動き、イザベラの長い髪を優雅に整えていく。「今日はアップスタイルにしますか? それとも、王様を誘惑するために下ろしますか?」「ちょっ……!?」 イザベラは慌てて振り向いたが、あやめはにやりと笑うだけだった。「……上げてちょうだい」 「はい♡ お望みのままに」
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