その頃――。 楓の母・桜は、慎一の勤める法律事務所へと足を運んでいた。 ビルのエントランスに入った瞬間、受付のスタッフが驚いたように立ち上がる。「渡辺桜先生……! 本日はご予約を……?」「慎一くんと、所長に用があるの。急ぎよ。」 桜はきっぱりと言い切り、颯爽とヒールを鳴らしながら奥へ進む。 その姿は、敏腕弁護士として数々の問題を解決してきた“戦場に立つ女性”そのものだった。 慎一の勤める法律事務所――《桐山リーガル・アソシエイツ》。 大学病院とも深く関わり、医療系の案件も多く扱うことで知られている。 桜はその名を信頼していた。 応接室に通されると、すぐに桐山所長も姿を見せた。 グレーのスーツを端正に着こなし、穏やかな雰囲気の中にも鋭い視線を宿す男である。「渡辺先生、お久しぶりです。今日は……娘さんの件ですね?」 桜は頷き、ソファに腰かけると、堂々とした声で切り出した。「私が筆頭で弁護をするつもりですが、今回の件は、SNSでの拡散具合が早すぎて、止めることがもはや困難であると考えています。 早急に弁護団を結成して対処したいと思っております。つきましては、御社にもご協力いただきたいと思っております」 その言葉は強く、迷いがなかった。 彼女の眼差しには、母としての怒りと、弁護士としての冷静な判断が同時に宿っている。 慎一は隣でその姿を見つめながら、改めて思った。 (……桜さんって、本当に強い人だ……) 所長は、桜の言葉を最後まで聞くと、表情を引き締めて深く頷いた。「渡辺先生のご依頼でしたら、お断りする理由が見つかりません。 しかも、このSNSというのは、若者に悪用されかねない一面を持っております。こちらでも何件か対処したことがあります。 ぜひ、娘さんの名誉を取り戻しましょう。」 まるで待っていたかのように、二つ返事で了承が出た。 桜は、ふっと肩の力を緩めた。 しかしその声はなお鋭く、揺るぎない。「ありがとうございます。状況は刻一刻と悪化していますから、早急に動かなければなりません」 慎一は二人のやり取りを見て、胸が熱くなるのを感じた。(確かに……この訴訟で楓の名誉を取り戻すことができたとしたら。 インターネットで誹謗中傷された人々にとっても、ひとつの希望になるだろう) 正義という言葉は、軽
最終更新日 : 2026-01-28 続きを読む