真琴は、強い女だと思われている。 それは自分でも、否定できない評価だった。 広告代理店で働いていた頃から、彼女は「できる人間」として扱われてきた。 企画をまとめ、クライアントの無茶を現実的なラインに引き戻し、最後は必ず形にする。 仕事も恋愛も、感情に溺れない。割り切れる。 周囲はそう思っているし、真琴自身も、そう振る舞ってきた。 だから、楓が冬真と共に病院経営を始めると聞いたときも、迷いはなかった。 広告代理店を辞め、診療報酬請求事務の資格を取り、医療事務として転職する。 無謀だと言われることは覚悟していた。 けれど、真琴にとってそれは「挑戦」ではなく、「合理的な選択」だった。 医療の現場は、広告とはまるで違う世界だ。 だが、数字を読み、流れを整理し、仕組みを回すことは、これまでの仕事と変わらない。 楓の病院は順調に回り、真琴自身の評価も高かった。 ――やっぱり、私は大丈夫。 そう思える理由は、いくらでもあった。 だが、夜になると違う。 一日の業務を終え、シャワーを浴び、照明を落とした部屋でベッドに横になると、昼間の確信は、静かに形を失っていく。 天井を見つめながら、真琴はふと、楓の部屋で飲んだワインの味を思い出していた。 少し渋くて、後味が長く残る赤ワイン。 「大人になったね」と笑い合いながらグラスを重ねた夜。 あのとき、楓の横顔は、以前よりずっと穏やかだった。 幸せそうだった。 その事実が、胸の奥に、説明のつかない感情を残した。「私は、大丈夫」 独り言のように呟く。 この言葉を口にする癖が、いつからついたのかは分からない。 不安なとき。 誰かと比べてしまったとき。 何かを選ばなかった自分を、正当化したいとき。 仕事は順調だ。 周囲から見れば、今もバリバリのキャリアウーマンに見えるだろう。 服装も、話し方も、立ち居振る舞いも、隙がない。 恋愛だけが、ぽっかりと空白だった。 紹介された相手は何人もいる。 悪くない人もいた。 けれど、関係が深まりそうになると、どこかで距離を取ってしまう。 面倒だから。 忙しいから。 今は仕事が楽しいから。 そう理由を並べてきた。 けれど、本当は違う。 誰かと深く関わることに、慎重になっているだけだ。 親
最終更新日 : 2026-02-15 続きを読む