Todos os capítulos de 静かな幸せは、裏切りの匂いがしたー医師・渡辺楓が選んだ、愛という名の代償ー: Capítulo 111 - Capítulo 120

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第111話

 ちょうどその頃――。  桜と一成が微笑みながら、ワインで乾杯するその同じ夜、まったく違う場所で、別の嵐を巻き起こそうとしていた人物が居た。 都内でも屈指の高級クラブ〈BLANCHE(ブランシュ)〉。  金色のシャンデリアが光を散らし、バカラのグラスが輝く。  セレブや業界人が夜ごと通うこの店の奥VIPルームで、亜里沙はいつもより激しいペースで酒をあおっていた。 ソファに投げ出すように腰掛け、真っ赤なワイングラスを乱暴に傾ける。  濃いアイメイクの奥で、怒りに燃える瞳がギラついている。 そんな亜里沙の周りには、いつもの“取り巻き”が数人。  モデル崩れや俳優の卵、金持ちのボンボンなど、ツテを頼りに群がってくる男たちだ。「おいおい、今日のお姫様はご機嫌ナナメだってさ」 「誰かご機嫌取りしてあげてよ〜。怖くて近づけねぇわ」 ふざけ半分、媚び半分の声で、一人の若い男が亜里沙の横に滑り込む。 亜里沙は、パシッと音を立ててグラスをテーブルに置くと、吐き捨てるように言った。「……あの女! 絶対、医者を続けられなくさせてやるんだから!!」 高級クラブの空気がピリつくほどの怒気。  誰に言うでもない“呪いの言葉”に、男たちは顔を見合わせた。「え? 例の女医のこと?」  取り巻きのひとりが、ニヤつきながら言う。 「海斗がいろいろ仕込んでくれたんじゃなかったっけ? なんかヤバめの人が裏にいるとか。海斗がまた金積んだら、その女医さん、攫われるんじゃね?」「それ面白いじゃん」  別の男も、テーブル越しに身を乗り出しながら続ける。 「医者っていいよな〜。あいつ、女医なんだろ? 一回くらいオレも仲間に入れてもらえないかなぁ〜」 男は下品な笑いを浮かべ、舌で唇を舐めた。「お前、それはゲスいわ」 「最低すぎw」  他の取り巻きたちが笑いながらもあきれた表情を見せるが、その誰もが止めようとはしない。 亜里沙は――そんな会話を聞いて、ふっと口元を歪ませた。  まるで悪魔がニヤついたような、腹の底から湧く嗜虐の笑みだった。「それ……いいじゃない」  ゆっくりと言葉を落とす。 「なんなら、亜里沙がお金は出すわ」 周囲がどっと盛り上がる。「さすが〜!」 「お姫様、太っ腹!」 「それで潰しちゃおうぜ、その女医!」 クラブの煌めきが、もはや
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第112話  

 CLUB Argoの閉店時間を過ぎ、照明が明るく切り替わると、さっきまできらびやかだった店内は、一気に“仕事の顔”へと戻っていった。  若いホストたちが手際よくテーブルを拭き、グラスを片付け、床を清掃していく。  そのざわめきの中で、冬真は黒革のソファ席に腰を下ろしたまま、スマホを耳に当てていた。「……この後会えるか?」 声は低く抑えられていたが、その奥にいつもの柔らかい色はなかった。  呼び出した相手は、店から歩いても10分ほどの距離にある、朝まで営業している個室付きの和食ダイニング『灯 -あかり-』だった。  遅い時間でも落ち着いて食事ができ、業界人がこっそり使う店として知られている。 電話を切った冬真は、片付けをしている後輩たちへ軽く声をかける。「先、上がります」 若いホストたちは、冬真を見ると、何も言わず静かに頭を下げた。  CLUB Argoの誰もが、冬真を特別視している。実力だけでなく、人柄でも尊敬されていた。 冬真は軽く手を挙げて店を出た。  ネオンの光が弱まりつつある繁華街を歩き、灯りの少ない裏通りへ入ると、目的の店の看板が見えてくる。 店に入るなり、馴染みの店員が気づき、笑顔で声をかけてきた。「いらっしゃいませ、冬真さん。今日は個室、空いてますよ」「……あ、そう? じゃあ、頼む」 思わず苦笑が漏れる。  完全に常連扱いだったが、今日はその“常連扱い”がむしろありがたかった。  誰かに見られず、ゆっくり話ができる個室の方が都合がいい。 通された個室は、控えめな照明が落ち着いた雰囲気を作り、外の喧騒が嘘のように静かだった。  メニューにざっと目を通していると、しばらくして障子が軽くノックされる。「……お待たせしてすみません」 現れたのは海斗だった。  黒いパーカーに細身のデニムというラフな格好。どこか緊張した面持ちで、冬真の前に立つ。「そんなに待ってないよ。まぁ、座れ」 冬真は柔らかい声で言い、メニューを手渡した。「何でもいいぞ。好きなの頼め」 海斗は思わず笑い、そして胸の奥に懐かしい感情がよみがえる。  CLUB Argoで働いていた頃、冬真は海斗の“憧れの先輩”だった。 売上も顧客数も常にトップクラスでありながら、後輩に威張らない。  むしろ丁寧に教え、困っていれば自腹で飯を奢り、愚痴
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第113話

 個室に漂う静寂は、もはや温かみの欠片もなかった。  照明の柔らかい光さえ、二人の影を鋭く切り裂くようだ。 冬真の問いかけに、海斗は固まったまま、喉を上下させた。  言い逃れの余地はない――そう悟った瞳だった。「……言えよ」 静かだが、逃げ道を与えない声音。  冬真が冬の底より冷たい目で海斗を見ていた。 海斗はようやく唇を震わせ、しぼり出すように答えた。「……た、頼まれたんです。冬真さんのお客さん……亜里沙って女に」 冬真の眉がピクリと動く。「亜里沙が?」「は、はい……あの人、俺が辞めてからもつるんでて、  やらせてくれる代わりに、たまに、変な仕事頼んでくるんです」 海斗は額の汗を拭うこともできず続ける。「今回も……“楓って女の評判を落とす記事や噂話を、適当にネットにばらまけ”って……。で、写真があったら送れって。俺……軽い気持ちで……。アイツも欲しかったし……」「軽い気持ち、ねぇ……」 冬真の声は低く落ち、怒りに震えていたが、叫ぶことはしなかった。  むしろ静かであるほど恐ろしい。「お前ひとりでやったのか?」 真っ直ぐな視線――嘘をつけば、そこで終わると告げる目だ。 海斗は首を横に振った。「……や、やれるわけないじゃないですか。俺、パソコンなんてたいして使えないし。だから……いつもお願いしてる連中に頼みました」「連中?」 冬真が身を乗り出す。 海斗は震えながら、声をさらに落とした。「“夜明け会”って名前の、裏のネット屋たちです。  取り込み詐欺とか、アカウント乗っ取りとか得意な奴ら。  SNSの炎上工作、個人の住所特定……そういうの、何でもやるんです」「ふざけんな……」「し、しかも……金さえ出せば、誘拐も……殺しみたいな真似事もします。  実行犯とつないでくれるって……」 冬真の目つきが、完全に“戦う男”のものになった。 楓の名が、連中の“仕事”の中にちょっとでも入っていたら――  その危険度は計り知れない。「海斗。お前……まさか――」「う、動揺して……“もっとやれ”って追加で発注しちゃいました……。  でも、それ以上は言ってない……はず……です」 冬真は即座に立ち上がった。 椅子が床を擦り、鋭い音が個室に響く。「海斗。すぐに取り消せ。今すぐだ!!」「で、でも……あいつら、取り消しは
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第114話

 店の外に飛び出した瞬間、冬真は夜風の冷たさも感じないほど頭が冴えていた。 ――楓の身が危ないかもしれない。 それだけが、心臓の鼓動とともに強烈に脳を支配する。 繁華街のネオンはすでに落ち着き始め、通りには酔客がまばらにいるだけだ。  冬真は走りながらスマホを取り出し、楓へ電話をかけた。 ……しかし、呼び出し音が数回流れたのち、留守番電話へ切り替わる。「楓……頼む、出てくれ……!」 走りながら何度もかけ直すが、結果は同じだった。(まずい……!) 冬真はさらにスピードを上げた。 脳裏に、海斗が語った“夜明け会”の酷薄なやり口がよぎる。  もしキャンセル前に、“不審な指令”が一つでも通っていたら――  それだけで楓に危険が及ぶ可能性は十分だった。 冬真は歯を食いしばる。 数分後、楓のマンションの前に到着した。タクシーを飛び降りると、冬真はエントランスのオートロックに手をかけた。  丁度そこへ、偶然にも住民が通りかかり、ドアが開く。 冬真は礼を言うと、すぐに中へ飛び込み、エレベーターへ。 上がる数字を見つめる間も、胸の痛みが強まる。 チン、と音が鳴り、目的の階へ着く。  冬真は駆けだし、楓の部屋の前に直行した。「楓!!」 ドアを叩きながら叫ぶ。 しかし、反応がない。 冬真は耳をドアに当て――息を呑んだ。 中から、僅かだが足音のような、衣擦れのような音がした。 だが、それは楓のものではなかった。(……誰かいる) 冬真の背中を、冷たいものが走る。「楓!! 開けろ!!」 何度叩いても返答はない。 次の瞬間、廊下の向こうで、階段の扉がゆっくり閉まる音が聞こえた。 冬真は振り返った。(逃げた……?) 追うべきか――  それとも………。 優先順位は一つしかなかった。「……楓……どうか無事でいてくれ」 冬真は躊躇なくドアノブを回した。 カギは掛かっていなかった。 鈍い音が響き、ドアがわずかに軋む。 ドアが開き、暗い部屋の中へ冬真は飛び込んだ。「楓!!」 キッチン、リビング――誰もいない。  しかし、テーブルの上には、倒れたマグカップと、落ちたスマホ。 そして床には、楓のものらしき小さなヘアクリップ。 その瞬間、冬真は悟った。「……キャンセルが遅すぎたのか……!」 海斗がキャンセルした時には
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第115話

 冬真は楓の部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けてエレベーターに飛び乗った。  胸の鼓動は痛いほど速く、汗が額を伝う。 ――楓は確かに連れ去られた。  海斗の“依頼”が完全にキャンセルされる前に、実行犯が動いてしまったのだ。 迷っている時間は一秒もない。 外に出ると、冬真は即座に流しのタクシーをつかまえた。「すみません! 五分でいい、飛ばしてください!  “和食ダイニング灯(あかり)”まで!」 運転手は驚いた顔をしたが、冬真の気迫に押されアクセルを踏む。 信号待ちのたび、冬真はスマホを握り締め、歯を噛みしめた。(間に合わなきゃ……楓が……!) タクシーは夜明け前の静かな街を疾走し、やがて目的の店の前で停車した。 冬真は釣り銭も受け取らずにタクシーを降り、そのまま『灯 -あかり-』の階段を駆け上がった。 個室の障子を開けると――「……冬真さん……」 そこには、肩を落とし、まるで魂を抜かれたような海斗の姿があった。 泣き腫らした目、震える手。  冬真がいない間、海斗は終わらない後悔の中で何度も自分を責めていたのだろう。 冬真は海斗の目の前に立ち、静かに言った。「海斗。もう一度だ。 “夜明け会”のリーダーに電話しろ」 海斗は泣きそうな顔で冬真を見上げた。「で、でも……もうキャンセルは……」「違う。今回は“解放”の指示だ」 冬真の声は低く、しかし有無を言わせない力があった。「言え――夜は明けた』と」 海斗は息を詰め、震える手でスマホを取り出した。  画面がぼやけ、何度も手が滑る。それでも、ようやく通話ボタンを押す。 数回のコール音のあと、例のくぐもった声が出た。『……何だよ海斗。さっきから忙し――』「い、命令……取り消しです。 “夜は明けた”……って、伝えろって……!」 沈黙。  一秒、二秒――その沈黙は永遠にも感じられた。『……あぁ? 誰に言われた』 海斗は冬真を見る。  冬真は黙って頷いた。「……冬真さんに……です……」 電話の向こうで、くつくつと笑う声が漏れた。『冬真。CLUB Argoのナンバー1か…… へぇ……あんたが出てくるとはな』 冬真は手を伸ばし、海斗からスマホを奪う。「冬真だ。 ――楓を解放しろ」『こっちは手間がかかってんだよ。解放するにも金がいる』「払う」 冬真は即答した。迷
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第116話

 外がほんのり明るくなり始めるころ――  午前6時。 個室の前が、まるで波立つようにざわついた。 冬真が足を止める。  廊下から複数の靴音が近づき、影が個室の前を塞ぐように並んだ。 障子がガラリと開かれる。「黒川海斗さんですね。 ――逮捕状が出ています」 スーツ姿の刑事たちが一斉に部屋へ入り込んだ。 海斗はその場で固まった。  肩を震わせ、蒼白な顔で立ち上がることもできない。「ちょ、ちょっと待ってください……俺……まだ……!」 刑事たちは淡々と海斗に近づき、手錠を取り出す。「不正指令電磁的記録供用、脅迫、業務妨害――  その他複数の容疑で、身柄を確保します」 海斗は震えた。 その横で、冬真はただ静かに海斗を見つめていた。 もう“後輩を庇う先輩”ではなかった。  彼の瞳は――  真実をすべて見抜き、必要な判断を冷静に下す“男の瞳”だった。 海斗は、まるで処刑台に立つ囚人のように、その視線を正面から受け止めるしかなかった。「と、冬真さん……俺……」 海斗の声は途中で切れた。 冬真はゆっくりと言った。「海斗。お前が今日、全部話したから――楓はきっと助かる。  ……だから、行ってこい」 それは突き放す言葉ではなく、ただ事実を告げるだけの声音だった。 海斗は崩れ落ちそうになりながらも、最後にかすれた声で言った。「……冬真さん……お願いします……」 刑事が海斗を連れ出す。 足音が遠ざかり、廊下が静かになった。 冬真は一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸った。 そして――  視線はすでに、海斗ではなく“楓の居場所”へ向けられていた。「旧港の防潮倉庫の裏……」 呟いた次の瞬間、冬真は店を飛び出そうとしていた。 夜明け前の冷たい空気を切り裂くように、彼の足が地面を蹴る。 楓を救うために――  ただそれだけのために。
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第117話  楓が攫われた夜

 冬真とマンションの下で別れたあと。シャワーを浴び終えた楓は、まだ髪をタオルで押さえながら、ゆったりとした部屋着のままリビングに戻ってきた。 お湯で温まった身体に、冬の夜気が少しひんやりする。  慎一からのメッセージはまだ来ていない。  ニュースを見ようとテレビをつけようとした―― ピンポーン。 突然のチャイムが鳴り、楓は眉をひそめた。 この時間帯に来客など滅多にない。「……誰?」 チェーンをかけたままドアスコープを覗く。  そこには、作業服の男が二人立っていた。『管理会社です。上の階で水漏れがありまして……確認だけお願いしたくて』 嘘ではないか、瞬時に疑った。  だが、マンションの構造上ありえない話ではなかった。 とはいえ――  胸にひっかかる違和感は消えなかった。「……身分証、見せてもらえます?」 そう言った瞬間だった。 ガンッ! ドアが、外側から強烈に叩かれた。 楓は悲鳴を飲み込み、反射的にチェーンに手をかけた。  だが二発目の衝撃で、チェーンのネジが悲鳴をあげてゆがみ、そのまま―― バキンッ! チェーンが弾け飛んだ。「きゃっ――!」 ドアが強引に開かれ、作業服の男たちが雪崩れ込んだ。  楓は逃げようとリビングへ下がるが、一瞬の隙を突かれ腕を捻られる。「離してっ……!」 男たちは無言。  淡々と、機械的に楓の手足を押さえつけ、口元に布を押し当てた。 鼻を突く薬品の匂い――  視界がゆらぎ、楓の身体が力を失っていく。 遠ざかる天井。倒れたマグカップ。落ちたスマホ。 最後に聞こえたのは、男の短い声だった。「……確保完了」  意識が戻った時、楓は冷たい床の上に倒れていた。 湿ったコンクリートの匂い。  裸電球の薄暗い照明が、天井の鉄骨を照らす。  どこか遠くで水滴が落ちる音が響いている。 手首には固い結束バンド。  足も同じように固定されている。  口に貼られたテープが呼吸を浅くした。(ここ……どこ……?) 目が慣れてくるにつれ、周囲の景色がわかる。 錆びた鉄扉。  崩れかけた木箱。  壁には古い船の番号が刻まれている。 ――ここは、港湾の倉庫跡だ。 体を起こそうとするが、腕に力が入らない。 その時、扉の向こうから足音が近づいた。 ギ……と扉が開き、一人の男が中へ
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第118話

 海斗が連れて行かれた個室。  その場に残された冬真は、刑事の一人に肩を掴まれた。「事情を聞かせてもらえますか。あなたも何か関係しているんですよね?」「……はい。全部話します」 冬真は息を整える暇もなく、その場で楓が連れ去られた経緯を詳細に話した。  “夜明け会”、海斗の依頼、キャンセルの遅れ、そしてリーダーが告げた“解放された場所”まで。「すぐに楓を迎えに行きたいんです」 説明が終わると、刑事たちは顔を見合わせた。「旧港の防潮倉庫……あそこは人が寄り付かない」「急ぎましょう。あなたも来ますか?」「行かせてください!」 冬真の迷いのない声に、刑事は頷いた。「よし、乗って!」 冬真は促されるまま、パトカーの後部座席に滑り込む。  すぐにサイレンが鳴り響き、パトカーは夜明け前の街を駆け抜けた。 スピードで景色が流れていく中、冬真はただ一点――  楓の無事だけを祈っていた。(頼む……どうか……) 胸の奥で何度も繰り返した。  旧港に近づくころ、空はうっすらと赤みを帯び始めていた。  冷たい海風がガラス越しにも感じられる。「冬真さん、場所はここで間違いないですね?」「……はい。あの裏だと思います」 冬真は窓にかじりつくようにして外を見た。 錆びたコンテナ、放置された機材。  そして、海から吹く風に揺れる草むら。 その中に――「……いた……!!」 人影が、小さく、震えるように丸まって座っている。 楓だ。「止めてください!!」 冬真は叫ぶと同時にドアを叩き、パトカーが止まる前に飛び出した。 冷たい空気を切り裂くように走る。  楓の姿が大きくなるにつれ、胸の痛みが増す。「楓っ!!」 楓が顔を上げた。  その瞳は涙で濡れ、震える唇が冬真の名を呼ぼうと震えていた。 次の瞬間、冬真は楓を強く抱きしめていた。「楓!! もう大丈夫だ!! 安心しろ……もう絶対に離さない……!」 楓は声も出せず、ただ冬真の胸に顔を埋め、震える指で冬真の背中を掴んだ。 彼女の手首にはまだ結束バンドの痕が赤く残っていた。「……こわ……かった……」「遅くなってごめん。本当に……ごめん……!」 冬真の腕は震えていた。  楓の温もりを感じた瞬間、今まで押し殺していた恐怖が一気に溢れ出したのだ。 後ろでパトカーから降りてきた刑事
last updateÚltima atualização : 2026-02-06
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第119話  亜里沙の逮捕

 明け方。  高級クラブの扉を押し開けて出てきた亜里沙は、まだ酒の余韻を残したまま大きく伸びをした。「ふぁぁ……もう朝じゃん……」 夜通し遊んだせいで足取りはふらついている。  肩にかけたブランド物のショールを揺らしながら、迎えのタクシーへ乗り込むと、運転席に座った運転手が軽く頭を下げた。「お嬢様、今夜も遅かったですね」「うるさい。静かにして」 短く返すと、亜里沙はシートにもたれ、眠気にまぶたを閉じた。 タクシーが到着したのは、郊外にある宮原家の豪邸。  夜通し灯りがついていた玄関先は、まるで誰かが帰りを待っていたようだった。 タクシーを降り、ハイヒールをコツコツ鳴らしながら玄関へ向かうと――  扉が開き、家の中から父・宮原会長が姿を見せた。「……おかえり」 その声は、朝の空気より冷たかった。「ん? あぁ……パパいたのぉ?」 亜里沙は気の抜けた返事をしながら、靴を脱ぐことも忘れて家の中へ入ろうとする。 しかし父は眉根を寄せ、娘の姿を上から下までじろりと見た。「お前……最近、会社に来ていないな」「え?」「報告書も出ていない。会議にも出席していない。  部下からは“連絡がつかない”と苦情がきている」 亜里沙はむっと顔を歪めた。「だって……亮が入院しちゃったんだもん!  大変だったの。会社どころじゃないでしょ」「亮君のご家族が“毎日付き添ってはいない”と言っていたが?」「は? そんなの知らないし!」 明らかに嘘が露見しているというのに、亜里沙は悪びれた様子もない。 宮原会長は深く溜息をついた。「お前は……社会人だ。仕事を疎かにする理由にはならん」「うるさい! 眠いの!」 そう言うや否や亜里沙はハイヒールを脱ぎ捨て、  父に背を向けたまま階段をバタバタと駆け上がった。「もう寝るから! 起こさないでよ!」「……はぁ」 階段の上へ消えていく娘の背中を見ながら、  宮原会長は肩を落とし、呆れたように首を振った。「困ったものだ……」 しかし、嘆いていても始まらない。  会長は家政婦を呼び、落ち着いた声で告げた。「少し出かけてくる。予定より早いが、取引先へ顔を出しておこう」 家政婦は小さく会釈し、外出の準備を手伝おうとしたが――「いや、大丈夫だ。すぐに戻る」 会長は軽く手を振り、玄関へ続く廊下を歩き
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第120話

 海斗と亜里沙が逮捕された――その知らせは、逮捕からわずか一時間も経たず、桜と慎一、そして桐山アソシエイト全体へ伝わった。 朝の静けさを破るように、事務所の専用回線が鳴り続け、秘書や若手弁護士たちが慌ただしく電話対応を行っている。 緊急事案を知らせる特有の緊張感が、すでにフロア全体を包み込みはじめていた。 桜は自宅でその第一報を聞いた瞬間、体中に冷たい血が流れる感覚がした。 ――海斗と亜里沙が逮捕!! 逸る気持ちを抑えられず、慌てて身支度を整えると、慎一に電話をかけた。 「慎一くん、桐山所長のところへ行くわよ!」 「はい……もう、向かっています……」 電話越しの慎一の声は、いつもより低く、どこか震えていた。 桜が桐山アソシエイトに到着すると、事務所にはすでにこの件に関係のある弁護士たちが全員集まり、緊急会議が開かれる直前だった。 桐山所長は警察と連絡を取り、状況把握を終えたところで、皆の前に立っていた。「全員、席に着いて。すぐに説明します」 その声は穏やかだが、深刻な色を帯びていた。 そこへ、少し息を弾ませた桜と、顔色の悪い慎一が姿を見せた。「おはようございます……」 入ってきた二人に皆が振り向く。 桜は慌てて席へ向かおうとしたが、立ち止まって慎一の顔色が真っ青なことに気づいた。「慎一くん……体調でも悪いの? 顔が真っ青じゃない」 まるで血の気が引いてしまったかのような慎一は、目を伏せ、かすれた声を絞り出した。「いえ……少し、よく眠れなかっただけです」 桜は彼の返事に違和感を覚えたが、今は事態の把握が先だと判断し、慎一と共に座った。 全員が席に着くと、桐山所長は手元の資料を静かに閉じ、皆の視線を受け止めた。「先ほど、警察から正式な連絡が入りました。 黒川海斗と宮原亜里沙――この二名が、今朝方に逮捕されました。 容疑は複数にわたり、現時点で動機や背景を精査しています」 室内の空気が一段と重くなる。 桜は息を止めるようにして聞いていた。 桐山所長は、ゆっくり桜のほうを見た。 その表情は、明らかに“言いにくい”と語っていた。「渡辺先生……ここで、お伝えしなければならないことがあります」「わ、私に……?」「ええ……昨夜、お嬢様の渡辺楓さんが、黒川海斗の指示で―― マンションの部屋から連れ去られました」「……
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