桜は桐山アソシエイトで楓の拉致の事実を聞き、胸を締めつけられる思いのまま、会議室を飛び出すように出ていった。 「楓……!」 すぐにスマホを取り出し、震える指先で娘の番号を押した。 呼び出し音は、いつもよりずっしりと重く響く。 一度、二度、三度……何度待っても、誰も出ない。 ――繋がらない。 それだけで胸が締め付けられ、呼吸が浅くなる。 桜は奥歯を噛みしめ、振り返って桐山所長へ言った。「署に行ってきます!!」 勢い込んで言うと、所長は驚きつつも頷いた。「刑事課はもう動いています。くれぐれもお気をつけて」 桜は助手に「行くわよ!」と声をかけた。 すぐ後ろにいた慎一にも「あなたも来る?」と問いかけた。 しかし慎一は―― まるで重い影を背負ったかのように、黙って首を横に振った。 その目はどこか決壊したように曇り、焦点が定まっていない。 桜は慎一の状態を一瞬心配したが、今は楓の無事のほうが先だった。 「わかったわ」とだけ小さく告げて、急ぎ事務所を出た。 警察署の前は、いつもどおり静かだった。 朝の光が建物を淡い金色に照らし、誰もが当たり前の日常を過ごしているように見える。 しかし――桜の胸の中には、嵐が吹き荒れていた。 受付を通り、迷わず刑事課へ向かう。「失礼します! 渡辺楓の母です。今回の事件の弁護も担当しています」 声が震えていたが、堂々とした姿勢は崩さなかった。 すると、部屋の奥から落ち着いた足音が近づき、 五十代前半ほどの威厳ある男性刑事が姿を見せた。「おはようございます。刑事部長の唐沢です」 吉田は深々と頭を下げた。 桜も慌てて礼を返した。「楓さんの件は、私が直接担当しております。どうぞ、こちらへ」 二人は応接用の小部屋へ案内された。 席につくなり、桜は堪えきれず単刀直入に切り込んだ。「楓が拉致されたと聞きました…… 今はどなたが保護してくださっているんですか?」 吉田は落ち着いた表情のまま、手元の資料を確認し、丁寧に答えた。「 御影冬真(みかげ とうま)という男性です」「御影……冬真……?」 聞き覚えのない名に、桜は眉を寄せた。 唐沢刑事部長は説明を続ける。「お嬢さんとは、職場で知り合ったとのことです。 今回、容疑者である黒川海斗とも面識があり、 昨夜、海斗と会って事情を追及した
Última atualização : 2026-02-07 Ler mais