警察署を出た瞬間、楓は胸の奥に溜まっていた緊張が、ふぅっと息と一緒に抜けていくのをはっきりと感じた。 心地よい風が肌を撫で、不思議と心だけは軽くなっているようで、肩の力がようやく落ちた気がした。 隣に立つ冬真も同じだったのか、大きく息を吐き、楓の方へ振り返る。 先ほどまでの張り詰めた空気とは違い、彼の顔に浮かんだのは、安心したような柔らかな笑顔だった。「無事に済んでよかったな」「うん……ほんとにありがとう、冬真」 本当に、何度言っても足りない。 今日一日で、楓は何度「ありがとう」と口にしただろう。 それほど冬真の存在が心強かった。彼がいてくれなければ、今回の一件はもっと……もっと悪い方へ転がっていたかもしれない。 見上げると空は澄んだ青で、明るい陽光が空気を白く照らしていた。 警察署前の道路では、忙しなく人が行き交い、車が絶え間なく流れていく。 そんな日常のざわめきが、今の楓には妙にありがたく、あたたかく感じられた。「とりあえずタクシー拾おう。なんか美味いもん食べに行こう。なにがいい?」 冬真が片手を軽く上げながら言うと、楓はその手につられるようにくるりと彼の方を向き、ぱっと顔を明るくした。「何かおいしいもの!」 まるで子どもが遠足前に浮かれているような即答に、冬真は思わず吹き出した。「その“おいしいもの”が何なのかを聞いてるんだけど?」「んー……なんだろ……あ、でも今日は好きなもの食べたい気分!」「抽象的すぎるって」 他愛もないやり取りなのに、ふたりは自然と笑い合った。 重かった空気がようやく晴れ、いつもの自分たちに戻れた気がした。 楓と冬真は歩道の端へ移動し、通り過ぎるタクシーの流れを眺めながら、冬真が手を上げようとした。 ―その時だった。 冬真の視線が、ふいに楓の肩越しの方へ向かう。 さっきまで笑っていた目が、一瞬で冷たく、無表情へと変わった。 その変化に気づいた楓の胸が、ざわりと波立つ。「どうし―」 楓が振り返った先には、忘れようとしても忘れられない人物が立っていた。 ―亮。 少し離れた場所からこちらへ歩いてくる亮と、楓の視線がぶつかった。 気まずい沈黙が一瞬で落ちる。 亮も楓に気づいたのか、足を止め、苦しげに眉を寄せた。「楓……」 その声は、かつて何度も聞いた優しい響き
Última atualização : 2026-02-09 Ler mais