「……悔しかったの!!」 楓が言い終えたとき、テーブルの上には一瞬だけ静寂が生まれた。 レストランの柔らかい照明が、楓の赤くなった目元を淡く照らし、 その姿を正面から見つめながら、慎一は黙ってワインを一口飲んだ。 まるで楓の感情が落ち着くまで待っているようだった。 やがて慎一は静かに口を開く。「……悔しいって思えるのはさ、楓が本気で生きてきた証拠だよ」「本気……?」「そう。仕事も恋愛も、全部ちゃんと向き合ってたからこそ、胸に残るんだよ。 適当にやってたら、何も感じないまま終わってた」 慎一の声は低く、穏やかで、まるでどんな怒りも悲しみも吸い取ってしまうような響きだった。「でも……」 楓は視線を落とし、指先でグラスの脚をなぞる。「でも? 続けて」「悔しい気持ちって、自分が惨めに感じるじゃない……? 私、あのとき……“価値のない女”になったみたいで」 その言葉を聞いた瞬間、慎一の眉がわずかに動いた。 だが怒りではなく、悲しむような、痛むような表情。「それは違う」 はっきりと、しかし優しい声。「価値がどうとか……そんなの他人が決めるもんじゃない。 もし亮に捨てられたって思ってるなら、それも違う」「……え?」「亮が楓を選ばなかったんじゃない。 “楓が亮に見合わなかった”んじゃない。 単に亮が……楓みたいな真面目な人間の隣に立つ器じゃなかっただけだよ」 楓は言葉を失ったまま、慎一の顔を見ることしかできなかった。「それに……年齢とか、赤いドレスとか、妊娠するとか…… そんなこと言ってマウント取ってくる女なんて、嫉妬してる証拠だよ」 慎一は少しワインを飲み、続けた。「楓は美人だし、頭はいいし、腕は良いし……何より、強い。 あんな子が敵うと思う?」「つよ……い?」 楓は思わず聞き返す。「そうだよ。さっきまで泣いてたのに、一瞬で着替えて歩き出すような女だぞ? そんな奴、世の中にそういない」 楓は少し笑った。「……それ、褒めてる?」「褒めてる。最高に」 慎一はさらりと言い、楓は照れくさくなってワインをもう一口飲んだ。 そのタイミングで、メインの料理が運ばれてきた。 立ちのぼる香りに、心の重さが少しずつ溶けていく。 ふたりはしばらく黙って食事を口に運んだが、 沈黙は不思
Last Updated : 2026-01-12 Read more