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All Chapters of 月灯りの花嫁。: Chapter 61 - Chapter 70

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8話-7 世界が終わるとしても。

* * *深夜、ルファルは寝室の天蓋付きベッドに腰を下ろしていた。立てた片膝に掌を置き、流した長髪が月の光に透けて輝く。その眼差しは、どこか遠き地を見つめるように虚ろだった。あれからリリシアを蔵から救い出し、部屋のベッドに寝かせた後。彼女は「自分が余計なことをしたせいだ」と震える声で自責の念を口にした。髪結いが最初上手くいかず、ラズエラの顔に影を落としてしまったこと。己の分を弁えぬ振る舞いが、この閉じ込めを招いたのだと。だが、その後に書斎でソフィラから受けた報告は、リリシアの言葉とは異なる真実を告げていた。中庭の清掃は本来メイドの仕事。しかしその日に限り、ラズエラが「自ら行いたい」と志願したのだという。それゆえ、誰も手を貸さず落ち葉が積もっていたのだ。顔の翳りからラズエラはこうなることを最初から分かっていたのだろう。ソフィラの報告後に問い詰めた結果、ラズエラの専属メイドは、恐怖に震えながらも「すべてはラズエラ様の為を思ってしたことでございました」と深く頭を垂れた。今回は、幸運にもリリシアは大事に至らなかった。だが、次も同じ幸運が続く保証などどこにもない。窓から差し込む月光が、ルファルの横顔を切なく、そして美しく照らす。痛みを伴う覚悟を決めねばなるまい。それは、自らの心に刃を向けるに等しい決断だった。ルファルは独り、静かに瞳を閉じた。* * *それからの日々は、リリシアとルファルの間に通っていた温もりさえ、跡形もなく消え失せた空虚な時間となった。リリシアはただの一介の世話係として人形のごとく事務的な用件のみをこなす。ルファルもまた、冷酷無慈悲な神魔隊長としてリリシアを突き放し、代わってラズエラと過ごす時間が露骨に増えていった。そんな氷のような均衡が保たれたまま、無情に時だけが過ぎていく。そうして互いの心が離れていく予感に胸を締め付けられながら、2週間目を迎えた午後のこと。ソフィラに促され、リリシアは客間の扉の前に立っていた。「リリシアにございま
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8話-8 世界が終わるとしても。

「大丈夫か。顔色がひどく悪い」「は、はい……申し訳ありません、少し眩暈がしただけで……」「……帝都の時よりも随分と身体が細くなってしまったな」抱き寄せられた腕の中で、ハノが静かに、慈しむように呟く。(何か、呟かれたような気がしたけれど……)問い返す勇気も持てぬまま、リリシアはそっと身を離すとハノはその痛ましげな表情を隠すように努めて穏やかな声を紡いだ。「今日から盛夏に入った。身体が追いつかないのも無理はない。先程ソフィラさんが私の差し入れを皿に取り分けてくれた。少し休んで、食べるといい」「……ありがとうございます」ハノに勧められるままに、リリシアはテーブルを挟んだ向かい合わせのソファーへと腰を下ろした。テーブルには、皿に美しく盛られたシューロールケーキと冷たいミルクティーが並んでいる。リリシアがフォークを小さく口に運ぶと、ひんやりとしたクリームの甘さが、乾ききった心に静かに染み渡っていった。  「ひんやりとして……とても、美味しいです」「それは良かった。クリームが溶けないよう、海の魔術で冷やしておいたんだ。……先に宮殿でルファルにも差し入れをしたが、『不要だ』と冷たく断られてしまってね」リリシアはふっと力なく微笑む。(ルファル様らしい……)ハノはその表情を逃さず見つめると、やがて真剣な眼差しで本題を切り出した。「さて……これからイーグルの怪異について話をしようと思うが心の準備はいいか?」「はい、お願いします」リリシアは膝の上で、指をぎゅっと握り締める。「私が奴を追った後、他の魔術師達も駆けつけてくれたが、姿を見失ってしまった。だがこの一ヶ月、皆で手分けをして探し、奴の足取りを洗った結果、潜伏先はだいぶ絞り込めてきている。……再会の日もそう遠くはないはずだ」
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8話-9 世界が終わるとしても。

* * *その後、リリシアは廊下でラズエラと行き違うも互いに浅い会釈を交わすに留め、ハノを玄関まで見送った。しかし、翌日からイーグルの怪異の影響かは分からないが、ルファルの公務は日に日に過酷さを増していく。そうして、15日目となる今日。リリシアはラズエラより中庭の休憩所へと呼び出された。ルファルに会えない寂しさを埋める為だろうか。時折、言葉を交わさず昼食を共にすることを頼まれ、それに付き添ってきた。けれど、こうしてお茶を共にと言われたのは今日が初めてのことだった。「ルファル様……今日も、お戻りは遅くなられるようですわね。お体に障らなければよろしいのですけれど……」憂いを含んだラズエラの声が、静寂に溶ける。「左様でございますか。……ですが、あともう少しで執務に区切りがつくと仰せでした。きっと、大丈夫です」リリシアは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。ふたりの間には氷の鳴る音だけが涼やかに響く冷えた紅茶と3段式のティースタンドがあった。リリシアはその皿の上に宝石のごとく並べられた色鮮やかな菓子には目もくれず、紅茶を祈るような心地で一口、喉に流し込む。「そういえば……ハノ様は、あれからお見えになりませんの? お見かけした時は随分と親密なご様子でしたけれど」不意に投げられた問いにリリシアの心臓が跳ねた。「いいえ、滅相もございません。ハノ様はルファル様へ公務の報告にいらしただけで……」――本当は自分に呪いをかけたイーグルの怪異についての密談。けれど、真実を明かすことは許されない。「左様でしたの。……ですが、リリシア様。その首元で揺れるネックレス……。ハノ様から贈られたものではなくて?」(嘘……、しまって……いたはずなのに)肌身離さず、けれどネックレスを失さないように人目に触れ
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8話-10 世界が終わるとしても。

* * *リリシアは部屋へと戻り、ひとり、吐息をついた。(着替えの折にもし失くしてしまっては取り返しがつかないわ。……少しの間だけ)肌身離さず身に着けていたネックレスをそっと外し、机の上へと置く。そして丁寧に折り畳まれた新しいメイド服へと袖を通し始めた。(無意識だったとはいえ、あのように、子供をあやすかのようにルファル様の頭に触れてしまうなんて……)不意に羞恥が込み上げ、頬が熱くなる。撫でた手のひらには、まだルファルの温もりが残っているかのようだ。リリシアは慌てて首を振る。(いけない。わたしは世話係。もっと己を厳しく律しなくては……)そう自分に言い聞かせ、着替えを終えたその時だった。「……っ!?」足元の床がにわかに鳴動を始めた。ガタガタと不吉な音を立てて世界が揺れる。「きゃっ」思わず床に膝をつき、身を縮める。抗いようのない恐怖に、視界が歪んだ。心臓の鼓動が耳元でうるさく打ち鳴らされ、リリシアはぎゅっと目を閉じる。(怖い……どなたか――――)「――リリシア様!」静かな、けれど必死な声に、リリシアは弾かれたように顔を上げる。そこに立っていたのはラズエラだった。「ラズエラ、様……?」「お怪我はありませんか? 午後から森へ花を摘みに参りましょうとお誘いに伺ったのですが……リリシア様の悲鳴が聞こえましたので」「あ、あの、今、激しい揺れが……」ラズエラは不可解そうに首を傾げる。「揺れ? リリシア様、少々お疲れが溜まっているのではないかしら?」向けられたのはどこか心配が混ざり合った眼差し。「そ、そんなことは……」「お顔の色も優れませんわ。わたくしのことはお気になさらず、今はゆっくりとお
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8話-11 世界が終わるとしても。

* * *ラズエラが去った後、リリシアは震える膝に力を込め、ようやく床から立ち上がった。(……あ、れ……?)乱れた身なりを整えようと、何気なく机に手を伸ばしたリリシアは、息を呑んだ。そこにあるはずのものが、ない。(ネックレスが、見当たらない……?)先程の異様な揺れの拍子に、どこかへ弾き飛んでしまったのだろうか。リリシアは這いつくばるようにして床をさらい、部屋の隅々まで必死に視線を走らせる。けれど、床の上には、一片(ひとひら)の紐さえ落ちていなかった。みるみるうちに血の気が引いていく。あのネックレスは月除けの魔術が宿る、リリシアの身を守る唯一の「形代」なのだ。日が昇っているうちはまだいい。だが、午後を過ぎ、月の光が増し始める頃になれば最悪の場合、立っていることすら叶わなくなるだろう。(午後はラズエラ様と森へ花を摘みに……)あのように強く「大丈夫だ」と言い張ってしまった以上、今更体調が悪いなどと口にすれば、余計な詮索を招いてしまう。「探さなきゃ……早く、見つけないと」震える指先で棚の裏まで探るが、無情にも時間は過ぎていく。ソフィラには、朝食はすでにルファルと済ませたと力なく微笑んで嘘を付き、昼食の席では喉を通らない食事を無理やり押し込み、平然を装った。だが、願いも虚しく。ネックレスは見つからないまま、約束の午後を迎えてしまった。リリシアは、ソフィラとラズエラの専属執事に森へ同行する旨を伝え、日傘を手に取る。その隣では、清楚ながらも華やかな帽子を被ったラズエラが、春の陽だまりのような微笑みを浮かべ立っている。「本当におふたりだけで行かれるのですか? お顔の色もあまり……。宜しければ、私もご一緒致しましょうか」普段は凛としてクールなソフィラが、心配そうに眉を下げて案じてくれる。その優しさが、今のリリシアには酷く痛かった。
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8話-12 世界が終わるとしても。

このままでは世界が——すべてが崩落してしまう。「ラズエラ様……っ!」リリシアは声を振り絞り、崩れゆく地面に左膝を突き、右膝を立てて辛うじて己の身体を支える。そのまま恐怖に身を竦ませ、両膝を地面に突いて震えるラズエラの肩を隣から力強く抱き締める。「落ち着いて下さい……っ! 大丈夫……大丈夫ですから!」ラズエラの虚ろな瞳に光が宿る。「だい、じょうぶ……?」問いかけに、リリシアは安堵を覚えた。良かった、まだ声は届いている。「はい。わたしが囮になります。ですからその隙に、日傘とバスケットを持って、どうかお逃げ下さい!」「ですが、それではリリシア様が……!」リリシアは震える唇で精一杯の微笑みを浮かべた。「わたしは平気です。こう見えて……案外、図太く出来ておりますから」その覚悟に圧されたのか、ラズエラが力なく頷く。すると、世界を揺らしていた狂おしい波動が、嘘のように収まっていった。リリシアは折れそうな足に力を込め、立ち上がる。「こっちよ!」叫びと共に、リリシアは逆方向へと駆け出した。背後からは、闇の狼のような怪異が、獲物を定めた飢えた牙を剥いてその背中を追ってくる。ふと遠ざかる視界の端で、ラズエラが立ち上がり日傘とバスケットを握り締め、花畑の向こうへと消えていくのが見えた。それだけが、今のリリシアにとっての唯一の救いだった。やがて陽が落ち、薄闇が重厚なヴェールの如く辺りを包み始める。鉛を流し込んだように重くなったリリシアの足が、ついに速度を落とし、その隙を逃さず、怪異が背後から飛び掛かってくる。――その時。袖口のブローチが、ルファルの意志を宿したかのような月よりも眩しい光を放った。不意を突かれた怪異は眩しがり、もんどり打って地面へと転がる。その僅かな隙を突き、リリシアは必死で森
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8話-13 世界が終わるとしても。

* * * ルファルは馬を飛ばし、別邸へと帰還した。 その表情は冷たく険しい。 (先程の地響き……間違いなく、ラズエラの「天の願い」が暴走した揺れだ) 「ルファル様!」 切迫した叫び声を上げ、ソフィラとレティがこちらへと駆け寄って来る。 「揺れを確認し、執事と共に森へ向かわれたリリシア様とラズエラ様の帰りをお待ちしておりましたが、未だ戻られません。ただ事では……」 ソフィラの理知的な声が、不安に僅かな震えを帯びる。 「なんだと?」 「ラズエラ様!」 レティの叫び声が響いた。 昏い森から日傘とバスケットを握り締め、なりふり構わず駆け戻ってくるラズエラの姿が見えた。 ルファルは馬から飛び降りる。 「ルファル様……お帰りになられていたのですね……っ。森でリリシア様と花摘みをしておりましたら……急に怪異が……」 「リリシアはどうした」 ルファルの低く鋭い問いにラズエラは言葉を詰まらせる。 「そ、それが……暴走するわたくしをなだめ逃がす為に自ら囮に……。平気だと仰っておられましたが、リリシア様、今朝よりも顔色が優れないご様子でしたし……どうしましょう……わたくし、とんでもないことを……」 (――今朝よりも、だと?) どくん、と心臓が跳ね、嫌な予感が氷の刃のように胸中をよぎり、凍りつく。 「リリシアは、あのネックレスを身に付けていたか」 沈黙を破ったのは、ラズエラではなく傍らに控えていたソフィラだった。 「……リリシア様からは、『朝食はルファル様と済ませた』と伺っておりました。それゆえ、朝のご様子は分かりかねますが……。そう言えば……昼食の折には首元にネックレスがあったという記憶はございません」 その言葉を聞いた瞬間、ラズエラの表情が凍てついた。 「ラズエラ。……答えろ」 逃げ場を許さないルファルの静かな声がラズエラを射抜く。 「ルファル様……っ、申し訳ありません……! リリシア様の大切なネックレスだと知りながら、早朝、力が抑えきれず……怖くて、わたくしが掠め取ってしまったのです……っ」 泣き崩れ、その場に座り込み、「ごめんなさい」と謝罪を繰り返すラズエラをルファルは氷のような冷酷な眼差しで見下ろした。 その瞳に宿るのは、慈悲ではなく、剥き出しの怒りだ。 「今すぐ、そのネックレスを私に渡せ」 ラズエラは震えながら頷くも腰
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8話-14 世界が終わるとしても。

やがてルファルは不吉な静寂が漂う森に入り、花畑へと辿り着くが、そこにルファルの姿はない。 だが、大気には微かに、澱んだ怪異の気配が漂っている。 ルファルはその禍々しき気配を辿り、更に馬を進めた。 奥へ行く程、邪悪な気配は濃密になっていく。 (……この、揺らめくような月の気配。帝都で贈ったあのブローチか) 自身の内に眠る月の魔術が、呼び合うように共鳴を始めていた。 まるで、ルファルの助けを乞う、切実な叫びのように。 ルファルは迷うことなく、森の闇の奥へと馬を走らせた。 * * * 夏の重苦しい熱気の中、リリシアは意識を繋ぎ止めるようにブローチを握り締めていた。 だが、その体は陽炎のように淡く透けていく。 ――ザァッ、と枯葉を隠す音がした。 向こう側の橋の前に闇の狼のような狼の怪異が姿を現す。 (見つかった……) リリシアの首筋を冷たい汗が伝う。 が、怪異はすぐには襲い掛からず、ただ昏い邪気を放った。 その邪気がリリシアの細い首を包み込み、そのまま締め上げる。 「ぁっ…………」 (だ、め……息が……) 視界が白く爆ぜ、意識が遠のいていく。 朦朧とする意識の最後、脳裏に浮かぶのは、唯一無二の、あのお方の姿。 ルファル、様。 「リリシア!」 ブローチに込めた祈りが届いたかのように、月光を背負った高貴な馬と共に、ルファルが森を割って現れた。 怪異が標的をルファルに変え、リリシアの首への圧迫が解かれる。 リリシアは、ごほっと咳き込み、ルファルの姿をぼんやりと見つめた。 すると怪異は毛を逆立て、咆哮と共にルファルへ飛びかかる。 「月の名において。還れ」 ルファルの凛烈な詠唱。 月の魔術で馬が前足を高く上げ飛び上がり、それと同時に鞘から抜いた剣から放たれた月の光が、一閃の下に怪異を断ち斬った。 蹄が静かにストンと地面を打ち着く。 光の粒子が夜空へと溶けていく様には目もくれず、ルファルは馬から飛び降りた。 そのまま橋を駆け抜け、リリシアを抱き起こすと、その掌にネックレスを握らせる。 (……これ、は……) 失くしたはずの、自分を守る唯一の盾。 リリシアを見つめるルファルの呼吸は荒く、額には大粒の汗が浮かんでいる。 ルファルがどれ程必死に、ここへ駆けつけてくれたのか、それが物語っていた。 (ああ、これはきっと、消え
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9話-1 風に揺られた先で。

* * *薄明の光が、重厚なカーテンの隙間から零れ落ちていた。その淡い輝きに導かれるように、リリシアは深い眠りの淵から目覚める。ぼんやりとした視界に映るのは、見慣れた高い天井。……ここは、別邸の部屋だろうか。昨夜の記憶は、まるで深い霧の向こう側に置き去りにされたかのように朧げだ。馬の背に揺られた感覚と、自分を包み込んでいた力強くも温かな体温。ルファルが自分を抱きかかえ、ここまで連れ帰ってくれたのだろうか。ひとり重い身体を起こそうと身じろぎした瞬間、扉が静かに開いた。 部屋に入ってきたのは、冷酷なまでに整った美貌に、どこか安堵の影を滲ませたルファルだった。「……リリシア。ようやく目が覚めたか」低く、心地よい響きを湛えたルファルの声。「よう、やく……?」「丸一日、眠り続けていたのだぞ」どうやら、深い眠りのうちに一昼夜が過ぎ去っていたらしい。事態を把握し、リリシアは慌てて上体を起こそうとする。「あ、申し訳ございま……」「そのままでいろ、謝る必要はない。これまでの心労が一気に出たのだろう。……手を」「は、はい」差し出された大きな掌に、リリシアはおずおずと自分の指先を重ねた。ルファルはその手を優しく、けれど確かな力強さで握り締める。「……消えていないな」その一言に、心臓が跳ねた。消えていない――それは、あの月夜の告白も、唇が触れんばかりに近づいたあの距離も、すべてが幻ではなかった証。(夢では、なかったのだわ……)リリシアはたまらなくなり、熱を持った顔を背けた。ルファルの手が、名残惜しそうに離れていく。火照った頬を押さえながら、リリシアの胸に苦い想いがよぎった。(どうしましょう……ルファル様にはラズエラ様という婚約者がいら
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9話-2 風に揺られた先で。

「リリシア様への嫉妬に狂い、力が抑えきれなくなって……。恐ろしくて、言い出せませんでした。本当に……何とお詫びすれば良いか」深く頭を下げるラズエラの姿に、リリシアは言葉を失う。「もうお気づきのことと思いますが、わたくしには、覚醒した『天の願い』の力が宿っておりますの」「『天の願い』……?」リリシアが聞き慣れぬ言葉をなぞるように呟くと、ラズエラがルファルへ視線を送った。すると隣に座るルファルが、瞳を僅かに伏せ、静かに言葉を継ぐ。「『天の願い』――それは既存の魔術とは一線を画す、絶大で危険な禁忌の力だ。持ち主の心が平穏であれば世界に安寧をもたらすが、ひと度負の感情に呑まれれば、天変地異を引き起こし世界を破滅へと導くと言われている」あまりの衝撃的な事実に、リリシアの肩が震えた。「そのようなお力が、ラズエラ様に……」リリシアが自身の胸元を抑えながら呟くと、ルファルは対面に座るラズエラを見据える。「ラズエラ。実は、この別邸を用意したのは私ではない。シャイン皇帝が、お前の力が安定するまでの隠れ蓑(みの)として用意されたのだ。私と共に過ごせという、勅命と共に。……それを今まで秘していた。すまない」ラズエラは言葉を失い、力なく項垂れた。「……存じ上げなかったとはいえ、これまでおふたりの慈悲に甘えながら、わたくしは醜い感情に負けてしまったのですね……」絞り出すような声が、床に落ちる。しかし、その沈黙をいたわるように、リリシアが優しく声をかけた。「ラズエラ様、お顔をお上げ下さい……ラズエラ様が……ご無事で、本当に良かったです。心が壊れてしまわなくて、本当に」「リリシア様……っ」顔を上げたラズエラの瞳に、堪えきれない大粒の涙が滲み、頬を伝った。その様子を見届けてから、ルファルが事務的な――けれど
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