サイドテーブルにグラスを置くと、トクトクと赤い液体を注いだ。豊潤なブドウの香りが漂うはずなのに、今の私には鉄錆びた血の匂いのようにしか感じられない。「……いらない。妊娠中だって言ったでしょ」「おや。まだそんなことを気にしているの?」 蒼は可笑しそうに喉を鳴らし、なみなみと注がれたグラスを私の鼻先に突き出した。「どうせ明日にはいなくなる命だ。……最後に美味しいものを味わわせてあげればいいじゃないか」「……っ、最低!」 私はグラスを払いのけた。 バシャッという音と共に、赤い液体が床にぶちまけられ、白い絨毯にどす黒い染みが広がる。「ああ……勿体ない。ヴィンテージだったのに」 蒼は残念そうに床を見つめ、それからゆっくりと視線を上げ、冷ややかな瞳で私を射抜いた。「……君は本当に、変わってしまったね。昔はもっと素直で、僕の言うことを何でも聞く可愛い子だったのに」「私は変わってない。あなたが狂ってるだけ!」「狂っている? 僕が?」 彼はゆっくりと私に近づき、ベッドの端に腰を下ろした。マットレスが沈む。逃げようと身をよじった私の足首を、彼の手が素早く掴んだ。 ひやりとした、爬虫類のような冷たい手。「違うよ、莉子ちゃん。狂っているのは、君をこんな風に変えてしまったあの男だ。……天道征也だよ」「……彼の悪口を言わないで」「悪口? 事実を言っているだけだよ。……あいつは君の親の仇だ。君の家を潰し、父親を自殺に追い込んだ張本人だ。そんな男の子を必死に守ろうとしている君の方が、よっぽどどうかしていると思わないか?」「……っ」 言葉に詰まる。喉元に鋭い棘が刺さったように、息苦しい。 その事実は、否定しようのない傷だ。どんなに征也を求めても、その罪だけは消えない。彼自身が「否定はしない」と言った
Last Updated : 2026-02-04 Read more