All Chapters of 没落令嬢の家政婦契約 ~冷酷CEOは、初恋を逃さない~: Chapter 51 - Chapter 60

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第51話 ブティックでの洗礼④

 征也は鼻で笑った。その笑みには、エリカの存在価値そのものを否定するような、残酷な響きがあった。 「あいにくだが、その家政婦の手も、時間も、全て俺が買い占めている。一秒たりとも、他人のために使わせるつもりはない」  征也の腕が、私の肩を抱きしめる力をさらに強める。 「この女に触れていいのは、俺だけだ。……二度と、その汚い手を近づけるな」 「き、汚い……!?」  エリカが絶句し、屈辱に顔を歪める。  征也はそれ以上彼女を相手にせず、私の肩に手をかけたまま、会場を見渡した。 「……興が削がれた。帰るぞ、莉子」  吐き捨てるように告げると、彼は躊躇いなく自身のジャケットを脱いだ。  そして、それを私の肩にふわりとかける。  私の華奢な身体などすっぽりと包み込んでしまうほどの大きさ。ジャケットに残る彼の体温と、微かな煙草の香りが、緊張で冷え切っていた私を包み込んだ。 「隠しておけ。……お前のその毅然とした顔を見られるのは、俺だけでいい」  耳元での囁きは、決して優しい慰めではない。  けれど、そのジャケットの重みと、彼が認めてくれたという事実が、この会場の誰の視線よりも確かに私を守っていた。  エリカの呆然とした顔、周囲の驚愕の視線を置き去りにして、征也は私の腰を抱き、出口へと歩き出す。  ジャケットの中で、私は彼にしがみつくように歩調を合わせる。  所有物扱いされているだけなのに。  彼の体温に触れている脇腹だけが、どうしようもなく熱かった。 ◇ 会場を出て、再びリムジンに乗り込むまで、征也は一言も発しなかった。  重厚なドアが閉ざされると、車内は深い闇と静寂に支配された。滑るように走り出した車窓を、都会のネオンが流星のように過ぎ去っていく。  車内という密室に戻り、車が走り出してようやく、重苦しい沈黙が破られる。 「……驚いたな」  窓の外を流れる夜景を見つめたまま、彼が言った。 「お前があそこで大人しく靴を拭くような女なら、俺が蹴り飛ばしていたかもしれん」 「……え?」 「俺が買ったのは、プライドのない奴隷じゃない。……あの程度の女に屈するようなら、俺の隣に置く価値はない」  冷たい言葉だ。  けれど、彼の手が伸びてきて、私の頬にかかった後れ毛を指先で払った。  本革のシートが軋む微かな音が、やけに生々しく鼓膜
last updateLast Updated : 2026-01-13
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第52話 炎上とエレベーターの密事①

 翌朝、天道グループ本社ビルの自動ドアをくぐった瞬間、肌にまとわりつくような重たい空気に息が詰まりそうになった。 空調は効いているはずなのに、なぜか生ぬるい。 いつもなら、磨き上げられた大理石の床を革靴の硬い音が規則正しく叩き、エリートたちが足早に行き交うだけの場所だ。けれど今朝は、その無機質な空間のそこかしこに、べっとりと黒い何かが張り付いているような気がしてならない。「……おはようございます」 受付ですれ違った女性社員に声をかけると、彼女はぎょっとしたように目を泳がせ、逃げるように顔を伏せた。 その背後で、数人の社員が口元を手で隠し、ひそひそと話しながらこちらを盗み見ている。 心臓が嫌な音を立てて跳ねた。 私が社長秘書として、天道征也の車から降りてきたからだろうか。それとも、身分不相応なブランド物のスーツを着ているせい? 違う。 突き刺さる視線に含まれているのは、単なる好奇心じゃない。もっとじめじめとした、汚いものを見るような、あるいは「見世物」をあざ笑うような色だ。 私は無意識に、首元へ手をやった。 今朝、征也が「見せつけてやれ」と言って残した、赤黒い痕。 ファンデーションで隠すことも許されず、髪を上げさせられたせいで、その恥ずかしい印は白い肌の上で嫌でも目立っているはずだ。 まさか、これを見られて……?「……行くぞ」 背後で、低い声がした。 征也だ。 彼は周囲のざわめきなど耳に入らない様子で、冷ややかな顔のまま歩き出す。体に吸い付くように仕立てられたチャコールグレーのスーツが、彼が動くたびに優雅な皺を作る。迷いのない足取り。 その圧倒的な威圧感に、ざわめいていた社員たちが慌てて道を開け、頭を下げた。まるで、見えない壁に押しのけられたかのように。 けれど、征也が通り過ぎた直後、波が戻るように再びさざめきが湧き上がるのを、私は背中に感じていた。「おい、見たかよ今のネットニュース」「ああ、元お嬢様の転落人生ってやつだろ?」「社長に体売って秘
last updateLast Updated : 2026-01-14
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第53話 炎上とエレベーターの密事②

 社長室のある最上階に着いても、針のむしろに座らされているような感覚は消えなかった。 むしろ、こここそが暴風雨の中心だった。「社長、至急目を通していただきたいものがあります」 秘書課のチーフが、血の色のない顔でタブレット端末を差し出してくる。 画面に映し出されていたのは、ゴシップサイトのトップ記事だった。『天道グループの若き帝王・天道征也、没落令嬢を愛人に? 公私混同の人事と、夜の奉仕の実態』 下世話な見出しの下には、昨夜のブティックから出てくる私たちの写真が掲載されている。 征也のジャケットに包まれ、彼の腕に抱き留められるようにして車に乗り込む私。その表情は怯えているようにも、男に媚びているようにも見える絶妙な瞬間が切り取られていた。 さらに記事は続く。 月島家の破産、私の借金、そして母の入院費を征也が肩代わりしたことまで、こと細かに暴き立てられている。「借金を返すために体を売る元お嬢様」「社長室は彼女専用の連れ込み宿か」 匿名掲示板のコメント欄には、目を覆いたくなるような罵りの言葉が溢れかえっていた。「……っ」 息ができない。 胃のあたりに鉛を流し込まれたように重くなり、視界がぐらりと歪む。 これは、高嶺エリカの仕業だ。 昨日の今日でこんな記事が出るなんて、彼女が情報を流したに決まっている。 私の尊厳を、社会的に殺すために。「くだらん」 静まり返ったフロアに、氷を砕くような声が響いた。 征也は画面をちらりと見ただけで、興味なさそうに鼻を鳴らしたのだ。「こんな三流記事に一喜一憂してどうする。仕事に戻れ」「で、ですが社長! 株価にも影響が出かねません。広報部からは、早急に否定のコメントを出すべきだと……」「否定? 何のだ」 征也は眉一つ動かさず、チーフを見下ろした。「彼女の借金を俺が肩代わりしたのも、俺が金を出して彼女を手元に置いているのも、すべて事実だ。否定するところなど一つもない」「え&hell
last updateLast Updated : 2026-01-14
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第54話 炎上とエレベーターの密事③

 執務室の中は、死んだように静かだった。 壁一面のガラス窓の向こうには、東京の街並みがどこまでも広がっている。地上では、今この瞬間も私の悪口がネットの海を駆け巡り、何千、何万という人々が私を指差して笑っているのだろう。 そう思うと、コーヒーカップを持つ手が震えて止まらなかった。 カチャン、カチャン。 ソーサーとカップがぶつかる乾いた音が、静寂をひっかいた。「……音がうるさい」 デスクで書類に目を通していた征也が、顔も上げずに言った。「申し訳、ありません……」 カップを置こうとするが、指先の震えはどうしても収まらない。 中身をこぼしてしまいそうだ。 その時、デスクの向こうから伸びてきた大きな手が、私の手首をガシリと掴んだ。「あっ……」 熱い。 氷のように冷え切っていた私の肌に、彼の体温が暴力的に流れ込んでくる。 征也は私の手首を掴んだまま、ゆっくりと立ち上がり、机を回り込んできた。「……何を怯えている」 私を見下ろす瞳は、相変わらず冷たい。 けれど、その奥には、嵐の前の海のような、不穏な暗さが渦巻いている。「だ、だって……あんな記事……。みんな、私のことを……」「みんな、だと? お前はまだ、有象無象の他人の目なんかを気にしているのか」 掴まれた手首に、ぎり、と力が込められる。痛い。骨がきしむほどの強さだ。「お前の主人は誰だ。お前を評価し、値踏みし、好きに使う権利を持っているのは誰だと言っている」「……あ、あなた……です。征也、様……です」「なら、他の雑音に耳を貸すな」 征也は空いた手で私の顎を挟み、無理やり上を向かせた。「世間が何と言おうと関係ない。お前は俺が買った。その事実は揺るがない。&h
last updateLast Updated : 2026-01-14
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第55話 炎上とエレベーターの密事④

 エレベーターホールへ向かう廊下でも、突き刺さるような視線はやまなかった。 すれ違う社員たちが、征也の前では深々と頭を下げ、通り過ぎた瞬間に私を見てくすくすと笑う。「ほら、あの首の痕……」「うわ、生々しい」「見せびらかしてるのよ、きっと」「恥知らずね」 聞こえてくるささやき声が、鋭い刃物となって心を削り取っていく。 逃げ出したい。 どこか誰もいない場所へ。 息が詰まって、視界が白くかすんでいく。『下降します』 無機質なアナウンスと共に、エレベーターの扉が開いた。 役員専用の箱だ。 征也が乗り込み、私も慌てて続く。 扉が閉まり、密室ができあがる。 ようやく視線から解放された安堵で、私は大きく息を吐き出しそうになった。 その時だった。 ガッ! 隣に立っていた征也が、突然私の腕を引き、壁際へと押しやった。 驚いて声を上げようとした口を、彼の手のひらが塞ぐ。「……しっ」 征也は人差し指を唇に当て、天井の隅を顎でしゃくった。 監視カメラだ。 赤いランプが点滅し、無感情に箱の中を見下ろしている。 征也は私をカメラの死角――操作パネルの横の、わずかな隙間へと追い込んだ。 そして、私の前に立ちはだかるようにして、壁と自分の体で私を完全に隠した。「しゃ、長……?」 彼の意図が分からず、戸惑って見上げる。 至近距離にある彼の顔。 微かに香る、ムスクと煙草の匂いが鼻の奥を満たし、頭がくらくらする。 彼は何も言わず、ただ私の震える左手を、自分の右手で強く握りしめた。「……っ!」 痛いほどの握力だった。 私の指の骨が砕けるのではないかと思うほど、強く、強く。 それは、言葉による慰めなんかじゃなかった。「大丈夫だ」とも「気にするな」とも言わない。 ただ、力ずくで、私をこの場に縫い止めようと
last updateLast Updated : 2026-01-14
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第56話 社長秘書の才能①

 針のむしろ、という言葉があるけれど、今の私の居場所はそれよりもずっと冷たく、尖っていた。  天道グループ本社、最上階にある社長秘書室。  選び抜かれたエリートたちが忙しなく行き交うこの場所で、私という存在だけが浮いている。まるで、精巧な機械の中に混じり込んだ異物のようだ。 「……あの、こちらの資料のコピーをお願いできますか」  喉の奥で詰まりそうになる声をなんとか絞り出すと、先輩の女性秘書は、汚いものでも見るような目つきで私を一瞥した。 「ああ、そこに置いておいて。……手が空いたらやるから」 「あ、私がやります。操作方法を教えていただければ……」 「結構です。万が一、機械を壊されたら困りますから。……社長の愛人さんにコピー取りなんて雑用、恐れ多くて頼めません」  くすくす、と周囲から押し殺したような笑いがさざ波のように広がる。  愛人。枕営業。コネ入社。  私の背中に貼り付けられた値札は、どれも惨めで、けれど完全に否定することはできない事実を含んでいた。  首元に巻いたスカーフの下には、今も熱を持ったままのキスマークが残っている。今朝、征也が「見せつけてやれ」と笑って吸い上げた痕だ。さすがにオフィスでは隠すことを許されたけれど、その皮膚感覚だけが、私が何者であるかをじりじりと主張し続けている。  彼女たちの嘲笑は正しい。私は正規の手順で採用されたわけでもなければ、事務スキルを買われたわけでもない。ただ、社長の個人的な所有物として、ここに置かれているだけなのだから。 「……申し訳ありません」  小さく頭を下げ、私は自分のデスクに戻った。  与えられたのは、社長室の重厚なドアの真横にある、とってつけたような小さな席だ。  文字通り、番犬のような配置。  ここからは征也の出入りがすべて見えるし、逆に彼からも、執務室のガラス越しに私の姿が常に見えるようになっている。  ふと、ガラスの向こうの征也に目が留まった。  彼は眉間に深い皺を寄せ、山積みになった書類と格闘している。だが、様子がおかしい。  時折、こめかみを押さえ、苛立たしげにペンを回している。デスクの上は、承認待ちの書類や資料が雪崩を起こしそうで、彼の完璧主義な性格からは考えられないほど雑然としていた。飲みかけのコーヒーカップが三つも放置されているのが見える。 (……根を詰
last updateLast Updated : 2026-01-15
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第57話 社長秘書の才能②

 彼が息をついている間に、私は素早く動いた。  デスクの上に散乱した書類。ただ無秩序に積まれているように見えるが、内容は「至急の決済」「検討案件」「報告書」に分かれているはずだ。  家政婦として、散らかった部屋から必要なものを見つけ出し、整理整頓するのはお手の物だ。  私は手際よく書類を分類し、不要なメモを捨て、彼が今まさに必要としているペンを、書きやすい位置に揃えて置いた。  さらに、部屋の隅にある加湿器のタンクが空になっているのに気づき、水を補充してスイッチを入れる。 「……何をしている」 「お仕事の邪魔になっていた『ノイズ』を片付けました。……部屋の湿度が低すぎます。これでは喉も目も乾いて、集中力が落ちてしまいます」  わずか三分。  戦場のように荒れていたデスクは理路整然と片付き、部屋の空気は潤いを取り戻した。  征也は、整理されたデスクと、私の顔を交互に見た。 「……お前、意外と使えるな」 「家政婦ですから。散らかった場所を整え、主人のコンディションを管理するのは、私の仕事です」  私が少し胸を張って答えると、征也は鼻で笑ったが、その目は笑っていなかった。感心と、微かな独占欲が混ざり合った熱い視線。 「そうか。なら、その腕前を存分に発揮しろ。……俺が仕事しやすいように、環境を整えろ」  彼がペンを取る。  さっきまでの停滞が嘘のように、ペンの走る速度が上がっていた。  役に立てた。  ほんの些細なことだけれど、私がここにいる意味を作れた気がして、胸の奥が温かくなる。  その時だった。  フロアの入り口あたりが、にわかに騒がしくなったのは。 「困ります! アポイントメントは明日のはずですが!」 「Please, let me pass! I need to speak with President Tendo immediately!」  受付の女性が、大柄な外国人男性を必死に押しとどめようとしている。  男性は顔を真っ赤にして怒鳴り散らしており、英語とフランス語が入り混じった早口でまくし立てていた。 「どうした」  ただならぬ気配を感じ取って、奥から秘書室長の男性が飛び出してくる。 「室長! フランスの提携先の……ベルトラン氏がいらっしゃったんですが、アポの日時を間違えられているようで……! 今すぐ社長に
last updateLast Updated : 2026-01-15
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第58話 社長秘書の才能③

 舌の上で転がるような、流暢なフランス語。  それは、私がお嬢様だった頃、家庭教師に厳しく仕込まれた教養の一つだった。まさか、こんな形で役に立つ日が来るなんて思いもしなかったけれど。 「ムッシュ・ベルトラン。遠路はるばるお越しいただき、光栄です。社長の天道も、あなた様にお会いできることを心待ちにしておりました。ただ、誠に遺憾ながら、現在どうしても外せない会議が長引いておりまして……」  私は相手の目をまっすぐに見つめ、誠実に、そして優雅に言葉を紡ぐ。  単なる通訳ではない。相手のプライドを傷つけず、こちらの非礼を詫び、かつこちらの威厳も保つための、貴族的な言い回し。  それは、今のこのオフィスで私だけが使える武器だった。 「もしよろしければ、別室にて最高級のダージリンをご用意いたしますわ。あなた様がお好きな、マリアージュ・フレールの茶葉がございます。社長が会議を終えるまで、少しだけお時間をいただけませんでしょうか」  ベルトラン氏の表情から、険しい怒りの色がさっと引いていく。  代わりに浮かんだのは、驚きと、感嘆の色だった。 「……なんと。こんな極東の島国で、これほど美しいフランス語を話すレディに会えるとは」  彼は私の手を取り、その甲に恭しく口づけをした。 「分かった。君に免じて、少し待つとしよう。……案内してくれるかい? 美しいマドモアゼル」 「もちろんです。こちらへどうぞ」  私は柔らかく微笑み、彼を応接室へと促した。  応接室に入ると、私は給湯室から茶器セット一式を取り寄せた。  他の秘書に任せるわけにはいかない。お湯の温度、蒸らし時間、そしてカップへの注ぎ方。すべてにおいて完璧な「おもてなし」でなければ、彼の機嫌を繋ぎ止めることはできないからだ。  ポットを高く掲げ、空気を含ませるように紅茶を注ぐ。広がる芳醇な香り。  カップを差し出す際の、ソーサーに音一つ立てない所作。  それら一つ一つが、家政婦として、そして元令嬢として培ってきた私の技術だ。 「Magnifique...(素晴らしい)」  一口飲んだベルトラン氏が、感嘆の息を漏らす。  背後で、秘書室長や他のスタッフたちが、信じられないものを見るように口を開けて固まっている気配がする。  愛人だ、無能だと嘲笑っていた彼らの視線が、驚愕へと変わる瞬間。  胸
last updateLast Updated : 2026-01-15
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第59話 社長秘書の才能④

 ◇ 執務室に入り、鍵をかけられた瞬間、私はドアに押し付けられた。 「きゃっ……!?」  どん、と背中に衝撃が走る。  逃げ場のない密室。征也の長い腕が私の両脇のドアを叩き、私を完全に閉じ込める。  見上げると、彼の瞳は暗く濁り、煮えたぎるような嫉妬の炎が揺らめいていた。 「……随分と楽しそうだったな」  低い声が、鼓膜を直接震わせる。 「あのアメリカ被れのフランス男に、媚びを売って……何がマドモアゼルだ。あいつの手が、お前の肩に触れそうになるのを黙って見ている俺の気分が分かるか」 「ご、誤解です! 私はただ、その場を収めようと……仕事をしただけで……」 「仕事? ああ、そうだな。見事な手際だったよ。……まさか、没落令嬢の教養と、家政婦の細やかさが、こんな形で役に立つとはな」  征也の指が、私の頬を冷たく撫で上げる。  褒めているのか、貶しているのか分からない口調。  けれど、その指先からは、どうしようもないほどの熱と、ねっとりとした執着が伝わってくる。 「お前が優秀なのは分かった。……だが、気に入らない」 「え……?」 「お前が輝けば輝くほど、他の男どもが群がってくる。あの好色なフランス男のように、お前を値踏みし、触れようとする羽虫どもが」  征也は私の腰を強く掴み、自分の方へ引き寄せた。  下腹部が密着し、彼の硬い昂ぶりが太腿に押し当てられる。  頭が真っ白になる。ここは会社だ。壁一枚向こうには、大勢の社員がいるのに。 「俺だけのものだと言ったはずだ。……才能も、笑顔も、その体も」 「んっ……!」  彼は私の唇を乱暴に塞いだ。  褒めてくれるどころか、これは罰だ。  私が他の男に微笑みかけたことへの、身勝手で理不尽な罰。  けれど、その嫉妬の深さが、彼がどれほど私に執着しているかの証明でもあって――私は、抗うことができなかった。 「……次は役員会議だ。ついて来い」  唇を離した征也は、乱れた息を整えながら告げた。  その瞳には、危険な光が宿っていた。 「会議中、私の隣に座れ。……そこで、誰のものか改めて教えてやる」  その言葉の意味を、私はまだ深く理解していなかった。 ◇ 大会議室には、重役たちがずらりと顔を揃えていた。  張り詰めた空気。飛び交う専門用語。  私は書記として、征也の隣の席に座り
last updateLast Updated : 2026-01-15
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第60話 社長秘書の才能⑤

 ことん。  柔らかい絨毯の上で、乾いた音がした。  私の左足からヒールが脱がされた音だ。  足先が会議室の冷たい空気に触れ、無防備になる。  そこへ、征也の大きな掌が忍び寄り、私の足裏を包み込んだ。  ひっ……!  そこは駄目。  敏感な土踏まずを、親指の腹でぐり、と押される。  脳天に突き抜けるような痺れが走り、背筋が弓なりに反りそうになるのを、必死でテーブルの端にしがみついて堪える。 「月島くん、今の発言は記録したか?」  突然、征也に話を振られた。 「は、はい……! ええと、リスクヘッジについての……」 「そうだ。漏らすなよ」  征也は私にだけ分かるように、口の端を歪めて笑った。  漏らすなという言葉が、議事録のことなのか、それとも私の口から漏れそうになる甘い声のことなのか。  彼の指が、私の足の指を一本一本、愛おしむように絡め取っていく。  ストッキングの薄い布越しに伝わる、彼の指の節くれだった感触、熱さ、そして容赦のない力強さ。  テーブルの上では、冷徹なCEOとして数百億の金を動かしている。  けれどテーブルの下では、ただの欲情した雄として、私の足を玩具のように弄んでいる。  このギャップ。この背徳感。  いけないことだと分かっているのに、恐怖よりも興奮が勝り始めていた。  彼の手によって、私の足先から毒のような熱が回っていく。  下腹部が疼き、下着がじわりと濡れていくのが分かる。  ダメ……こんなの、おかしくなる……っ。  私は涙目になりながら、テーブルの下で彼の足に自分の足を絡め、懇願するように押し付けた。  やめて、と伝えたかった。  けれど征也は、それを「もっとやって」という合図だと受け取ったのか、さらに大胆に、足の甲を撫で上げ、ふくらはぎの肉を揉みしだいた。 「……んぅ……っ」  小さく漏れた声は、役員たちの熱い議論にかき消された。  征也だけが、満足そうに目を細めている。  彼は私の足首を強く握りしめ、逃げられないように固定すると、親指でくるぶしを執拗になぞった。  痛痒いような、甘いような感覚で、私は目の前がチカチカと白むのを感じた。  会議が終わるまでの三十分間、私は地獄のような、そして天国のような責め苦に耐え続けた。  資料を持つ手は汗で濡れ、太腿は小刻みに震えていた。
last updateLast Updated : 2026-01-15
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