All Chapters of 没落令嬢の家政婦契約 ~冷酷CEOは、初恋を逃さない~: Chapter 121 - Chapter 130

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第121話 優しい檻⑤

 ◇ バスルームに入り、鍵をかけた瞬間、私は壁に背中を預けて崩れ落ちた。鏡に映る自分の顔は、死人のように青白い。「逃げなきゃ」 本能が警鐘を鳴らしている。ここはシェルターなんかじゃない。別の、もっと恐ろしい檻だ。征也の檻は、熱くて、狭くて、息苦しかったけれど、そこには確かな体温があった。生きていくための熱があった。 でも、ここの檻は違う。冷たくて、無機質で、私の存在そのものを否定して、「理想の人形」に作り変えようとする狂気に満ちている。「……征也くん」 無意識に、首元のスカーフを解いた。露わになったのは、大粒のサファイアのネックレス。深い青色の輝きが、バスルームの白い照明の下で、鋭く光る。 彼が私につけた首輪。外そうと思えば外せるはずなのに、どうしても指が動かない。これを外してしまったら、私が私でなくなってしまう。征也との繋がりが、完全に断たれてしまう。 それだけは、絶対に嫌だった。「……隠さなきゃ」 私はネックレスを外さず、肌着の下に入れ込んだ。冷たい石が胸の谷間に触れ、ひやりとする。でも、すぐに体温で温まり、私の鼓動に合わせて脈打ち始めた。 まるで、征也が「俺はここにいる」と訴えかけているように。 シャワーを浴び、渡されたワンピースに袖を通す。やはり、きつい。胸元や腰回りが締め付けられ、息をするのも苦しい。丈も短く、膝上まで足が露出してしまう。 鏡の中の私は、無理やり子供服を着せられた大人の女のようで、滑稽で、哀れだった。「……似合わない」 自嘲気味に呟く。でも、蒼くんはこれを望んでいるのだ。無垢で、無知で、彼に従順な「莉子ちゃん」を。 バスルームを出ると、蒼くんがソファで待っていた。私を見るなり、彼の目が怪しく輝いた。「……ああ、やっぱり」 彼は立ち上がり、うっとりとした表情で私に近づいてくる。「完璧だ。……僕の思った通りだ」 彼は私の手を取り、くるりと回らせた。まるで、新しく
last updateLast Updated : 2026-01-31
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第122話 優しい檻⑥

「美しいよ、莉子ちゃん。……やっと、君が戻ってきた」「……きつい、よ。サイズが合ってない」「馴染むよ。……君が、僕の色に染まればね」 蒼くんは私の肩を抱き、強く引き寄せた。石鹸の香りが鼻をつく。征也の匂いとは違う、人工的な清潔さ。それが今は、鼻の奥を刺激する薬品の匂いのように感じられて、吐き気がした。「ここでは君は自由だ」 蒼くんは私の耳元で囁いた。「好きな時間に起きて、好きな本を読んで、ただ静かに過ごせばいい。……僕の言うことさえ聞いていれば、何も怖いことはない」 自由? これが? 自分の着る服さえ選べず、外部との連絡も絶たれ、母にも会わせてもらえない。これは自由なんかじゃない。ただの「飼育」だ。「……ねえ、窓の外を見てごらん」 蒼くんに促され、リビングの大きな窓に近づく。外はもう、漆黒の闇に包まれていた。街灯一つない、深い森。木々が風に揺れ、ざわざわと不気味な音を立てている。 どこまでも続く暗闇が、この別荘を外界から完全に隔絶していた。「ここからは、どこへも行けない。……天道の手も、世間の目も届かない」 蒼くんの言葉が、重い錠前のように心に掛かる。「君はもう、僕だけのものだ」 窓ガラスに映った自分の姿を見る。真っ白な、窮屈なワンピースを着た、青ざめた女。その胸元には、隠しきれないサファイアの膨らみが、微かに主張している。 私はとっさに胸元を手で覆い隠した。彼に見つからないように。この、最後の砦だけは守り抜くために。(……助けて) 逃げてきたはずなのに。闇の向こうに、あの人の姿を探してしまう。 お願い、見つけて。私をこの優しい地獄から、連れ戻して。たとえそれが、父の仇の手であっても構わない。 私は、あの熱い檻の中に帰りたい。 窓の外で、一瞬、何かが光ったような気がした。雷光だろうか。それとも、私を追ってきた獣の眼光だろうか。私は胸
last updateLast Updated : 2026-01-31
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第123話 コレクションルーム①

 山奥の別荘を包む夜は、都会のそれとは比べ物にならないほど深く、重い。 窓の外には光がない。アスファルトのような粘度のある闇が、ガラスにべっとりと張り付いている。風が唸り声を上げて木々を揺らす音だけが、世界から取り残されたこの場所を包囲していた。 蒼くんは「買い物に行ってくる」と言って、夕方に出て行ったきり戻らない。 麓の町まで往復するだけでも相当な時間がかかるはずだ。私はこの広すぎる無機質な空間に、たった一人で放り出されていた。「……寒い」 純白のワンピースの薄い生地越しに、冷気が肌を刺す。空調は効いているはずなのに、体の芯が冷え切って温まらない。 私は二の腕をさすりながら、リビングをあてもなく歩き回った。 ここは、まるでモデルルームだ。 生活感というものが徹底的に排除されている。雑誌一つ、飲みかけのコップ一つ置かれていない。白い壁、白い床、白い家具。 塵一つ落ちていない潔癖な空間は、人間が住む場所というよりは、大切な展示品を保管するためのケースのようだった。「……お母さん」 別の棟にいると言われた母のことが気がかりだった。 窓から外を見ても、暗闇で何も見えない。本当にここにいるのだろうか。それとも、蒼くんの言葉はただの時間稼ぎなのだろうか。 黒い霧のような疑念が胸に広がる。 ここへ来てからというもの、蒼くんの笑顔を見るたびに、背筋に冷たいものが走るのを止められない。あの優しげな瞳の奥に、得体の知れない暗い何かが潜んでいるような気がしてならないのだ。 確かめなくては。 彼がいない今がチャンスだ。この建物のどこかに、何か手がかりがあるかもしれない。 私は音を立てないように、廊下へと足を踏み出した。 一階にはリビングとキッチン、バスルーム、そしていくつかの客室があるだけだった。どの部屋も同じように無機質で、家具にはカバーが掛けられたままだ。まるで、誰も来ることを想定していないかのように。 階段を上り、二階へ。そこには蒼くんの寝室と思われる部屋があったが、鍵がかかっていて開かない。ドア
last updateLast Updated : 2026-01-31
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第124話 コレクションルーム②

 見てはいけないものだという警報が、頭の中でけたたましく鳴り響く。引き返すべきだ。ここで扉を閉めて、何も見なかったことにしてソファに戻るべきだ。 でも、足が動かなかった。 恐怖よりも、好奇心よりも強い、「知らなければならない」という切迫感が、私を突き動かす。この先に、蒼くんの本性があるような気がしたからだ。 私は壁に手をつき、一段ずつ慎重に階段を降りた。 足音が吸い込まれるような静寂。 暗闇に目が慣れてくると、突き当たりに鉄製の重厚なドアがあるのが見えた。鍵はかかっていないようだ。ノブに手をかけると、驚くほど滑らかに回った。  ――ギィィ。 微かな蝶番の音と共に、ドアが開く。 中から漏れてきたのは、美術館のような、ひどく静かな薄明かりだった。「……っ」 一歩踏み入れた瞬間、私は息を呑んだ。悲鳴を上げそうになる口を、両手で強く押さえる。 そこは、異様な空間だった。 広さはリビングと同じくらいあるだろうか。 壁一面に、写真が貼られていた。 数百、いや数千枚はあるかもしれない。 そのすべてが、私だった。「嘘……これ、全部……」 いつかの封筒に入っていた写真どころではない。 高校の制服を着て登校する私。大学のカフェテリアで笑う私。雨の日に傘をさして歩く私。自宅の庭で花に水をやる私。没落した後、安アパートの窓辺で洗濯物を干す私。スーパーで半額シールが貼られた弁当を手に取る私。 ありとあらゆる「私」が、そこにいた。 どれもこれも、私が気づかない場所から、カメラのレンズ越しに切り取られた瞬間だ。 視線。 数千の「私」の目が、あるいはカメラの向こうにいた撮影者の目が、今の私を一斉に見つめている。 距離がおかしい。 望遠レンズ越しのものだけではない。すぐ隣の席から撮ったようなアングル。人混みですれ違いざまに撮ったようなブレた写真。眠っている時の、無防備な横顔。「…&helli
last updateLast Updated : 2026-01-31
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第125話 コレクションルーム③

 彼は私を愛しているんじゃない。 彼は「月島莉子」という偶像を崇拝し、その欠片を収集することに執着しているだけだ。 さらに奥。 部屋の一番奥まった場所に、祭壇のようなスペースがあった。 白いテーブルの上に、マネキンの首が置かれている。 そこには、艶やかな黒髪のカツラが被せられていた。 いいえ、違う。 近づいてよく見ると、それはカツラではなかった。 一本一本、丁寧に植え込まれた、本物の人毛だ。 長さも、色も、質感も、私の髪そのもの。『莉子の髪 収集率80%』 添えられたメモを見て、私はその場にへたり込んだ。床の冷たさが、膝を通して全身に伝播する。 美容院で切った髪? それとも、枕に落ちていた抜け毛? 彼はそれを何年にもわたって拾い集め、この「理想の莉子」を作り上げようとしていたのだ。 ガタガタと歯の根が合わない。 恐怖。 征也の怒りや嫉妬とは次元の違う、理解不能な執着。 征也は、私を「自分のもの」にしたがった。力ずくで抱きしめ、跡をつけ、閉じ込めようとした。それは乱暴で、身勝手だったけれど、そこには確かに、私という生身の人間に対する熱情があった。 彼は私とぶつかり合い、私を怒らせ、泣かせ、感じさせようとした。 体温があった。汗の匂いがあった。心臓の音が聞こえた。 でも、ここは違う。 ここには、温度がない。 蒼くんが求めているのは、生きて呼吸し、感情を持つ私ではない。ショーケースの中に飾られ、永遠に変わることのない、静止した「人形としての莉子」だ。 私が何を考え、何を望んでいるかなんて、彼にとってはどうでもいいのだ。ただ、彼のコレクションの一部として、美しくそこに在ればいいだけ。(……間違ってた) 私は、逃げる場所を間違えたのだ。 父の仇である征也が怖くて、優しそうな蒼くんにすがった。でも、本当に恐ろしいのはこちらだった。 彼の束縛は、私を失うまいとする必死の感情だったのかもしれない。不器用で、歪んでいて、傷つけるやり
last updateLast Updated : 2026-02-01
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第126話 コレクションルーム④

「どうして怖がるの? 莉子ちゃん」 蒼くんは不思議そうに首を傾げた。眼鏡の奥の瞳は、凪いだ湖面のように静かで、底知れない暗さを湛えている。「これ、全部君への愛の証だよ? ……僕がどれだけ君を想い、君を見てきたか。言葉にするより雄弁だろう?」「愛なんて……こんなの、異常だよ! ゴミを拾って、髪の毛を集めて……気持ち悪い!」「気持ち悪い?」 蒼くんの表情が、すっと消えた。 能面のような顔。病院で、私の首元のキスマークを見た時と同じ顔だ。「……傷つくなあ。君のために、君の美しさを永遠に残すために、こんなに努力したのに」 彼は祭壇の上の「髪の毛のマネキン」を愛おしそうに撫でた。その指つきは、ねっとりと湿り気を帯びていて、見ているだけで吐き気がした。「天道のような野蛮な男には、君の本当の価値なんて分からないよ。彼は君を消費し、汚すだけだ。……でも僕は違う。僕は君を保存する」「保存……?」「そうだよ。永遠に、綺麗なままで」 蒼くんが私の方へ向き直る。その瞳には、うっとりとした陶酔の色が浮かんでいた。「ここは君のための『保存庫』だ。誰にも邪魔されず、汚されず、僕だけのものとして輝き続ける場所。……君はここで、僕のコレクションの最高傑作になるんだ」 彼は一歩、また一歩と近づいてくる。 逃げ場はない。壁際には、私を切り取った無数の写真たちが、無言で私を見下ろしている。「いや……嫌ぁッ!!」 私は叫び、手近にあった写真立てを彼に投げつけた。 ガシャン! ガラスが割れる音が響く。けれど蒼くんは避けようともせず、破片が頬をかすめて血が滲んでも、微笑みを崩さなかった。「……暴れないで。君が傷つくと、価値が下がる」 彼は私の手首を掴んだ。 冷たい。 氷のように冷え切った
last updateLast Updated : 2026-02-01
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第127話 つわりと検査薬①

 窓のない地下室から二階の寝室へと移されて、数日が過ぎた。 ここはかつて、私が鍵がかかっているのを確認した部屋だ。蒼くんの「コレクション」である私を保管するためにあつらえられた、真っ白な箱。 家具は最低限のベッドとテーブルだけ。窓には鉄格子が嵌められ、外の景色は森の木々が四角く切り取られたように見えるだけだ。ドアは外から施錠され、食事の時と、蒼くんが「鑑賞」に来る時以外は開かない。「……うっ……」 朝。 目覚めた瞬間、胃の底から熱いものがせり上がってくる感覚に襲われた。 内臓が裏返るような不快感。私は慌ててベッドから転がり落ち、部屋の隅にある洗面台へと這っていった。「げぇっ……はぁ、はぁ……」 胃の中は空っぽだ。 昨日の夜、蒼くんが無理やり口に押し込んだスープも、すべて戻してしまっていたから。出てくるのは苦い胃液だけ。喉が焼けつくように痛い。生理的な涙で視界が歪んだ。 鏡に映る自分の顔を見る。 土気色で、目の下には隈が張り付いている。頬はこけ、唇はカサカサに乾いていた。あんなに美しさに執着していた蒼くんが見たら、さぞかし幻滅するだろう。 いっそ、このまま醜くなって捨てられればいいのに。「……気持ち悪い……」 吐き気は収まるどころか、波のように繰り返し押し寄せてくる。 胸がむかむかして、立っていられない。冷たいタイルの床に座り込み、洗面台の縁に額を押し付けた。 ここに来てから、ずっと体調がおかしい。 微熱があるような気だるさと、この収まらない吐き気。極限の恐怖と監禁生活のストレスが、私の体を蝕んでいるのだと思っていた。あの地下室で見た狂気的な光景が、脳裏に焼き付いて離れないせいだと。 ガチャリ。 ドアの鍵が開く乾いた音がした。ビクリと肩が跳ねる。蒼くんだ。「おはよう、莉子ちゃん。……顔色が悪いね」 彼は銀のトレイを持って入
last updateLast Updated : 2026-02-01
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第128話 つわりと検査薬②

「……なに?」「いや、なんでもないよ。……可哀想に。ストレスが胃に来ているんだね」 蒼くんはポケットからハンカチを取り出し、私の口元を拭おうとした。その手つきは優しかったけれど、どこか汚いものを扱うような慎重さがあった。「少し、楽になるものを待ってこよう。……待っていて」 彼は足早に部屋を出て行った。 私は床に突っ伏したまま、荒い息を繰り返した。頭がぐわんぐわんする。視界の端が暗くなるような貧血。 こんなに体調が悪いなんて。もし重い病気だったら、母を置いて死んでしまうのだろうか。 それとも、征也が助けに来てくれるまで、持ちこたえられるのだろうか。 征也。 名前を思うだけで、胸が痛い。 彼に会いたい。父の仇だと知っても、憎もうとしても、私の身体は彼の熱を求めて泣いている。彼の匂いなら、きっと気持ち悪くなんてないはずだ。あのムスクと煙草の匂いに包まれていれば、この吐き気だって嘘のように消えてしまう気がする。 しばらくして、蒼くんが戻ってきた。 手に、小さな紙袋を持っている。「さあ、莉子ちゃん。……これを使ってみて」 彼は紙袋の中から、細長い箱を取り出した。 私はぼんやりとした頭で、それを見つめた。薬だろうか。胃薬か、吐き気止めか。「……なに、これ」 箱を受け取り、文字を読む。視界が揺れて、うまく焦点が合わない。 ようやく読み取れた文字の意味を理解した瞬間、私の心臓が凍りついた。『妊娠検査薬』「……え?」 時が止まったようだった。呼吸をするのも忘れて、私はその箱をじっと見つめた。 妊娠、検査薬。どうして、こんなものがここに。「……蒼くん、これは……」 震える声で尋ねる。「君の体調管理も、飼い主である僕の役目だからね」 彼は私の髪を撫でた。ぞ
last updateLast Updated : 2026-02-01
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第129話 つわりと検査薬③

 所有の証。それが今、熱を持って脈打っているのを指摘されたようで、私は恥ずかしさと恐怖で身を縮めた。「確認してごらん。……君の中に、あの男の『異物』が残っているかどうか」 彼は箱を私の手に押し付けた。 逃げ場はない。拒否すれば、力ずくでもやらされるだろう。蒼くんの目は、すでに結果を確信しているようだった。あるいは、最初からこうなることを予期して、準備していたのかもしれない。「……行ってくる」 私はふらつく足で立ち上がり、部屋に備え付けのトイレへと入った。 鍵をかけ、便座に座り込む。手の中の箱が、爆弾のように重い。 妊娠。まさか。 確かに、避妊はしていなかった。征也は、いつも余裕がなく、貪るように私を求めてきたから。私も、彼に全てを委ねて、流されるままになっていた。 でも、たった一ヶ月よ? そんな……。 震える指で箱を開ける。スティックを取り出す。説明書を読むまでもなかった。 ただ、待つだけ。 私の運命が決まるまでの、数分間。 静寂が、耳に痛い。自分の心臓の音が、時計の秒針のように大きく響いている。ドクン、ドクン、ドクン。 もし、陽性だったら? 私は、父を殺し、家を奪った男の子供を宿していることになる。復讐相手の子を。私を騙し、飼い殺しにしようとした男の子を。 嫌。そんなの、あんまりだわ。 涙がこぼれた。神様はどこまで私を追い詰めれば気が済むのだろう。これ以上、私から何を奪おうというのか。 時間が経つ。 スティックの判定窓に、じわりと線が浮かび上がってくる。 一本……そして、二本。 くっきりと。残酷なほど鮮明に。『陽性』「……あ……」 声にならない音が漏れた。 妊娠している。私のお腹の中に、新しい命がいる。征也の子供が。 その事実を突きつけられた瞬間、私の胸に去来したのは、絶望だけではなかっ
last updateLast Updated : 2026-02-02
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第130話 つわりと検査薬④

 嬉しさと、悲しさと、どうしようもない絶望がない交ぜになって、感情が制御できない。 この子は、生まれてきていいの? こんな状況で。 父親は私を騙した詐欺師で、母親は狂人のコレクションルームに監禁されている。祝福なんてされるはずがない。「……莉子ちゃん? まだかい?」 ドアの向こうから、蒼くんの声がした。楽しげな、弾むような声。まるで、結果が出るのを心待ちにしているかのような。「……出ます」 私は涙を拭い、深呼吸をした。 隠すことはできない。彼は最初から分かっていたのだから。 ドアを開ける。 蒼くんが、待ち構えていた。私の手にあるスティックを一瞥し、そして私の顔を見て、満足そうに頷いた。「……やっぱりね」 彼は私の手からスティックを取り上げ、陽性のラインをまじまじと見つめた。汚いものを見る目ではない。珍しい昆虫の標本を観察するような、無邪気で残酷な好奇心。「当たりだ。……君のお腹の中に、寄生虫がいる」「……寄生虫なんて言わないで!」 反射的に叫んでいた。自分でも驚くほどの剣幕だった。「この子は……赤ちゃんよ。命なのよ!」「命? ふふ、面白いことを言うね」 蒼くんは可笑しそうに笑った。眼鏡を外し、涙が出るほど笑った後、冷たい瞳で私を見下ろした。「これは『汚れ』だよ、莉子ちゃん。……君という純白のキャンバスに落とされた、醜い墨の染みだ」 彼はスティックをゴミ箱に放り投げた。カラン、と乾いた音がする。「天道の血が混じっているなんて、許せないなあ。……僕のコレクションに傷がつく」 蒼くんが一歩、近づいてくる。私は後ずさり、壁に背中をつけた。 彼の纏う空気が変わった。先ほどまでの優しげな雰囲気は消え失せ、底知れない狂気が剥き出しになっている。「でも、大丈夫。…&hel
last updateLast Updated : 2026-02-02
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