All Chapters of 没落令嬢の家政婦契約 ~冷酷CEOは、初恋を逃さない~: Chapter 191 - Chapter 200

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第191話 女たちの代理戦争②

 でも、怒りで震えてはいけない。  感情的になったら負けだ。  私はゆっくりと顔を上げた。 「ええ。……夫は、泥にまみれることを恐れません。大切なものを守るためなら、プライドさえ捨てられる。……それが、彼の強さですわ」 「……はあ?」 「逆に伺いたいのですが、高嶺様。……あなたは、ご自分の手を汚したことがおありですか?」  私は彼女の綺麗にマニキュアされた指先を見た。 「何もかも他人任せで、安全な場所から石を投げるだけ。……そんな方の言葉など、彼には届きません」 「……っ、生意気な!」  エリカの顔色が変わった。  余裕の笑みが消え、ヒステリックな怒りが浮かぶ。 「口答えしないでよ! 家政婦風情が!」  彼女の手元のグラスが、微かに揺れる。  波々と注がれた赤ワイン。  彼女の視線が、私のドレス――淡い光沢を放つシルクの生地へと落ちた。  そして、ニヤリと口角が上がる。  来る。  直感が警鐘を鳴らした。  長年、家政婦として他人の家に入り込み、女主人の機嫌や挙動を観察し続けてきた経験が、スローモーションのように彼女の次の動作を予測させる。  体重が右足に乗る。  手首のスナップ。  グラスの傾き。 「あら、ごめんなさい――!」  わざとらしい悲鳴と共に、エリカが大げさに体勢を崩した。  赤い液体が、グラスの縁から放たれる。  狙いは正確に、私の胸元だ。  普通なら、避けられない距離。  でも、私の目には、液体の軌道が鮮明に見えていた。  掃除の時、棚から落ちてくる花瓶を受け止める反射神経。  子供がジュースをこぼす瞬間、タオルを差し出す予測能力。  身体が、勝手に動いた。  逃げるのではない。  最小限の動きで、軸をずらす。  サッ。  半歩、左へ。  それだけの動作で、ワインの奔流は私のドレスの数ミリ横を通り抜けた。  バシャッ!  重たい液体が床に叩きつけられ、赤い飛沫が散る。  
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第192話 女たちの代理戦争③

 周囲の客たちが、ざわつき始める。「……自分で言っちゃったわよ」「わざとワインをかけようとしたって?」「なんて品のない……」 エリカはハッとして口を押さえたが、もう遅い。 自ら悪意を暴露してしまったのだ。 顔を真っ赤にして、プルプルと震えるエリカ。 私は、彼女の目の前にハンカチを差し出した。 かつて、ブティックで彼女に命じられたように。 でも、今回は意味が違う。「……お使いになりますか?」「っ!!」 エリカは私の手を払いのけた。「触らないで! 汚らわしい!」「そうですか。……残念です」 私はハンカチを引っ込め、淡々と言い放った。「では、失礼いたします。……粗相(そそう)はおやめになって。拭くのは私ではありませんよ」 かつて、這いつくばって床を拭かされた家政婦は、もういない。 ここにいるのは、天道征也の妻として、彼の敵を排除しに来た女だ。「誰か! 誰かいないの!? この女を摘み出しなさい!」 エリカが喚き散らす。 SPたちが駆け寄ってくる。 しかし、その時。 私のバッグの中で、スマートフォンが震えた。『準備完了です』 高嶺家の元メイド頭、鈴木さんからのメッセージだ。 タイミングは完璧だった。 私はSPたちに囲まれる直前、懐から一枚の封筒を取り出した。「高嶺様。……これをお渡ししに来たのです」「な、なによ……」 床に座り込んだままのエリカの膝の上に、封筒を落とす。 中に入っているのは、鈴木さんたちから買い取った『ネタ』の一部だ。 高嶺商事の裏帳簿のコピー。 そして、エリカが以前、使用人に暴力を振るい、口止め料を支払った時の示談書。「……あなたの
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第193話 暴かれた素顔①

 都内の路地裏にある古びた喫茶店を出ると、冷たい夜気が肌を刺した。  私のバッグの中には、先ほど高嶺家の元メイド頭・鈴木さんから受け取った「茶封筒」が入っている。  ずしりとした紙の重み。  それは、高嶺商事の裏帳簿のコピーであり、エリカと父親の不正を暴く決定的な爆弾だった。 「……ありがとうございます、鈴木さん」 「いいえ。あの家には、私たちも散々泣かされてきましたから」  鈴木さんは寂しげに微笑み、闇に紛れるように去っていった。  私もタクシーを拾うために、大通りへと歩き出す。  お腹を冷やさないようにコートの前を合わせ、一歩一歩、確かめるように歩く。  征也が待っている。  この証拠があれば、彼を救える。  高揚感と緊張感がない交ぜになり、足取りは自然と早くなった。  その時だった。  背筋に、冷たい視線が突き刺さった気がした。  ザッ、ザッ。  不規則な足音が、背後から近づいてくる。  一人ではない。複数だ。 (……気のせい?)  振り返ろうとした瞬間、本能が警鐘を鳴らした。  殺気。  かつて、借金取りに追われていた頃に何度も感じた、暴力の気配だ。  私は咄嗟に、路地の横道へと身を滑り込ませた。 「おい、どこ行った!」 「逃がすな! 顔は見られてもいい、とにかく痛めつけろ!」  野太い怒声が響く。  心臓が凍りついた。  顔は見られてもいい?  それはつまり、脅しではない。最初から私を壊すことを目的にした襲撃だ。  逃げ場のない路地裏。  前後に、鉄パイプを持った男たちが立ちはだかる。  目出し帽を被った三人の男。その目は、金のために平気で人を傷つける、濁った光を宿していた。 「……あんたが月島莉子だな」  リーダー格の男が、鉄パイプを掌で叩きながら近づいてくる。 「恨むなよ。高嶺のお嬢様からのプレゼントだ」  エリカだ。  彼女はもう、世間体も法律もかなぐり捨てて、物理的に私を排除しに来たのだ。
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第194話 暴かれた素顔②

 けれど、痛みは来ない。 恐る恐る目を開けると、私の目の前に、大きな黒い影が立ちはだかっていた。「……怪我はないですか、奥様」 低く、落ち着いた声。 征也の警護チームのリーダー、黒服のSPだった。 彼が警棒一本で、振り下ろされた鉄パイプを受け止めていたのだ。「なっ……!?」 襲撃者が狼狽する隙に、路地の両側から次々と黒いスーツの男たちが現れる。 征也が私のために配置してくれていた、鉄壁の警護部隊だ。「ちっ、警備がいやがったのか! ずらかるぞ!」 男たちが逃げようと踵を返した、その時。「おっと。逃げられると思ってんのかい?」 路地の出口を塞ぐように、薄汚れたジャンパーを着た男たちが立っていた。 手にはカメラやボイスレコーダーを持っている。 彼らは、SPのように洗練されてはいない。 無精髭を生やし、煙草をくわえ、獲物を狙う野良犬のような目をしている。「……三田村さん?」 私が驚いて声を上げると、先頭にいた男――三田村さんが、ニヤリと笑って手を上げた。 彼は、私が家政婦時代に掃除に入っていた探偵事務所の所長だ。 経営が傾き、ゴミ屋敷のようになっていた事務所を私が片付けたことで、奇妙な縁が続いていた。「よう、嬢ちゃん。……高嶺の嬢ちゃんが怪しい動きをしてるってんで、見張ってたんだがな。まさかこんな強硬手段に出るとは」 三田村さんは、手の中のカメラを掲げてみせた。「バッチリ撮らせてもらったぜ。傷害未遂の現行犯だ」「な、なんだテメェら!」「俺たち? ただの野良犬だよ。……でもな、この嬢ちゃんには昔、美味い飯を作ってもらった恩があってね」 三田村さんの合図で、路地の影からさらに数人の男たちが現れる。 フリーの記者、情報屋、あるいはその日暮らしの便利屋たち。 私がかつて、何気ない優しさを交わし、助けてきた「街の住人」たち
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第195話 暴かれた素顔③

 住む世界も、立場も違う彼らが、私を守るために共闘してくれた。「……そうか」 征也は安堵の息を吐き、そして鋭い視線を地面に這いつくばる襲撃者たちに向けた。「誰に頼まれた」 氷点下の声。 男の一人が、恐怖に顔を引きつらせて白状した。「た、高嶺だ……! 高嶺エリカが、女を病院送りにすれば、いくらでも払うって……!」 その言葉は、三田村さんのボイスレコーダーにしっかりと記録されていた。「証拠は揃いましたね」 三田村さんがレコーダーを放り投げ、征也がそれを片手で受け止める。「……礼を言う」 征也が頭を下げると、三田村さんは照れくさそうに鼻を擦った。「いいってことよ。……嬢ちゃんを泣かせる奴は、俺たちも許せねえからな」 ◇ 征也のマンションに戻ったのは、日付が変わる頃だった。 リビングのテーブルには、私が命がけで持ち帰った茶封筒と、三田村さんから託されたボイスレコーダー、そして襲撃犯たちの自供書が並べられている。「……これで、全て終わる」 征也が書類に目を通し、静かに呟いた。 その書類には、高嶺商事が裏金を使って政治家に賄賂を贈っていた記録や、架空取引による巨額の横領の事実が記されていた。 エリカの個人的な犯罪だけではない。 高嶺家そのものを破滅させる、核弾頭級の爆弾だ。「……怖かっただろう」 征也が、ソファに座る私の隣に来て、肩を抱いた。「また、危険な目に遭わせた」「ううん」 私は首を横に振り、テーブルの上の証拠品を見つめた。「私、分かったの。……ただ守られているだけじゃ、何も変わらないって」 かつては、掃除用具を持って他人の家の汚れを落としていた。 でも今は、愛する人を守るために、もっと大きな「汚れ」を掃除し
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第196話 断罪の夜会①

 数日後。 東京都内、外資系ホテルの大会場「シリウスの間」。 天井を埋め尽くすシャンデリアの光が、眼下の人間たちを無慈悲に照らし出している。 午後七時。 本来なら華やかな晩餐が開かれるはずのその場所は、いま、異様な湿り気を帯びた熱気に包まれていた。 焚かれるフラッシュの光量が、尋常ではない。 視界が白く灼かれるほどの閃光。その明滅の隙間で、数えきれないほどのシャッター音が、まるで巨大な虫の羽音のように重なり合って唸っている。 壇上には、金屏風を背にして長机が置かれていた。 中央に座るのは、高嶺商事の社長、高嶺厳(げん)。 その隣に、天道征也。 そして、征也の右隣には、この場に最もそぐわない純白のオートクチュールに身を包んだ、高嶺エリカが座っている。 彼女の衣装は、記者会見というよりは、結婚披露宴のそれに近かった。 胸元が大きく開いたシルクのドレス。首元には、照明を吸い込んでぎらつく大粒のダイヤモンドネックレス。 彼女は、まるでここが自分の戴冠式であるかのように、陶酔しきった笑みを浮かべていた。「……これより、高嶺商事株式会社および天道グループによる、緊急合同記者会見を始めさせていただきます」 司会の男が、緊張で声を裏返しながら告げる。 会場を埋め尽くした記者たちの視線が、一斉に壇上の三人に突き刺さる。 経済部、社会部、そして芸能ゴシップ誌のカメラマンたち。 彼らの瞳にあるのは、純粋な経済ニュースへの関心ではない。 名門企業の転落と、その瓦礫の上に立つ新しい支配者を見る、下世話な好奇心だ。 私は、会場の後方、関係者席の片隅に静かに立っていた。 黒のパンツスーツ。髪は低く結び、首からはスタッフ用のパスを下げている。 手の中にあるタブレット端末を、祈るように胸に抱きしめる。 指先が微かに震えている。 恐怖ではない。 これから始まる崩壊を、ただ見届けるしかないという緊張感だ。 私は何も仕掛けない。罠も張らない。 ただ、信じ
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第197話 断罪の夜会②

「……また、今回の提携は、単なるビジネス上の関係にとどまりません」 高嶺社長が、意味ありげに言葉を切った。 彼は隣に座る娘、エリカへと視線を流す。「私の娘・エリカも、個人的に天道社長をお支えし、新体制の象徴として、共に歩んでいく所存です」 カメラの放列が、一斉にエリカへと向く。 バシャバシャバシャ、とシャッター音が激しさを増す。 エリカが艶然と微笑み、征也の方へ身を寄せた。 白い腕が、征也の黒いジャケットの袖に絡みつく。「征也様……ふふ、私たち、これからもっと忙しくなりますわね」 マイクには入らない小さな声。 けれど、その親密な振る舞いは、何百枚もの写真となって拡散されるだろう。 不祥事で「愛人」を排除した社長が、名家の令嬢を選び直した。 そんなストーリーを、世間に刷り込むための完璧な演技。 エリカの視線が、ふと泳いだ。 彼女は会場を見渡し、そして――隅にいる私を見つけた。 目が合う。 彼女の唇の端が、三日月のように吊り上がった。 勝ち誇った、憐れむような目。 『見た? これが格の違いよ』 『あんたはそこで、指をくわえて見ているのがお似合い』 声に出さずとも、彼女の思考が聞こえてくるようだ。 私は無表情のまま、彼女を見返した。 怒りは湧いてこない。 ただ、彼女のその真っ白なドレスが、あまりにも眩しく、この場違いな空間で浮いていることだけを冷静に認識していた。 私は、彼女から視線を外し、隣の征也を見た。 彼の横顔は能面のように冷徹で、何を考えているのか読み取れない。 けれど、その拳が膝の上で固く握りしめられているのを、私は知っていた。「天道社長からも、一言いただけますでしょうか」 司会に促され、征也がゆっくりとマイクを引き寄せた。 隣のエリカが、期待に満ちた目で彼を見上げている。 征也が口を開いた。「……その前に。
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第198話 断罪の夜会③

 映し出されたのは、美しいパワーポイントではない。 手ブレの激しい、粗い映像だ。 場所は、薄暗い路地裏。街灯の明かりが頼りない、深夜の駐車場付近。 画面の端には、撮影日時が鮮明に刻まれている。 ――数日前の、深夜だ。 映像の中で、目出し帽を被った男たちが鉄パイプを振り上げ、獲物に襲いかかる。 その標的となっているのは、壁際に追い詰められ、お腹を庇ってうずくまる私だ。『覚悟しな!』 男が凶器を振り下ろす。 会場の誰かが息を呑んだ、その時。 ガギィィィン!! 鼓膜をつんざくような、重く鋭い金属音がスピーカーから轟いた。「ひっ……!」 あまりに生々しい暴力の音に、エリカが小さく悲鳴を上げる。 画面の中、黒いスーツのSPが警棒一本で鉄パイプを受け止めていた。 続いて、路地の陰から粗暴な男たち――三田村さん率いる「街の住人」たちが雪崩れ込んでくる様子が映る。 怒号。殴打音。そして制圧。 映画のワンシーンではない。紛れもない、現実の暴行未遂現場だ。「これ、襲撃現場か!?」「おい、撮れ! 回せ!」 記者たちがパニックになりながらも、カメラをスクリーンに向ける。 映像は続く。 SPと三田村さんたちに取り押さえられ、地面に這いつくばった男がアップになる。 恐怖に顔を引きつらせ、カメラのレンズを見上げて命乞いをする男。 『は、吐け! 誰に頼まれた!』 画面の外から、征也の氷点下の声が響く。『い、言います! 言いますからぁ!』 男の自白が、鮮明な音声で会場に響き渡る。『た、高嶺だ……! 高嶺エリカが、女を病院送りにすれば、いくらでも払うって……!』「な……っ!?」 エリカが、弾かれたように椅子から立ち上がった。 顔面蒼白になり、スクリーンと客席を交互に見る。「嘘…&he
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第199話 断罪の夜会④

 高嶺社長がガタガタと震え出した。  手元のグラスに手が当たり、水がテーブルクロスに広がる。  彼の目が見開かれ、眼球が小刻みに揺れていた。  それは、自らの死刑宣告を見た囚人の顔だった。 「征也様……これは一体……」  エリカが震える手で征也の袖を掴もうとする。  だが、征也は冷ややかにその手をかわし、立ち上がった。  マイクを通さずとも、その威圧感だけで会場が静まり返る。 「私の妻を傷つけ、我が社を愚弄した罪。……法の下で償ってもらう」  妻。  その言葉が、エリカの理性を断ち切った。 「妻……? 妻ですって!?」  エリカが絶叫した。  彼女は血走った目で会場を見渡し、そして――隅に立っていた私を見つけた。  私と目が合う。  私は逃げなかった。ただ静かに、彼女を見つめ返した。  その私の態度が、彼女の癇に障ったのだろう。 「あんたね……! あんたが仕組んだのね!」  エリカはドレスの裾を蹴り上げ、壇上から駆け下りてきた。  SPたちが止めようとするが、彼女はそれを振り切り、狂ったように私に向かって突進してくる。 「殺してやる! 泥棒猫が! 全部あんたのせいよ!」  彼女の手には、テーブルから掴み取ったシャンパングラスが握りしめられていた。  凶器と化したガラスを振り上げ、私の顔を狙う。  私は動けなかった。  あまりの剣幕と、なりふり構わぬ狂気に、足がすくんでしまったのだ。 「莉子!」  征也の声が聞こえた。  しかし、エリカの方が早い。  彼女は私の目の前まで迫り、グラスを振り下ろそうとした。 「死ねぇッ!」  その瞬間。  彼女のハイヒールの踵が、床のケーブルに引っかかった。 「あ――」  エリカの身体が、勢いのまま前のめりに崩れる。  彼女の視線の先には、パーティーの飾りのために積み上げられた、巨大なシャンパンタワーがあった。  ドガシャアァァァァァンッ!!!  凄まじい破壊音が、会場を揺らし
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第200話 断罪の夜会⑤

 会場中の視線が、彼女に釘付けになっていた。 嘲笑すら起きない。 あまりにも無様で、あまりにも悲惨な自滅の光景に、誰もが言葉を失っていた。「……見て」 誰かが呟いた。「あれが、高嶺のお嬢様?」「泥まみれじゃないか」「自業自得ね」 囁き声が、波紋のように広がる。 かつて彼女が私に向けた嘲笑が、何倍にもなって彼女自身に降り注いでいる。 私は、彼女を見下ろした。 同情も、優越感もない。ただ、哀れだと思った。 他人を貶めることでしか輝けなかった彼女は、結局、自分の悪意に足をすくわれたのだ。 その時、会場の重い扉が開き、十数人の男たちが雪崩れ込んできた。 濃紺のスーツを着た、厳しい表情の男たち。 その胸元には、秋霜烈日のバッジが光っていた。 地検特捜部だ。「高嶺厳社長、及び高嶺エリカさんですね。金融商品取引法違反、及び贈賄の容疑で同行を願います」 事務的な通告。 泥と血にまみれたエリカに、手錠がかけられる。「嫌! 放して! 私は高嶺エリカよ! パパに言いつけてやるわ!」「お父様もご一緒です。……さあ、行きますよ」「嫌ぁッ! 征也様! 助けてぇッ!」 彼女は最後まで征也の名前を叫び続けた。 だが、征也は壇上から冷たい瞳で見送るだけだった。 引きずられるように連行されていくエリカ。 その姿が見えなくなると、会場には重たい沈黙が落ちた。 私は、そっとお腹に手を当てた。 終わった。 私が手を下すまでもなかった。 彼女の驕りと悪意が、彼女自身を破滅させたのだ。「……莉子」 壇上から降りてきた征也が、私の元へ歩み寄ってくる。 彼は何も言わず、私の手を強く握りしめた。 その掌は熱く、力強かった。 「……行こう」「はい」 私たち
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