警察官は、陽向の言葉を遮るようにして、次の相談者を呼び出した。 陽向は、奥歯が砕けるほど強く噛み締めながら、警察署の重い回転ドアを押し出た。 大人のシステム。法の手続き。 それらは、目の前で今まさに傷ついている人間を守るためには、ひどく遅く、そして冷酷な壁として陽向の前に立ちはだかった。 (まだだ。大学なら、学生課なら動いてくれるはずだ) 陽向は、休むことなく大学のキャンパスへと走り出した。 歩きすぎて、履き古したスニーカーの底がアスファルトに擦れ、足の裏がジンジンと熱を持って痛む。だが、その痛みさえも、胸の奥にある焦りを打ち消すことはできなかった。◇ 大学の学生課のオフィスは、蛍光灯のブーンという低い駆動音と、パソコンのキーボードを叩く音だけが響いていた。 「……ですから、木崎が実家の定食屋に嫌がらせをしているんです。ネットの書き込みの文体も、あいつのサークルのアカウントと同じです」 カウンター越しに、陽向は学生課の職員に訴えかけた。 対応した面長の職員は、陽向の提出した資料をパラパラと捲り、困ったように眉を寄せた。 「天道くん。大学としてもね、学生間のトラブルには注視しているんだけど……これは学外での出来事だし、何より、その木崎くんが犯人であるという『確実な証拠』がない段階では、大学が個人に対して処分を下したり、注意を促したりすることはできないんだよ」 「あいつしかいないんです! 昨日の今日で、こんな真似をする奴は!」 「それは君の推測だろう? 噂話や憶測だけで動けば、今度は大学側が木崎くんから名誉毀損で訴えられるリスクもある。……君たち法学部の学生なら、証拠主義の意味は分かっているはずだ」 職員の、静かで理路整然とした言葉。 それが、陽向の真っ直ぐな正義感を、跡形もなくすり潰していく。 「まずは、警察の捜査結果を待つか、当事者同士で話し合って、円満な解決を模索してくれないかな」 「話し合いが通じる相手なら、最初からこんな真似はしない……!」 「天道くん、声を落としなさい。他の学生の迷惑だ」 職員の冷淡な眼差し。 陽向は、ゆっくりと拳を下ろした。 自分の手のひらを見つめる。 何も、掴めていない。 天道家の看板を外し、父の権力を拒絶した自分は、大人の悪意の前に、これほどまでに無力で、小
Last Updated : 2026-05-25 Read more