◇ 数時間後。 私たちは、寝室のクローゼットの前に立っていた。 開け放たれた扉の中には、征也のオーダーメイドのスーツがずらりと並び、高級な時計や靴がショーケースのように陳列されている。 私のスペースにも、彼が買い与えてくれた高価なドレスやブランドのバッグが溢れていた。「……必要なものだけを詰めろ」 征也はベッドの上に大きなトランクを広げ、無造作にシャツを放り込み始めた。「残りのものは、すべて置いていく」「本当にいいの? その時計、お気に入りだったじゃない」 私がガラスケースの中の腕時計を指差すと、彼は一瞥もせずに鼻で笑った。「ただの金属の塊だ。……今の俺たちには、時間を気にして生きる余裕なんてないだろう」 彼の決断は早く、そして迷いがなかった。 過去の栄光にすがることは、今の彼にとって足枷にしかならないのだと理解しているのだ。 私もそれに倣い、ドレスや宝石には一切手を触れず、着回しのきく実用的な服と、下着、そして洗面用具だけをトランクに詰めた。 母子手帳。 それだけは、何よりも大切にバッグの奥深くにしまい込む。「……準備できたわ」「よし、行くぞ」 トランクのジッパーを閉め、征也はそれを軽々と持ち上げた。 玄関に向かう道すがら、私は一度だけ振り返り、この広く、冷たく、そしてたくさんの思い出が詰まったリビングを見渡した。 初めてここに来た日、恐ろしくて震えていたこと。 彼がキッチンでオムレツを焼いてくれたこと。 ソファで二人、身を寄せ合って眠った夜。「……未練があるか?」 玄関のドアノブに手をかけた征也が、私の視線に気づいて尋ねる。「ううん」 私は首を横に振り、彼の腕に自分の腕を絡ませた。「ただ、ちょっとだけ……掃除のしがいがない部屋だったなって、思って」 私の強がりに、
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