私がキッチンへ向かうのを見届けると、マグカップを置き、そそくさと陽向の待つベビーベッドへと向かっていく。 キッチンのシンクに水を張り、特売のニンジンを丁寧に洗う。 冷たい水が指先を通り抜け、微かに土の匂いが立ち昇る。 ピーラーで皮を薄く剥き、輪切りにする。包丁がまな板を叩くトントンという音が、静かな秋の朝のキッチンに響いた。 小鍋に少量の水を沸かし、ニンジンを入れる。 コトコトという小さな沸騰音と共に、湯気が立ち上る。次第に、ニンジン特有の甘く優しい香りがキッチンに広がっていった。 指でつまんで、すっと崩れるくらいまで柔らかく煮る。 それを今度は、裏ごし器に乗せ、木べらを使って丁寧にすり潰していく。 ゴリッ、という微かな摩擦音。 最初は固形だったオレンジ色の塊が、網目を通って、滑らかなペースト状へと変わっていく。 ただの一さじ。ほんの小さじ一杯分の量を作るために、これほどの手間と時間をかける。 不思議と、苦ではなかった。 すり潰しているのは、ただの野菜ではない。陽向の身体を作り、成長させていくための「命の欠片」なのだと思うと、木べらを動かす手に自然と力が入る。 「……よし、こんなもんかな」 小鉢に、ほんの少しのお湯で伸ばした十倍粥と、鮮やかなオレンジ色のニンジンペーストを並べる。 温度を確かめるために、スプーンの先で少しだけすくい、自分の手の甲に落としてみた。 人肌より少し温かいくらい。完璧だ。 小鉢をお盆に乗せてダイニングへ向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。 ダイニングテーブルの端に設置された、真新しい木製のベビーチェア。 そこに、首の周りにシリコン製の青いエプロンを着けられた陽向が、ちょこんと座っている。 ご機嫌な様子で、両手でテーブルの板をバシバシと叩きながら、よだれを垂らして笑っていた。 問題は、その横に立つ男だ。 征也は腕組みをしたまま、まるで重大な契約の署名を見届けるかのような鋭い眼差しで、陽向の口元をじっと監視している。 「……征也、そんなに睨みつけたら、陽向が緊張して食べなくなっちゃうわよ」 「睨んでなどいない。ただ、口への運び方は適切か、万が一喉に詰まらせた場合の応急処置に備えて、観察しているだけだ」 「大げさなのよ。ただのお粥とニンジンをすり潰
Last Updated : 2026-03-21 Read more