夕飯のあと、陽向はリビングで積み木を積んでいた。三段目まで積み上げては乾いた音を立てて崩し、そのたびに「あー」と大げさに悔しがる。床に転がる消防車の赤だけが、やけに鮮やかだった。 食器を片づけ終えた征也が、入り口で私を見る。私は頷いて、陽向のそばへ行った。 「陽向」 呼ぶと、ぱっと顔を上げる。「なあに?」 私は隣へ座り、まだ平らなお腹に手を置いた。「ここにね、とても小さい赤ちゃんがいるの」 陽向は私のお腹を見た。それから征也を見る。最後にもう一度お腹へ視線を戻し、真剣な顔で首を傾げた。 「どこ?」 「まだ見えないくらい小さいの」 陽向は身を屈め、私の服の裾を少し持ち上げようとした。見えない、と言われたことが、まだ腑に落ちないらしい。 「おもちゃ?」 征也が噴き出しそうになって咳払いをした。「違う。お前の弟か妹だ」 「ぼくの?」 「そうよ。陽向がお兄ちゃんになるの」 数秒の沈黙。陽向は急に立ち上がり、床を見回した。積み木の陰から赤い消防車を引っ張り出すと、両手で持って私の前へ戻ってくる。 「これ、かしてあげる」 胸が詰まった。 「まだ遊べないわよ」 「じゃあ、ここに置いとく」 征也が床へ片膝をついた。息子の手から落ちかけた消防車の梯子を指で戻し、そのまま陽向の話に耳を傾けている。 陽向は私のお腹の前へ消防車を置き、しゃがみ込む。「あかちゃん、だいじ。……これ、ちょっとなら、こわしてもいいよ」 征也が鼻の付け根を押さえた。私は笑いながら陽向を抱き寄せる。 その夜、ベッドへ入る前、征也は赤い消防車を手に取っていた。「あいつがこれを貸すとはな。俺が触った時は怒ったくせに」 「あなたも落ち着かないくせに。今日だけで育児用品のサイト、何件見たの?」 「必要な情報収集だ」 「まだ性別も分からないのに?」 彼は言い返さず、消防車をそっと元の場所へ戻した。 私のお腹の前に置かれた、小さな兄からの最初の贈り物。それを見つめる征也の横顔は、もう不安だけではなかった。 陽向はその夜から、消防車を私のお腹の近くへ置くのが日課になった。寝る前には必ず「おやすみ」を言い、朝になると「まだいる?」と聞く。 「いるわよ」 「きょうも?」 「今日も」 その確認を何度も繰り返す。幼い息子にとって、目に見えない
Last Updated : 2026-04-05 Read more