運ばれてくる料理はどれも緻密に計算されており、舌の上で新しい香りと食感が弾けるたびに、小さなため息が漏れる。 最近見た映画のあらすじや、次の休みに新しくできたショッピングモールへ行く計画など、意識して「子供のいない話題」を投げる。向こうもそれに合わせ、重役会議でのバカバカしい裏話や、学生時代のくだらない失敗談などを、低い声で楽しそうに語ってくれた。 久しぶりに触れる、ただの「一人の男」としての輪郭。 目の前でワイングラスを傾ける仕草や、時折見せる少しだけ意地悪な笑み。 やっぱりこの顔がたまらなく好きだという感情が、アルコールの熱と一緒に胃の奥からじんわりと広がっていく。 しかし。 メインの肉料理、艶やかなソースをまとった牛ホホ肉の赤ワイン煮込みが運ばれてきたあたりから、向かいの席の空気が少しずつおかしくなり始めた。 会話には的確な相槌を打っているし、目も合っている。 だが、視線が数分おきに、テーブルの端に裏返して置かれた黒い長方形へと滑り落ちるのだ。 先ほどのシュールな写真以降、端末は一度も震えていない。 それなのに、まるで重要な取引先の決裁の連絡を待ちわびているかのように、無意識のうちにそわそわと肩を動かし始めている。 「……美味しいね、これ」 「ん? ああ、このソース、すごく深みがあって美味い。家じゃ絶対に出せない味だ」 声にハッとしたように、慌ててナイフとフォークを握り直す。 しかし、その肉の切り方は、普段の流れるような所作とは程遠く、少しだけ乱暴で雑なものだった。 フォークの先端で肉を突き刺し口に運びながらも、黒い瞳は再びテーブルの端をかすめる。 「……気になってる?」 「え?」 「さっきから、スマホばっかり見てる」 少しだけ首を傾け、ナイフを置いて問い詰めると、図星を突かれたように大きく咳き込んだ。 慌ててウォーターグラスを掴み、水を一気に喉へ流し込み、ナプキンで口元を覆う。 「い、いや。そんなことはない。せっかく二人きりで食事をしているんだぞ。……ただ、あまりにも静かすぎるというか、あいつらから何のSOSもないと、逆に風呂場で転んで怪我でもしたんじゃないかと……」 「何もなければ連絡しないって、約束だったじゃない」 「そうなんだけどな。……鈴木の奴、変なところで生真面目だから、
最終更新日 : 2026-03-31 続きを読む