初日の午前中に作った見積書は、昼過ぎには赤字で埋まって戻ってきた。 数量を転記した欄にも、計算式にも線が引かれている。先輩は「ここからもう一度」とだけ言い、次の電話を取った。言い訳を挟む暇さえなかった。 顧客への同行訪問を終え、社長室へ呼ばれた時も、陽向はその紙を握っていた。 「営業ごっこだってさ。社長の息子に売り込まれるほど落ちちゃいない、って」 座るように言われる前に、口からこぼれた。征也は目を上げ、陽向の手元へ視線を移す。 「向こうで、その顔をしたのか」 「してない。……たぶん」 征也にまで見透かされた気がして、陽向は見積書を机へ伏せた。 「説明も最後まで聞いてくれなかった。だから、もう一回行く」 「先輩には話したか」 その人の顔を思い浮かべ、陽向は口を閉じた。帰り道、何度か話しかけられたが、ろくに返事をしなかった。 征也は机の書類を引き寄せた。 「去年、価格改定で揉めた相手だ。お前にではなく、うちに腹を立てている」 「だったら先に言ってくれよ」 「訪問前に、課で説明はなかったのか」 陽向は答えられなかった。覚えることが多すぎて、会社名と製品の話を追うだけで精いっぱいだった。征也はそれ以上問い詰めず、書類をこちらへ向けた。 相手の名と、打ち合わせの日付が並んでいる。今日、自分が話を通すことばかり考えている間にも、この先の仕事を続ける人たちがいるのだった。 「俺が行かなきゃ、先輩は話を聞いてもらえたのかな」 征也はすぐには答えなかった。 「かもしれんな。そこは本人に聞け」 慰めてもらえるとは思っていなかった。それでも胸の奥がちくりとした。陽向は書類の端を押さえ、今日の先輩の横顔を思い返した。客に笑って頭を下げていた。あれが、自分より悔しくなかったはずはない。 「……戻る。見積書も直さなきゃならないし」 机から紙を取り上げると、征也が赤字の欄を目で追った。 「これは、三回は戻されるな」 「二回で通す」 思わず返すと、征也はわずかに口元を動かした。 「担当にそう言ってこい。俺に勝っても通らんぞ」 社長室を出る時には、腹立たしさの向きが少し変わっていた。征也に何を言い返すかより、先輩の席へ戻って最初に何を言うかが気にかかった。◇ 営業部の窓には、傾き始めた陽が差していた。 先輩の
Huling Na-update : 2026-06-03 Magbasa pa