そして、腰を深く折った。 頭を下げるという行為。 これまでは、屈辱でしかなかった。天道の力に頼ることは、自分の敗北を意味すると思っていたからだ。 だが今は違う。 愛するものを守るためには、力が必要だ。相手の世界を丸ごと背負うだけの、圧倒的な覚悟と手段が。 その力を手に入れるためなら、どんな泥でもすする。 頭を下げたまま、絨毯の毛足を見つめる。 デスクの向こう側から、衣擦れの音が聞こえた。 征也が立ち上がり、ゆっくりとした足取りでデスクを回り込んでくる。 目の前に、仕立ての良いスラックスと、一点の曇りもない革靴が止まった。「……頭を上げろ」 静かな声に促され、陽向は顔を上げた。 至近距離で対峙する父親の顔には、嘲笑も、勝者の優越感もなかった。 あるのは、ただ静かに相手の覚悟の底を測るような、深い眼差しだけだ。「俺のやり方は、甘くないぞ。お前が今まで信じてきた『正しいだけの正義』など、通用しない世界だ。泥を被り、理不尽を飲み込み、時には他人の人生を踏み躙る決断を下さなければならない時が必ず来る」「分かってる。……もう、自分の無力さで誰かを泣かせるのは、ごめんだ」 陽向の声には、微かな震えがあった。 結月が電話口で流した涙の匂いと、しゃくり上げる声が、今でも鼓膜の裏側にこびりついている。 あんな思いは、もう二度とごめんだ。 征也は陽向の目をじっと見つめ返し、やがて短く息を吐いた。「明日から、本社営業部の第三課に入れ。平社員からのスタートだ。身分を隠す気はない。周囲の妬みや足の引っ張り合いも、すべて自分の力で切り抜けろ」「……分かった。よろしく頼む」 陽向が再び短く頭を下げると、征也は窓の外へと視線を移した。 いつの間にか日が完全に沈み、東京の街には無数のネオンが海のように広がっていた。「……三田村。今日の予定は」「本日はこれ以降、来客および会議の予定は入ってお
آخر تحديث : 2026-06-03 اقرأ المزيد