その翌朝、CEO執務室は、息が詰まるような静寂に支配されていた。 空調の低い唸りだけが、広すぎる部屋の隅々まで染み渡っている。 私は自分のデスクに向かい、パソコンのキーボードを叩くふりを続けながら、ガラスの壁越しに見える隣室へ、何度も視線を盗ませていた。 天道征也は、いつもと変わらぬ冷ややかな横顔で、積み上げられた書類の山にペンを走らせている。 一分の隙もなく整えられた髪、獲物を射抜くような眼差し、彫像のように微動だにしない背筋。 その姿は、感情を持たない冷徹な経営者そのものだ。 けれど、昨日の会議室での出来事――テーブルの下で私のヒールを脱がせ、足先を執拗に愛撫した指の熱さや、会議が終わった瞬間に誰もいない部屋で抱き潰されたあの獣のような熱狂――が、まるで悪い夢だったのではないかと疑いたくなるほど、今の彼は遠くに見える。「……莉子」 不意にインターホンが鳴り、スピーカー越しに低い声が響いた。 油断していた心臓が、痛いほど大きく跳ねる。「は、はい」「入れ」 短く命じられただけで、通話はぷつりと切れた。 私は立ち上がり、スカートの裾を無意識に撫でつけて皺を伸ばすと、重厚なマホガニーの扉に手をかけた。 ノブを回して中へ入ると、鼻孔をくすぐるのは微かなコーヒーの香りと、そして彼が纏う独特の空気感。 征也は書類から顔を上げず、さらさらとサインを続けながら口を開いた。「急だが、今日から一週間、日本を離れる」「……え?」 思考が、一瞬で凍りついた。 日本を、離れる?「ニューヨークで緊急の買収交渉が入った。今夜のフライトで発つ」 征也はようやくペンを置き、ゆっくりと私を見上げた。 その瞳はいつものように鋭く私を射抜いていたけれど、その奥には、どこか噛み殺したような苛立ちの色が滲んでいる。「一週間……ですか」「ああ。予定ではな」 たった一週間。 頭ではそう理解しようとするのに、胸の奥底
Last Updated : 2026-01-16 Read more