All Chapters of 没落令嬢の家政婦契約 ~冷酷CEOは、初恋を逃さない~: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話 深夜の侵入者⑥

 彼は最後の数メートルを一気に詰めると、私を抱きしめた。 いや、衝突したと言ったほうがいいくらいの勢いだった。「……っ!」「馬鹿野郎……! 外に出るなと言っただろう!」 怒鳴り声。 でも、私を抱きしめる腕は、肋骨がきしむほど強く、そして小刻みに震えていた。「無事か……怪我はないか……!」 彼の大きな手が、私の肩や背中、腕をせわしなく撫で回し、傷がないかを確認している。「う、うん……大丈夫……」「よかった……本当に、よかった……」 征也は私の濡れた髪に顔を埋め、深く、長く息を吐いた。 雨の匂いに混じって、彼の匂いがする。 ムスクと、煙草と、そして焦燥の匂い。 熱い。 彼の体温が、濡れたシャツ越しに直接伝わってくる。「ごめんなさい……私が、鍵をかけ忘れたから……」「謝るな。俺の責任だ。俺が……お前を置いていったからだ」 征也は私の顔を両手で挟み、雨に濡れた頬を親指で乱暴に拭った。 至近距離で見るその瞳は赤く充血し、目の下には濃い隈ができている。 一睡もしていないのだ。 私のために、地球の裏側から、すべてを投げ打って飛んできてくれた。「商談……大丈夫だったの……?」「知るか。あんなもの、どうでもいい」 彼は吐き捨てるように言った。 数百億の利益よりも、私一人の無事が重要だと言い切る傲慢さ。 それが、どうしようもなく嬉しくて、胸が詰まる。「お前がいなくなるくらいなら、会社なんて潰れても構わない」 極端で、狂気じみた執着。 でも、今の私にはそれが必要だった。 空っぽの私を
last updateLast Updated : 2026-01-18
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第72話 風邪と甘い看病①

 目を開けようと力を込めても、まぶたが鉛を詰め込んだように重く、言うことを聞いてくれない。 全身が、とろとろに熱かった。 体の芯に熾火(おきび)でも埋め込まれたかのように、内側からじりじりと炙られている感覚がある。喉はからからに乾いて張り付き、身じろぎするだけで関節の節々が軋むように痛んだ。「……う、ん……」 熱に浮かされた喉から小さく声が漏れると、すぐ近くで衣擦れの音がした。 大きな手が、熱を持った私の額に触れる。 ひやりとした、冷たくて硬い感触。大きく骨張ったその掌の温度が、火照りきった肌には涙が出るほど心地よかった。「……目が覚めたか」 低く、どこか感情を押し殺したような声が鼓膜を震わせる。 ぼやけて定まらない視界をなんとか凝らすと、枕元に腰かけた征也の顔が、輪郭を持って浮かび上がった。 いつもなら一分の隙もなく撫でつけられている黒髪が、今は無造作に額に落ちている。服装も、相手を威圧するようなオーダーメイドのスーツではない。ゆったりとしたチャコールグレーのニット姿だ。そんな無防備な彼を見るのは、あの嵐の夜以来かもしれない。「せ、いや……くん……?」「喋るな。喉が痛むだろう」 驚いて声をかけようとした私を制し、彼は唇にストローの先を押し当ててきた。 反射的に吸い込むと、よく冷えた水が口の中に広がる。ひび割れた大地に慈雨が染み込むように、水流が喉の奥へと落ちていった。 数口飲んで一息つくと、征也は私の額に、ごつんと自分の額を押し当ててくる。「……っ」 あまりの近さに、肺の中の空気が止まった。 長い睫毛(まつげ)。整いすぎた鼻筋。心配そうに細められた、夜の色をした瞳。 彼の肌から伝わる体温と、私の熱が混ざり合う。かすかに、石鹸のような清潔な匂いがした。「まだ高いな。三十九度近くある」 彼は眉間に深い皺を刻み、誰かを責めるように、けれどひどく悔しげに
last updateLast Updated : 2026-01-18
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第73話 風邪と甘い看病②

「……ほら、口を開けろ」 人肌ほどの適温になったスプーンが、私の口元に差し出される。 いわゆる「あーん」だ。 子供扱いされているようで、恥ずかしさに顔の熱がさらに上がる気がした。「じ、自分で食べます……」「手が震えているだろうが。こぼしてシーツを汚すつもりか? ……いいから開けろ、莉子」 言葉こそ命令口調だけれど、その声色はどこまでも甘く、過保護に響く。 私は観念して、小さく口を開けた。 とろりと煮込まれた粥が、舌の上でほどけていく。 優しい。 驚くほど繊細で、深い味わいだった。卵のまろやかな甘みと、出汁の塩気が絶妙なバランスで体に染み込んでくる。「……おいしい」「当たり前だ。俺が作った」「えっ……?」 思わず目を見開くと、征也はバツが悪そうにふいと視線を逸らした。「……使用人に作らせようとしたが……今の時期、誰が何を入れるかわからん。お前の口に入るものは、俺が管理する」「……まさか、毒見まで?」「お前を守るためなら、何だってする」 大真面目な顔で言われて、胸の奥がきゅんと音を立てて締め付けられた。 昨夜の侵入者騒ぎ。あれ以来、彼の警戒心は張り詰めた糸のように極限まで達しているのだろう。私を守りたいという一心で、キッチンに立ち、料理まで自分でしてしまうなんて。 この人は、どこまで不器用で、どこまで徹底しているんだろう。「ほら、次だ」 差し出されるスプーン。 私は巣の中の雛鳥のように、彼から与えられる食事を一口、また一口と受け入れた。 彼が息を吹きかけるたび、その唇の動きに見とれてしまう。湯気を払う仕草が、どうしてこんなにも色っぽく見えるのだろう。 冷たい水で濡らしたタオルで、私の汗ばんだ首筋を拭いてくれる手つきも、いつもの強引さが嘘のように丁寧で
last updateLast Updated : 2026-01-18
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第74話 風邪と甘い看病③

 けれど、征也は私の手を両手で包み込み、逃がさないように強く握りしめた。「俺が、お前の側を離れない。……これからは、俺の目の届く範囲ですべて管理する。一秒たりとも、勝手に怯えたり、壊れたりすることは許さない」 それは、愛の告白というにはあまりに傲慢で、けれど痛々しいほど切実な響きだった。 支配者が、自分の所有物を守りきれなかったことへの悔恨。 私の弱さが、彼の完璧だったはずの計画を狂わせてしまったのだ。「仕事は……?」「全部キャンセルした。秘書たちには、俺が死にかけたと言ってある」「そんな……嘘までついて……」「嘘じゃない。……お前がいなくなったら、俺は死ぬ」 真顔で言われた言葉の重さに、息を呑んだ。 彼の瞳は、暗く、深く、私だけを映している。 そこにあるのは、狂気スレスレの執着。けれど、それは間違いなく「愛」に近い熱量を孕(はら)んでいた。 熱のせいだろうか。 それとも、彼の常軌を逸した執着に、心のどこかで安らぎを感じてしまっているせいだろうか。 張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れた音がした。 視界が歪む。 目の前の彼が、四年前の「征也くん」と重なる。 隣のアパートに住んでいた、不愛想だけど不器用なほど優しかった男の子。 私が恋をして、そして私の浅はかさで傷つけてしまった、世界で一番大切な人。「……せい、や……くん……」 意識が朦朧としてくる。 体と心の境界線が曖昧になり、奥底に重く蓋をして封じ込めていた本音が、泡のように浮かび上がってきた。「……すき……」 頬を撫でていた征也の動きが、ピタリと止まる。「……なんだと?」「すき……
last updateLast Updated : 2026-01-19
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第75話 母の見舞いと疑念①

 病院特有の、鼻の奥をツンと刺すような消毒液の匂いが満ちている。  磨き上げられたリノリウムの床は、ヒールの硬い音をカツ、カツと冷たく反響させ、そのたびに足元から温度が奪われていくようだった。  都内でも指折りの設備を誇る大学病院、そのさらに奥にある特別棟。  重厚なセキュリティゲートを二つ抜け、専用のエレベーターで上がった最上階は、下の外来病棟の喧騒が嘘のように静まり返っている。  すれ違う看護師たちは皆、音もなく滑るように歩き、私を見ると恭しく、けれどどこか事務的な会釈をして通り過ぎていく。 「……ここに来ると、息が詰まりそう」  誰に聞かせるでもない呟きが、白く塗り込められた壁に吸い込まれて消えた。  ここは、征也が母のために用意してくれたVIPフロアだ。  一泊数十万円は下らない個室に、二十四時間体制の看護、海外から招かれたという専門医チーム。  母の命を救ってくれた夢のような環境。  けれど、その過剰なまでの警備と静寂は、ここもまた、あの屋敷と同じく天道征也の手のひらの上なのだと、私の肌に突きつけてくるようだった。 「莉子様、お待ちしておりました」  病室の前に立つと、専属の看護師長が柔和な笑みを浮かべて迎えてくれた。  非の打ち所のない立ち振る舞いだったが、その笑顔はどこか精巧な仮面のように貼り付いていて、目の奥までは笑っていないように見える。 「母の容体は、どうですか」 「順調ですよ。今日は顔色もよく、朝食も半分ほど召し上がりました」 「そうですか……よかった」  胸を撫で下ろす。  けれど、ふとした違和感が指に刺さった棘のように引っかかった。  先週来た時も、その前も、彼女の報告は判で押したように同じだ。「順調です」「変わりありません」。  具体的な数値や、今後の治療計画について尋ねようとすると、いつもやんわりと、けれど拒絶の意志を感じさせる手際ではぐらかされてしまう。  考えすぎだろうか。素人の私に説明しても分からないと思われているだけなのかもしれない。  私は自分の中の小さな澱(おり)を無理やり沈め、ドアノブに手をかけた。
last updateLast Updated : 2026-01-19
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第76話 母の見舞いと疑念②

「顔色が良さそう。……加減はどう? どこか痛むところはない?」 駆け寄って手を握ると、母の細い指が私の手を弱々しく、けれど確かに握り返してきた。 その温もりに、張り詰めていた心がふわりと解ける。 この温もりのために、私はあの契約書にサインしたのだ。間違いじゃなかった。「ええ、とても楽よ。ここの先生方も看護師さんも、本当によくしてくださるの。……全部、天道様のおかげね」 母の口から出た名前に、心臓が小さく跳ねた。「そう……ね」「あの方には、なんと感謝してもしきれないわ。こんな身分不相応な部屋を用意してくださって、最高の手術まで……。莉子、あなたは本当によく尽くしていただいているのね」 母は、私が「住み込みの家政婦」として働いていることは知っているが、その契約の中身――借金の肩代わりと引き換えに、体も自由もすべて売り渡した歪な関係であることまでは知らない。 征也が、うまく口裏を合わせてくれているからだ。「……ええ。社長は、とても……厳しいけれど、責任感のある方だから」 嘘ではない。けれど、真実の半分も言えていない。 征也が私に与えるのは、慈愛に満ちた保護だけではない。狂気じみた独占欲と、窒息しそうな束縛。 昨夜、彼と交わした熱い口づけや、今も下着の下に残る彼の指の感触がまざまざと蘇り、私は罪悪感で目を伏せた。「それより、お母さん。手術の後の経過について、先生から何か詳しい話はあった? リハビリの計画とか、退院の目処とか」 話を逸らすように尋ねると、母は不思議そうに首をかしげた。「それがねぇ……詳しいことは『天道様にお伝えしてあります』って仰るばかりで、私にはあまり教えてくださらないのよ。……お忙しい方だから、私が余計な心配をしないようにってご配慮くださっているんでしょうけど」「え……?」 母にも、伝えてい
last updateLast Updated : 2026-01-19
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第77話 母の見舞いと疑念③

 ◇「少し、飲み物を買ってくるね」 一時間ほど話し込み、母が微睡み始めたのを見計らって病室を出た。 廊下は相変わらず、耳が痛くなるほど静まり返っている。 自動販売機コーナーへ向かおうと、角を曲がった時だった。「……莉子ちゃん」 不意に背後から声をかけられ、心臓が口から飛び出しそうになった。 その声は、柔らかく、清潔で、けれどどこか肌にまとわりつくような湿り気を帯びていた。 振り返ると、そこに神宮寺蒼が立っていた。 淡いベージュのスーツに、銀縁の眼鏡。手には見舞い用だろうか、豪勢な花束を抱えている。 この厳重なセキュリティを、どうやって抜けてきたのだろう。「蒼、くん……? どうして、ここに」「君に会いたくて。……それに、お母様のことも心配だったからね」 彼は人好きのする笑顔で近づいてくる。 けれど、私は反射的に半歩後ずさっていた。『神宮寺が嗅ぎ回っている』 征也の低い声が、警告音のように頭の中で鳴り響く。「……帰って。社長に見つかったら、大変なことになる」「天道のことなんてどうでもいいよ。……それより莉子ちゃん、顔色が悪いね。ちゃんと眠れてる?」 蒼くんは私の拒絶を意に介さず、心配そうに眉を下げて手を伸ばしてきた。 その指先が私の肩に触れようとした瞬間、私はびくりと体を強張らせた。 征也以外の男に触れられることへの、生理的な拒否感。 頭で考えるより先に、体が勝手に拒絶している。 それに気づいたのか、蒼くんの手が空中で止まり、眼鏡の奥の瞳が一瞬だけ凍りついたように細められた。「……随分と、飼い慣らされたものだね」「え……?」「あの男に、何を吹き込まれたの? 『俺以外信じるな』とか? それとも『俺が守ってやる』とか?」 図星だった。 言葉に
last updateLast Updated : 2026-01-20
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第78話 母の見舞いと疑念④

「君、カルテを見せてもらったことはある? 具体的な数値を聞いたことは? ……ないだろうね。天道が箝口令を敷いているからだ」「どうして、そんなこと……」「簡単なことさ。……君を縛り付けておくための『人質』だからだよ」 世界が、ぐらりと傾いた気がした。 人質。 母が?「お母さんが元気になって退院してしまったら、君は自由になってしまう。借金なんて、君が本気で働けばいつかは返せる額だ。……でも、病気が完治せず、常に高額な治療が必要な状態が続けば、君は永遠に彼に縋るしかない」「やめて……! 征也くんは、そんな人じゃない! 彼は不器用だけど、母のことを本気で心配して……」「不器用?」 蒼くんは嘲笑った。「彼はビジネスマンだよ、莉子ちゃん。損得勘定でしか動かない冷血漢だ。……君のお父さんの会社を潰した時も、そうやって『救済』を餌に近づいて、最後は骨までしゃぶり尽くした」「っ……!」 父の会社の倒産。 それは、経営不振が原因だと聞いていた。でも、その裏でどこかの大企業が父の会社の不利になるように動いていたという噂は、当時から絶えなかった。 もし、それが征也の思惑によるものだったとしたら? もし、彼が最初からすべてを仕組んでいて、今もまた、私を籠の中に入れておくために母を利用しているとしたら?「信じられないなら、確かめてごらんよ。……今、院長室に誰がいるか」 蒼くんは私の耳元で、甘く囁いた。「天道が来ているよ。……君に内緒で、主治医と密談するためにね」「征也くんが……来てる?」 今日は重要な会議があるから、迎えには来られないと言っていたはずだ。 夕方まで会社にいると。「……行けばわかるさ。
last updateLast Updated : 2026-01-20
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第79話 母の見舞いと疑念⑤

 ◇ 靴音が、やけに大きく響く気がした。 消毒液と微かな花の香りが混ざり合う、西棟の三階。 ここは一般の面会人が立ち入ることのできない、特別病棟だ。 足が勝手に動いているわけではない。引き返すべきだと頭のどこかで警鐘が鳴っているのに、征也から預けられていたセキュリティカードを握りしめた指が、熱を持ったように離れないのだ。 電子ロックにかざすと、無機質な電子音と共にランプが赤から緑へと変わる。そのあまりにあっけない解除音が、まるで私の背中を突き飛ばしたかのように感じられた。 嘘だ。あんなの、蒼くんの作り話に決まってる。 昨夜の征也くんを思い出す。 乱暴なようでいて、壊れ物を扱うように慎重だった指先。耳元で囁かれた『お前が必要だ』という言葉の、焦げるような熱量。 あの時、私の肌に触れていた彼が、母を人質に取るような真似をするはずがない。わざと病を長引かせて、私を縛り付けるなんて。 けれど、母の言葉が棘のように胸に刺さったまま抜けない。『詳しいことは教えてくださらないのよ』『天道様にお任せしておけば安心だからって』 本当に? もし、母の回復が遅れているのが、ただの不幸な偶然ではなかったとしたら。 もっと確実な治療法があるのに、誰かの意図で遠ざけられているのだとしたら。 一度芽吹いた疑念は、黒い蔦のように思考を絡め取っていく。 この一ヶ月、私は彼に与えられる情報だけを飲み込み、彼の用意した箱庭の中で生きてきた。それが愛による守護なのか、あるいは飼い殺しにするための囲い込みなのか、今の私にはもう判断がつかない。 長い廊下の角を曲がると、院長室の重厚な扉が目に入った。 その両脇には、石像のように無言で直立する屈強なSPたちの姿がある。 息が止まった。 本当に、来ている。 会社にいるはずの時間だ。私には仕事だと告げて家を出た彼が、嘘をついてここにいる。 その事実だけで、蒼くんの言葉が急に重みを増してのしかかってくる。 私はとっさに観葉植物の陰に身を滑り込ませ、自分の心臓の音すら悟られまい
last updateLast Updated : 2026-01-20
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第80話 母の見舞いと疑念⑥

「……例の件、頼みましたよ」 低く、よく通る声が廊下に落ちる。「はい、天道様。……しかし、これ以上隠し通すのは、ご本人にもお嬢様にも……」 担当医が言い淀み、視線を泳がせた。 隠す? 何を?「余計なことは言わなくていい」 征也の声が、鋭い刃物のように医師の言葉を断ち切った。「莉子には何も知らせるな。彼女に余計な不安を与える必要はない。……すべて、俺がコントロールする」「……はっ、承知いたしました。データの改竄……いえ、調整の方も、指示通りに」「金はいくら積んでも構わん。……絶対に、こちらの管理下から出すな」 征也が懐から取り出したのは、厚みのある茶封筒だった。 院長の胸ポケットに、それを無造作にねじ込む。 膨らみきった封筒の厚み。 中身が何であるかなど、想像するまでもなかった。 喉の奥から悲鳴がせり上がりそうになり、両手で口を覆う。 本当だったんだ。 情報を遮断し、カルテの数値を書き換え、金で医師を黙らせて、母を「管理下」に置いている。 『莉子には知らせるな』と、箝口令まで敷いて。 視界がぐらりと歪んだ。 涙ではない。足元の床板がすべて抜け落ち、底なしの暗がりへ突き落とされるような感覚だった。『お前を守るためなら、何だってする』 あの言葉は、嘘だったの? いいえ、違う。きっと彼にとっては、それこそが真実なのだ。 あの人にとって私を「守る」ということは、手の届く範囲に釘で打ち付け、逃げられないように檻の中に閉じ込めておくことと同義なのだから。 そのためなら、母の病状さえも利用する。 それが、天道征也という男の本性。 胃の腑が焼けつくように熱くなり、指先は氷水に浸したように冷え切っていく。 ここにいてはいけない。 私は音を立てない
last updateLast Updated : 2026-01-20
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