私は恋人の零士と一緒に、山奥にあるカフェに向かった。途中までは車で行って、その後は徒歩で。他愛のない話をしながら、30分くらい歩いたかな。 カフェに入って店員さんに「2名で」と伝えると、怪訝な顔をされた。何かおかしなこと言ったかな?「何食べたい?」「とりあえず珈琲かな。それと、季節のケーキ。あ、今はさくらんぼのケーキだって。美味しそう」「いいね。僕もそれで」 店員さんに珈琲ふたつと、さくらんぼのケーキを注文した。やっぱり店員は訝しげで、ちょっと居心地が悪い。「そういえば、ここに来たのはもうひとつ理由があってね」「なぁに?」「景色が綺麗なところがあるんだって。そこに君を連れていこうと思って」「へぇ、それは楽しみ」 珈琲とさくらんぼのケーキが運ばれると、舌鼓を打ちながら、この後の予定を話す。 会計を済ませて歩く。なんとも言えない違和感。それと、かすかなめまい。頭の中に霞がかかったような感覚。 隣を歩く恋人を見上げる。そういえば、この人なんて名前だったっけ? まだ、1度も名前を呼んでない。 思わず立ち止まると、恋人は私の顔を覗き込んでくる。「どうかした?」「え? えっと――」 なんて言っていいのか迷ってると、誰かが私の手を掴んだ。振り返ると知らない男性。急いで来たのか、汗をかいて息を切らしてる。「よかった、間に合って――。大丈夫ですか?」 男性の体温と言葉で、霞がかった頭の中がスッキリして、めまいもなくなった。 私はひとりでここに来てた。 恋人と思っていた男は、いつの間にか消えてる。「あの、私――」「とりあえず、さっきのカフェに戻りましょう」 男性に腕を引かれ、カフェに戻る。店員さんは、私達を見てホッとしたような顔をしてる。 席に座ると注文してないのに紅茶が出てきた。「あの、注文してないです」「いいのいいの。僕がここの店主だから。話すのに飲み物があったほうがいいだろ? まず、あそこを見てごらん。君が座ってた席だ」 男性に言われて、少し前まで彼と座っていた席を見る。カップもお皿も片付けられてない。私が使っていたお皿は空っぽなのに、向かいの席にはさくらんぼのケーキがそのままある。 席に近づくと、カップの中も、彼のぶんだけ減っていない。「実は、この辺出るんだよ」 席に戻ると、店主は困り顔で言う。「ひとりで来る客が
Last Updated : 2025-12-21 Read more