やわらかな春風が舞い込む都内の児童養護施設。その遊戯室で、私のヴァイオリンの旋律がやさしく響き渡っていた。「わあ……! お姉ちゃん、すごく綺麗な音!」目の前で目を輝かせる子供たち。難しいクラシックではなく、誰の心にもすっと届く温かなメロディ。私の奏でる音に合わせて、子供たちが笑顔で手を叩き、歌い始める。かつて神崎家の暗闇の中で、恐怖に怯えながら奏でていた絶望の音。ケビンの支配のもと、寸分の狂いも許されずに弾いていた孤高の音。それらを経て辿りついた今の私の音は、傷ついた誰かの心にそっと寄り添うための「自由な旋律」だった。右肩の傷痕が微かに疼くたび、私は自分が生きてここに立ち、自分の意思で弓を握っている喜びを噛みしめる。演奏が終わると、大きな拍手が部屋を満たした。「音羽先生、ありがとうございました!」施設長に礼を言い、控室でヴァイオリンを『黒のストラディバリウス』のケースへ大切に収めていると、トントン、と扉がノックされた。「入ってもよろしいでしょうか?」現れたのは、西園寺玲奈さんだった。彼女の表情には、どこか穏やかな温もりが浮かんでいる。「玲奈さん! お忙しいのに来てくださったの?」「ええ。音羽さんの演奏、影から聴かせていただいたわ。……本当に、あたたかくて素晴らしい音色ね。……そして、蓮様からの定期の手紙をお預かりしてきたの」玲奈さんは優しく微笑むと、一枚の丁寧に折りたたまれた便箋を私に手渡してくれた。手紙を受け取る指先に、小さな愛おしさが宿る。蓮は今、服役しながら神崎家の過去の清算と被害者への賠償手続きを、自らの意志で一つひとつ丁寧に進めている。刑務所内での作業にも真面目に取り組み、一人の人間として己の罪と真っ直ぐに向き合っていた。そっと便箋を開く。そこには、飾りのない、けれど力強く澄んだ蓮さんの文字が躍っていた。『音羽へ。春の温もりが届く季節になったが、体調や腕の傷の具合はどうだろうか。玲奈から、君が子供たちの前で笑顔で演奏していると聞いた。君が音楽を通じて誰かを温めていると知るたび、僕の胸の奥にも小さな光が灯るようだ。僕は今、ここで自分の過去と向き合い、一つずつ不透明だったものを正している。かつて君に与えてしまった絶望の深さを考えれば、服役の月日などほんの一歩に過ぎない。けれど……もし許されるのなら、僕はこの
Huling Na-update : 2026-09-28 Magbasa pa