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第181話

萌花と時雄の周りには、次々と人が集まってきた。誰もがグラスを掲げ、祝いの言葉を口にしている。来希は小さく鼻で笑った。あの様子だけ見れば、まるで和樹が二人の実の息子であるかのようだ。向こうは和やかな祝賀ムードに包まれている。その一方で、来希は人目につかない場所に身を潜めるしかなかった。しばらく待っていると、ようやく機会が訪れた。最上階の宴会場は、吹き抜けの二層構造になっている。両側の螺旋階段を上がると、上階には休憩用のラウンジと個室が並んでいる。萌花がその上階へ向かうのを見て、来希は静かにそのあとを追った。上へ上がると、会場の喧騒は遠のき、空気が一気に静かになった。来希は廊下を進み、萌花が入っていった個室の前で足を止めた。ノックはしなく、そのままレバーハンドルを下げ、中へ入った。萌花は中で休んでいる。ドアの開く音を聞いて、時雄が来たのだと思って、入口のほうへ目を向けた。しかし、そこに立っているのが来希だとわかった瞬間、その目から温度が消えた。「来希……どうしてここにいるの」声もひどく冷たい。来希は中へ入ると、背中でドアを閉めて、内側から鍵までかけた。その動きを見て、萌花も表情がさらに冷えた。彼女はソファから立ち上がった。「来希、何のつもり?」来希はようやく部屋の奥へ歩みを進めた。今日はたしかに、かなり酒を飲んでいて、足取りにはわずかな乱れがある。それでも頭の中だけは、妙にはっきりしている。彼は一歩ずつ萌花の前へ近づき、その目を見据えた。「幸林テクノロジーが上場した。見ただろう?」萌花の唇に、冷ややかな笑みが浮かんだ。「そう。おめでとうございます、幸田社長」声は丁寧だった。けれど、そこに温度はまるでなかった。来希は、そのそっけなさがどうしても気に食わない。萌花が幸林テクノロジーにまったく関心がないはずがない。あの会社には、彼女だって少なからず力を注いできたのだから。「幸林テクノロジーは、この三年で最も勢いのあるテック企業になった。俺の資産も、もう百億円を超えている」萌花の表情は少しも変わらなかった。「それを言うために、わざわざここまで来たの?自慢なら、ほかのところでやってくれる?」来希は、ふいに問い返した。「おまえは時雄と結婚して、小林グループの株
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第182話

萌花の口元に浮かんだ笑みと、その目に宿る冷ややかな蔑みを見た瞬間、来希は胸の奥で何かが少しずつ崩れていくのを感じた。こんな反応を見たくて、ここへ来たわけではない。来希は萌花の肩をつかんだ。「萌花、今の俺を見ても、本当に少しも後悔していないのか。自分が何を失ったのか、まだわからないのか。俺は金持ちになったんだ。使い切れないほどの金だ。もうおまえも、おまえの家も、俺を見下す理由などない。おまえがあのとき、ほんの少し我慢して、もう少しだけ踏みとどまっていれば、俺の財産も名声も、すべておまえのものだ。十年も俺に尽くしてきたんだろう。おまえが欲しかったものは、結局こういうものなんじゃないのか。どうして、あと少し待てなかったんだ。でももう遅い。金も、名誉も、世間の羨望も、今はすべて俺のものだ。おまえには何の関係もない。悔しくないのか」萌花は力いっぱい来希を押しのけた。「触らないで」その目には、隠しようのない嫌悪が浮かんでいた。「もう話は終わり?」萌花は冷たく続けた。「来希、今日なぜあなたがここに来たのかくらい、わかっているわ。今の生活がうまくいっていないから、今さら私のことを思い出したんでしょう。上場したから何?お金を手に入れたから何?あなた、今本当に幸せなの?」来希は即座に言い返した。「もちろんだ。今が人生で一番幸せだ」萌花は皮肉げに笑った。「本当に幸せなら、わざわざ見せつけに来たりしないでしょ。そんな話をするのは、私が悔しい顔を見たいからでしょう。私が後悔していると思えれば、少しは自分が報われた気になれる。もしかしたら、私が泣いてすがってくるとでも思ったみたいね。でも来希、それは全部あなたの妄想よ。そこまで都合よく思い込めるなんて、ある意味すごいわね」来希は完全に取り乱した。「萌花、それ、本心じゃないくせに」「本心よ」萌花は少しも怯まなかった。「私はあなたと別れてから、毎日が本当に楽しい。自由で、息をするだけで空気まで軽く感じるくらい楽なの。後悔していることがあるとすれば、あなたにあんなに長い時間を無駄にしてしまったことだけ。今思い返すと、まるで檻の中に閉じ込められていたみたいだ。今では、あなたがはなの世話を押しつけたことに感謝しているくらいよ。あのことでければ、まだ
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第183話

その一言は、鋭い刃物のようで、来希の胸のいちばん深いところを、正確にえぐった。萌花の言うとおりだ。自分は幸せではない。いや、これまで一度だって、本当に幸せだと思えたことなどないのかもしれない。幼い頃は、あの田舎を出られさえすれば幸せになれると思っていた。けれど外の世界を知れば知るほど、彼は劣等感しか覚えなかった。もっと努力すればいい。成功すれば、きっと幸せになれる。そう信じて必死に上を目指した。仕事が順調になり、家もそれなりに穏やかだった頃でさえ、満たされたことはなかった。本当に愛する人と結ばれてこそ、幸せになれるのだと思った。しかし、はなと一緒になった今も、やはり幸せではない。今の来希には、金も、資産も、地位も、愛もある。それなのに、夜になると眠れない。胸のどこかがずっと落ち着かない。ふと気づいてしまう。萌花がそばにいて、二人で必死に前へ進んでいたあの数年こそ、自分の心がいちばん安らいでいたのではないかと。まるで呪いであった。彼はいつも何かを追いかけ、そして追いかけるたびに何かを失ってきた。「萌花、お前は本気で、俺がお前なしではまともに生きていけないとでも思ってんのか」萌花の目には、はっきりとしたうんざりした色が浮かんでいた。「幸田社長、あなたがどんな人生を送ろうと、私には何の関係もない。だから、もう私に関わらないで」その突き放した態度が、来希の理性をさらに削っていった。「いいよ。手に入らないなら、壊してやる」来希は飢えた獣のように飛びかかって、萌花をソファに押し倒し、服を乱暴に引き裂き、力で押さえつけた。休憩室の中には、萌花の悲鳴と、助けを求める声だけが響き渡った。そのような光景を思い浮かべるだけで、来希は胸の奥がひどく満たされる気がする。しかし、それはすべて彼の頭の中だけの妄想だ。本当は、そうしたくてたまらない。しかし前回の出来事は、まだはっきりと記憶に残っている。思い出しただけで、頬がうずくような気さえした。結局、来希は捨て台詞を吐くことしかできなかった。「萌花、俺は簡単には諦めない。いつか必ず、おまえは俺を選ばなかったことを後悔する。そしてそのときには、自分から俺のところへ戻ってくる。俺がさらに上へ上り詰めていくところをその目で見ていろ。俺は時雄を超える。そうな
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第184話

来希はそう言いながら、萌花に顔を近づけ、キスをしようとした。萌花はすぐに顔をそむけた。「来希。いつからかしら。あなたのそういう言葉を聞くたびに、気持ち悪いと思うようになったの」来希の背中が、ぴくりと強ばった。「昔のあなたは、甘い言葉なんて言えなかった。だから少なくとも、地に足のついた、嘘のない人だと思っていた。でも今ならわかる。言えないんじゃないのね。あなたはただ、偽善的で、自分勝手で、薄情な人間だけなの」萌花は冷たく笑った。「あなたの憧れの人で、今の奥さんでもあるはなが、この話を聞いたら、どう思うかしら」来希のまぶたが、不自然に跳ねて、嫌な予感がした。そして、その予感はすぐに現実になった。萌花は背後に隠していたスマートフォンを取り出し、その画面には通話中と表示されていて、相手の名前は、はっきりと「はな」と出ている。萌花はそのままスマートフォンに向かって言った。「はな、自分の夫くらいちゃんと見張っておいて。あちこちで女に手を出そうとされると迷惑なの。気持ち悪くて、吐き気がするわ」そう言うと、萌花は通話を切った。来希の顔色がみるみる変わった。まさか萌花が、裏ではなに電話をつないでいたとは思いもしなかった。つまり、今の言葉を全部はなに聞かれたということか。たしかに、あれはすべて本音だった。しかし、本音だからといって、はなに知られたいわけではない。屈辱と怒りがじわじわとこみ上げてきた。「萌花……よくもこんなことを……」「どうしたの?自分で口にして、自分でやろうとしたことでしょう。それとも、人に知られるのは困るの?はなにまで、あなたの卑怯さと薄っぺらさを知られるのが怖い?」萌花はさらに続けた。「でも、お二人はお似合いよ。片方は隙あらば外に手を出そうとするし、もう片方は子どものために都合のいい相手を探している。似た者同士、仲良くやればいいじゃない」来希は怒りで全身を震わせた。「萌花、おまえを絶対に許さない」「大声を出さないで。言い忘れていたけれど、はなも今日、この謝恩会に来ているわ。私に構っている暇があるなら、あと彼女にどう説明するか考えたほうがいいんじゃない?」そう言って、萌花はそのままドアへ向かい、扉を開けた。思いがけないことに、はなはすでに外に立っている。萌花
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第185話

来希もほどなくして出てきた。その目には、明らかに後ろめたさがにじんでいる。はなは涙に濡らした目でじっと来希を見つめている。今、自分にとって一番強い武器は、男の罪悪感だと彼女ははっきりわかっている。萌花のように愚かな真似はしない。少しでも夫の心が揺らいだだけで離婚をするなど、潔癖すぎる。そんなことをして損をするのは、結局自分だけだ。「はな、すまない。さっきのあれは、本当はそういう意味じゃなくて……」来希が言い終える前に、はなはその胸へ飛び込んだ。「来希さん、わかってるの。私を傷つけるつもりで言ったんじゃないって、ちゃんとわかってる。萌花さんは、私たち夫婦の仲を壊したいだけよ。だからああ言うように仕向けたんでしょう。本気で私をそんなふうに扱うはずがないって、ちゃんとわかってる」来希は、どう言い訳すればこの場を切り抜けられるか、まだ考えていたところだった。まさか、はなのほうからここまで都合よく理解を示してくれるとは思わなかった。ただ、その物わかりのよさのおかげで、来希の中にあった罪悪感はみるみる薄れた。萌花への未練は消えるどころか、むしろ萌花への未練を抑え込む理由がなくなったようにさえ感じた。「はな。わかってくれるなら、それでいい」「来希さん、本当はわかっているの。あなたの中に、まだ萌花さんへの気持ちが少し残っていることくらい。お二人は長い時間を一緒に過ごしてきたんだもの。すぐに忘れろなんて、ありえない。むしろ、簡単に忘れられないあなたは、それだけ情の深い人なんだと思っているの。そういうところも含めて、あなたを大切に思っているわ」はなの肯定と称賛は、来希の自尊心を心地よく満たした。彼は、こうして無条件に持ち上げられ、愛され、崇められる感覚が何より好きだ。その点だけは、萌花は本当にはなには及ばない。来希の中の自意識は、際限なく膨らんでいった。そのとき、はなの目から涙が一気にこぼれ落ちた。「でも、来希さん……私は本当にあなたを愛しているの。失うのが怖い。あなたがそんなふうだと、どうしても不安になってしまうの」涙に濡れながら、なおも自分への愛を訴えるはなの姿に来希の心はわずかに和らいだ。萌花と、はな。二人の自分への態度を思い比べると、やはり自分を本当に愛しているのは、はなのほうなのだと思えた。
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第186話

十分ほどして、はなは来希の腕に手を絡め、和樹の謝恩会の会場へ姿を見せた。その頃、萌花たちは主賓席にいた。はなは来希の腕に手を添えたまま、萌花には目もくれず、理香子と弘武の席へまっすぐ向かった。「お父さん、お母さん。来希さんも今日、ここで商談があったんです。和樹君にお祝いをしたいからって、予定を早めに切り上げて来てくれました」理香子は来希の姿を見ると、素直に嬉しそうな顔をした。なにしろ今の来希は、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、何度もニュースを賑わせ、若手起業家特集の雑誌にも取り上げられている。理香子が友達とアフタヌーンティーをしていても、話題は自然と幸林テクノロジーの上場に及んだ。そのたびに、周囲の夫人たちはいいお婿さんを持って、本当にお幸せね、とうらやましげに言った。「来希さん、はな。二人とも早くお掛けになってちょうだい」来希とはなは席に着いて、二人とも何食わぬ顔で、周りと談笑し始めた。その流れで、理香子はすっと立ち上がり、会場のステージへ向かった。「皆さま。本日は本当におめでたい日でございます。せっかくのこのよき日に、私からも一つ、嬉しいご報告をさせていただきます」理香子は満面の笑みで続けた。「娘のはなと、幸林テクノロジー代表の幸田さんが、一週間後に改めて結婚式を挙げることになりました。その際には、ぜひ皆さまにもご臨席いただけましたら幸いです」会場には、すぐに拍手が起こった。理香子が席へ戻ってくると、光代が冷ややかに笑った。「今日は和樹の謝恩会でしょう。お義姉さん、わざわざここで発表しなくてもいいのでは?招待状なら、あとでいくらでも出せるでしょうに」シャドウの件以来、光代のはなを見る目はすっかり変わった。あのとき光代は、はなのことは理香子がきちんと始末をつけるものだと思った。ところが返ってきたのは、来希とはなが改めて式を挙げるという知らせだった。もちろん、光代にもその裏側は見えている。結局、来希の会社が上場して注目を集めたからだ。将来性のある婿を手放したくないから、理香子ははなをかばうことにしたのだろう。光代は、そういうやり方を心底軽蔑していた。理香子はそう言われてむっとしたが、それでも表情を崩さずに言った。「はなの結婚式も、もちろん大切なことですもの。今日は和樹のお祝いの席ですけれ
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第187話

はなは、見下すように萌花を見た。「萌花さん、私はあなたとは違います。男が少しよそ見をしたくらいで我慢できずに離婚なんて、そんな馬鹿なことはしません。結局、得をするのはほかの女でしょう?」萌花は思わず吹き出した。「自分で自分のことをそこまで言う人、初めて見ました」はなもようやく、自分の言葉が自分に返ってきていることに気づいて、顔を赤くし、悔しそうに声を荒らげた。「萌花さん、手放したのはあなた自身ですよ。今さら取り戻そうとしても無駄です。あなたに、そんな隙は絶対に見せませんよ」萌花は淡々と言った。「回収済みの粗大ごみに興味はないです。二人で仲良くやってくれるのが一番ですよ」「強がらないでください。幸林テクノロジーはもう昔とは違います。私が幸林テクノロジーの株を十パーセント持っていると聞いて、本当に何とも思わないのです?少しも羨ましくないって言えますか?」萌花は笑った。「幸林テクノロジーの株なんて、たいした価値はないですよ」はなの顔色がわずかに変わった。しかしすぐに、勝ち誇ったように笑う。「やっぱり悔しいのですね。萌花さん、後悔してももう遅いですよ。来希さんが私と離婚することはありません。たとえ彼の心にまだあなたがいるとしても、それだけで勝つつもりにならないでほしいです。今、本当に幸田夫人は私なんですから」萌花が、幸林テクノロジーの株に価値などないと言った。はなにしてみれば、それは負け惜しみにしか聞こえない。手に入らないから、価値がないと言っているだけ。だが萌花は、静かに言った。「その株、大事に抱えて、今のうちにせいぜい楽しんでおくといいですよ。あとで負債の塊になって、手放したくても手放せなくならないといいですが」言い終えると、萌花はそのまま立ち去った。はなは、その背中を見つめながら、内心ひどく満たされている。あんなことを言うのは、悔しいからに決まっている。自分が持っているのは創業株で、それが負債になるなどあり得るはずがない。馬鹿馬鹿しい。はなはふいに、萌花の背中へ声を張り上げた。「叔母さん。私と来希さんの結婚式、必ずいらしてくださいね」帰り道、萌花はまた一度吐いてしまった。時雄は車を路肩に寄せ、怪訝そうに彼女を見た。「萌花、まさか、できたんじゃないだろうな」萌
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第188話

「今の私たちは、まだ子どもを考えられるところまでは来ていないと思う」時雄は少し不満そうに唇を尖らせた。「まさか、まだいつか俺のもとを離れるつもりでいるのか」萌花は素直に答えた。「そういうつもりはないよ」その口調は軽いが、言葉そのものは誠実だ。「時雄、私ね、本当に少しだけ、あなたのことが好きになってきた」時雄の目が、たちまち明るくなった。「それなら、日々の努力も報われたわけだ」萌花は手を伸ばし、時雄の頬を軽く叩いた。「でも、それはあくまで好きなのよ。時雄、私たちは好きだから一緒にいられるし、支え合うことも、互いに求め合うこともできる。でも、子どもを迎えるには、もっと深くて、もっと確かな愛が必要だと思う。そこまで行くには、まだ時間がかかるかもしれないわ」萌花は、自分が昔恋に盲目だったことを知っている。一度結婚に失敗してからは、今度は逆に、必要以上に冷静になったのかもしれないとも思う。今の自分のあり方が、時雄にとって公平ではないこともわかっている。それでも、もう賭ける勇気はない。賭けたいとも思わない。これからの人生は、自分のために生きたい。もう、自分の気持ちを後回しにする生き方はしたくない。時雄に対して自分ができるのは、ただ正直でいることだけだ。時雄は萌花を腕の中へ引き寄せた。「萌花。君が少しでも私を好きでいてくれるなら、それだけで十分嬉しい。本当だ。子どもにはこだわらない。ただ、いつか君が心から望んで、俺たちの子どもを迎えたいと思ってくれる日が来ると信じている」萌花も小さく笑った。「うん」それから数日、小林家は結婚式の準備で一気に華やいだ。理香子は、はなと来希の式を盛大に執り行うため、屋敷中を慌ただしく動き回っている。費用はすべて時雄が持つと言ったため、理香子は遠慮なく贅を尽くした。二人の結婚式は大きな話題になった。来希が今まさに注目を浴びていることもあり、各メディアまで動き始めた。理香子にとって、この結婚式はもはや一つの舞台になり、彼女は大々的に宣伝し、派手に飾り立て、街中に知らしめた。小林家の娘が結婚する。相手は、いま話題の若きテック企業経営者であり、百億円規模の資産家である来希である。その話は、たちまち街中に広まり、多くのメディアが、はなと来希にインタビュー
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第189話

来希の野心は、さらに膨らんでいる。もともと彼は、幸林テクノロジーの株式を三割保有していた。しかし、上場後の勢いを目の当たりにするうちに、その欲はますます大きくなっていった。最近組んだ融資の資金までつぎ込み、さらに信用取引で幸林テクノロジー株を買い増した。保有株は二千万株から、いつの間にか三千二百万株にまで増えた。資産額が日ごとに跳ね上がっていくのを見るたび、来希の中の欲望もまた、際限なく膨らんでいった。正直なところ、彼自身もここまで株価が上がるとは思っていなかった。そして今こそ、自分にとって最大の資産形成の機会だということも、よくわかっている。おそらく、人生で二度とない機会だ。今は一日で増える含み益だけで、上場前の幸林テクノロジー全体の価値に匹敵するほどだ。来希は、すでに売り抜けるタイミングまで計算していた。株価がもう一段上がったところで、手持ちの株を一気に手放すつもりだった。幸林テクノロジーの実態が、今の株価に見合うものではないことは、誰よりも彼自身がわかっている。主力事業は二年前からほとんど変わっておらず、テック企業を名乗りながら、目立った技術革新もない。しかも肝心の中核技術は、シャドウのDSPS特許に依存していた。その事実は、来希にとって常に喉に刺さった小骨のようなものだ。いざ表に出れば、会社の命取りになりかねない。そもそも幸林テクノロジーは、上場して資金を調達できなければ、早晩行き詰まる会社だ。上場後にここまで買われるとは、来希にとっても予想外だ。けれど会社の内情を一番知っているのは、ほかでもない彼自身だ。この勢いがいつまでも続くはずがない。ならば、熱が冷める前にできるだけ多くを手に入れるしかない。だからこそ、すでに相当な持ち株がありながら、彼はさらに借入金を使ってまで自社株を買い増している。あとは、高値で抜けるタイミングを待つだけだ。そのときには、数百億、場合によっては千億規模の資産を手にすることになる。そうなれば、もう一生、何に困ることもない。ただ、この数日、来希の頭を悩ませていることは、尚子のことだ。尚子の容体そのものは落ち着いているが、腎臓の機能は回復できず、週に二度の透析が必要になっている。彼女はその現実を受け入れられず、毎日のように病院で騒ぎを起こしていた
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第190話

来希が病室へ入ると、怜が床にしゃがみ込み、赤くなった目で割れたガラスの破片を片づけていた。あの一件以来、怜はずいぶんおとなしくなり、このところは病院に詰め、尚子の世話も嫌な顔ひとつせずにこなしている。いくら腹を立てたとはいえ、実の妹であることに変わりはない。来希も、本気で怜を田舎へ追い返すつもりまではない。ただ、普通の大学にさえ届かないとなると、今後どうするかはやはり頭の痛い問題だ。幸林テクノロジーの上場で注目を浴びるようになったこともあり、来希の中で怜への怒りは少しずつ薄れている。すでに怜には言っている。このまましばらくおとなしくしていれば、海外の学校に入れて、経歴だけでも整えてやる、と。だから怜も、このところは余計なことをせず、言われたことだけをしている。尚子は入口のほうを見た。来希とはなの姿を目にするなり、また大げさに泣きわめき始めた。「ああ、恩知らずだねえ。自分たちだけいい暮らしをして、私のことなんか放ったらかしじゃないの。私もお父さんのところへ行ったほうがましだよ。私がこんなふうになって、息子と娘は平気な顔をしてる。こんなの、生きてるだけで地獄だよ」「母さん、またそれか」来希はうんざりしたように言った。「今の生活のどこが不満なんだ。もう十分にしているだろう。治療費も病院の手配も、全部こっちでやっている。そこまで言われる筋合いはない」来希は、尚子のこの手の泣き言にほとほとうんざりした。少し前までは病状を考えて強いことは言わずにいたが、今の尚子は大声で怒鳴り、物を投げつけるだけの元気があるのを見て、遠慮する気も失せた。「親に向かって、よくそんなことが言えるね」尚子は信じられないという顔で来希を見た。来希はこれまでそれなりに親孝行だった。少なくとも、こんな口の利き方をすることはめったになかった。「あんたたちがもっと早く気づいてくれたら、私の体がここまで悪くなることもなかったんでしょ。週に二回も透析だなんて、こんなの牢屋に入れられてるのと同じじゃないか。もう一生、どこにも行けやしないわ」少し前まで、尚子は海外旅行に行く計画まで立てていた。それが今では、海外どころか、病院の近くから離れることさえままならない。「こんなことになるくらいなら、いっそ死んだほうがましよ」尚子はまた泣
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