LOGINあれから、半年以上がたっても、未だマリアンは帰ってこない。
私と桃山優斗は仲の良い夫婦のような生活をしていた。『寧々子、子ができたからにはマリアンとは離婚する。君とお腹の子と生きていきたい』
彼はマリアンと離婚し、私と家族を作ると約束してくれた。私のお腹に芽生えた命がある以上、父親はいた方が良い。
私のように親がいなくて寂しい思いはさせたくない。
きっと、両親が揃っている家が一番幸せなはずだ。ショックな事があり過ぎて、私は正常な判断を失っていた。
桃山優斗が私にした事は強姦で、彼は極めて自己中心的な男だ。 そんな強姦魔が父親であって、子が幸せな訳がない。それでも自分がしてきた経済的苦労や寂しさを思うと。私は彼と上手くやるのが得策だと判断してしまった。
今日もソファーで桃山優斗の髪を撫でながら、彼の昔話に耳を傾けている。
サラサラの黒髪に、端正で爽やかな歌のおにいさんのような顔立ち。 こんな男が女を身勝手に自由にしているなんて誰も思わないだろう。「僕の昔に住んでいたところ、本当に何にもないところでさ。見渡す田んぼが広がってるの。朝起きて顔がぬめっとしていると思ったら、蛇だったんだよ」
「何もなくないじゃないですか、蛇がいるじゃないですか」 「蛇じゃなくて、朝起きたら寧々子がいてくれる方が良い」うっとりした顔で頭を起こし、軽く口付けしてくる彼に寒気がする。
まるで、蛇とキスした気分だ。「バックパック一つでヨーロッパを回って、雷に打たれた気分になったよ」
「そこで、スペイン料理に出会ったんですね」 「フラメンコ見ながら食べたパエリャが激うまでさ」 この話は呆れるくらい何度も聞いている。まるで母親に話すように甘えた声を出す彼が気持ち悪い。 彼を好きになれた方がこれからの生活が楽なのに、彼に襲われた記憶が常に邪魔をする。「でも、まさか、こんなに成功できるとは思わなかったな。やっぱり、成功には勢いと運と情熱だよ」
「そうなんですか? 運があったのではなく優斗さんに実力があったんですよ」 聞き飽きた自慢話に相槌を打ちながら媚びを売る。 今日もマリアンと別れるという言質をとっておきたい。 彼が離婚してお腹の子の父親になってくれると言うから、私は吐き気を我慢しながら彼に寄り添っている。「マリアンさん、遅いですね」
「⋯⋯そろそろ、家に帰るって連絡がきたよ」 頬を染めながら話す桃山優斗に不安になる。彼は隠せていると思っているかもしれないが、マリアンに熱烈な恋をしている。
私を気に入っているのも本当だと表情から分かるが、この状態で彼が彼女と離婚を選択するとは到底思えない。「マリアンさんに離婚の話、してくれますか?」
「⋯⋯もちろんだよ。でも、マリアンの性格を考えると激昂するかもしれない。そこで、作戦があるんだ」 「作戦?」桃山優斗は立ち上がり、私の手を引く。
リビングのラグを取ると、そこに床下収納のような扉があった。 「せーの、オープン!」 床下の扉を開けると、そこに地下に続く階段が現れる。「何ですか?」
「秘密基地? 子供の頃、作ったりしなかった? 傘とか集めて屋根作ってさ」 「傘⋯⋯」 私はそんな遊びはした事がない。 支給された傘を遊びに使おうと思った事はなかった。『汚れ物と一緒にしないで』と自分で買った五百円の私にしては高級な傘は彼の妻に捨てられた。
「寧々子どうした?」 彼が怪訝な顔をしている。彼はいつもフラットに感情に流されず笑顔で接する私を好んでいる。
私は闇に呑まれそうな頭を振って、笑顔を作った。
今、彼に嫌われるのは得策ではない。彼に続いて地下二階分くらい降りたところに、広いスペースがあった。
そこにはベッドが置いてあって、私はここに来た頃の事を思い出し気分が悪くなる。 「ここって、シェルターか何かですか?」 「ふふっ、違う! 新しい寧々子の部屋だよ。お風呂もトイレもついてるよ」 得意げに軽いルームツアーを始める彼には嫌悪感しかない。 地下の湿気の多い場所に妊婦の私を追い込んで今度は何をするつもりなのか。「私は今までの部屋が良いです!」
「はぁ、分かってないな。寧々子のそのお腹見たら、マリアンが興奮して離婚の相談にならないだろ。だから、離婚が成立するまで、ここで潜伏してって言ってるの」 私はマリアンの激情型の性格を思い出し、自分を納得させようとした。「不安がらないで、ちゃんとマリアンがいない時にご飯を持ってくるし、ここで寧々子を愛してあげられるから」
私の肩までの髪を撫でながら、断ることなど許されない圧を掛けてくる彼。「出産前には離婚してくれるんですよね。この子を父親のいない子にしたくないんです」
少し胎動が始まったお腹を抑えながら、彼に訴える。お腹の子の為なら監禁にも似たような生活も我慢できる。「もちろん、じゃあ、今日からここが寧々子の部屋ね」
「⋯⋯はい」約束通り、彼はしょっちゅう私を訪れては食べ物を置いて行った。
そして、七ヶ月を過ぎたある日、訪れた女医さんから子供の性別を告げられる。 「女の子ですね」 「⋯⋯女の子」 私は頭の中で揃いのエプロンでクッキーを焼いたり、一緒に恋バナしたり妄想し始める。「よしっ!」
性別を知った時に桃山優斗がガッズポーズした理由が分かるのはその晩の事だった。夜になっても、食事が来なくて私は地下からの階段を上がった。
扉を持ち上げて外に出ようとした所で話し声が聞こえてくる。『女の子! 良くできたわね。私がちゃんと伝えた通り、産み分けゼリーを使ったて上手くできたじゃない』
久しぶりに聞く、凛としたマリアンの声に私の心臓の鼓動が早くなる。 あちらの声が聞こえるという事は、あちらも同様だろう。私は必死に息を潜めた。『少しは嫉妬してくれないの? 僕の奥さんはつれないなあ』
桃山優斗の聞きなれた甘えるような声。『嫉妬? ネコに対して嫉妬はしないわ。でも、あの子の骨格は完璧! 身長や体型だけでなく肌質も髪質も抜群よ。最高の遺伝子を持った娘が生まれるわ』
『僕もその最強の遺伝子を産む材料として、マリアンに選ばれたんだよね』 『そうよ。不満?』 『最高だよ! 君のような最高に悪い女を見た事ない。刺激的だ。今日は君と一晩中踊りたい』私を犯した時に言ったのと似たようなセリフを吐く桃山優斗。
「離婚する」という彼の言葉を私は信じきれなかった。 それは彼がどうしようもなくマリアンに惹かれているのを私が感じとってたからだ。『はぁ、優斗! 貴方の身長も肌質も髪質までも完璧よ。人は努力がどうとかいうけど、生まれ持ったものには勝てないの』
息遣いが荒くなったマリアンに彼らが何をしているか分かってしまう。 吐き気をもよおしながらも、私は浅はかだった自分への戒めを込めて彼らの喘ぎながらの会話を聴き続けた。『僕はどうしても嫉妬してしまうよ。夫に他の女を抱かせてまで、君は完璧な遺伝子を持った娘が欲しかったの? 全ては大河内セイの為だろう?』
『あっ、あん! そうよ。セイは神がくれたギフトを持ってるの。あの才能を輝かせる為にはミューズが必要。今は私がいるけど、私の後を継げる完璧な女を与えなきゃ。彼は永遠にファッションの神であり続けるのよ〜』 『僕を妬かせるなんて本当に悪い女だ! でも、最高に刺激的だ! 君が必要なんだマリアン』気が狂いそうながら桃山夫婦の情事を聞く夜はこの後も地獄のように続いた。
お互いに自分自身の価値に酔い過ぎていて他人を人とも思っていない。 狂った二人への復讐を誓うのに時間は掛からなかった。マリアンの代わりに彼女に用意された衣装に着替える。ロングの向日葵をモチーフとしたワンピースに腕を通すと、夜、温室で昼間あった太陽の方を向いたまま咲いていた向日葵を思い出した。今シーズンの春夏のフラワーシリーズのテーマは『LOVE OF FLOWERS』。向日葵の花言葉は『あなただけを見つめる』。きっとセイさんは太陽のような恋人に焦がれるようなイメージでこの服をデザインしたのだろう。「メイクの柳田です。冴島さん、肌綺麗ですね。メイク時間短縮できそうです」「お褒め頂きありがとうございます」メイクはイエローやパープルを基調として、非常にカラフルだ。普段、粉しかはたかない私が別人になれる気がした。「もしかして、冴島さんってハーフですか?」きっと柳田さんは私の身長の高さと肌の白さから純粋に疑問を投げかけたつもりだろう。でも、両親が誰かも知らない私には痛い質問だ。この間、突如蘇った記憶によると、私を殴っていた女が母親なら日本人だった気がする。「どうでしょう。多分、違うと思いますよ」「ふふっ、多分、違うって冴島さんは面白い方ですね」メイクが終わり、パープルダイヤモンドのジュエリーを身につける。パープルダイヤモンドの石言葉は『愛情』。モデルが身につけるジュエリーまで自分で選定することで有名なセイさん。セイさんの自室の本棚には石や花の由来や、色についての歴史など様々な本があった。彼はインスピレーションだけではなく、様々なメッセージを衣装にのせている。「お待たせしました!」スタジオに戻ると歓声が湧いた。「うわー見違えたねー。存在感あるわー。冴島さん先に他の子の単独を撮影したから、グループ撮影行こうか」「はい!」自分でも見違えたとは思うが、問題はここからだ。身長で存在感を出せても、マリアンが凄いのはポージングのバリエーション。指先まで綺麗で見惚れるだけでなく、ここまで体を捻れるのかというくらいの柔軟性もある。彼女はポージング一つとっても別格
「セイさん! セイさん!」私は彼に駆け寄って、彼の髪をかきあげ額を触る。朝から顔が赤いとは思っていたが、あえて指摘はしなかった事を後悔した。セイさんの額は燃えるように熱く、明らかに四十度近い熱がある。「寧々子? 幸子は泣かなかったか?」ボーッとした声を出すセイさんに少し腹が立った。「自分の心配してください。今、動けないくらい熱が上がってますよね」私に怒られ少しシュンとしたセイさんは引き出しから解熱剤の箱を出す。「お水⋯⋯」ウォーターサーバーが見えたので、私は紙コップに水を入れて差し出した。セイさんは解熱剤を水で流し込み、立ちあがろうとしてふらつく。私は慌てて彼の体を支えた。布越しにも体温がだいぶ高いのが分かる。「寧々子、解熱剤も飲んだし大丈夫だ。今からフォトシューティングの確認に行かないと」「全然、大丈夫じゃないですよね。インフルエンザだったらどうするんですか?」「インフルエンザ? この時期にか? 幸子に移ったら大変だな」また、幸子の心配をしている彼を愛おしいと思うと同時に呆れてしまった。「モデルさんに感染したらもっと大変ですよね。大人でこんな熱が出るなんて滅多にないと思うんです。一度、医者に診てもらってください」「そうなのか? 俺は割としょっちゅう熱を出すんだが、まだ子供だったのかもしれないな」普段、キレ者の彼が何だかフニャフニャしているし、言動も意味不明になっている。この状態の彼を人に見せたくないし、彼に無理をして欲しくない。「セイさん、かかりつけ医はありますか?」セイさんは鞄から診察券を出して見せてくれた。どうやらDEARESTは社内に内科も備えているようだ。「電話したら来てくれる。点滴と注射を打ってもらったら復活すると思う。面倒掛けて悪いな、寧々子」「私はセイさんを支えるのが仕事です!」私の言葉にフニャフニャとまた笑う彼をよそに、私は内線電話を掛ける。十分もしない間に、ワンレンの仕事がで
「これは一体なんですか?」セイさんに開けるように促され、そっと蓋を開ける。そこにはブルー系の宝石が沢山入っていた。綺麗に陳列してあり、名前や石言葉や重さまで記載してある。「本物を見て学ぶと良い。他の色もあるぞ。重いから石の勉強をしたい時はこの部屋でした方が良いかもな」「はい!」私はセイさんがいない時も彼の部屋に入る許可を正式に得た。どんどん彼と距離が縮まるようで嬉しかった。幸子がもうすぐ一歳になる頃には、セイさんは部屋に私のデスクと幸子のベビーサークルを用意してくれるようになっていた。そこでオモチャで遊んだり、ころっと寝てしまったりする愛しい子を見ながら好きな人と過ごす至福の時間。彼の仕事を手伝い、彼の食事を作り、愛しい娘を育てる生活に私はこれ以上のない幸福を感じていた。いつものように彼の部屋で資料の整理をしていると、突然彼から紙を差し出された。「これは?」「見ての通り、雇用契約書だ。今までタダ働きさせてしまってたようで忍びなかったんだ」「私の方がご厚意で居候させていただいているので⋯⋯」契約書を前に私はショックを受けていた。彼を支えて一緒に子供を育てる事で、まるで彼の妻になったような妄想をしてしまっていたようだ。「寧々子も早く自立してこの家を出たいだろ」「えっ?」窓の外を見ながら静かに語るセイさんの本音が分からない。赤の他人の親子が居候しているのは、普通に考えて迷惑なはずだ。私はここでずっと一緒にセイさんと暮らせるような錯覚に陥っていたが、当然彼だって新しい所帯を持つ。一見、芸術家肌で関わりづらく見えるセイさんだが、接する程に常識的で面倒見の良い方だとは私以外の女性も気が付く。きっと大切に育てられた優しいお嬢さんと結婚して素敵な家庭を作るのだろう。心臓を針で刺されるような痛みを感じながら、私は雇用契約書を読む。動揺して頭に内容が入って来ないが、かなりの高待遇だ。「保育園?」雇用契約書の後ろに保育園
「こうやって精一杯変な顔をさせても、好きなんです。もう、手遅れですね。寧々子さん、自分を卑下しないでください。寧々子さんを誰より大切に思ってる俺に失礼ですよ」少しムッとしたような顔をして私をリラックスさせようとしているカイさんは本当に優しい。「そうですね、私を好きになってくれてありがとうございます。カイさんが私に恋してくれた初めての人です」悲しいけれど、今まで誰にも好きになって貰った事はない。「誰より大切」だなんて誰かの一番になるのも初めてだ。「気持ちを返してくれたら嬉しいんですが、俺の事を好きになってくれなくても寧々子さんには幸せになって欲しいです」カイさんが苦悩の表情を浮かべながら、私に伝えてくる言葉の真意を分からない程馬鹿じゃない。セイさんを好きになっても苦しい思いをするだけだし、因縁の相手であるマリアンと関わり傷つくだけだとやんわりと忠告してくれている。マリアンがセイさんのブランドのアンバサダーをやっている限り、私は彼女を警察に突き出せない。DEARESTはブランド発足からマリアンがメインモデルをやっている。彼女は世界的モデルの一人で、日本では誰もが認めるナンバーワンでオンリーワンの個性を持ったスーパーモデル。彼女を引き摺り下ろしても、彼女の代わりになれるモデルが思い浮かばないのだ。「にしても、三千万円か⋯⋯」「すみません」カイさんの呟きに、思わず謝罪してしまう。「違うんです。航空機事故があった時、死んだ客室乗務員に支払われる額が三千万円だったなと思い出しまして」「えっ?」「うちの両親、航空機事故で死んだんです。大西洋上で行方が分からなくなって遺体は見つかっていないんですが⋯⋯」初めて明かされたセイさんとカイさんの両親の話。事故で亡くなったとは聞いていたが、航空機事故とは知らなかった。「遺族が集まり会社から説明を受けたんですが、その時、客室乗務員の親だという方が会社は自分の娘の価値を三千万円程度としか思ってないのかと怒鳴っていたんです」「それは⋯⋯」
「寧々子さん⋯⋯ごめんなさい。寧々子さんには何の問題もありません。問題があるとしたら、俺なんです」カイさんは私の背を優しく撫でると、離れの中に入るように促す。本をテーブルの上に置くと、私から幸子を受け取り抱っこしてトントン叩いてくれた。(あれ? これはセイさんが幸子を泣き止ませようとした方法と同じ?)幸子はぐずりながらも夜で眠たかったのかそっと目を閉じた。カイさんは幸子が起きないようにそっとベビーベッドに寝かしつける。「やっぱり、兄貴は凄いですね。何一つ俺は彼に敵わない。実は寧々子さんと兄貴の会話を扉の外で聞いてたんです」「寝かしつけの方法を?」「はい、『ポイズネス』を流してるのも聞いてました」肩をすくめて、照れたように笑うカイさん。「寧々子さん、俺の嫌な部分を言ってくれませんか? 全部、俺が悪いところを直したら兄貴より俺を選んで欲しいんです」一瞬、カイさんの話が理解できなかった。私は人を選べる立場になんてない。私は彼が意を決したな表情で伝えた言葉に、双眸の眦に溜まった雫を飛ばしながら首を振った。「嫌なところなんてありません。カイさんはとても優しい素敵な方です」「でも、寧々子さんは俺ではなく兄貴が好きでしょ。俺は貴方が好きだから分かってしまうんです。いつも貴方の視線は兄貴を追ってた⋯⋯」意識はしていなかったが、カイさんのいう通りだ。最初はマリアンが『神』と崇めるセイさんに興味があり目で追っていた。今はセイさんの表情や仕草を何一つ逃したくなくて、気がつけば彼を見てしまっている。「ごめんなさい。以後、気をつけます」頭を下げた私を見てカイさんはゆっくりと首を振った。「人の気持ちはどうにもならないって俺自身が分かってます。俺だって寧々子さんに惹かれるのを止めようと何度もしました。適当に大学生をやっていて、兄貴みたいに稼ぎもなくて⋯⋯。幸子と寧々子さんを守ってく覚悟も力もないのに、好きって気持ちばかり膨れ上がって苦しかったんです」彼が絞り出すような声で本心を告げてくれているの
「カイさん、どうかしましたか?」彼を怒らせるような事をしたと思い怖くなり、恐る恐る尋ねる。「今、寧々子さん兄貴の部屋から出て来ましたよね。兄貴は仕事場に人を入れないのに⋯⋯」本音はもっと兄と関わりたいカイさんなりのヤキモチだろうか、私は思わず口が綻んだ。その表情を彼は誤解する。「寧々子さんは兄貴のことが好きなんですか?」私は自分の隠している気持ちがバレている事に動揺して、脇に挟んだ本を落としてしまった。「痛っ!」足の上に分厚い本が落ちて痛い。「寧々子さん、すみません気が利きませんでした。離れまで本を運ぶのを手伝いますから、一緒に行きましょう」「大丈夫です。私、一人で⋯⋯」「幸子ちゃんを落としたら大変ですよね。寧々子さんは幸子ちゃんに集中してください」さっきまでの怒りの表情から代わり、いつもの穏やかなカイさんに戻っていたホッとする。階段を気をつけて降りて、玄関を出て離れまで歩く。気まずくて私たちは一言も言葉を交わさなかった。外は真っ暗で月だけが私たちを見ていた。雲が立ち込めていて星は見えないのに、月の部分だけ雲が切れている。庭に咲く多種多様の花たちが昼とは違って夜は香りでその存在感を主張するが、香りだけでは目を奪えない。。温室の方に目を向けるとライトに照らされた色とりどりの花が見えた。フラワーシリーズの制作の為に植えられた季節外れの夏の花々をこの時期に見られるのは貴重だ。その中で鮮やかな黄色い向日葵が斜め上を向いているのが、昼間に照らしてくれた太陽を求めているように見えた。寄り添うように植えられた色とりどりの紫陽花は淡い色で可愛らしく、赤いハイビスカスは気品があり華やかで目を惹く。色というのは個性の一つであり存在感を主張する重要なファクターだと思い知らされる。人も花もスポットを浴びないと、なかなかその存在には気がついて貰えないのかもしれない。私は地下室に追い込まれ、死ぬかもしれなかった自分と暗闇に咲く花を重ねていた。月明







