義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる의 모든 챕터: 챕터 291 - 챕터 300

438 챕터

第291話

紫音の心は、当事者である二人に負けないほど苦しさでぐちゃぐちゃだった。もし自分が過去を詮索しなければ、将来いつか発覚したとしても、それはあくまで「二人の問題」として済んだはずだ。自分が引き金となって二人を別離に追い込んでしまったという罪悪感に、胸が押し潰されそうだった。「紫音、それは違う。お前が気にするようなことじゃない」州は静かに、だがきっぱりと妹の言葉を遮った。「遅かれ早かれ、俺はあの事を知っていた。お前が調べなくたって、いつか別の形で必ず行き着いていたんだ。だから、お前が責任を感じる必要なんてまったくない」州は無理に頼もしい兄の顔を作り、優しい声で続けた。「この数日、俺のことでずっと気を揉ませて、辛い思いをさせちゃったな。情けない兄貴でごめん。巻き込んで悪かった」自分の心が一番ひどく傷ついている最中だというのに、州はどこまでも妹思いだった。これ以上、自分の恋の結末で紫音を苦しませたくなかったのだ。「何言ってるの。私たち、実の兄妹じゃない。巻き込んで悪かっただなんて、そんな水臭いこと言わないでよ……お兄ちゃんがずっと落ち込んでるのを見る方が、私だって辛いんだから」紫音は唇を噛みしめた。「有加里さんのことを調べたのは、私が昔……恋愛で痛い目を見たからなの。お兄ちゃんには私と同じような思いをしてほしくなくて、それで調べただけなのに」清也との過去があったからこそ、紫音は身内の交際相手に対して誰よりも慎重になっていた。「まさか、本当にあんな重い過去を隠していて、こんな事態になるなんて思わなかった……」結局、自分が引っかき回しただけではないか。紫音はどうしようもない歯がゆさに言葉を濁した。「もういいんだ、紫音。お前が俺のために動いてくれたことだって分かってるし、むしろ感謝してるくらいだ」州は妹を責める気など微塵もなかった。やり方はどうあれ、妹が心から自分を心配してくれていることを痛いほど理解していたからだ。「あ……ごめん、お兄ちゃん。律から電話みたい」ふいにテーブルの上のスマホが震えた。紫音は画面を見て目を見張ると、兄に断りを入れてから通話ボタンを押した。「いま、時間は大丈夫かな。少し実家に付き合ってほしいんだ」律の声は、いつも通り穏やかではあったが、どこか隠しきれない緊張が滲んでいた。「……父が帰ってきたんだ。拝島宏が」
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第292話

「律、ちょうどいいところへ来たな」宏が厚かましく口を開いた。「おれが帰国したのは他でもない、会社の話をするためだ。お前には拝島の血が流れていない。そんな人間に、これ以上会社を預けておくわけにはいかないだろう?母さんは、正人兄貴がもう若くないから任せられないと考えたようだが、別にこの家に跡継ぎがいないわけじゃない。おれが向こうを引き払って、自ら会社を引き継いでやる」「宏、どういうつもりよ!」すかさず声を荒らげたのは、律の母・朱美だった。「私たちが拝島にしがみついているとでも思っているの!?お義母さんが、律の腕を誰よりも信頼して会社を託しただけじゃない!自分たちが有利だとでも勘違いしないでちょうだい。ここ数年、律が必死に経営を立て直し、ここまでグループの規模を拡大してこなければ、会社なんてとっくに倒産していたのよ!」朱美の目は血走り、憎悪と怨念が燃えたぎっていた。「何年も音信不通だったくせに……!あの時、会社なんか絶対に継がないって、この家を私たちに丸投げして逃げたくせに!今更ノコノコ戻ってきて、自分に会社をよこせですって?そんな都合のいい真似、絶対に許さないわ!」朱美自身、過去に過ちを犯した負い目があるとはいえ、こうしてかつての夫の身勝手な顔を見せられれば、激しい怒りが爆発するのも無理はなかった。「お前こそ、偉そうに説教できる立場か!」宏も負けじと声を荒らげ、朱美をねめつけた。「はなからこの結婚を裏切っていたのはお前だろうが!おれはいずれきっちり落とし前をつけさせてやるつもりだったんだ!何年もうちの家系にお前のよそのガキを育てさせておいて、感謝するどころか、開き直って手柄顔とは恐れ入るな!」自分は何年もの間、知らず知らずのうちに他人の種を育て、不名誉な泥を被っていたのだ。宏の目にもまた、拭い難い恨みと怒りが渦巻いていた。「もういい加減にしなさい!!」志津の絞り出すような怒声が、広間に響き渡った。「せめて静かに腰を下ろして話し合いができないの?これ以上、私に少しでも長く生きてほしいと思うなら……くだらない言い争いはやめなさい!」志津の全身は怒りでわななき、苦しそうに胸に手を当てていた。ただでさえ彼女の体調は限界に近く、最近も高度な治療を受け続けている状態だった。律が手配した専門医たちの総合的な診断結果も、決して楽観視できるものではなかった
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第293話

実は、宏は三日前にはすでに帰国していた。表には顔を出さず、密かに正人と合流して、律から権力を奪い返すための作戦を練り上げていたのだ。「会社は私のものよ!お前たちが勝手に誰に任せるか決めていいものではないわ!」志津は激しく咳き込みながらも、毅然とした声で言い放った。「前にきつく言ったはずよ!会社は律に託すと決めたし、その決定は今後一切覆さないと!」志津の言葉には、深い悲哀が滲んでいた。「もしお前が、母親の顔を見に帰ってきたわけではなく、ただ会社を乗っ取るためだけに戻ってきたと言うのなら……もう帰ってくる必要なんてないわ。この家はお前を歓迎しない。今すぐ出て行きなさい!」母親として、時に我が子に情けをかけてしまうのが親心というものだ。しかし、久々に帰国した実の息子が、母親の容態を気遣う言葉の一つもかけず、真っ先に「会社をよこせ」と迫ってくるのだ。こんな浅ましい息子たちに対して、これ以上情をかける価値などどこにもなかった。「私の言ったことが聞こえなかったの!?それとも言葉が分からないとでも言うの?もう一度言ってあげましょうか?とっとと出て行きなさい、この恩知らずども!」志津の怒声は、悲痛な響きを帯びていた。「律はいついかなる時も、私の掛け替えのない孫よ!誰よりも愛して、信頼している私の孫……!それに引き換え、お前たち二人は何なの?私を迎えに来たとでも言うつもり?お前たちみたいな強欲な人間に会社を渡せば、拝島は完全に食い潰されるわ!」胸の奥が張り裂けそうだった。女手一つで必死に働き、この子たちに少しでも良い暮らしをさせたいと、身を粉にして育て上げてきたのに。――どうして、こんな浅ましく醜い人間に育ってしまったのか。目の前で醜悪な権力争いを繰り広げる息子たちの姿に、志津は言葉にできないほどの虚しさと悲しみを覚えていた。「母さん、母さんが俺を信用できないって言うなら、百歩譲って我慢するよ!でも、宏が帰ってきたんだぞ!?母さんは昔から、宏のことだけは『頭が良い』って褒めてたじゃないか!その息子が目の前にいるって言うのに、どうして、これっぽっちも血の繋がっていないよそ者に会社を渡そうとするんだよ!」正人は唾を飛ばして食い下がった。「俺たちには、会社を任せて『試してみる』機会すら一度も与えられなかった!初めから見下して、俺たちには無理だと決めつ
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第294話

志津とて、極限まで怒りと悲しみに震えていなければ、実の息子に向かってこれほど痛烈な言葉をぶつけたりはしなかったはずだ。だが、彼女の心はすでに限界を越え、引き返せない絶望に達していた。「私を不愉快にさせるためだけに帰ってきたのなら、もう目的は果たしたでしょう?とっとと出て行きなさい!お前たちが何を喚こうが、会社は絶対に渡さないわ。きっぱり諦めることね。たとえお前たちに血圧を上げられて、私がこのまま憤死するようなことがあっても、それだけは絶対に譲らない!」そして、志津は周囲の親族たちを鋭く見据え、冷徹な声で宣告した。「ちょうどあんたたちが揃っているから、はっきり伝えておくわ。――――遺言書は、とっくの昔に作成済みよ。法的な公正証書もすでに作ってある。私が息を引き取ったその瞬間から、その遺言は自動的に効力を発揮するようになっているわ!」元来、志津はあらゆる事態を想定し、常に先手を打って計画を立てる性格だった。そのため、彼らのように欲に目が眩んだ身内に遺産を狙われるのを防ぐべく、自身の相続に関する公的な手続きはずっと以前に完了させていたのだ。ただ、あえて今日までその事実を彼らに伏せていただけに過ぎなかった。「母さん、誤解しないでくれ。おれが帰国したのは、何よりも母さんの顔を見るためなんだ。そのついでに、少しでも会社の負担を減らしてやれたらと思っただけなんだよ。家がこんな大変な時に、おれだって自分の都合ばかり優先してはいられないだろう?あっちの仕事も全部放り出して駆けつけたっていうのに……まさか、そこまで冷たく突き放されるとは思わなかったよ」宏は、さも自分が殊勝な孝行息子であるかのように、尤もらしい言葉を並べ立てた。「前に電話で正人兄貴から聞いた時は、にわかには信じられなかったよ。母さんがおれたち身内を差し置いて、すっかり部外者に心酔しきっているって……母さんなんかがそんなことするはずないって思ってた。でも、今日帰ってきて分かった。兄貴の手紙や電話で言ってたことは本当だったんだな。こんな重大な局面だからこそ、家族が一丸となって『よそ者』に対抗しなきゃいけないんだぞ!」言葉尻だけは堂に入ったもので、まるで我が家を危機から救うために帰ってきた正義の味方のごとき言い草だった。「ふざけた冗談はおやめ!」志津は吐き捨てるように嘲笑った。「私が倒れてからどれだ
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第295話

今の自分にとって、この家における立場は以前とは劇的に変わってしまっている。もしこれが過去の彼であれば、即座に前に出て宏たちの妄言を叩き潰していただろう。だが、「血の繋がりがない」という事実が露見した今、堂々と彼らの前に立ち塞がり、当主として声を張り上げるだけの「正当な理由」が根底から揺らいでしまっていた。「会社を誰に任せるかくらい、私の頭でちゃんと分かっているわ!お前たちに指図される筋合いはないし、ましてや偉そうな説教なんか聞きたくもない。何年も海外でのうのうと暮らしていたくせに……あっちでご立派に子供まで作っていたそうじゃないの!」志津の言葉は、氷のように冷たかった。「この何年間、私のことなんて完全に頭から消し去っていたでしょうに。本当に私のことを気にかけていた人間が、こんな土壇場になってようやく顔を出すはずがないわ。白々しい嘘を並べるのはやめなさい!」激しい咳をなんとか押し殺し、志津は二人の息子を睨み据えた。「これ以上、私の前に顔を見せないでちょうだい。ただでさえこんな体だというのに……お前たち兄弟がいなければ、私はもうあと数日は長生きできたかもしれないのにね!」口からでまかせの同情や情に訴える言葉など、志津の耳にはこれっぽっちも響かなかった。彼らが腹の中で何を企んでいるかなど、痛いほど理解している。ただひたすらに自分の利益を貪り、会社という「金づる」を手に入れたいだけ。自分たちにそれを回すだけの能力や覚悟があるかどうかなんて、これっぽっちも考えていないのだ。「たしかに今、律と私には血の繋がりがないとわかったわ。でもね……律は小さい頃からずっと私の側で育ち、私が手塩にかけて教え込んできた子よ!私が病気で倒れてから今日に至るまで、心から私の体調を心配してくれたのはこの子だけ。それに比べてお前たちはどう?目の前のちっぽけな利益に目が眩んで、こんな時まで私の財産をむしり取ることしか頭にないじゃない!」志津の目から、微かに悲しみの色が零れた。「だからこそ、私にとって血の繋がりなんてもうどうでもいいの。誰が本当に私を大切に思ってくれているかくらい、この歳になってもちゃんと見えているわ。体は老いぼれてもね、まだまだ頭はボケちゃいないのよ!お前たちの薄っぺらい三文芝居を見せられるのはもううんざり。私はもう疲れたわ……」これ以上、醜い息子たちの顔を見
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第296話

「律、拝島の会社はあんたに預ける。あんたになら、何も心配していないわ」志津はやがて、ゆっくりと律の方を向き、毅然とした声で言い渡した。「私の期待を裏切ることなく、これまで通り会社をしっかり守りなさい。そして、皆を引っ張って拝島をさらに大きくしていくのよ」そして、背後に立つ息子たちに向け、牽制するように言葉を継いだ。「私はもう先が長くない老婆かもしれない。でもね、人の器を見抜く目だけは未だに鈍っちゃいないの。私が『この子だ』と見込んだ人間に間違いはないわ。律、今後はもっと会社を成長させて、……誰にも、文句一つ言わせないような圧倒的な実績を叩き出してやりなさい!」それは明らかに、正人と宏への強烈な当てつけだった。私が下した決定は絶対に揺るがないし、お前たちが何を喚こうと無駄だという最後通牒でもあった。志津が会社を律に託すと決断したのは、思い付きでも感情論でもなく、とうの昔から熟考を重ねて導き出した結論だった。たとえ今更、少しばかり頭の回る次男が帰国してきたところで、それが覆ることなどあり得ないのだ。実のところ、宏は若い頃、一時期ながら会社を手伝っていたことがあり、経営の才能やビジネスセンスという点においては、長男の正人よりもよほど見込みがあったのは事実だ。だがその後、朱美との政略結婚を機に彼の運命は狂い始めた。夫婦仲は冷え切り、会社の方針を巡っても度々激しい衝突を繰り返すようになった。限界を迎えた宏は、ついには妻へのあてつけかのように自暴自棄となり、拝島の看板も、母親である志津のことさえもすべて投げ捨てて、単身海外へと逃げ出してしまったのだ。当時の志津の心痛は計り知れないものだった。身勝手な理由とはいえ、手塩にかけて育てた息子を失うことなど望んではいなかった。夫婦間でどんな問題があろうと、親子で膝を突き合わせてしっかり話し合えば、最悪の事態は避けられたかもしれないと信じていたのだ。しかし宏は、話し合いの余地すら残さず、あっさりとこの家を捨てることを選んだ。「せめて、海外へ逃げることだけは考え直してくれ」と、志津は涙ながらに息子にすがりついた。いつ帰ってくるかも分からない異国の地へ送り出すなど、母親として到底耐えられなかったからだ。だが、宏の決意は固かった。すべてをかなぐり捨ててでも、不倫相手の女と共に家を出る。その一心で、母親の懇願を冷酷
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第297話

いっそ、何もかも投げ出してしまえたら……何度もそう思ったことがある。この血みどろの権力争いから離れて、拝島家とは無縁の場所で生きていけたら、どれほど楽だろうか。だが、どれだけ血が繋がっていなくとも、ここは自分が幼い頃から育ってきた家なのだ。おばあちゃんから受けた恩や、この家で過ごした記憶までをきれいさっぱり切り捨てることなど、律には到底できそうになかった。どうすればこの複雑に絡み合った関係を整理し、自分が取るべき正しい道を見つけ出せるのか。律の胸中は深い葛藤で揺れ動いていた。そして、目の前で繰り広げられる正人と宏の骨肉の争いを見つめながら、律はそっと拳を握りしめた。あの二人の浅ましい姿を見れば見るほど、志津の体を蝕んでいる本当の病因が何なのかが痛いほど伝わってくる。彼女の心臓を擦り減らし、限界まで追い詰めているのは、紛れもなくこの家族たちの「醜悪な欲」そのものだった。「いいわ、私はもう休ませてもらう。今日言うべきことはすべて言ったつもりよ。あとはお前たちで勝手になさい。純粋に親の顔を見に来るだけなら止めはしないけれど、会社を乗っ取る腹積もりなら、きっぱり諦めることね」車椅子を押す使用人に合図を送り、志津はこれ以上一言も口を開くことなく、さっさと奥の部屋へと下がっていった。その背中を見送り、紫音と律も席を立った。このまま残ったところで、朱美もいる手前、無意味な言い争いがヒートアップするだけだ。早々に引き揚げた方がいい。しかし、二人が屋敷を後にしようと踵を返した直後、正人に呼び止められた。「待て、律」正人は敵意を隠そうともせず、強く言い放った。「お前、自分から会社を退くつもりだと聞いたぞ。少しは良心というものが残っていたようだな。いいか、会社はお前には絶対に渡さない。母さんがどう言おうと、お前は所詮よそ者だ。我々拝島家のものは、我々の手ですべて取り戻す!」その言葉には、一切の隙も譲歩も見せない強硬な態度が滲んでいた。対する律は、目の前で敵意をむき出しにする二人を極寒の海のような冷ややかな瞳で見据え、ふっと口角を吊り上げた。「……私が、喜んでこの会社を受け継いだとでも思っているのですか?」その声はあくまで静かで優雅だったが、そこには圧倒的な威圧感が孕んでいた。「あなた方に会社を背負うだけの能力がないからこそ、祖母は私のような『よそ者
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第298話

「母さんが、お前の実力を信頼して会社を任せたとでも思っているのか?」宏はせせら笑い、あからさまな軽蔑の眼差しを律に向けた。「おめでたい奴だ。母さんはただ、お前を都合のいい金づるとして扱っているだけだ。最終的に会社は、我々実の兄弟に引き継がれるに決まっている。血の繋がらないお前には関係ない話だ。余計な恥をかいて無様な姿を晒す前に、さっさと自分から身を引くことだな」「私は、会社を必ず守り抜くと祖母に約束しました。いつか祖母から去れと命じられれば、未練なく退きます。ですが、今はまだそうは言われていません。ですから、私はここに残ります」宏たちの挑発など、律にとっては取るに足らない戯言だった。結局のところ、彼らは「一刻も早く自分を追い出したい」だけなのだ。最初から祖母の体調など一顧だにせず、ただ会社を奪い取ることしか頭にない者たちが、いくらここで自分に圧力をかけたところで何の意味もない。「おれの前で、その取り澄ました態度をとるのだけはやめろ!」律の静かな反論に苛立ちを募らせ、宏はついに声を荒げた。「ガキの頃からうちの飯を食って育ったことも、朱美の浮気のせいで、おれが世間の笑い者にされたことも、今まで大目に見てやってきたんだぞ!おれがお前の立場なら、母さんが何と言おうと自分から会社を退くね。これ以上この家に居座るような恥知らずな真似はしない!お前ら親子は、どこまでつけ上がれば気が済むんだ!」宏の容赦のない言葉は限りなく下劣で、律と朱美に対する深く澱んだ憎悪が赤裸々に表れていた。「……ですが、あなたも決して潔白だったわけではないでしょう。確かに母が先に過ちを犯したとはいえ、あなたも同じように母を裏切っている。お互い様です。今さら誰を責める資格もないはずだ」律の切り返しは淡々として、だが容赦なかった。「それに、あなたが長年家を空けていた間、母はたった一人で祖母の世話をしてきた。もし祖母が本心から母を許していなかったなら、真相を知った後もこの家に置き続けたと思いますか?」「これ以上、あなた方と不毛な話をする気はありません。私が会社に残るかどうかは、あなたが決めることではない」彼らの自分勝手な言い分に、律はまともに取り合う気すら失せていた。こんな良心のかけらもない人間たちと同じ土俵に立ったところで何の意味もない。少しでもまともな感情が
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第299話

本当は、彼だって家族をどこかで見捨てきれずにいるのだ。そうでなければ、ここまで一人で耐え抜いて会社を支えることなどできなかっただろう。ただ彼らが律の存在をまったく認めていないだけだ。今の律を繋ぎ止めているのは、本当に祖母への想いだけだった。だが、その志津の体調もどう見ても危うい。いつまで持ち堪えられるのか。もし本当に彼女が天に召される日が来てしまえば、拝島家は完全に崩壊し、想像を絶する骨肉の争いへと引火するのは火を見るより明らかだった。「律……もう、行きましょう」紫音はそっと彼の腕に触れた。これ以上、強欲に歪んだ彼らの顔を見たくなかった。ただ一刻も早く、彼をここから連れ去りたかった。本家を後にして帰路につく車内。律は無言のまま、重苦しい面持ちで窓の外を流れる景色をじっと見つめていた。以前は正人一人を警戒していればよかったが、今は宏まで帰還し、身内からの風当たりはさらに激化している。その重圧からか、彼の横顔には深い疲労が滲んでいた。「律……」紫音は気遣うように、そっと口を開いた。「家の中が揉めていて、みんながあなたに牙を剥いているのを見ると、私まで胸が苦しくなる。でも、どう手助けしていいか分からなくて……もし私にできることがあれば、何でも言ってね。私はずっとあなたのそばにいるから。会社のことで、あなたが毎日こんなに思い詰めている姿を見るのは辛いわ」「志津様とあの人たちの間で身動きが取れなくなって、どれだけしんどいか。本当は会社から手を引きたいのに、それが許されない苦しみも分かってる。でも……すべての問題はきっと解決する。あなたには、それを成し遂げる力があるって信じてる」気の利いた慰めなんて言えなかったが、せめて彼の心の支えになりたかった。ただでさえグループを率いる重圧は計り知れない。拝島家の隙を突こうと、世間は今か今かと冷笑交じりに見物しているというのに、肝心の身内が泥沼の内輪揉めをしているのだ。そのあまりにも愚かな有様を目の当たりにして、紫音はやるせなさを感じずにはいられなかった。本来なら、家族が一つになって外の脅威に立ち向かうべき時だ。それなのに、なぜ誰もかれもが会社を私物化することしか頭にないのだろうか。欲さえかかなければ、律はその才能で拝島家全員を十分に養っていけるし、いちいち過去の恩讐(おんしゅう)にこだわるような性格でも
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第300話

後日、志津の体調を危惧した紫音は、専門医を交えて根本的な治療となる手術を提案した。だが、当の本人からすげなく拒絶されてしまったのだ。「嫌だよ。私はもう十分に生きたんだ。これ以上、そんな大きなリスクを冒したくはない」志津は静かに、しかしきっぱりと首を横に振った。「手術をしたところで、どうせ術後はひどく苦しいんだろう。長いことベッドに縛り付けられて、ただ痛みに耐えるだけの日々なんてまっぴらだ。今は体がきついと言っても、自分の足で動けるし、やりたいようにやれる自由がある。この歳で成功するかどうかも分からない手術に賭けて、その自由を奪われるくらいなら、今のままでいい」それは、死期を悟り、すべてを受け入れた者特有の諦念だった。「お前たちが私を思って動いてくれたことは、よく分かっている。その心遣いには本当に感謝しているよ。……だけどね、手術だけは絶対に受けない。こればかりは何度言われても同じだ」志津の態度はきっぱりとしており、一切の迷いも、付け入る隙も微塵もなかった。「志津様、どうか聞いてください。今回私たちが調べたのは、体に負担の少ない内視鏡手術なんです。入院も長引かないし、傷口もほんの数日で塞がります」紫音は諦めきれず、必死に言葉を重ねた。「律が国内外から最高の手術チームを呼んでくれました。この術式を何度も成功させている権威ばかりです。志津様の年齢や体力を考えて、もし勝算がないようなものなら、私たちだって絶対にお勧めしたりしません。でも、毎日苦しそうにされている志津様を見ているのが、本当に辛くて……だから、あらゆる方法を探したんです」「お願いです、志津様。もう一度だけ、私たちに任せてくれませんか?もしこれで良くならなければ、二度と無理に治療を勧めるようなことはしませんから」事前に徹底的にリスクを調べ上げ、安全だと確証を得たからこその提案だった。それでも、紫音の内心にまったく不安がないわけではない。何しろ相手は高齢だ。万が一、術中に何かあれば、あの親族たちはここぞとばかりに二人にすべての責任を擦り付けてくるだろう。二人の純粋な善意など、彼らには格好の攻撃材料に過ぎない。それでも、二人には見過ごせなかった。今の拝島家で、志津の体を心から案じ、彼女の命を少しでも長く引き延ばすために世界中の名医を駆けずり回って探すような人間は、もう律と紫音し
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