Todos los capítulos de 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる: Capítulo 701 - Capítulo 710

806 Capítulos

第701話

紫音は、出会った頃からずっと自分を支え続けてくれた律に、今度こそ自分が寄り添いたいと強く願っていた。トラブル続きで心身ともにすり減る毎日の中で、こうして二人きりで心穏やかに向き合える時間は、本当に貴重だったからだ。紫音のまっすぐな想いに触れ、律は少しだけ目を伏せ、自嘲するように淡く微笑んだ。「……おばあちゃんは、私にとって誰よりも大切な、絶対に代わりのきかない存在だったよ」静かな部屋に響く律の声は、いつもより少しだけ低く、深い喪失感を滲ませていた。「彼女の年齢を考えれば、いつか必ず別れの日が来ることは頭では理解していた。自分なりに、その瞬間に向けて心の準備をしていたつもりだったんだ。だが……いざ本当にその時が訪れると、事前の覚悟など全く意味をなさなかった。今でも、どうしようもないほどの深い悲しみに襲われる時がある」律の長い睫毛が伏せられ、その整った横顔に切ない影が落ちた。「一人になると、彼女がそばにいてくれた時のこと、どれほど無条件の愛情を私に注いでくれたか……そればかりが頭に浮かぶんだ。私をこのビジネスの世界に導き、人の上に立つ者の在り方を教えてくれたのも彼女だった。それなのに、彼女は私に最後の一言すら残さず、あまりにも突然逝ってしまった」律の声に微かな震えが混じるのを、紫音は確かに聞いた。「彼女は、心底善良で、愛情深い人だった。拝島の親族たちがどれほど腹の底で彼女を疎んじ、軽視していようと、彼女は決して彼らを見捨てることはなかったし、冷酷な決断を下すこともなかった。……私が今、こうして拝島グループの実権を握り、あの泥沼の中で家を守ろうとしているのは、そのためなんだ」律はゆっくりと顔を上げ、強い光を宿した瞳で真っ直ぐに前を見た。「彼女が生涯をかけて守り抜こうとしたものを、決して無駄にしたくない。もし彼女が天国から私を見ているなら、私が一族を見捨てて冷酷な復讐者になることを、きっと悲しむだろうからね。それが、私が今あの場所で戦い続けている最大の理由だよ」そして、律は紫音へと視線を移すと、いつもの優雅で甘い微笑みを取り戻した。「でも、安心して。この悲しみに飲み込まれて、自分を見失うような真似は絶対にしないから。それに……君は自分の会社の問題や、お兄さんのことで十分に心を痛めている。これ以上、君を拝
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第702話

律は、愛する紫音のために何かをしてやりたくてたまらなかった。たとえそれがどんなに些細なことであっても、彼女の助けになれるなら、自分のすべてを投げ出す準備はできているのだ。だが、彼らは似た者同士だった。二人とも誇り高く、有能すぎるがゆえに、「相手に迷惑をかけたくない」という思いから、自ら一人で重荷を背負い込もうとしてしまう悪癖があった。「ありがとう。あなたが私のためにどんなことでもしてくれる人だってことは、誰よりも分かってるわ」紫音はふんわりと微笑んだ。「でもね、この程度のトラブルであなたを煩わせるわけにはいかないわ。今のあなたは、志津様が遺した拝島グループのことで誰よりも頭を悩ませているじゃない。これ以上、あなたに余計な負担はかけたくないのよ」「……君のことは、決して『余計な負担』なんかじゃない」律は少しだけ語気を強め、真剣な眼差しで紫音を見つめ返した。「君に関わることは、私にとって何よりも最優先すべき重要な事態なんだ。迷惑なんかであるはずがないだろう。いいかい、紫音。私は永遠に君の味方であり、君の最大の盾だ。どんな些細なことでもいい、何かあれば一番に私を頼りなさい。君が毎日笑顔で、心穏やかに私のそばにいてくれること……それだけが、私の生きる糧であり、唯一の救いなんだから」律は、紫音が若くして自分の会社を立ち上げ、どれほどの血の滲むような努力を重ねて今の地位を築き上げてきたかを知っている。だからこそ、彼女の会社で起きている問題を「小さなこと」などとは絶対に思わなかったし、彼女のすべてを守り抜くことこそが、自分の使命だと心から信じていた。「……分かったわ。安心して。これからは何が起きても、絶対に一番にあなたに伝えるから」紫音は律の温かく大きな手に自分の手を重ね、心からの言葉を紡いだ。「あなたがどんな難局でも覆せるくらい、恐ろしいほど優秀な人だってことはよく分かってる。でもね……たとえあなたが代わりに問題を解決してくれなくても、ただ私の隣に立ってくれているだけで、私には十分なのよ。あなたがそばにいるだけで、不思議なくらい心が落ち着いて、底知れぬ安心感に包まれるんだから」それは、紛れもない紫音の真実の想いだった。出会ったあの日から今日まで、紫音は幾度となく律に救われてきた。彼女がどれほど絶望的な壁
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第703話

半ば脅すように言い放つものの、紫音も内心では途方に暮れていた。母がどれほど意地っ張りで頑固な性格か、娘である紫音が一番よく分かっている。母は昔から、自分が「嫌だ」と決めたことは、誰が何と言おうとテコでも動かない人なのだ。「紫音の言う通りだよ、琴音。とにかく一度、病院でしっかり検査を受けよう」隣にいた父の隆之介も、心配そうに妻を見つめて懇願した。「お前の心臓のことは、今に始まったわけじゃないんだ。早く診てもらうに越したことはない。何も異常がなければ、それで安心して家に帰ってこられるんだから。頼むから、私たちの言うことを聞いてくれ。大した手間じゃないだろう?」隆之介にしてみれば、愛する妻が苦しんでいるのに病院にも行こうとしない状況は、生きた心地がしなかった。一日も早く適切な治療を受けて、安心させてほしかった。しかし、琴音は二人の必死の説得にも、涼しい顔で首を横に振った。「もう、二人とも本当に大げさね。自分の体のことは私が一番よく分かっていると言ったでしょう?今はもう、そこまで苦しくないの。だからそんなに慌てて心配しないでちょうだい。本当に何でもないんだから」琴音は困ったようにため息をつき、それから『一歩も動かない』と宣言した娘を見上げて、ふっと悪戯っぽく微笑んだ。「紫音がどうしても帰らないって言うなら、ずっとここにいなさいな。寝込んでいる私に代わって、お母さんがあなたのお世話をしてあげるわ。……むしろ、あなたがずっと私のそばにいてくれた方が、よっぽど心臓に良くて安心できるわね」琴音はわざとおどけてみせた。それは、どんなに説得されようとも絶対に病院には行かないという、彼女なりの強い拒絶のサインだった。長年付き合ってきた厄介な持病なのだ。今更病院の冷たいベッドに押し込まれて、無機質な点滴に繋がれたところで、根本的な解決になどならない――琴音は頑なにそう思い込んでいるのだった。あまりにも頑なな母の態度に、紫音は深いため息を呑み込んだ。母が一度「こう」と決めたら、周囲がどれだけ説得しようとも絶対に意見を曲げないのは百も承知だ。こんな時、以前の紫音ならすぐに州に電話をして助けを求めていただろう。彼が優しく言い含めれば、母も渋々ながら言うことを聞くことが多かったからだ。しかし、今は絶対に兄を巻き込むわけにはいか
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第704話

渋々といった様子で立ち上がる母と、それを見てホッと胸を撫で下ろす父。その対照的な両親の姿に、紫音はどっと疲労感を感じながらも、心底安堵していた。お母さんったら、本当に強情なんだから……昔からそうなのだ。母は体にどこか不調を感じていても、絶対に子供たちには言おうとしなかった。ただひたすら我慢して、誤魔化し続けて、結果的に小さな不調を大きな病気へと悪化させてしまうことが過去に何度かあった。母がそうやって痛みを隠したがるのは、「仕事で忙しい子供たちの足手まといになりたくない」という、彼女なりの深い愛情と強迫観念からきていることを、紫音は痛いほど分かっていた。だからこそ、余計に放っておけないのだ。ここで無理をして倒れられでもしたら、それこそ家族全員が深い後悔に苛まれることになる。その思いは、隣で妻の背中を支えている父・隆之介も全く同じだった。「お母さん、お願い。たいして時間もかからないから、私とお父さんの言うことを聞いて」紫音は、まるで子供をなだめるように必死で言葉を尽くした。「そうだよ、琴音。紫音の言う通りにしよう」隆之介も大きく頷き、妻を説得にかかる。「みんな、お前の体が心配で言っているんだ。早めに病院へ行って、もしちょっとした不調が見つかっても、その場で治してもらえばいい。そうすれば、私たちもようやく心から安心できるじゃないか」「あぁもう、二人とも本当にしつこいわね!自分の体のことくらい、私が一番よく分かっていると言っているでしょう?寝て起きたら治る程度の、ただの疲れよ」琴音は顔をしかめ、ひどく煩わしそうに手を振った。しかし、そんな強気な言葉とは裏腹に、彼女の顔色は紙のように白く、息をするのもしんどそうだった。誰の目から見ても、明らかに「ただの疲れ」で済むような状態ではない。紫音と隆之介は顔を見合わせた。このままでは埒が明かない。どんなに正論をぶつけても、母は絶対に首を縦に振らないだろう。――ならば、手を変えるしかない。紫音はわざとらしくうつむき、悲痛な声を作って言った。「……全部、私のせいね。最近、仕事にかまけてばかりで、お母さんたちのことを全然気にかけてあげられなかった。私がもっと早く気付いていれば、お母さんがこんなに苦しむことはなかったのに……」罪悪感に押し潰されそうな声で呟く。スト
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第705話

「まあまあ、娘のせっかくの親孝行じゃないか」隆之介がすかさず助け舟を出す。「紫音の言う通りだよ。私が一日中お前のそばについているわけにもいかないし、紫音が残ってくれるならお互いに安心だろう?」「だから、私は一人で大丈夫だと言っているでしょう!」焦燥を募らせて声を荒げる琴音。紫音は、母が興奮して心臓に負担をかけないよう、慌ててなだめるように口を開いた。「お母さん、落ち着いて。会社の方は蘭たちがしっかり管理してくれているから、私が数日休んだところでどうってことないのよ」「ダメよ、絶対にダメ!いいから、早く自分の仕事に戻りなさい!」「私を産んで育ててくれた両親を放っておくなんて、そんなことできるわけないじゃない。お母さんが病院に行ってくれないなら、私はこうして付きっきりで看病するしかないの。そうでもしないと、世間から『親を見捨てた冷酷な不孝者』って後ろ指を指されちゃうわ」これも紫音なりの破れかぶれの作戦だった。正攻法が通じない以上、少し極端な言葉を使ってでも病院に行かせるしかない。父も娘の意図を完璧に理解し、深く頷いた。彼らは、母が一番恐れている「急所」がどこかをよく知っていた。「ほら見ろ、琴音。お前が意地を張るせいで、紫音が世間から『不孝者』の汚名を着せられてもいいのか?この子は純粋にお前を心配しているだけなのに、どうしてそんなに意固地になるんだ」夫と娘にそこまで言われ、琴音の胸に強い焦りと迷いが生まれた。自分の頑固さが、かえって愛する娘を追い詰めているのだろうか?しかし――本当は、彼女自身が一番恐れていたのだ。最近の自分の体が明らかに異常をきたしていることに、琴音が気付いていないはずがなかった。少し動くだけで息が上がり、手足に力が入らず、日に日に生命力が削り取られていくような虚脱感。だからこそ、病院で取り返しのつかない「重大な病」を宣告されるのが何よりも怖かった。今、長男の州が有加里の看病にかかりきりで、京極家の跡取りとしての責務を完全に放棄している。ただでさえ実家の状況が不安定な中、もし自分まで重病に倒れてしまったら、紫音にどれほどの重圧と負担がのしかかるか。紫音は若くして自分の会社を立ち上げ、血の滲むような努力でようやく軌道に乗せ、今まさに輝かしい未来に向かって羽ばたこうとしているのだ。ど
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第706話

それから一時間近く。マンションのリビングでは、病院へ行かせようとする父娘と、断固として拒否する母との間で、堂々巡りの押し問答が延々と繰り返された。誰一人として一歩も譲らない硬直状態に、紫音はついに痺れを切らした。「分かったわ、お母さん」紫音はわざとらしく大きく息を吐き、きっぱりと言い放った。「お母さんがどうしても病院に行きたくないって言うなら、さっき言った通りにする。私、今日限りで社長を辞任して、これから一生、家でお母さんの面倒を見るわ」「なっ……し、紫音!?」「当たり前じゃない。家族が病気で苦しんでいるのに、外で涼しい顔して会社経営なんてできるわけないわ。社長なんて誰かに代わってもらえばいいのよ。私はこれから、お母さんの専属の看護師になるんだから!」極端すぎる娘の脅迫(ブラフ)に、琴音はついに完全に言葉を失い、青ざめた顔で紫音を見つめた。「……分かった、分かりましたよ。あなたの言いたいことは、よく分かったわ」しばらくの沈黙の後、琴音は深く、深くため息をつき、ようやく白旗を揚げた。しかし、その顔はどこまでも暗く沈み込んでいた。「でもね、紫音。よく考えてちょうだい。病院に行けば、ただ検査をするだけでも莫大なお金がかかるのよ?しかも、もし本当に重い病気でも見つかったら、そこからさらに底なしの治療費が必要になるじゃないの……!」その言葉に、紫音と隆之介はポカンと口を開け、信じられないものを見るように琴音を見つめた。――お金?京極家は名門であり、紫音自身も社長として十分な財を成している。医療費など、彼らにとっては痛くも痒くもないはずだ。それなのに、母はそんな理由で命を削ってまで病院を拒んでいたというのか。病気を放置してこれ以上悪化させたら、それこそ取り返しのつかない事態になることくらい、母ほどの賢い女性なら分かりきっているはずなのに―「お母さん、よく考えて。このまま放っておいて、もしちょっとした不調が取り返しのつかない大病にでもなったら、それこそもっと莫大な治療費がかかるのよ?それに、お母さんが苦しんでいるのに、私たちが何もしないで見捨てるわけないじゃない!」紫音の声には、微かな苛立ちが混じっていた。それは強情な母に対する怒りでもあり、母にこんなみみっちい遠慮をさせてしまうほど、最近の自分が家族をないが
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第707話

「あ、ああ、そうだな。琴音の言う通りだ」隆之介も妻の機嫌を損ねないよう、慌てて同調した。「足りないものがあれば、後から私が取りに帰るか、近くで買えばいい。今はとにかく、早く病院に行って検査を受けることが最優先だ。私もこの数日、お前のことが心配で生きた心地がしなかったからね。早く結果を知って、安心させてくれ」そうして、一家は最低限の荷物だけを鞄に詰め込み、逃げ出そうとする琴音を半分なだめすかすようにして、急いで病院へと向かった。しかし、いざ総合病院の入り口に到着して、紫音たちは言葉を失った。ロビーは足の踏み場もないほどの人、人、人で溢れ返っていたのだ。平日の午前中。一番混雑する時間帯にぶつかってしまったのは明らかだった。待合室の椅子はすべて埋まり、受付には長蛇の列ができている。「なんて人の数だ……少し来るのが遅かったかもしれないな」隆之介は額に滲んだ汗をハンカチで拭いながら、途方に暮れたように呟いた。紫音も額に手を当てて小さくため息をついた。この混雑ぶりでは、母の体力をいたずらに消耗させてしまう。これはもう、お金を積んでVIPルートを手配するなり、コネを使うなりして、何とかするしかないかもしれない。一方、ただでさえ病院嫌いの琴音は、そのすさまじい人混みと薬品の匂いを前にして、すっかり心が折れかけていた。「違うわよ、来るのが早すぎたのよ。もう少し遅い時間に来れば、きっと空いてたはずだわ」琴音は夫の服の袖を引っ張り、懇願するような目を向けた。「ねぇ、今日はやっぱり一旦家に帰りましょう?もう検査を受けるって決心したんだから、別に今日じゃなくてもいいじゃない。こんなに人がたくさんいたら、順番が回ってくるまでに何時間かかるか分からないわ。それに、変な風邪でもうつされたらたまらないもの。ほら、早く帰りましょうよ」紫音は思わず天を仰ぎそうになった。母の言い分も分からなくはない。だが、この大混雑を理由に今ここで引き返してしまったら、次に母を病院へ連れてこられるのはいつになるか分からない。やっとの思いで説き伏せたこのチャンスを、絶対に逃すわけにはいかなかった。「大丈夫よ、お母さん。もう着いちゃったんだから、少し待つくらいなんてことないわ」紫音は明るく振る舞いながら母をなだめた。「紫音の言う通りだ」
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第708話

「……分かってるわよ。あの二人には感謝してるわ。私の体を本気で心配してくれているのは、痛いほど伝わってる。でもね……」琴音はうつむき、手元でハンカチをギュッと握りしめた。「今の私には、自分の体のことなんてどうでもいいのよ。私が望んでいるのはただ一つ、州が無事に目を覚まして、元の生活に戻ってくれること。……そして、あの有加里と、一刻も早く縁を切ることよ」その声には、母親としての執念と、ドロドロとした暗い感情が入り混じっていた。「世間の人がどれだけ私のことを『冷酷で薄情な母親だ』と罵ろうと構わない。あの女が不治の病で死にかけていようと、同情なんて一切できないわ。私の可愛い息子が、あんな足手まといの女のせいで人生をめちゃくちゃにされるなんて、絶対に許せないのよ……!」それが、琴音の心に巣食う最大の「しこり」であり、彼女の心臓を蝕む病魔の正体だった。彼女は自分の人生のすべてを懸けて、二人の子供たち――州と紫音――を完璧に育て上げてきたのだ。彼らが幸せに、光り輝く未来を歩んでくれることだけが、琴音の生き甲斐だった。それなのに、自慢の息子はあの女のためにすべてを捨て、暗い病院の底で共に身を滅ぼそうとしている。なぜ、州はあの女から離れられないのか。あの女と一緒にいて、息子にどんな未来があるというのか。琴音は、愛する息子を奈落の底へ引き摺り込もうとする有加里の存在を、どうしても、死んでも認めることはできなかったのだ。「……琴音、もうやめにしないか」隆之介は、ギリッと唇を噛みしめる妻の肩を優しく抱き寄せ、諭すように言った。「州のあの痛ましいほどの覚悟を、お前もこの目で見たじゃないか。あいつがすべてを捨ててでもあの女性のそばにいると決めた以上、私たちがどれだけ反対しようと、あの二人を引き裂くことなんてできやしないんだ」隆之介は妻の性格を誰よりも熟知している。琴音の心臓が急激に悪化した最大の原因は、間違いなく州の恋愛事情による『過度なストレス』だった。「どうにもならないことで気を揉んで、これ以上お前が自分自身を痛めつけて何になる?お前が倒れたら、紫音まで一緒に苦しむことになるんだぞ。あの子にこれ以上の重圧を背負わせるつもりか?」その言葉に、琴音はハッとしてうつむいた。頭では、夫の言う通りだと分かっているのだ。子供の人生は子供のも
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第709話

彼女の心には未だに、有加里への強烈な拒絶反応と、息子を取り戻したいという執念がドロドロと渦巻いており、その暗い迷路から抜け出せる気配は微塵もなかった。「お父さん、お母さん。もうお兄ちゃんのことで言い争うのはやめて」受付での列待ちから戻ってきた紫音が、両親の険悪な空気を察して柔らかく口を挟んだ。「お父さんの言う通り、お兄ちゃんは昔から自分の信念を絶対に曲げない人よ。あんなに頭が良くて完璧なお兄ちゃんが『この人だ』って決めたんだもの。私たちが口出しするより、ただ黙って背中を押してあげるのが一番だと思うの」紫音は母の隣に座り、そのこわばった手を優しく握った。「昔から、お父さんやお母さんに心配をかけてばかりだったのは私のほうじゃない。お兄ちゃんはずっと期待通りの、自慢の息子だったはずよ。そんなお兄ちゃんが、人生で初めて心から愛した女性なの。どうしてその気持ちを受け入れてあげられないの?」紫音は、兄のあの狂気じみた、それでいてどこまでも純粋な愛情を間近で見てきた。だからこそ、有加里を拒絶する母の強硬な姿勢が、どれほど兄を追い詰めているかが痛いほど分かっていた。「ねぇ、お母さん。家族がみんなで笑い合えることが一番大切なんじゃないの?もしお母さんが有加里さんのことを少しでも受け入れてくれたら……お兄ちゃんはきっと、泣きたいくらい喜んでくれるわ」紫音はずっと、この言葉を両親に伝えたいと思っていた。有加里の心の奥底に根付く『強烈な自己否定感』。そして、愛ゆえに兄を拒絶してしまう悲劇の連鎖。その最大の原因となっている『母親の拒絶』という呪いを解くことができるのは、他ならぬ琴音自身しかいないのだから。「……紫音の言う通りだ、琴音」隆之介も、娘の真摯な言葉に深く頷いた。「これまでの人生、あいつは一度だって私たちの期待を裏切らなかったじゃないか。そんなあいつが初めて見せたわがままだ。親として、今こそ折れてやるべきなんじゃないのか」隆之介は、心底不思議に思っていた。州にしても、紫音にしても、自分の子供たちは恋愛においてあまりにも不器用で、恐ろしいほどに一途だった。一度「この人だ」と決めたら、たとえ相手がどんな過酷な運命を背負っていようと、周囲がどれほど反対しようと、絶対に手を離そうとしない。どんな茨の道であろうと、愛する者
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第710話

休息用の個室に落ちていた静寂を破るように、不意にドアが勢いよく開かれた。「母さん!」切羽詰まった声と共に病室に飛び込んできたのは、他でもない兄の州だった。紫音と隆之介は驚いて顔を見合わせた。二人は最初から、母が病院で検査を受けていることを州には知らせないつもりだったのだ。有加里の看病でただでさえ心身ともに限界まで削られ、ギリギリの状態で立っている彼に、これ以上実家のトラブルという重荷を背負わせるわけにはいかない。それに、母の心臓の不調は今に始まったことではないため、とにかく今は彼を休ませるべきだと紫音は判断していた。「具合が悪いなら、どうして俺に一言連絡してくれないんだ!何かあったら必ず一番に俺に知らせてくれと、あれほど言っておいたじゃないか……!」息を切らしてベッドに駆け寄る州の声には、隠しきれない焦燥と、深い悲痛が滲んでいた。彼の目の下には濃い隈ができ、顔色はひどく青ざめている。おそらく、知り合いの誰かから母が病院にいると聞きつけ、血の気を失ってここまで走ってきたのだろう。州の胸の奥は、今、鋭い刃で抉られるような強烈な罪悪感でぐちゃぐちゃになっていた。母の心臓が悪化した原因――それは間違いなく、自分だ。自分が有加里への愛に執着し、両親に過度な心労とストレスをかけ続けたせいで、母をこんな無機質な病室のベッドに追いやったのだ。その重大な事実を、家族からではなく他人の口から聞かされたことが、州にとって何よりもショックだった。俺は……なんて親不孝な息子なんだ。ここ最近の自分を振り返り、州は激しい自己嫌悪に苛まれた。不治の病に苦しむ有加里の命を繋ぎ止めることだけに全神経とエネルギーを注ぎ込み、ずっと自分を案じてくれていた両親や妹に対する配慮を、完全に蔑ろにしてしまっていた。自分の身勝手な振る舞いが、どれほど家族を不安にさせ、傷つけているか。頭では痛いほど分かっている。長男として、本来なら自分が家族を安心させ、この手で守り抜かなければならないはずなのに。今すぐ両親に土下座して詫び、これまでの不義理をすべて埋め合わせたいと心から願っている。……しかし、残酷なことに、今の州の心の中にはもう、これ以上家族を気遣うための精神的な余裕(エネルギー)など一滴も残されてはいなかったのだ。ベッドにすがりつくよう
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