だが、電話の向こうから聞こえてきた蘭の声は、拍子抜けするほど淡々として、不自然なほどに静かだった。「……私は無事よ。もう、誰も私を知らない新しい街に着いたから」「新しい、街……?」「今まで何も言わずにいてごめんなさい。言えば、あなたは絶対に追いかけてくると思ったから。……ねえ、浩一さん。私たち、もうここでおしまいにしましょう」あまりにも冷静な別れの言葉に、浩一は息を呑んだ。「あなたが別の人と婚約したから、怒って逃げ出したわけじゃないの。ただ……分かったのよ。私たちが一緒にいるのは、やっぱり無理があったんだって。このまま無理に一緒にいても、お互いにすり減っていくだけ。だから、これでもう……終わりにしたいの」蘭の身体には、何の傷もなかった。誰かに危害を加えられたわけでも、脅されたわけでもない。ただ、彼女の心の中にある「何か」が、完全にプツリと切れてしまっただけなのだ。今朝、浩一と結衣の婚約を祝うニュースを見た瞬間。彼女を支配したのは、怒りでも悲しみでもなく、ただ果てしない虚無感だった。どれだけ自分が彼を想い、身分違いの壁を乗り越えようともがいても、彼の住む世界の住人たちは、そんな努力など鼻で笑って、いとも簡単に事実を捻じ曲げてしまう。どんなに悪あがきをしたところで、自分は彼らの盤上で弄ばれるだけの、無力な「普通の人」でしかないのだ。あの街には、紫音という尊敬する上司がいて、自分を認め、大きなプロジェクトまで任せてくれた。けれど、もう限界だった。彼らの属するきらびやかな世界は、蘭にとってあまりにも冷たく、異質すぎた。彼らは生まれた時から絶対的な力と背景を持ち、決して負けることのないゲームを生きている。でも、蘭には何もない。これ以上失うことに、もう耐えられなかった。だから、これが正解なのよ……すべてを捨てて逃げ出すなんて、以前の自分なら絶対に選ばない卑怯な手段だ。けれど、もう戦う気力すら残っていなかった。彼らがどれほど圧倒的な権力と情報網を駆使しても、今のところ彼女の居場所は掴めていない。このまま誰にも見つからない場所で、ひっそりと、息を潜めて生きていく。それが、蘭が自分自身を守るために選んだ、最後で最大の決断だった。「……待ってくれ、蘭!切らないでくれ!」別れを告げられた浩一は、血
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