「はいはい、分かりましたよ」紫音と州は顔を見合わせて苦笑すると、両親に見送られながら温かい実家を後にした。外に出ると、少し肌寒い風が頬を撫でる。「紫音、会社まで送ってこうか?もし一人で手が回らなくて心配なら、俺が手伝ってやってもいいぞ」駐車場へ向かいながら、州が笑いながら提案してきた。「ううん、大丈夫。自分で戻るわ」紫音は首を横に振った。「お兄ちゃんの仕事の邪魔をしたくないし」「俺はお前の兄貴だぞ?可愛い妹の手伝いをするのが、どうして邪魔になるんだよ」州は少しだけ不満そうに唇を尖らせた。「なんだよ。最近律とうまくいってるからって、兄貴には水臭いこと言うようになったのか?」「そんなわけないでしょ」紫音はやれやれとため息をついた。「ただ本当に、私の都合でお兄ちゃんの時間を奪いたくないだけよ。お兄ちゃんにはお兄ちゃんの生活や仕事があるんだから、自分のことにちゃんと集中してよね」「っ……!」その言葉に、州はわざとらしく天を仰ぎ、目頭を押さえるふりをした。「まさか、あの甘えん坊だった妹が、こんなに自立した立派なことを言うようになるなんて……兄ちゃん、感激で涙が出そうだよ」「はいはい、どうも。大根役者ね」紫音はジト目で兄にツッコミを入れつつ、小さく吹き出した。「じゃあね、お兄ちゃん。私はもう会社に行くから」「ああ、無理すんなよ。お互い仕事頑張ろうな」二人は軽く手を振って別れ、それぞれの職場へと向かった。紫音は一人で会社へと向かう車内で、ふと窓の外を流れる景色を見つめた。ここ数日、本当に色んなことがあったわね……お母さんの急な心臓発作。生死を彷徨う手術。そこからの一家団欒と、病院でのクレーマー騒ぎ。怒涛のように過ぎ去った日々の疲労を、小さく息と一緒に吐き出す。そして、一つ深く深呼吸をして――紫音は『家族を想う娘』の顔から、冷徹で敏腕な『社長』の顔へとスイッチを切り替えた。私がいない間、会社の方はどうなっているかしら。優秀な蘭が上手く回してくれているはずだが、致命的な企業テロの爪痕はまだ完全には癒えていない。紫音の瞳に、強い意志の光が宿る。守るべき家族がいるからこそ、私はもっと強くならなければ。……紫音がオフィスに足を踏み入れると、フロアは異様な緊張感と喧騒に包まれていた。
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